変貌する世界の半導体エコシステム研究開発基盤と国際連携
東北半導体エコシステムの現在地(後編)

2026年9月25日

東北地域は、九州に次ぐ半導体関連産業の生産拠点だ。連載前編では、半導体関連投資の拡大を背景とした東北地域の人材育成の取り組みを紹介した。人材育成と並び、研究開発基盤と産学官連携によるイノベーション創出、さらには海外との連携強化が、東北地域の半導体産業の発展に寄与している。具体的には、東北大学を中心とした半導体研究開発拠点群や世界最先端の放射光施設NanoTerasu(ナノテラス)を核に、企業との共同研究や社会実装が進展している。さらに、台湾や欧州との国際交流・連携や投資誘致活動を通じて、半導体産業のエコシステム形成が加速している。連載後編となる本稿では、東北地域の研究開発・国際連携の取り組みを紹介する。

研究開発基盤・産学連携の中核をなす東北大学

東北大学は、日本の半導体分野における研究開発や研究基盤整備、次世代人材の育成などをリードする中核的な学術機関だ。2024年11月に文部科学省から国際卓越研究大学第一号の認定を受け、同年12月には研究等体制強化計画の認可を受けた。10兆円規模の大学ファンドの運用益による支援や、研究成果の蓄積を生かした民間企業との協業などを通じ、国際的な競争力向上を強力に推進している。

東北大学は、ノーベル賞候補と目されるスピントロニクス半導体の世界的な研究拠点だ。スピントロニクス半導体は、電気と磁気双方の特性を生かすことで、理論上および特定用途において、消費電力を従来の100分の1から1,000分の1に低減できる。集積回路の省電力化を実現するこの技術は、次世代半導体の基幹技術の1つとして昨今注目されている。

同大学では、学内外の研究資源や企業との連携を束ねるプラットフォームとして「半導体テクノロジー共創体」を設置している。社会実装に向けた取り組みを強化するとともに、複数の開発拠点における国内外の産学共同研究、地域連携プロジェクト、人材育成を一体的に推進している(表参照)。

表:先端半導体分野に関係する主な研究機関と研究内容・機能注1:窒化ガリウム(GaN)などの次世代半導体の優れた材料特性を実現できるパワーデバイスや、その特性を最大限生かすことのできるパワーエレクトロニクス回路システム。 注2:半導体製造技術を用いて作られる微小な機械構造と電子回路を一体化したデバイス。加速度センサー、ジャイロセンサー、マイクロフォンなどに利用される。 注3:ヘテロジニアス・インテグレーション。異なる材料、機能、製造プロセスの半導体チップや部品を組み合わせて、1つのシステムとして統合する技術。 注4:多数の電子ビームを同時に制御して半導体などの微細パターンを描画する最先端の露光・描画システム。
研究機関名 主な研究内容・機能
国際集積エレクトロニクス研究開発センター(CIES) 次世代半導体の研究開発・社会実装拠点(スピントロニクス技術を活用した省電力半導体や革新的パワーエレクトロニクス(注1)など)
未来科学技術共同研究センター(NiCHE) 企業や研究機関との共同研究や技術移転を推進する産学連携拠点
マイクロシステム融合研究開発センター(μSIC) 16社の企業と産学連携による集積化MEMS(注2)の開発、および産業技術総合研究所などと協力して「ヘテロ集積化」(注3)や「試作コインランドリ」、「超並列電子線描画装置(注4)開発」に取り組む、産業につながる研究開発拠点
スマートシステム超集積化研究開発センター(SIRC) センサ・マイクロマシンの研究開発拠点

注1:窒化ガリウム(GaN)などの次世代半導体の優れた材料特性を実現できるパワーデバイスや、その特性を最大限生かすことのできるパワーエレクトロニクス回路システム。
注2:半導体製造技術を用いて作られる微小な機械構造と電子回路を一体化したデバイス。加速度センサー、ジャイロセンサー、マイクロフォンなどに利用される。
注3:ヘテロジニアス・インテグレーション。異なる材料、機能、製造プロセスの半導体チップや部品を組み合わせて、1つのシステムとして統合する技術。
注4:多数の電子ビームを同時に制御して半導体などの微細パターンを描画する最先端の露光・描画システム。

出所:東北大学ウェブサイトからジェトロ作成

半導体テクノロジー共創体に参画する研究者は150人を超える。青葉山新キャンパス内には、産業界と大学が協力して研究開発を推進する研究拠点「サイエンスパーク」を整備中だ。総事業費約2,300億円をかけ、同拠点や後述するNanoTerasuを中心としたまちづくりを三井不動産と協働で推し進めている。前述のスピントロニクス半導体研究で著名な国際集積エレクトロニクス研究開発センター(CIES)の研究棟は、全て民間からの寄付により整備されている。共同研究先企業の研究者がラボをオンサイトで利用でき、商用レベルでの研究開発を推進する体制が整えられている。

研究環境として、スピントロニクス半導体向けでは世界唯一となる300mm(ミリメートル)ウエハー対応の研究開発施設を有し、設計・試作・評価・システム開発まで一貫して行うことができる。この環境を活用し、東京エレクトロンと共同で、次世代メモリデバイスの製造技術確立を目指し、1.5nm(ナノメートル)ノード世代以降に向けた微細加工技術の研究などを推進している。また、東北大学はスピントロニクス技術を活用した磁気抵抗メモリ(MRAM)の研究開発にも取り組んでいる。車載用途など高温環境での利用を想定し、175℃の耐熱性を持つ20nmサイズの磁気抵抗メモリ(MRAM)の実証に成功している。次世代技術に関しては、キオクシア・NTTが共同提案する「光電融合インターフェイスメモリモジュール技術」の研究開発事業にも参画している。本技術は新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「ポスト5G情報通信システム基盤強化研究開発事業/先端半導体製造技術の開発」プロジェクトに採択された。東北大学は本事業において、広帯域の光通信回路でアクセス可能なメモリモジュール(PFAM)の技術開発を進めている。

CIESセンター長の遠藤哲郎教授は、同センターの研究開発の取り組みと社会実装につながる成果について、「MRAMやAIプロセッサー(注1)などのスピントロニクス省電力半導体および革新的パワーエレクトロニクスの研究開発を国際的な産学連携の下で推進し、その成果の一環として共同研究企業のさまざまな工業製品の創出に貢献していく。また、東北大学発スタートアップとしてパワースピンを創業するなど、創出した革新技術の社会実装を進めている」と紹介した。スピントロニクス半導体を用いたメモリ設計・研究開発を担うパワースピンは、技術の応用先としてスマートフォン用メモリやデータセンターなどでの活用を見込み、今後は新規株式公開(IPO)を見据える。
また、同大学の産学連携における今後の展望について、「世界唯一の300mmウエハー対応スピントロニクス半導体研究開発環境やNanoTerasuなどの最先端研究基盤を活用しながら、半導体テクノロジー共創体を通じ、東北から世界へ新たな産業、それを支える高度人材とイノベーションを生み出す国際的エコシステムの形成を目指していく」と語る。


CIESセンター長 遠藤哲郎教授(ジェトロ撮影)

次世代素材の研究開発を加速する巨大顕微鏡施設NanoTerasu

東北大学の青葉山新キャンパスには、官民地域パートナーシップ(注2)で整備された、世界最高水準の先端大型研究施設NanoTerasu(ナノテラス、3GeV高輝度放射光施設)がある。名称は、日本神話の天照大御神(アマテラスオオミカミ)にちなみ、「ナノの世界を明るく照らす」という施設の特徴を表している。本施設は、世界で運用例が5施設に限られる最新鋭の第4世代放射光施設(注3)で、太陽光の10億倍の輝度のX線(放射光)を利用し、1メートルの10億分の1というナノメートルの世界を観察する、いわば巨大な顕微鏡の機能を持つ。2024年4月から運用を開始した。

半導体分野では、回路構造評価だけでなく、軽元素の可視化に優れるため、フォトレジスト膜の化学的状態評価やパッケージング樹脂の構造評価など、さまざまな活用が期待される。例えば、省電力デバイスに寄与する前述のスピントロニクス半導体材料開発に向けた磁区構造(注4)の可視化などに活用されている。

測定だけでなく技術課題の解決にも貢献するため、企業の課題に応じ、データ科学をはじめとする各分野の専門家を紹介する産学マッチングサービス(注5)も2024年4月から開始した。光科学イノベーションセンター(PhoSIC)を通じて提供され、放射光の利用経験がない中小企業でも効率的に利活用できるよう、PhoSICによる伴走型の支援や研修制度が用意されている。


NanoTerasu(東北大学提供)

国際連携の加速化へ、協業・誘致に向けた取り組み

東北地域では、外資系企業・研究機関との国際連携や外資系企業誘致、海外との交流事業など、産官学連携の下でさまざまな取り組みが進められている。

2025年8月には、台湾半導体関連企業と東北域内半導体関連企業との商談会を、前述のT-Seedsと台湾電子製造設備工業同業公会(TEEIA)の共同主催、東北6県・仙台市の共催により開催した。当商談会には台湾企業13社が参加し、東北地域のメモリ大手や世界トップの半導体製造装置企業をはじめ、関連サプライチェーン企業が商談を行った。装置メーカーの金属加工サプライヤーからは、「台湾部材企業は高い加工能力と品質を有しており、協業先として有望」との声が上がった。また、台湾企業からは「日本企業との技術協力に期待が高く、販売・技術提携の可能性を感じた」とのコメントがあった。


商談会(東北×台湾)の様子(東北経済産業局提供)

懇親会(前列左より宮城県 村井知事、TEEIA理事長 林理事長、T-Seeds児島副会長 、Skytech黄理事、後列左より東北経済産業局 佐竹局長、千附精密 賴総経理、東北経済連合会 佐藤部長、漢民科技 陳副社長)(東北経済産業局提供)

2025年12月には、オランダ半導体関連企業およびTNOホルストセンターなどの研究機関・貿易促進機関13社が、宮城県庁の主催する招聘(しょうへい)事業に参加し、前述の東北大学国際集積エレクトロニクス研究開発センター(CIES)やNanoTerasuなどを見学するとともに、域内の半導体関連企業と交流した。オランダ側参加者からは「大学との共同研究などトライアルのかたちで協業し、実績を積み重ねていくことが現実的。今回の視察で東北地域のポテンシャルを実際に目にすることができた」などのコメントがあった。


東北大学CIES事業説明 (ジェトロ撮影)

宮城県庁招聘外国企業団とCIES関係者との交流
(ジェトロ撮影)

NanoTerasu事業説明(ジェトロ撮影)

NanoTerasu施設内見学風景(ジェトロ撮影)

交流会の様子(ジェトロ撮影)

山形大学も国際産学連携を積極的に推進している。山形大学は、環境負荷の軽減と資源の効率利用を両立するサステナブルエレクトロニクス分野に注力しており、ドイツのフラウンホーファー研究機構、オランダTNOホルストセンター、フィンランドの国立研究機関VTT(注6)など、海外の有力研究機関と連携している。こうした連携には同分野に関わる日本企業も参画しており、研究開発から人材育成まで幅広い取り組みが進められている。

2025年9月に山形大学と米沢市は、サステナブルエレクトロニクス分野における山形県内への投資や協業連携の促進を目的として、VTTおよび同機関のクラスターに属するスタートアップを招聘した。招聘期間中、山形大学はサステナブルエレクトロニクス分野での連携強化に向けて、VTTと包括連携協定を締結した(2025年10月27日付ビジネス短信参照)。また、VTTおよびスタートアップは国内の電子・半導体メーカーなど8社との個別商談会に参加したほか、同大学の研究施設や半導体関連企業を視察した。


山形大学とVTTとの包括連携協定の調印式(ジェトロ撮影)

このように、東北地域は半導体産業の基盤強化に向けて、人材の量と質の両面での確保、研究開発の深化、サプライチェーンの集積に取り組むとともに、継続的な外資企業誘致を進めている。今後、持続的な成長を実現するためには、地域における関連人材の裾野拡大や受け皿となる企業の基盤強化が不可欠だ。さらに、東北大学やNanoTerasuを核とした研究開発基盤、台湾や欧州との国際連携を通じて得られた成果を、共同研究や社会実装、投資の拡大につなげられるかが重要となる。次世代半導体研究をリードし、国内有数の半導体製造拠点を有する東北地域の今後に注目したい。


注1:
AIプロセッサー(AIチップ)とは、人工知能(AI)の計算や処理を高速かつ省電力で行うために特化したプロセッサー(演算装置)で、NPU、GPU、TPUなどを指す。 本文に戻る
注2:
国の整備・運用主体:量子科学技術研究開発機構(QST)、パートナー:光科学イノベーションセンター(PhoSIC)、宮城県、仙台市、東北大学、東北経済連合会、整備用地:東北大学青葉山新キャンパス内。 本文に戻る
注3:
放射光の輝度と波のそろい方(コヒーレンス)が大幅に向上した最新世代の施設。輝度は第2世代施設の100万~1,000万倍、第3世代施設の100倍に達する。光の強さを例えると、第2世代はろうそくの灯火や電球、第3世代は強力なサーチライト、第4世代は太陽の10億倍以上の明るさを持つ超高精度なレーザー状の光。 本文に戻る
注4:
鉄などの磁石にくっつく金属(強磁性体)の内部で、原子レベルの小さな磁石の向きが一方向にそろっている小さな領域のこと。 本文に戻る
注5:
登録企業が学術研究者と「1対1」の研究開発の連合(コアリション)を組み、製品開発や技術開発の競争領域で放射光を利活用できる仕組み。企業は分析・解析したいテーマに応じて、専門分野の大学教授グループなどと連携して研究開発体制を構築でき、加入金を支払うことでコアリションビームラインを年間最大200時間、10年間利用可能。利用に関してはNanoTerasu User Information外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますを参照。 本文に戻る
注6:
1942年に設立されたフィンランドの国立研究機関。半導体・量子技術・サステナブルエレクトロニクスなどの先端分野の研究開発や、企業との共同研究、技術支援などを通じたイノベーションの促進を行っている。 本文に戻る

東北半導体エコシステムの現在地

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執筆者紹介
ジェトロイノベーション部エコシステム課
新居 清彦(にい きよひこ)
半導体等装置関連企業勤務を経て2023年5月に、ジェトロに入構。
半導体分野における地域産業活性化にむけ、エコシステム形成支援・対日投資に携わる。
執筆者紹介
ジェトロイノベーション部エコシステム課 プロジェクトマネージャー
豊田 裕子(とよだ ひろこ)
電機メーカー勤務を経て、2024年3月にジェトロ入構、現職。

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