量子技術時代の到来に向けて-深化するグローバル・イノベーション使われる量子コンピュータへ クエラコンピューティングの日本戦略

2026年8月7日

量子コンピュータには大きく分けて2つの計算方式があり、汎用(はんよう)性の高い計算を得意とする方式を「ゲート方式」と呼ぶ。さらに同方式の中にも、超伝導、イオントラップ、中性原子、光、半導体(シリコン)など、複数の方式が存在する(2026年3月13日付地域・分析レポート「量子技術向上に挑む日本の研究開発力(1)技術の蓄積と未来への発展」参照)。

中性原子方式のリーディングカンパニーの1社がクエラコンピューティング(QuEra Computing、本社:米国)だ。同社は中性原子をレーザーで冷却・制御して計算を行う量子コンピュータを開発・製造している。

クエラコンピューティングは、米国以外に日本・欧州にも拠点を置く。日本については政府による支援や産官学連携が進み、量子産業のエコシステム形成が他国と比べて進展していると同社は見ている。 また、量子産業のさらなる発展に向けては、人材の確保・育成に加え、外資系企業として日本企業との信頼関係を築きながらエコシステムに参画していく姿勢が重要になると実感してきた。

今回、クエラコンピューティングジャパンの日本カントリーマネージャーである今井歩氏とヘッド・オブ・オペレーションズである徳島直喜氏に、同社の取り組み、日本市場への期待、今後の挑戦について聞いた(取材日:2026年5月28日)。


クエラコンピューティングジャパンの今井氏(左)と徳島氏(右)(ジェトロ撮影)

「使われる量子コンピュータ」へ 協業が拓く実用化

米国のハーバード大学とマサチューセッツ工科大学(MIT)の教授陣が2018年に設立したクエラコンピューティングは、中性原子方式量子コンピュータの実用化を目指している。クエラコンピューティングでは、両大学と連携して学術的な研究を深めるとともに、実用化に向けた開発・製造・販売を行っている。

量子コンピュータが実際に「使われる」ためには、ハードウエアのみならずアルゴリズムやコンパイラ(アルゴリズムを量子コンピュータに適用するためのソフトウエア)、エンドアプリケーション開発など多くの要素が必要であり、これは1社では完結しえない。今井氏は、量子コンピュータの実用化にあたっては「他社との協業で、エンドユーザーが使う価値を生み出すことが重要だ」と語る。

「皆で量子産業を育てる」 日本のエコシステム

2024年11月にクエラコンピューティングジャパンを設立。産業技術総合研究所(産総研)と契約を締結し、「量子・AI融合技術ビジネス開発グローバル研究センター(G-QuAT)」にクエラコンピューティングの量子コンピュータ第2号機(Gemini)を設置することになった。現在(取材時点)は、一部サービス提供を開始しつつ、本格的な稼働に向けてコンピュータの立ち上げを行っている。第1号機(Aquila)は4年前から米国・ボストンで稼働し、「Amazon Braket」(アマゾン・ウェブ・サービスのクラウドサービス)経由で世界中の利用者に週130時間提供されている。第1号機の稼働率は99%に達しており、第2号機(Gemini)には、その運用経験も生かしているという。期待されるユースケースとして電池や触媒、創薬領域の新材料の発見などが挙げられる。

量子産業のエコシステムはいずれの国・地域においてもなお形成途上にあるが、同社は日本市場について、政府の資金面での支援や産官学連携など、量子業界のエコシステムの発展が他国に比べて進んでいると見ている。日本における「競争するのではなく、皆で協力し合って量子産業を盛り上げる」という考えが、その発展に寄与しているという。

協業を通じ日本発の技術確立へ

日本には研究の蓄積はあるものの、中性原子方式の量子コンピュータを事業展開する外資系企業はこれまでいなかった。同社は「グローバル企業の1つとして日本で事業を行う意義がある」との判断から、日本法人設立を決めた。日本の量子産業エコシステムが形成されていく過程で、その一員として早期に参入し、プラットフォーム形成に寄与していくことが重要と考えた。また、日本には量子コンピュータ製造の上流工程を支える部素材メーカーが多く存在する。特に、中性原子方式量子コンピュータに必要な光学系部品を扱う優れた企業が多い。クエラコンピューティングの量子コンピュータの性能向上のためにも、それら部素材企業との協業は欠かせない。

クエラコンピューティングジャパンでは現在、G-QuATに設置されている量子コンピュータの本格稼働を最優先に活動している。その後はエンドユーザーの利用促進につながるよう、日本企業との連携をより深めつつ、次世代プラットフォーム開発に向けて、量子ビットを増加させることや、計算の精度を高めることに尽力したい考えだ。そして、「日本でしか成しえない技術を確立する」という目標を推し進める中で、より高度な知識や技術を集約させ、アジアのハブとなることを目指す。


G-QuAT施設に設置されている、クエラコンピューティングの中性原子方式量子コンピュータ (同社提供)

クエラコンピューティングの量子装置「Aquila」の内部 (同社提供)

「日本流のビジネスマインドセット」で挑戦

イノベーティブな分野においてはプラットフォーム、エコシステムづくりが非常に重要だ。今井氏は「日本企業と協業してエコシステムに参画していく姿勢が必要」と語る。同社は、日本企業との関係構築には一定の時間を要する場合がある一方で、信頼関係が築かれれば、その後の協議や連携は比較的円滑に進みやすいと見ている。海外企業の中には、経営層同士の合意を起点にビジネスが進むと考える企業もあるが、同社は日本では現場レベルでの信頼醸成も重要になると指摘する。また、日本の組織では細部の丁寧なすり合わせが求められる場面も多く、こうした商慣習への理解が重要だとしている。

量子産業化を牽引する「現場での事例づくり」

「日本での実用化促進のカギは科学(サイエンティスト)と産業(エンドユーザー)の間の橋渡しである」と徳島氏は強調する。量子力学は目では見えないほど小さな原子や電子を扱うため、一般的な説明を試みると、抽象的になり、理解が難しくなってしまう。そのため、エンドユーザーである事業会社とともに、事前に量子コンピュータの得手不得手に関する期待値をすり合わせた上で、実際に利用して理解を深めてもらうことが重要となる。日本企業の経営層が、自社での量子コンピュータ活用に対する理解を深め、利用を後押しするとともに、現場の人材がさまざまな場面で量子コンピュータを試し、事例を作り出していくことができる環境を用意することが重要だ。

今、日本は量子コンピュータの分野でどれだけ他国と差別化できるかという大事な時期にある。日本は資金面や産官学連携の面でより多くのことができると同社は期待している。

課題は人材 国内育成と海外からの確保

量子業界にも、人材確保の壁がある。多国籍なメンバーで構成されるクエラコンピューティングジャパンは、その経験から、海外から日本へ人材を呼び込むためには、給与などの待遇面だけでなく、研究・就業環境や生活環境も含めて、日本で働き、暮らすことの魅力を企業側が具体的に発信していくことが重要だと実感している。

国内での人材育成という観点では、今井氏によれば「量子ネイティブ」と呼べる人材(量子技術を前提とした発想ができる人材)の絶対数が少ないという事実がある。従来の科学は、まず「問題」があり、その「解決策」を見いだすというアプローチを基本としてきた。一方、量子の世界では「量子技術で何ができるか」という可能性そのものを探索する、これまでとは異なる発想・マインドセットが求められる。「量子ネイティブ」人材はこの発想・マインドセットを備えており、その育成には、大学での専門教育の充実だけでなく、中等教育など、より早い段階から量子の世界に触れる機会を設けることが重要となるという。

企業における量子人材育成という観点でも、社員が量子技術に関心を持てるような工夫が必要だ。

海外から専門人材を呼び込むと同時に、国内でも量子技術に関心を持ち、新たな発想で活用を考えられる人材を育てていくことが、日本の量子産業エコシステムのさらなる発展には重要になるとしている。

執筆者紹介
ジェトロイノベーション部ビジネスデベロップメント課
阿部 薫子(あべ かおるこ)
外資系IT企業勤務を経て、2023年にジェトロ入構。