変貌する世界の半導体エコシステム人材育成基盤の拡張
東北半導体エコシステムの現在地(前編)

2026年9月18日

東北地域は、半導体関連産業の製造品出荷額の割合が2021年6月1日時点で18.9%に上り、九州に次ぐ国内有数の生産拠点だ(注1)。近年の設備投資を受け、半導体製造を支えるエンジニア人材の育成が急務となっている。本稿では、実機研修を行うI-SPARK、産学官をつなぐT-Seeds、試作・研究設備を共用する東北大学μSICを取り上げ、東北地域で進む人材育成基盤の拡張を紹介する。

メモリ生産増強へ、政策的投資が進む東北

東北地域は、電子部品・デバイス、電子回路、半導体製造装置などを含む半導体関連製品の出荷比率が高く、国内第2の集積地だ。近年は、人工知能(AI)の普及をはじめとした社会のデジタル化の進展のほか、各国政府による半導体に対する補助金などの支援体制を背景とした積極的な設備投資が進む。

キオクシアは、岩手県北上工場で最新の3次元フラッシュメモリの生産増強を進めており、2025年9月に第2(K2)製造棟の稼働を開始した。さらに、2026年8月には新たに第3(K3)製造棟の建設に向けた準備開始を発表した。報道によると、今回の追加投資額は日本政府からの支援を前提に、1.8兆円になる見通しで2029年度中の稼働を目指す。

東京エレクトロンは、成膜装置の主要拠点である東京エレクトロンテクノロジーソリューションズ東北事業所(岩手県奥州市)が2025年11月に新たな施設「東北生産・物流センター」を江刺フロンティアパークII(奥州市工業団地)内に完成させた。さらに同社のエッチング装置生産拠点である東京エレクトロン宮城(宮城県大和町)は建設費約1,040億円で新たなNet ZEB(Zero Energy Building)対応建屋の生産棟を同年着工し、2027年夏竣工(しゅんこう)を予定している。

また、岩手県金ケ崎町にはトヨタ自動車東日本の岩手工場があり、隣接するデンソー岩手は2023年より車載半導体の後工程生産を開始している。

こうした動きを受け、東北地方全域に製造装置、材料、検査・計測関連企業による設備投資も続いている(表)。

表:2025年以降の主要半導体関連企業の設備投資動向
企業名 場所 設備投資内容 施設の建設・稼働
スケジュール
キオクシア岩手 岩手県北上市 NAND型フラッシュメモリの第2製造棟(K2)、第3製造棟(K3) K2棟:2025年9月稼働開始
K3棟:2029年度中の稼働開始目標
東京エレクトロングループ 岩手県奥州市 成膜装置の生産・物流一体型のセンター 2025年11月竣工、2026年4月稼働予定
宮城県大和町 エッチング装置の生産新棟 2027年夏竣工予定
フジキン 岩手県奥州市 特殊バルブ・継手・流体制御機器の新工場建設 2028年8月操業予定
ミラプロ 宮城県仙台市 真空バルブ・配管・ベローズの新工場 2025年5月竣工
内外テック 岩手県奥州市 半導体製造装置用空気圧機器部品の生産工場 2027年9月操業予定
富士電機津軽セミコンダクタ 青森県五所川原市 SiCパワー半導体(6インチ)生産設備導入開始(2022年) 2024年12月本格量産開始、2025年度以降の能力増強に向けた準備を進める
日本マイクロニクス 青森県平川市 メモリ半導体向けプローブカード新生産棟 2025年1月完成、生産設備導入・立ち上げ
レゾナック山形工場 山形県東根市 パワー半導体向けSiCウエハー生産棟 2025年9月竣工、2026年本格稼働予定
東京応化工業 福島県郡山市 フォトレジスト製造棟新設 (EUV、ArF、KrF用途) 2024年7月着工、2026年下期稼働予定

出所:各社ウェブサイト、報道からジェトロ作成

台湾のファウンドリー大手PSMCによる宮城県大衡村への進出計画は2024年10月に撤回されたが、宮城県は同用地への半導体メーカーの誘致活動を継続している。

半導体製造現場の即戦力人材を育成、岩手 I-SPARK

域内における半導体関連産業の投資が活発化する中、製造現場で即戦力となる人材の育成が重要となっている。製造現場を支える半導体製造装置エンジニア人材を育成する拠点の1つとして昨今注目を集めるのが、2025年4月に岩手県北上市で開設された「いわて半導体関連人材育成施設」(I-SPARK:アイスパーク)だ。装置メーカーの強力なバックアップのもと整備された本施設は、実機の300mm(ミリメートル)プロセス製造装置を運用する公的研修施設だ。参画企業からは、東京エレクトロンやアプライドマテリアルズの300mmプロセス製造装置に加え、訓練用の研修キットが寄贈されている。クリーンルームではないが一般環境下で装置を真空排気し、プラズマを発生させる直前の状態まで運転できる。最新半導体製造装置をここまで一堂にそろえた施設は、国内初だという。ハードウエアに特化した研修の提供を通じ、地域で働く人材の育成と定着を目指している。


I-SPARKに協賛するパートナー企業・サポーター企業はおよそ60社に及ぶ(I-SPARK提供)

設立の背景には、県内の大手デバイスメーカーの生産拠点で稼働する半導体製造装置や付帯設備を維持する人材の不足がある。一拠点で稼働する製造装置は、およそ数百台規模に上る。現場を支える人材の多くは20代後半と若く、40~50代の熟練技術者から若手へ技術を継承する仕組みづくりが課題となっている。I-SPARKは特にニーズの高い、装置のメンテナンス研修をプログラムの主軸に据え、社会人向け初級講座に加え、企業ニーズに応じたオーダーメード型講座も充実させている。施設関係者は「サプライヤー企業は必ずしも自前で人材育成を行えるわけではない。実践現場として広く活用意義がある」と話す。多様化するニーズに応じ、製造現場の自動化に伴う産業ロボットの運用人材向けの講座を2025年下期に開講した。また2026年度下期には、メンテナンス研修の中級コースを新たに開講し、トラブルシューティングや予防保全を担う中堅エンジニアの育成を始める。

開所以降、国内外から大きな反響を集めている。2025年はインドからの視察団を受け入れ、大学講師や教授向けに人材育成をテーマとした研修を実施した。I-SPARKの担当者は「I-SPARKは岩手をPRするアイコンとなりつつある」という。今後については、「先端半導体の量産用装置を、見て、触れて、学べる場として、ぜひ県内外の学生や研究者に多く来ていただきたい。一アカデミーとして大学・高専など教育機関との連携もさらに進めていく」と意気込みを語る。岩手発の実践型人材育成拠点として、今後、当施設が担う役割はますます大きくなりそうだ。

産学官連携で人材育成を進めるT-Seeds

半導体産業におけるエンジニア人材の育成に向け、産学官での取り組みも各地で進んでいる。その中核を担うのが、企業や教育機関、行政機関などで構成される東北半導体・エレクトロニクスデザインコンソーシアム「T-Seeds」(代表:キオクシア岩手)だ。参画企業・機関は2024年4月発足当初の91社から、169社・機関に増えた(2026年4月20日現在)。

T-Seedsは学生向けセミナーや企業視察、インターンシップ、半導体製造実習などを通じて、半導体産業への理解促進と将来を担う人材の裾野拡大に取り組んでいる。同団体が主催する各種講座の受講者は、2024~2025年度で延べ2,200人を超える。

コンソーシアムには、域内の大学・高等専門学校も多く参画する。T-Seedsメンバー企業の講義・視察をカリキュラムに取り入れるなど、教育機関と企業の連携を深めている。

プロセス設計から集積回路まで学べる東北大学

T-Seedsの枠組みの中で、東北大学は実践的な半導体教育と研究開発人材育成を担う主要な教育機関の1つとなっている。オープンイノベーションと半導体製造プロセスの実習や試作開発の機会を提供し、研究開発人材や設計・プロセス技術者の育成、さらに企業の技術開発支援を担う。

東北大学マイクロシステム融合研究開発センター(μSIC)の「試作コインランドリ」(西澤潤一記念研究センター内)には、国内最大級の1,800平方メートルのクリーンルームと150台以上の半導体製造装置を備える。一連の機器に企業がコインランドリーのような手軽さでアクセスできるよう共用化した。“光通信の父”と称された西澤潤一博士らが1963年に設立した半導体研究所をベースとして、半導体研究と産業支援に取り組み、微細加工を応用したデバイスやマイクロシステムの研究開発を加速させてきた拠点だ。

試作コインランドリの2025年度の利用者は約400人に上った。社会人(半導体設計、デバイス、装置メーカー、人材派遣、不動産)が60%、学生(中高生、大学・大学院生)が40%を占めた。

利用者層は半導体分野の初心者や学生から、半導体業界にいるが設計・材料などが専門で半導体製造工程のつながりについて知る機会の少ない人々まで、幅広い。半導体製造工程を実際に体験しながら半導体の原理・原則を理解する場として機能している。現在ではCMOSトランジスタを作ることもできる。

「昨今は技術の高度化により、製造に関わる周囲の工程とのつながりが、研究開発上より重要度を増している。自社技術がどのように活用されるか周りを見渡せないとうまくいかない時代になっている。だからこそ、設計から製作・評価まで一貫した体験ができる環境を拡充していくことが大切だ」とマイクロシステム融合研究開発センター長の戸津健太郎教授は語る。

これまでμSICはMEMS(注2)やセンサー系開発に特徴があり、その関係のデバイス企業の利用が多かったが、昨今では先端半導体のパッケージに使われる材料開発での利用企業も多い。フォトニクス関係企業の利用も増えている。

教育現場であると同時に産業支援の場としても機能し、多様な役割を担うμSIC。学生にとっては微細加工技術・電子工作の学びの場であり、企業の開発者にとっては多機能化する半導体デバイスの原理原則を振り返り研究に発展させる場として、今後の発展がさらに期待される。

東北では、I-SPARKが製造装置の保守・運用人材の育成、T-Seedsが産学官による教育連携、μSICが設計・試作・評価の実践機会を担っている。対象とする人材や機能の異なる3つの基盤が補完し合うことで、製造現場から研究開発までを支える人材育成基盤が形成されつつある。


試作コインランドリでの実習風景(出所:T-Seedsウェブサイト)

注1:
令和3年経済センサス‐活動調査「地域編」統計表より、半導体関連製造業は産業細分類で、「半導体製造装置製造業(産業細分類コード:2671)」「半導体素子製造業(光電変換素子を除く)(2813)」「集積回路製造業(2814)」「半導体メモリメディア製造業(2831)」「その他電子部品・デバイス・電子回路製造業(2899)」「光電変換素子製造業(2812)」の合計。 本文に戻る
注2:
半導体製造技術を用いて作られる微小な機械構造と電子回路を一体化したデバイス。加速度センサー、ジャイロセンサー、マイクロフォンなどに利用される。 本文に戻る
執筆者紹介
ジェトロイノベーション部エコシステム課
新居 清彦(にい きよひこ)
半導体等装置関連企業勤務を経て2023年5月に、ジェトロに入構。
半導体分野における地域産業活性化にむけ、エコシステム形成支援・対日投資に携わる。
執筆者紹介
ジェトロイノベーション部エコシステム課 プロジェクトマネージャー
豊田 裕子(とよだ ひろこ)
電機メーカー勤務を経て、2024年3月にジェトロ入構、現職。

この特集の記事

今後記事を追加していきます。