変貌する世界の半導体エコシステム安定供給のため、公的支援で後押し
復活目指す日本の半導体(前編)
2025年2月19日
1980年代に「日の丸半導体」として世界を席巻した日本の半導体産業。しかし、日米貿易摩擦や世界の半導体市場の変化への対応の遅れなどから、1990年以降、国際的な地位は低下の一途をたどってきた。他方、新型コロナウイルスの流行を契機に急速に進んだデジタル化や人工知能(AI)、第5世代移動通信システム(5G)をはじめとする技術革新の加速、各国・地域での経済安全保障への取り組み強化などから、世界的に半導体の重要性は高まる一方だ。自国での生産・開発を目的とした産業政策の相次ぐ導入など、サプライチェーン上の優位性の確保を目指す動きが活発になっている。
日本も例外ではない。日本政府は、最先端半導体の量産化を目指すラピダスに対する公的支援のほか、半導体の生産拠点の国内立地を促進して確実な供給体制の構築を目的とする「特定半導体生産施設設備等計画」などの支援策を拡充する。さらに、2024年11月には石破茂首相が、2030年度に向けて半導体、AI分野に10兆円以上の規模の公的支援を行うことを表明した。活況を迎えつつある日本の半導体産業について、前後編にまとめた。本レポートはその前編で、貿易・投資の現状、日本政府の支援策などをまとめた。
ピークから転落も、再起かける日本の半導体産業の今
世界の半導体売上高に占める日本のシェアは1988年に50%を超え、世界を席巻した。しかし、1990年代以降、国際的にその地位は低下し、2019年時点では日本のシェアは1割程度となっている。日米貿易摩擦や設計と製造の水平分離の失敗など、さまざまな要因が指摘される(注1)。
世界における日本の半導体産業の現在の立ち位置について、市場規模、生産能力、貿易の観点からそれぞれ見ていく。世界半導体市場統計(WSTS)が11月に発表した2024年秋季半導体市場予測によると、2024年の世界の半導体市場規模(予測値)は前年比19.0%増の6,269億ドルだった(注2)。うち、日本は前年比1.4%増の474億ドルで、世界の7.6%を占める。世界に占める日本の市場シェアは1988年の40.2%をピークに低下し、市場はアジア大洋州に移っている(図1参照)。最近では、米国を含む米州市場の成長も著しく、2024年には3割に達する見込みだ。

注1:世界(右軸)は世界の半導体市場規模(単位:億ドル)。
注2:各地域の折れ線は世界の半導体市場に占めるシェア(単位:%)。
注3:2024年、2025年は2024年秋季予測値。
出所:世界半導体市場統計(WSTS)
日本の集積回路(HSコード:8542)の貿易額(輸出額+輸入額)は、2022年に過去20年間で初めて600億ドルを上回った(図2参照)。2023年は世界的な半導体市況の低迷も反映して前年比で減少したが、輸出では世界8位(308億ドル、8.3%減)、輸入では世界9位(286億ドル、9.3%減)と、輸出入とも上位を維持している。ただし、2023年の世界の貿易額全体に占める日本のシェアは2.9%で、2004年(7.7%)の半分以下となっている。ここ数年の日本の貿易額は600億ドル前後と2004年対比増えているが、それ以上に世界の集積回路の貿易額が増えていることがシェア低下の背景と考えられる。2024年は、市況の回復から日本の輸出額は前年比5.5%増の325億ドル、日本の輸出額は19.0%減の232億ドルとなった。

注1:世界に占めるシェアの算出には、ジェトロ推計による世界の集積回路の貿易額を使用。
注2:2024年については、世界の貿易総額の推計を行っていないため、シェアの算出なし。
出所:Global Trade Atlas(S&P Global)から作成
2025年の世界の半導体生産能力予測(200mmウエハー換算)では、中国が世界シェアの24%を占めて首位、台湾と韓国がそれぞれ18%と続く(注3)。日本のシェアはそれに次ぐ15%で、世界4位。生産能力では、1995年の19%からは低下が見られるものの、2032年の予測でも15%、世界4位を維持する見込みだ。対して、中国のシェアは2032年に21%に低下する予測だ。米国は2025年予測の11%から、2032年には14%までシェアを伸ばし、日本に迫る勢いとなることが見込まれる。2032年時点では、依然として中国の首位は変わらないが、主要国・地域の生産能力シェアは拮抗(きっこう)の様相を呈する予測となっている。
半導体売上高15兆円超の野心的な目標掲げる日本政府の支援策
日本政府はこうした情勢下、半導体・デジタル産業の日本の競争力向上を目指す。経済産業省が音頭を取り、2021年6月に「半導体・デジタル産業戦略」を策定、その後2023年6月に改定を行った〔「半導体・デジタル産業戦略(23.5MB)」参照〕。同戦略は、2020年時点で約5兆円の半導体関連企業の国内生産合計売上高を2030年に15兆円超とする野心的な目標を掲げている。この目標達成に向けては、(1)半導体生産基盤の確立、(2)主に日米連携による次世代半導体技術の習得・国内での確立、(3)将来技術の研究開発という3つの工程を描いている。
支援策は、補正予算の中での助成金・補助金の拠出が主体となっている(表参照)。そのほか、2024年度の税制改正で「戦略分野国内生産促進税制」が新たに創設される。これは、半導体(マイコン、アナログ)をはじめ、電気自動車(EV)やグリーンスチールなど、世界で投資獲得競争が活発化している産業を戦略分野としている。特に生産段階でのコストが高い事業の国内投資を強力に促進するため、生産・販売量に応じた税額控除を10年間の適用期間で措置するものだ。
表:これまでの日本政府の主な半導体関連支援スキーム(-は値なし)
名称 | 実施期間 | 概要 | 対象 | 実施主体 | 予算金額(単位:億円) | 総採択件数(2024年12月時点) | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
令和元年 (2019年) |
令和2年 (2020年) |
令和3年 (2021年) |
令和4年 (2022年) |
令和5年 (2023年) |
令和6年 (2024年) |
累計 | ||||||
ポスト5G情報通信システム基盤強化研究開発事業 | 2019~2024年 |
|
先端半導体(国内にない先端性を持つロジック半導体の前工程・後工程製造技術) | 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO) | 1,100 | 900 | 1,100 | 4,850 | 6,773 |
9,916 (注1) |
24,639 | 92 |
先端半導体の国内生産拠点の確保〔特定半導体基金事業 (注2)〕 | 2021~2024年 | 先端半導体の国内生産拠点整備を支援し、安定供給の確保などを目指す。 | 先端ロジックなど | 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO) | ー | ー | 6,170 | 4,500 | 6,322 | 4,714 | 21,706 | 6 |
経済環境変化に応じた重要物資サプライチェーン強靭(きょうじん)化支援事業 | 2022~2023年 | 供給途絶がじん大な影響を及ぼす重要な物資に関し、生産基盤の整備、供給源の多様化などの安定供給確保を図るための取組に対し、必要な支援を行う。 | 半導体(従来型、製造装置、部素材、原料)、クラウド、蓄電池、永久磁石、工作機械・産業用ロボット、航空機部素材、重要鉱物、液化天然ガス(LNG)など |
令和4年:民間団体など 令和5年:国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO) |
ー | ー | ー |
3,686 (注3) |
4,376 (注3) |
ー |
8,062 (注3) |
24 (注3) |
サプライチェーン対策のための国内投資促進事業費補助⾦ | 2020年および2022年 | 新型コロナウイルスにより露呈したサプライチェーンの脆弱(ぜいじゃく)性を強化するため、国内生産拠点などの整備を進める。 | 半導体はじめ生産拠点の集中度が高い製品・部素材 | 一般社団法人環境パートナーシップ会議(EPC) | ー |
4,308 (注4) |
ー |
965 (注5) |
ー | ー | 5,273 | 446 |
サプライチェーン上不可欠性の高い半導体の生産設備の脱炭素化・刷新事業 | 2021年 | 国民生活への影響や経済的な損失が大きく、公益性が高い半導体を安定的に供給するための製造設備の入替・増設にかかる事業費を支援する。 | マイコンなど、パワー、アナログ |
ー (注6) |
ー | ー | 470 | ー | ー | ー | 470 | 30 |
予算総額(単位:億円) | 1,100 | 5,208 | 7,740 | 14,001 | 17,471 | 14,630 | 60,150 | ー |
注1:ポスト5G事業等のうち「AI基盤モデル及び先端半導体関連技術開発事業等」に関するもの。
注2:同予算枠組みにおける、NEDOでの基金・事業名。
注3:半導体関連のみの数字。令和6年は半導体に特化した割当はなく、先端電子部品に9億4,000万円。
注4:第1次および第3次補正予算の合計。
注5:令和4年予算額については、累計からの差額により算出。
注6:民間企業などへの直接補助。
出所:経済産業省やNEDO、EPC事務局のウェブサイトを基にジェトロ作成
次世代半導体の国内での量産を目指して2022年に設立されたラピダスに対しては、「ポスト5G情報通信システム基盤強化研究開発事業」で、2022年度に700億円(上限、対前工程)、2023年度に2,600億円(上限、対前工程)、2024年度には5,900億円(上限、対前工程5,363億円、対後工程535億円)と、これまで総額9,200億円の支援を表明してきた。さらに、2024年11月にまとめた経済対策では、ラピダスを念頭に10兆円以上の公的支援を行う「AI・半導体産業基盤強化フレーム
(4.5MB)」の策定を決めた。大手企業や金融機関など民間からも同社への出資が表明され、2027年の北海道千歳市での量産開始に向けて、官民が一体となって動いている(注4)。
また、「先端半導体の国内生産拠点の確保(特定半導体基金事業)」では、2024年2月までに約1兆6,600億円、6案件を認定している。ジャパン・アドバンスド・セミコンダクター・マニュファクチャリング〔JASM(最大助成額2022年度4,760億円、2023年度7,320億円)〕、キオクシアと米ウェスタンデジタルの合弁会社(同2022年度約929億円、2023年度1,500億円)、米マイクロン(同2022年度約465億円、2023年度1,670億円)に対するものだ(注5)。そのほか、「経済環境変化に応じた重要物資サプライチェーン強靭化支援事業
」では、従来型半導体や装置、部素材、原料など幅広く助成している。
日本政府の取り組みを受けて近年、ジェトロでも半導体関連の支援・事業に力を入れている。台湾積体電路製造(TSMC)の熊本県進出を受け、関連外国企業の熊本県や周辺地域への関心が高まっていることから、初めて特定の産業分野に特化した「熊本・半導体分野等外国企業支援デスク」を2023年9月に熊本事務所に設置した。また、日本国内の半導体エコシステム形成支援に向け、2024年12月には米半導体研究開発支援機関ニューヨーククリエイツと半導体分野での連携強化を目的とした覚書を締結した(2024年12月13日付、2025年1月7日付ビジネス短信参照)。
脚光浴びる「半導体製造拠点」としての日本
こうした日本政府による支援策を踏まえ、最近の世界と日本の半導体関連投資の動向を見ていく。世界の半導体業界団体SEMIによると、2023年から2025年までに稼働予定の半導体の新工場は世界で83カ所(注6)。そのうち、日本ではロジック半導体、パワー半導体の工場として、10カ所が稼働する予定で、台湾(5カ所)、韓国(2カ所)を上回る。BCGとSIAは、電子機器の「頭脳」の役割を果たすロジック半導体について、特に10ナノメートル未満の先端ロジック半導体の投資は分散化の傾向にあると指摘する。2022年の先端ロジック半導体のウエハー生産能力は、台湾(69%)と韓国(31%)の2カ国でほぼ100%を占めていた(注7)。しかし、台湾企業や韓国企業は米国、欧州、日本に投資先の分散化を進めており、2032年の予測では、台湾(47%)と韓国(9%)のシェアは合わせて約6割に、米国が28%、欧州が6%、日本が5%となる見込みだ。
半導体分野のグリーンフィールド投資動向(注8)からも、投資先の変化を確認できる(図3参照)。2017年から2019年までの3年間における半導体分野の世界のグリーンフィールド投資件数(発表ベース)は273件。投資先は中国が51件と最大で、英国(22件)、インド(20件)、米国(18件)が続いた。対して、2021年から2023年までの世界の同件数は400件と、2017~2019年と比較して46.5%増加した。インド(46件)、米国(41件)、ドイツ(38件)が件数で上位だった。日本は、2017~2019年に6件だったが、2021~2023年には24件となった。投資件数順では第5位となり、約4倍の高い伸び率が目立った。対して、中国への投資件数は28件と約半減した。高まる地政学リスクや先端半導体を巡る対中規制の強化、自国誘致を目的とした各国・地域の補助金政策の進展などが中国への半導体投資を減速させたと考えられる。なお、2024年1~10月の世界の投資案件は117件。うち、米国が24件と最も多く、2021~2023年(41件)の約6割に迫る。日本は9件で、米国、マレーシア(10件)に次いで、第3位となった。中国については、わずか2件にとどまっている。
(2017~2019年と2021~2023年、投資先上位10カ国・地域)

注1:発表ベース(2024年12月26日閲覧時点)。
注2:2021~2023年の投資件数が多い順。
注3:その他には、販売拠点、ロジスティクス拠点、統括拠点などが含まれる。
出所:fDi Markets(Financial Times)
ジェトロが2024年3月に発表した「2023年度外資系企業ビジネス実態アンケート調査(4.5MB)」(注9)によると、世界のほかの市場と比較した際の日本のビジネス環境の魅力として、「社会・経済の安定性/地政学上の安定性」が36.7%と、「市場規模」(49.7%)に次いで、回答企業の割合が高かった。前回調査(31.9%)からは4.8ポイント上昇し、順位も4位から2位に浮上した。前述の日本政府による各種支援策に加え、日本の安定したビジネス基盤への評価の高さが、地政学リスクが高まる国際情勢下では、半導体をはじめとする経済安全保障上の管理が重要となる分野での投資にプラスに働いていると推測できる。
- 注1:
-
経済産業省「半導体戦略(概略)」(2021年6月発表)
(8.7MB)。この資料では、日本の半導体産業の地位低下の主要因として、「日米貿易摩擦によるメモリ敗戦」「設計と製造の水平分離の失敗」「デジタル産業化の遅れ」「日の丸自前主義」「国内企業の投資縮小と韓台中の国家的企業育成」を挙げる。
- 注2:
- WSTSの半導体市場は、半導体メーカーの国籍や生産工場の場所には関係なく、「半導体製品が半導体メーカーから第三者に販売された地域」を意味する。この「第三者」には、半導体ユーザーの電子機器メーカー、EMS、半導体を扱う商社などが含まれる。(出所:一般社団法人WSTS日本協議会)
- 注3:
-
ボストンコンサルティンググループ(BCG)、米国半導体産業協会(SIA)”Emerging Resilience in the Semiconductor Supply Chain”(2024年5月)
。
- 注4:
- ラピダスへの民間出資を行っているのは、トヨタ自動車、デンソー、ソニーグループ、キオクシア、三菱UFJ銀行、ソフトバンク、NEC、NTT、三井住友銀行、みずほ銀行、日本政策投資銀行、富士通など。
- 注5:
-
経済産業省「認定特定半導体生産施設整備等計画
」(最終更新日:2024年7月30日)。
- 注6:
- SEMI, World Fab Forecast 2024 Q3から。
- 注7:
-
ボストンコンサルティンググループ(BCG)、米国半導体産業協会(SIA)”Emerging Resilience in the Semiconductor Supply Chain”(2024年5月)
。
- 注8:
- fDi Marketsで確認できる発表ベースでのグリーンフィールド投資件数。
- 注9:
- 日本国内に拠点を置く外資系企業(外国資本比率にかかわらず、外国企業・投資家が出資している企業)を対象に実施。有効回答数1,537社。
復活目指す日本の半導体

- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部国際経済課 課長代理
田中 麻理(たなか まり) - 2010年、ジェトロ入構。海外市場開拓部海外市場開拓課/生活文化産業部生活文化産業企画課/生活文化・サービス産業部生活文化産業企画課(当時)、ジェトロ・ダッカ事務所(実務研修生)、海外調査部アジア大洋州課、ジェトロ・クアラルンプール事務所を経て、2021年10月から現職。

- 執筆者紹介
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ジェトロイノベーション部戦略企画課 戦略調査チーム プロジェクトマネジャー
谷口 嘉那子(たにぐち かなこ) - 2010年、ジェトロ入構。海外調査部 欧州ロシアCIS課/総務部 秘書室/ビジネス展開支援部 途上国ビジネス開発課 BOP班/日本食品海外プロモーションセンター(JFOODO)海外プロモーション事業課を経て、2024年8月から現職。