特集:現地発!アジア・オセアニア進出日系企業の現状と今後日系企業の半数以上が事業を拡大する方針(カンボジア)
生産移管で産業の多角化に期待

2023年3月31日

カンボジアでは、2021年12月以降、新型コロナ禍から本格的な経済回復に向けて歩き出した。国民の新型コロナウイルスワクチン接種率向上が功を奏したかたちだ。その結果、2022年3月中旬の全面的な入国制限緩和に続いて、4月にはマスク着用義務が廃止された。それ以降、新たな規制は特段設けられず、国内経済は復調に向かっている。

本レポートでは、ジェトロの2022年度海外進出日系企業実態調査(調査期間:2022年8月22日~9月21日)の結果を基に、カンボジアに進出する日系企業(有効回答企業数77社)の2022年営業利益予測と2023年営業利益見通しを確認。その上で、当該企業が考えるカンボジアのビジネス環境のメリットとリスクを考察する。さらに、在カンボジア日系企業の今後1~2年の事業展開事例から、カンボジアでの投資トレンドを読み取る。

営業利益が2023年に改善する可能性

2022年営業利益(見込み)は、「黒字」を見込む企業の割合が42.7%だった。これは、ASEANの調査対象国中、ミャンマーに次いで下から2番目の水準になる。製造業では、大企業の7割以上が黒字を予測した。しかし、中小企業の黒字割合は25%にとどまった(図1参照)。この背景には、長く続いた新型コロナ禍の影響がある。居住地域に近い工場への転職希望者が増えるなど、特に2022年第1四半期(1~3月)は工員の多数が入れ替わった。そのため、生産能力の回復には新たに訓練が必要になった。特に、中小企業ではその負担が大きく、収益に影響したとみられる。加えて、カンボジアでは製造に必要とされる原材料を中国などからの輸入に頼っている。そのため、第2四半期(4~6月)に中国南部がロックダウンとなって原材料調達が不安視されたことも、利益見通しを押し下げる要因になった(表1参照)。

図1:在カンボジア日系企業の2022年営業利益見込み
(業態・規模別)
2022年営業利益について「黒字」を見込む企業の割合は42.7%と、ASEANの中でミャンマーに次いで下から2番目だった。非製造業では、黒字の企業よりも赤字の企業が多かった。製造業では、大企業の7割以上が黒字予測となったが、中小企業の黒字割合は25%にとどまった。

注:カッコ内は有効回答数。
出所:ジェトロ「2022年度海外進出日系企業実態調査」

表1:2022年四半期ごとの出来事と影響(製造業企業へのインタビューまとめ)
時期 カンボジア国内外での出来事 在カンボジア企業の活動、企業への影響など
第1四半期 2021年12月:コロナ関連店舗規制緩和。
2022年3月:到着時の入国規制緩和。
2022年7月:入国規制完全撤廃。
中国などから大手縫製業進出。
過去2年のコロナ禍で人材の入れ替わり多数。
人数はいるが、生産能力としても再教育が必要。
新規人材の採用が難しくなる。
生産能力が徐々に戻り、体制としても再構築。
第2四半期 上海のロックダウン再発
→サプライチェーンの混乱。
ロシア・ウクライナ情勢不安
→燃料供給不安からインフレ、経済減速。
カンボジアの輸出は好調
中国からの部材輸入が不安定化、生産調整。
グループ内のサプライチェーンの調整で生産安定を図る
→カンボジアに生産品目を増やして全体最適化
後半の減産予測が視野に入ってくる
第3四半期 中国南部のロックダウン解除
→サプライチェーンの混乱収束。
世界市場経済の停滞懸念が顕著に
→受注に陰り、生産人員調整も。
一部大手での解雇が聞こえ始め、人材流動性高まる。
物流混乱が解消し、材料・部材供給も安定。
事業収益についても楽観視する傾向。
先々の受注先細り、年間生産量の確保に懸念。
第4四半期 欧米・日本での市場縮小懸念
→市場在庫過多との情報
→GFT(縫製・製靴・旅行)分野で、カンボジアからの輸出が急激に減速
グループ会社内サプライチェーン再構築の動き
→加工設備の追加投資を検討、生産品目分散。
→円安傾向もあり、追加投資は様子見。

出所:在カンボジア日系企業へのインタビューを基にジェトロまとめ

一方、2023年の営業利益見通しでは、在カンボジア日系企業の58.2%が2022年と比較して「改善」と回答した。この比率は、ASEANでラオスに次いで高い(図2参照)。この背景について、複数の製造企業にヒアリングしてみたところ、2022年半ば以降、中国でのロックダウンなどの影響を避ける策として、中国の工場からカンボジアへ一部生産品目の生産移管が進んだ事実が見えてきた。その結果として、カンボジア法人の受注や生産規模が安定してきたと考えられ、良好な見通しに影響したとみられる。

図2:2023年の営業利益見通し(2022年との比較)
在カンボジア日系企業の58.2%が2022年と比較して「改善」と回答しており、ASEANではラオスに次ぐ高さとなった。

出所:ジェトロ「2022年度海外進出日系企業実態調査」

市場成長性に期待、手続き面に改善余地

カンボジアのビジネス環境について、メリットとして最上位に挙げられたのは「市場の成長性」だ(表2参照)。カンボジアは今後も高い経済成長が見込まれ、国内市場の拡大が期待される。ビジネス環境上のメリットとして挙げられる項目の多くは、新規投資企業にとってメリットになる。とりわけ、直近に相談が寄せられ始めているタイやベトナムとの分業(タイプラスワン、ベトナムプラスワン)として進出する企業にとって、「従業員の雇いやすさ」や「言語・コミュニケーションの容易さ」(国境付近ではタイ語やベトナム語が通じる)、「駐在員の生活環境」はプラスに働くと考えられる。

一方のビジネス環境上のリスクでは、(1)「行政手続きの効率性(許認可など)」と(2)「税制・税務手続きの効率性」が同率首位になった。これらの課題は、カンボジアでのビジネス環境整備を目的としたカンボジア・日本官民合同会議(注)でも議論が進められている。(1)については、会社設立時や輸出入の際に必要な書面手続きを電子化することで効率を高めるのが一案になる。また、(2)については、税還付手続きの迅速な執行を要求するなど、カンボジア政府との協議が続けられている。

表2:カンボジアのビジネス環境上のメリットとリスク

メリットの上位項目
順位 項目 2021年 2022年
1 市場の成長性 53.1 67.2
2 言語・コミュニケーションの容易さ 30.9 46.6
3 ビザ・就労許可手続き 13.6 43.1
4 従業員の雇いやすさ(ワーカー、スタッフ・事務員など) 16.0 37.9
5 駐在員の生活環境 17.3 34.5
リスクの上位項目
順位 項目 2021年 2022年
1 行政手続きの効率性(許認可など) 48.1 62.7
1 税制・税務手続きの効率性 50.6 62.7
3 電力インフラの整備状況 51.9 55.2
4 法制度の整備状況(外資優遇・規制など) 51.9 50.8
5 人件費の水準 46.9 49.3

注:2021年と2022年は項目が一部異なるため、厳密には比較をできないが、参考までに2021年は類似項目の数値を掲載。
出所:ジェトロ「2022年度海外進出日系企業実態調査」

また、経営上の課題では「従業員の賃金上昇」がトップになっている(表3参照)。労働集約型企業が多いカンボジアでは、必ず上位に挙がる課題だ。もっとも近年の最低賃金は、2021年が月額192ドル(前年比1.1%増)、2022年194ドル(1.0%増)、2023年200ドル(3.1%増)と比較的安定している。

なお、アジア大洋州地域で経営上の課題として上位に挙げられているのは「為替変動」リスクだが、カンボジアではあまり目立っていない。これは、当地ビジネスではドルを主な通貨として利用するという事情を受けた結果と考えられる。

表3:経営上の問題点(カンボジアとアジア・オセアニア)

カンボジア
順位 問題点 2021年 2022年
1 従業員の賃金上昇 55.4 61.9
2 通関など諸手続きが煩雑 40.0 55.8
3 競合相手の台頭(コスト・価格面で競合) 31.5 55.8
4 税務(法人税、移転価格課税など)の負担 50.6 53.2
5 従業員の質 47.0 50.8
アジア・オセアニア地域全体
順位 問題点 2021年 2022年
1 従業員の賃金上昇 71.1 70.9
2 調達コストの上昇 63.3 69.0
3 為替変動 n/a 66.9
4 競合相手の台頭(コスト・価格面で競合) 49.6 51.7
5 通関など諸手続きが煩雑 36.3 50.3

注:2021年と2022年は項目が一部異なるため、厳密には比較をできないが、参考までに2021年は類似項目の数値を掲載。
出所:ジェトロ「2022年度海外進出日系企業実態調査」

今後1~2年に事業を「拡大」予定の企業が5割超

今後1~2年の事業展開の方向性では、「拡大」が53.3%。2021年から2年連続で増加した(図3参照)。新型コロナの影響を受けた2020年は、「拡大」の割合が38.0%まで縮小していたが、その後、順調に回復していることが見て取れる。

図3:在カンボジア日系企業の今後1~2年の事業展開の方向性
「拡大」が53.3%で、2021年以降2年連続で拡大した。新型コロナの影響を受けた2020年は事業拡大を見込む企業の割合が38.0%まで縮小したが、その後、順調に回復していることが見て取れる。

注:カッコ内は有効回答数。
出所:ジェトロ「海外進出日系企業実態調査」

2022年に稼働を開始した主な大型拡張案件としては、「イオンモール・ミエンチェイ店」の開業が挙げられる。当該店舗は、イオンモールの3号店になる。敷地面積は、17万4,000平方メートル。当該モールとして、ASEAN域内最大規模に当たる。この店舗は、12月に先行オープンしており、消費市場としてのカンボジアを見据えた展開といえる。

製造業の拡張例としては、Sumi (Cambodia) Wiring Systems(住友電装のカンボジア拠点)の第3工場稼働がある。新型コロナ禍を契機にしたサプライチェーンの見直しや、生産拠点の分散、需要拡大への対応が、主な理由だ。

また、新規投資案件では、豊田通商によるToyota Tsusho Manufacturing (Cambodia)設立が挙げられる。事業内容は、トヨタ車(ハイラックス、フォーチュナーなどの車種)の組み立てが予定されている。なお、当地では2021年以降、日本企業に限らず、二輪・四輪車の組み立て工場を設立・拡張する案件が相次いで発表されている。政府も自動車分野を重点業種として位置づけ、投資インセンティブを付与するなど、積極的に誘致を図っている。

さらに、二輪・四輪組み立て以外でも、ソーラーパネルの組み立て工場の設立が相次いで発表されている。カンボジアでの製造事業と言えば、従来は縫製・製靴業が圧倒的に主力だった。しかし今後は、それらだけでなく、製造業種の多角化が進んでいくことになるだろう。

製造・非製造を問わず日系企業に機会あり

カンボジアへの新規投資や拡大投資を検討する日系企業にとって、表3のビジネス環境上のメリットとリスクは参考になるだろう。また、特に製造業では、カンボジア政府の政策も気になる。当地政府は投資誘致に力を入れる奨励対象分野として「高付加価値、高品質な製品の安定製造と輸出」を挙げている。すなわち、関連する投資案件に対しては支援が期待できる。

また小売りやサービスなど、非製造業でも、日本企業にとっての機会がありそうだ。例えば、ここ数年の新型コロナ流行で、国民に「健康志向」が広がった。そうした需要を狙った市場や、「日本」という信頼を生かせる製品・サービスで事業参入することも、十分期待できる。


注:
官民合同会議は、1年に2度開催される。この会議には、カンボジア政府、日本政府(在カンボジア大使館)、民間企業(カンボジア日本人商工会議所会員企業)、国際協力機構(JICA)、ジェトロが参加。在カンボジア日系企業の意見を徴収して投資環境整備を図ることで、企業誘致の一助にすることを目的にしている。なお、このような枠組みは、日本についてだけ設けられている。
執筆者紹介
ジェトロ・プノンペン事務所 海外投資アドバイザー
井手 靖(いで やすし)
1986~2021年に国内外のメーカー4社で勤務、2013~2018年にカンボジアでの生産工場立ち上げ・運営の経験を経て、2021年から現職。