英国現代奴隷法の最新動向と企業の対応
「サプライチェーンと人権」に関する主要国の政策と執行状況(2)

2021年6月10日

英国では、2015年3月に現代奴隷労働や人身取引に関する法的執行力の強化を目的とした「2015年現代奴隷法外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」が制定され、同年7月末に施行されている。2015年10月からは、サプライチェーンからの奴隷制排除のため、年間売上高が一定規模を超え、英国で活動する営利団体・企業に対し、奴隷労働や人身取引がないことを確実にするための対応につき、声明の公表を義務付けた。本稿では、同法に関するこれまでの動向や企業の対応状況について概観する。

2015年から年次の声明公表を義務付け

英国で2015年3月26日、人身取引や奴隷制に関するこれまでの犯罪体系を統合し、現代奴隷労働や人身取引に関する法的執行力の強化を目的に「2015年現代奴隷法(Modern Slavery Act 2015)」が制定、同年7月31日に施行された。同年10月29日からは、サプライチェーンにおける奴隷制排除のため、年間売上高が一定規模を超える営利団体・企業に対し、年次の声明公表を義務付けた。政府が企業向けに提示しているガイダンス外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますによると、以下の基準に該当する場合、同法の第54条に基づき、事業活動とサプライチェーンにおける現代奴隷制への対策について声明を開示する義務を負う。日本企業も対象となりうる。

  • 企業または営利団体(設立場所はかかわらない)
  • 英国で事業の全てまたは一部を行っている
  • 商品またはサービスを提供している
  • 年間売上高が3,600万ポンド(約55億8,000万円、1ポンド=約155円)以上(子会社を含む全世界の年間売上高で、業者間割引や各種税を控除した金額)

また、声明には以下の情報を盛り込むことを目指すべきとしている。

  • 組織構造、事業、サプライチェーン
  • 奴隷・人身取引に関するポリシー
  • 事業・サプライチェーンにおける奴隷・人身取引に関するデューディリジェンスのプロセス
  • 事業・サプライチェーンにおいて、奴隷・人身取引が発生するリスクがある部分と、当該リスクを評価、管理する手段
  • 適切な評価指標によって評価される、事業・サプライチェーンにおける奴隷・人身取引を確実に防ぐ上での手段の有効性
  • 従業員が利用可能な奴隷・人身取引に関する訓練や能力開発

開示義務を怠った場合には国務大臣の要請に基づき、高等法院が「強制執行命令」を発し、従わない場合には法廷侮辱罪に問われ、無制限の罰金となる可能性がある。

随時レビューを実施、2020年9月には今後の方針も発表

施行後も、英国政府は同法に関するレビューを随時実施している。2016年7月31日に同法施行後1年のレビュー外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますを公表したほか、2018年7月には「サプライチェーンの透明性」を含む複数の項目につき、国会議員と専門家チームによる独立レビューを行うことを発表、2019年5月に最終報告書外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます(2.69MB)が公表されている。

また、政府は2019年7月にもサプライチェーンの透明性に関する意見公募(パブリックコメント)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますを開始、2020年9月に回答(今後の方針)PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(408.92KB)を発表した。回答には以下のような、措置の強化に関する多数の提案が盛り込まれた。

  • 現在任意である同法第54条に基づく6つの報告分野の義務化
  • 年間売上高が3,600万ポンド以上の公共団体への声明発表義務の拡大
  • コンプライアンス違反に対する民事罰などの導入
  • 報告期限の統一(現状は、各社の事業年度に応じて異なる)
  • 対象グループ会社を声明上で明記することの義務化
  • 声明を政府のオンラインレジストリに登録することの義務化

意見公募に対する回答では、各提案の導入時期等は明示していなかったものの、内務省は2021年3月11日、オンラインレジストリによる声明登録を開始したことを発表外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます。これにより、コンプライアンス状況を監視することを容易にし、また市民団体などが各営利団体・企業の声明を検索閲覧することも可能になった。オンライン登録は義務ではないが、政府は強く推奨しており、将来的には義務化する方針を打ち出している。2021年6月3日現在、同レジストリには2020年の声明として7,099件、2021年の声明として5,568件登録されており、日本企業も含まれている。

回答に先立つ2020年3月には、内務省は、公的部門の対応を率先すべく、約500億ポンドに上る政府の年間歳出に関する現代奴隷制のリスク評価について声明を発表外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますした。政府はこの中で、公共団体による物品・サービスの調達にあたって、政府が開発した「現代奴隷評価ツール(Modern Slavery Assessment Tool: MSAT)」を利用し、サプライヤーに対して現代奴隷法への取り組みについて質問票で確認することで、リスク軽減を図る取り組みを進めている、と報告した。2019年3月のMSAT改訂版公開以降、1,000団体以上が評価を実施している。内閣府は2019年に、大口サプライヤーである「戦略的サプライヤー」全34社に対しMSAT実施・順守を要求したことも報告した。これらの戦略的サプライヤーからの2018/2019会計年度の調達額は計約150億ポンドにのぼる。

企業の対応状況には差

施行から6年弱たった今も、対応が進んでいないと思われる企業はみられる。汚職や現代奴隷などの撲滅を目的としたプラットフォームTISCreportのウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます(最終アクセス日:2021年6月7日)によると、現代奴隷法に基づき開示義務を負う企業1万8,353社について、声明が確認されたのは1万5,025社で、残る3,328社については声明が確認できていないとしている。

また、サプライチェーンの透明性に関する声明開示義務違反の事例ではないものの、現代奴隷法にかかわる訴訟も行われている。

「ガーディアン」の2021年1月14日付の記事では、犯罪組織による人身売買により英国廃棄物・リサイクル会社Biffa Waste Servicesに雇用されていたポーランド出身の外国人労働者3人が、損害賠償を求め同社を提訴した、と報じられた。同社に3人を紹介した人材斡旋(あっせん)会社Smart Solutionsも、並行して提訴するとしている。

また、「ガーディアン」の2021年5月19日付の記事によると、マラウィの農家多数が、ブリティッシュ・アメリカン・タバコとインペリアル・ブランズの英国たばこ製造大手2社を、同国で児童労働を含む強制労働を行っている、として提訴した。両社は、その農家の作物が製品に含まれていることを証明できないとして、5月19日にロンドンの高等裁判所に訴訟の却下を申し立てた、と報じられている。

執筆者紹介
ジェトロ・ロンドン事務所 次長
宮崎 拓(みやざき たく)
1997年、ジェトロ入構。ジェトロ・ドバイ事務所(2006~2011年)、海外投資課(2011~2015年)、ジェトロ・ラゴス事務所(2015~2018年)などを経て、2018年4月より現職。