特集:現地発!アジア・オセアニア進出日系企業の現状と今後輸入困難で景況感がマイナスに、事業拡大意欲も大幅低下(パキスタン)
輸入内販型ビジネスモデルは曲がり角に

2023年3月20日

パキスタン進出日系企業は、2021年度調査に引き続き、為替変動、調達コストの上昇、高い輸入関税などの問題に直面している。現在の外貨不足による輸入規制や激しいインフレなど厳しいマクロ経済状況にあって、景況感を示すDI値は、2022年はマイナス11.1ポイントと悪化、調査対象のアジア・オセアニア地域20カ国・地域中17位となった。日系企業は2022年以降、パキスタン中央銀行(SBP)の外貨準備高減少による信用状(L/C)開設や決済(海外送金)の遅れなどに直面しており、特にメーカーはいかに部品を輸入し生産を継続するかという厳しい状況に追い込まれている。なお、ジェトロの調べでは、パキスタンの日系企業数は2023年1月時点で79社となっている。2020年のコロナ禍以降は製造業の新規進出の動きは鈍く、代わってサービス業の新規進出・準備が続いている。

2022年の営業利益見込みの「改善」が大幅に縮小

パキスタン経済は、2021年にはコロナ禍から大きく回復し、2020/2021年度(2020年7月~2021年6月)の実質GDP成長率は5.7%、2021/2022年度が同6.0%と高い成長を記録した。しかし、輸入増により経常収支の赤字が拡大し、2022年に入ってからはSBPの外貨準備高が急減し、その対策として、政府・SBPは厳しい輸入抑制策を導入した。その結果、在パキスタン日系企業の大半を占める輸入内販型の企業は思うようにビジネスができなくなっている。

調査回答企業のうち、2022年の営業利益見込みの設問に「黒字」と回答した企業の割合は51.9%で、前回2021年度調査の70.3%から減少した。2022年の営業利益見込みが前年と比較して「改善」すると回答した企業の割合は厳しい経済状況を反映して25.9%となり、前回調査の75.7%から大きく後退した(図参照)。2023年の営業利益見通しが前年に比べて「改善」すると回答した企業の割合は、調査時点(2022年8~9月)では71.4%となり回復への期待感の高さが表れている。一方、2022年の営業利益見通しが「悪化」と回答した企業は37.0%となり、前年の8.1%から増大した。

景況感を示すDI値は、2022年はマイナス11.1ポイントとなり、前回調査時の67.6ポイントから大きく後退し、調査対象国・地域の中で17位と急落した。ただし、2023年のDI値(見通し)は64.3ポイントと改善を見込んでおり、回答企業はSBPの外貨準備高増加による輸入状況の改善に期待しているものと考えられる。

図:パキスタン進出日系企業の営業利益見込みとDI値
2008年から2022年における在パキスタン日系企業の営業利益見込みが「黒字」とした企業比率、営業利益見込みが前年から「改善」したと回答した企業比率とDI値の推移を示している。各指標ともに概ねプラス水準にあった中、新型コロナ禍の2020年に、各指標は大幅に落ち込み、2021年はその反動でおよそ70%、70ポイントまで上昇した。2022年の「黒字」企業比率は51.9%、「改善」したと回答した企業比率は25.9%まで低下した。DI値にいたっては、マイナス11.5ポイントまで悪化した。

注:各年とも調査実施8~9月時点での見通し。
出所:各年度「アジア・オセアニア進出日系企業実態調査」(ジェトロ)

通貨ルピー安が最大の経営課題に

経営上の問題点を聞いたところ、「為替変動」が84.9%と最も回答割合が高かった。パキスタン・ルピーの対ドル為替レートは、2017年11月時点で1ドル=105ルピーだったが、2019年12月に155ルピーになり、さらに2021年5月に直近高値の152ルピーを記録した後は下落に歯止めがかからず、2023年1月末には一時268ルピーに達した。

2番目に大きな経営課題は、「調達コストの上昇」で79.0%であった。通貨安による輸入部材コストの上昇、コロナ禍後の海上運賃の高止まり、インフレなどにより、日系企業は調達コストを販売価格に転嫁せざるを得ない状況が続いている。

アジア・オセアニア進出日系企業間で最大の経営課題となっている「従業員賃金の上昇」(全体平均:70.9%)については、パキスタンでは61.3%(経営課題で順位5位)で、インドの77.2%(同1位)と比較しても低めにとどまっている。しかし、2022年の前年比昇給率をみると、パキスタンは製造業が12.3%で調査対象20カ国・地域中1位、非製造業が10.0%で同2位となっており、最も賃金上昇が激しい国という結果になっている。とはいえ、例えば、製造業作業員のドルベースでみた賃金の年間実負担額については、パキスタンは2,866ドルで、中国(1万1,854ドル)の4分の1、ベトナム(4,783ドル)の6割の水準となっている。

パキスタンは、エネルギーなどの国際資源価格の高騰にともなって大幅な貿易赤字を抱えており、通貨安とインフレが進行している。2021年9月から上昇し始めたインフレ率は、2023年1月には前年同月比27.6%上昇と記録的な水準にまで高進しており、国民生活に大きな影響を与えている。外貨準備高不足に陥っているパキスタン政府は2023年2月、国際通貨基金(IMF)の拡大信用供与(EFF)融資を受けるため、IMFの要求に従って、一般売上税(GST)増税(17%→18%)、ガソリンなど石油製品値上げ、たばこや砂糖入り炭酸飲料の増税などを発表しており、さらなるインフレ高進が予想されている。高インフレにより、賃上げは加速するとみられる。

曲がり角を迎えた輸入内販型ビジネスモデル

今回の調査では、厳しい経済情勢の中で、回答企業の事業拡大意欲が大幅な低下を示した。今後1~2年の事業展開の方向性を聞いた設問では、2021年度調査で67.4%の企業が「拡大」すると回答(調査対象国・地域中3位)しており、コロナ禍の2020年でさえ53.5%(同1位)であったが、今回の調査では42.1%に低下、調査対象国・地域の中で12位に落ち込んだ。この設問ではパキスタンは例年上位5位以内に入ることが多いだけに、輸入困難で工場の操業や製品販売もままならない状況の中、この数字が日系企業の苦悩の深さを物語っている。一方で、「縮小」すると回答した企業は2.6%、「撤退」は0%で、日系企業の不退転の決意がにじむ。

パキスタンの最大の魅力は、2億2,000万人を超える人口と市場の潜在成長性だ。毎年の出生数は約600万人、人口増加率は1.8%(世界銀行、2021年)、国民の平均年齢は24歳となっている。1人当たりGDPはまだ1,562ドル(IMF、同)レベルだが、所得税納税者が人口の約1.5%(約340万人、法人を含む)と少ないパキスタンでは「捕捉されない(Undocumented)経済」が大きいと言われ、名目GDPに匹敵するという識者さえいる。

パキスタンの日系企業は、調査対象20カ国・地域の中で、売上高に占める輸出の比率が15.8%と最も低い。つまり、輸入内販型が多い。そして、成長性の高い国内市場での輸入内販型ビジネスを追求してきた日系企業は、事業拡大を強く志向してきた。しかし、2022年に顕在化した外貨準備高不足で政府・SBPが輸入抑制策・規制を導入したことにより、このビジネスモデルは著しく困難となった。外貨不足の中で、政府・SBPは2023年1月から、食料・医薬品・エネルギーなどとともに、輸出企業の原材料の輸入を優先している。IMFなどの国際機関やサウジアラビア、中国などの友好国の支援で、今後一時的に外貨準備高が回復したとしても、パキスタンは輸入依存度が高いため、再び外貨不足に陥る可能性は常にある。パキスタンの慢性的外貨不足は、輸入内販型ビジネスの成長阻害要因であり、大きなリスクだ。商社などは従来、繊維製品に加え、農水産物、有機化合物、揮発油などを輸出してきた。メーカーも今、輸出で自ら外貨を稼がないと事業が立ち行かなくなることに危機感を強め、輸出の方途を模索し始めている。

執筆者紹介
ジェトロ・カラチ事務所長
山口 和紀(やまぐち かずのり)
1989年、ジェトロ入構。ジェトロ・シドニー事務所、国際機関太平洋諸島センター(出向)、ジェトロ三重所長、経済情報発信課長、農水産調査課長、ジェトロ高知所長、知的財産部主幹などを経て、2020年1月から現職。