変貌する世界の半導体エコシステム世界有数の半導体R&D拠点、米オレゴン州のこれまでと今後

2025年5月21日

米国の西海岸に位置するオレゴン州は、世界の半導体業界の中で、台湾の新竹と並ぶ研究開発(R&D)拠点として認識されている。産業集積の厚みから「シリコン・フォレスト」とも呼ばれる。その強みは1970年代のインテルによる投資を基盤に、量産化前の製造工程までを含むエコシステムが形成されてきた歴史にある。産学官が効果的に連携し、高度人材が定着しやすい環境が育まれてきたことも奏功した。今後は、半導体一辺倒ではなく、それをテコに医療など先端技術分野とのシナジーも視野にさらなる発展を画策している。本稿では、筆者が2025年2月半ばに現地で実施したヒアリングなどを基に、半導体分野におけるオレゴン州の発展の経緯と今後の展望を紹介する。

産学官連携が効果的に機能

オレゴン州が半導体分野で発展してきた歴史は1970年代までさかのぼる。インテルは1976年、本社のあるカリフォルニア州外で初の製造工場をオレゴン州アロハに建設した。1978年には、同州ヒルズボロにR&D拠点を設立。これらが現在、オレゴン州が世界有数のR&Dエコシステムに成長する基盤となった。今や200を超える半導体関連企業が集積しており、日本の代表的な製造装置や素材メーカーも、主にインテル向けとしてR&D拠点を置いている。各社とも、このオレゴンで確立した新たな技術を、インテルが米国および世界各国・地域に有する製造拠点に展開していくビジネスモデルとなっている。

R&Dには、一般的に高度人材が求められる。そうした中、オレゴン州には全米の半導体関連雇用の9%に当たる約3万4,000人が居住しているという。高度人材の供給がオレゴン州で継続的に行われてきた要因として、産学官がうまく連携してきた経緯がある。エコシステムの中心となるヒルズボロ市へのヒアリングでは、大きな要因の1つとして、発展の初期段階に、工業用地と居住用地を明確に区画した点が挙げられた。かつ、州・自治体の厳しい環境規制もあり、工業用地であっても周辺環境に配慮した開発が進められてきた。これによって、市の北部には半導体を中心とした産業が集積し、南部には計画的に開発された住宅地が存在する。こうした住環境の良さと職場への近さが、高度人材が家族単位で長年にわたって根を下ろすことにつながったという。ヒルズボロ市の経済開発担当者は、家族が3代続いてオレゴンに根付いて、高賃金の職に就いている例が多くあると強調する。

高度人材の育成という観点では、企業と大学との効果的な連携が挙げられる。オレゴン州には、代表的な大学としてオレゴン大学、オレゴン州立大学、ポートランド州立大学が存在することに加えて、ポートランド・コミュニティ・カレッジなどいわゆる高等専門学校に相当する教育機関も人材供給源となっている。州内の教育機関で半導体関連の課程を修了する人材は、毎年4,000人以上いる。例えば、オレゴン州立大学は、全米第7位の規模の工学部を抱えており、米半導体大手エヌビディアのジェンスン・フアン最高経営責任者(CEO)が卒業したことでも知られている。具体的な取り組み例として、ヒルズボロ市は「ヒルズボロ先端製造業訓練・教育連携(AM-TECH)」というイニシアチブを2018年に立ち上げて、企業と学術機関をつないで現実的なニーズに基づいた人材のマッチングを後押ししている。関係者は毎月会合を開いて、人材開発に向けた戦略やプログラムの支援・設計・情報共有を行っている。また、企業側が積極的に関与して、半導体産業に特化した人材育成プログラムを大学と立ち上げる動きもある。インテルとポートランド・コミュニティ・カレッジが中心となって運営している「クイック・スタート」というプログラムは、10日間の集中講座で、半導体製造プロセスやクリーンルームでの作業、安全管理など実践的なスキルが習得できる内容となっている。このような取り組みで見つけた優秀な人材を、企業がそのまま採用することも慣例となっており、高度人材が途絶えないサイクルが生まれているとのことだ。一方で、高度人材を完全に州内の労働市場から採用することは難しい面もあり、ヒアリングを行った企業からは、職種によっては全米レベルで採用公募をかけているとの声もあった。

連邦支援策を受けて州も独自の後押し

このように、歴史的に育まれてきた強固な基盤の上に成長してきたオレゴン州の半導体産業が一層発展する起爆剤となり得るのが、米連邦政府による支援策と、それとの合わせ技で州政府が独自に創設した支援策だ。連邦政府からは、バイデン前政権時の2022年8月に発効したCHIPSおよび科学法(CHIPSプラス法)を通じて、オレゴン州に拠点を置く企業の拡張投資に対しても、補助金の支給が複数案件決定している。

連邦政府が補助金を投じる案件を選定する上では、受益者が具体的な成果を上げられるように、州レベルでも支援があることが1つの考慮要素となっている。これを受けて、オレゴン州政府も州議会と協働して2023年4月に、同州に投資する半導体関連企業のための包括的な支援策である「オレゴンCHIPSプログラム」を成立させた。中核となるのが投資企業への直接的な補助金となるオレゴンCHIPS基金(2億4,000万ドル)と、R&D支出への税額控除である半導体R&D税額控除(2億5,500万ドル)だ。州の経済開発担当者は、オレゴンが1つの産業にこの規模の支援策を設けたことはなく、それほど半導体産業を重視しているあらわれだとその意義を強調する。これら連邦と州の支援策が合わさって結実した投資案件は表のとおりだ。CHIPSプラス法の成立以降、同州で発表された民間投資の総額は400億ドル以上となる。

表:オレゴン州と連邦政府の助成を受けた投資案件 (単位:ドル)
企業名 オレゴン州との契約開始日 案件概要 オレゴン州からの助成金額 連邦政府からの助成金額
マイクロチップ・テクノロジー 2024年1月5日 200ミリメートル(mm)のウエハーを製造しているグレシャムの施設における生産能力を3倍に引き上げるための現代化および拡張投資。 1,100万 7,200万
インテル 2024年1月5日 ヒルズボロのグローバルR&Dセンターにあるウエハー製造施設の拡張投資。 1億1,500万 85億(注)
HP 2024年1月5日 コルバリスの施設におけるマイクロ流体技術の開発と製造可能性の向上に向けた現代化と拡張のための投資。 950万 5,300万
アナログ・デバイセズ 2024年5月7日 ビーバートンにある同社最大拠点の拡張、インフラの改善、新設備の導入のための投資。 1,200万 1億500万(注)
シルトロニック 2024年5月16日 ポートランドの生産施設の計測機能を現代化するためのツールと機器の導入のための投資。 220万
ラムリサーチ 2024年5月29日 トゥアラティンのキャンパスの大規模な拡張と新規のR&Dセンターの建設のための投資。 2,200万
ストラタキャッシュ 2024年7月2日 ユージーンにある半導体生産施設を再利用して、窒化ガリウム(GaN)系のマイクロLED工場を建設するための投資。 1,900万

注:オレゴン州の拠点にはこれら全額ではなく、その一部が充てられている。
出所:米国連邦政府、オレゴン州政府公開資料を基に作成

オレゴン州の経済開発担当者は、こうした投資の動きを受けて、関連施設の建設や人材の積極的な採用が2030年まで続いていくとの見通しを示した。同州では、重厚なR&D基盤をテコに、CHIPSプラス法によって全米に3カ所設置されることになった国立半導体技術センター(NSTC)の誘致にも、ティナ・コテック知事(民主党)自ら取り組んでいた。NSTCは、CHIPSプラス法で確保された予算のうち、投資企業への直接的な資金援助とは別枠で、R&Dのために確保された110億ドルを用いて、先端ロジック半導体にかかる設計・前工程・後工程のための研究施設を立ち上げるという構想だ。それらの施設を中核として、R&Dから商業化までのプロセスを加速するエコシステムを形成することが狙いとなる。オレゴン州はこのうち、前工程に当たるリソグラフィ(注)のNSTC誘致を画策していた。結果的には、競争相手だったニューヨーク州のオールバニーに所在する「オールバニー・ナノテク・コンプレックス」に軍配が上がったものの、オレゴンの産業界からは、同地で取り組めるのは文字どおりR&Dのみで、R&Dから製造工程まで試せるオレゴン州には依然として大きな潜在性があるとの見方も聞かれた。また、オールバニー以外で設置が決まったカリフォルニア州サニーベール(設計)、アリゾナ州フェニックス(後工程)のNSTCとも、将来的には連携を図って、全米の半導体エコシステムとのシナジー効果を生み出していくことにも期待が示された。

課題と今後の発展のカギ

50年にわたって構築されてきたシリコン・フォレストも、課題とは無縁ではない。現地でのヒアリングを通じて、大きく3点が今後、立ち向かうべき挑戦として浮き彫りとなった。1つ目は、ここ最近の半導体関連投資を後押しした連邦政府の支援策の継続性が不透明であることだ。CHIPSプラス法はバイデン前政権下で成立し、補助金支給の決定も同政権で行われた。これに対して、ドナルド・トランプ大統領は連邦議会に向けた2025年3月4日の施政方針演説で、連邦議会に対して同法を撤廃すべきだと呼びかけた。しかし、同法は連邦議会の超党派で可決したものであり、自らの選出州で実際に投資発表があり、経済効果が見込まれている議員も少なくない。よって、法律の専門家の中には、少なくとも既に前政権との間で補助金支給を確定させた案件は大きな影響を受けず、法律自体にも実質的な変更は起きないのではないか、とみる向きもある。オレゴン州の経済開発担当者や産業界からは、「CHIPSプラス法の補助金は一過性のものであり、第2弾はそもそも期待されていなかった」「結局、企業は手元にある資金でどうにかしなければならない」と割り切った見方もあった。米国現地では、CHIPSプラス法は米国への投資を後押しする要因ではあるものの、それが完全に撤廃される可能性が低い中では、ある程度の巻き戻しがあっても、業界全体の景気に大きな打撃を与えるほどではないとみられている。また、連邦政府からの支援には不透明感がある一方、オレゴン州の支援体制は盤石と言える。オレゴンCHIPSプログラムに相当する規模の支援策を再び打つことは厳しいとされるが、先述した人材供給の取り組みなど、50年以上かけて培ってきた、金銭には代えられない強みは今後も不動だ。

2つ目は、州内の工業用地と電力供給に余剰がなくなってきている点だ。先述のとおり、発展の初期段階に工業用地と住宅地の区画を明確に分けたことで、今後大規模に工業用地を拡大することが難しくなっているという。それに加えて、半導体産業は膨大な電力を消費するため、送電インフラの整備が追い付かないという状況もある。対策のために、州や自治体は自ら用地を取得・開発して、効率的な土地利用を進めている。州の半導体産業の中心地であるヒルズボロ市は、市の北部に300エーカー(約121万4,100平方メートル)の新たな工業用地の開発を行ったとのことだ。電力供給に関しても、地元の電力会社であるポートランド・ゼネラル・エレクトリックが変電所の増設や送電網の整備で、増加する需要に対応するための計画を進めているという。

3つ目は、インテルを中心に構築されたエコシステムゆえに、インテルの業績次第で業界の景気が浮沈しがちであることだ。インテルが連邦・州政府の補助金を受けて大型の投資を決めたことを受けて、自らも拡張投資を進めているサプライヤーの中には、最近のインテルの業績不振が今後の事業見通しに影響すると見る企業もある。こうした状況を受けて、オレゴンでは、州・自治体政府も関与して半導体産業と医療をはじめ先端技術を伴う分野との連携を深めて、新たな産業基盤を構築しようと取り組んでいる。元々、半導体は診断や治療に用いる機器に搭載されることからも、医療分野にとって欠かせない存在である。最近では、人工知能(AI)半導体を手掛けるエヌビディアが、医薬品のR&D用のAIモデル構築のためのクラウドベースを開発したり、スマートセンサーや対話型AIなどを組み合わせた次世代のスマート診療の実現を手掛けたりするなど、先端半導体と医療をつなげる先駆的な取り組みを始めている。

これまで見てきたとおり、オレゴンには歴史的に積み重なってきた強固な半導体エコシステムが存在する。そして、先端技術を有する企業と優秀な人材の集積をテコに、今後は半導体にとどまらず、医療などを皮切りに新たな産業分野の発展も視野に入れている。世界の変革をリードする米国の中でも有数のR&Dエコシステムの未来に注目だ。


注:
ウエハーに光を照射することで回路パターンを描く工程を指す。
執筆者紹介
ジェトロ調査部米州課 課長代理
磯部 真一(いそべ しんいち)
2007年、ジェトロ入構。海外調査部北米課で米国の通商政策、環境・エネルギー産業などの調査を担当。2013~2015年まで米戦略国際問題研究所(CSIS)日本部客員研究員。その後、ニューヨーク事務所での調査担当などを経て、2023年12月から現職。

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