特集:現地発!アジア・オセアニア進出日系企業の現状と今後コスト増に直面するも、ビジネス展開の意欲は高く(ベトナム)

2023年3月24日

ベトナムの投資環境に関して、ジェトロが2022年8月から9月にかけて実施した「2022年度海外進出日系企業実態調査」(以下、日系企業調査)を通して読み解いていきたい。ベトナムは、新型コロナウイルス禍からの反動もあって順調な経済回復を見せ、2022年のGDP成長率は1997年以来の8%超えとなった(2023年1月10日付ビジネス短信参照)。今回の日系企業調査でも、高い経済成長を追い風に、ベトナム国内での事業拡大を検討する企業の割合は多かった。半面、ベトナム経済は加工貿易が牽引する経済構造のため、外部環境の影響を受けやすく、世界的なインフレによる各種コストの高騰や、為替変動などが経営状況悪化の要因になった。加えて、非効率な行政や上昇を続ける人件費など、事業環境の課題も明らかになった。

ベトナム進出企業、回答者の属性

今回の日系企業調査では、603社の在ベトナム日系企業から回答を得た。業種別では、製造業309社、非製造業294社。企業規模別では、大企業312社、中小企業291社で、ほぼ半数に分かれる。地域別では、ハノイ市やハイフォン市を含む北部が268社、ダナン市を含む中部が28社、ホーチミン市を含む南部が307社と、南部の割合が高い。

景況感回復で、業績は改善へ

2022年の営業利益見込みについて、アジア・オセアニア地域全体では「黒字」と回答した企業が65.6%(前年比2.6ポイント増)、「赤字」が16.4%(5.8ポイント減)と、業績が改善する傾向がみられた。ベトナムの日系企業も同様に業績が改善し、「黒字」が59.5%(5.2ポイント増)、「赤字」が20.8%(7.8ポイント減)となった。業種別では、製造業の黒字割合が61.1%(3.6ポイント増)、非製造業の黒字割合が57.6%(6.1ポイント増)だった(図1参照)。中小企業の黒字割合は53.0%(6.0ポイント増)で、大企業と12.9ポイントの差が開いている。

図1:ベトナムにおける営業利益の黒字見込み
アジア・オセアニア地域全体では「黒字」と回答した企業が65.6%(前年比2.6ポイント増)、「赤字」が16.4%(5.8ポイント減)と、業績が改善する傾向がみられた。ベトナムの日系企業も同様に業績が改善し、「黒字」が59.5%(5.2ポイント増)、「赤字」が20.8%(7.8ポイント減)となった。業種別では、製造業の黒字割合が61.1%(3.6ポイント増)、非製造業の黒字割合が57.6%(6.1ポイント増)だった。中小企業の黒字割合は53.0%(6.0ポイント増)で、大企業と12.9ポイントの差が開いている。

注:カッコ内は回答母数。
出所:ジェトロ「海外進出日系企業実態調査」

業績の改善理由には、新型コロナからの反動が上位に挙がった。一方、業績の悪化理由は、原材料・部品調達、物流、人件費などのコスト上昇、為替変動の影響が上位を占める。調達や物流コスト、為替変動には、ウクライナ問題や世界のインフレなどが複雑に絡む。ポストコロナの不透明な経済・社会情勢が足かせとなっている。

事業拡大意欲はASEANトップ

今後1~2年の事業展開の方向性については、ベトナムでは「拡大」と回答した企業が60.0%(前年比4.7ポイント増)、「縮小」もしくは「第三国(地域)へ移転・撤退」は合わせてわずか1.1%(1.1ポイント減)だった(図2参照)。「拡大」と回答した企業の割合はASEANで最大だ。

図2:今後1~2年の事業展開の方向性(国・地域別)
ベトナムでは「拡大」と回答した企業が60.0%(前年比4.7ポイント増)、「縮小」もしくは「第三国(地域)へ移転・撤退」は合わせて僅か1.1%(1.1ポイント減)だった。「拡大」と回答した企業の割合はASEANで最大だ。

注:カッコ内は回答母数。
出所:ジェトロ「海外進出日系企業実態調査」

事業拡大の意欲が高い背景には、輸出拡大による売り上げ増加、現地市場での売り上げ増加の両方が見込める点にある。事業拡大する理由として、製造業では「輸出量の増加による売り上げ増加」と「輸出先が増えること(販路拡大)による売り上げ増加」に次いで、「成長性、潜在力の高さ」が上位に挙がった。非製造業では「成長性、潜在力の高さ」「現地市場での購買力増加に伴う売り上げ増加」が上位だった。

拡大を検討する機能としては、「生産機能」と「販売機能」の両方への意欲が高く、、「生産機能(高付加価値品)」の回答割合は34.7%だった。前年比ではわずかに減少したが、2018年から35%前後の水準で推移している。「生産機能〔汎用(はんよう)品〕」の回答は2018年(39.7%)から逓減し、29.8%だった。「販売機能」の回答は57.8%で、2021年(49.1%)から大幅に上昇した(図3参照)。低コストで加工輸出を行うという従来のビジネスモデルから、高付加価値品の生産強化や国内市場の成長性に期待した販売拡大にシフトする時期に差し掛かっていると言えるだろう。

図3:ベトナムで事業拡大する機能の推移
「生産機能」と「販売機能」の両方への意欲が高かった。「生産機能(高付加価値品)」の回答割合は34.7%だった。前年比では僅かに減少したが、2018年から35%前後の水準で推移している。「生産機能(汎用品)」の回答は2018年(39.7%)から逓減し、29.8%だった。他方、「販売機能」の回答は、57.8%で、2021年(49.1%)から大幅に上昇した。

出所:ジェトロ「海外進出日系企業実態調査」

また、サプライチェーンや経営・管理体制の見直しに関する設問では、積極投資を図る項目、効率化やコスト削減を目的とする項目それぞれが挙がり、事業拡大の推進に当たり、多面的に工夫と検討をする様子がうかがえた。例えば、「新規投資・設備投資の増強」や「現地従業員の増員」など、積極的に投資を図るとの回答が上位に挙がった。また、「現地調達の推進」や「人材育成の強化」などの現地化の取り組み、「自動化・省力化の推進」「デジタル化の推進」などの効率化を目指す取り組みも、回答の上位に挙がった。

行政面に残るリスクと課題

しかし、拡大する機能として高付加価値品の生産と回答した割合は、中国、タイ、インドネシアなどを下回っている。高付加価値品の生産拠点としてベトナムが次の段階に到達するには、企業側の努力だけではなく、ビジネス環境の整備など、政策面の取り組みも求められる。ビジネス環境については、リスクとして、行政手続きの効率性(許認可など)、税制・税務手続きの効率性、法制度の整備状況(外資優遇・規制など)が上位に挙がり、いずれもASEANの平均を大きく上回った(図4参照)。特に、行政手続きの効率性(許認可など)は66.2%と、調査の項目立てが変わったため、厳密に従来と比較はできないが、2021年の日系企業調査では行政手続きの煩雑さ(許認可など)をリスクとする回答が53.8%だったことを踏まえると、状況は悪化している。

図4:ベトナムの経営上のリスク(上位10項目)
行政手続きの効率性(許認可など)、税制・税務手続きの効率性、法制度の整備状況(外資優遇・規制など)が上位に挙がり、いずれもASEANの平均を大きく上回った。特に、行政手続きの効率性(許認可など)は66.2%と、調査の項目立てが変わったため、厳密に従来と比較はできないが、2021年の日系企業調査では行政手続きの煩雑さ(許認可など)をリスクとする回答が53.8%であったことを踏まえると、状況は悪化している。

注:カッコ内は回答母数。
出所:ジェトロ「海外進出日系企業実態調査」

行政や法整備に係る問題は、日系企業の脱炭素化への取り組みの遅れにもつながっている。日系企業調査では、「すでに脱炭素化に取り組んでいる」企業の割合が29.4%と、ASEAN域内でベトナムが最低だった。ベトナムは2050年までのカーボンニュートラルを表明しているが、エネルギー転換の実現には懸念が生じている。具体的な脱炭素の取り組みへの課題としては、日系企業調査では、「2021年から2030年までの電源開発計画をまとめた第8次国家電力マスタープラン(PDP8)の策定の遅れ」や「再生可能エネルギーに関する法制度の未整備」などのコメントが複数寄せられた。政策が不透明な上に、昨今のさまざまなコスト上昇も経営に重くのしかかる中、日系企業が新たな取り組みを推進しにくい実情が透ける結果だ。

現地調達の推進についても、日系企業の計画と、裾野産業育成を目指すベトナム政府の意向が一致するかは不透明だ。日系企業調査によると、ベトナムでの現地調達率は37.3%(地場企業からの調達は15.0%)で、新型コロナ前(2019年)の36.3%からあまり変化がなく、近年はほぼ横ばいで推移している。現地調達の推進に当たっては、調達先となる地場企業の製品の質や技術が不十分な点や、部材がベトナム国内で入手困難な点などが従来から課題になっている。こうした状況から、日系企業の中には、コスト削減だけでなく、サプライチェーン途絶リスクへの備えという側面から、日本国内サプライヤーにベトナム進出を促すなどし、対策を急ぐ企業もある。現地調達率の向上のため、外資裾野産業の誘致と地場企業育成の両面で施策が必要だ。

また、日系企業調査を実施した2022年8~9月以降、汚職事件の対応を巡るベトナム国家主席らの辞任劇が象徴するように、現地の政治情勢も大きく変化した(2023年1月12日付2023年1月20日付ビジネス短信参照)。ベトナム共産党幹部や政府高官の相次ぐ処分が各種許認可や行政手続きの遅延や、政策の決定・実行に影響を与える。そのため、上記のようなビジネス環境上の課題解決に向けた行政の改善が推進されず、むしろ、状況が悪化する可能性もありうる。

人件費上昇はさらに加速の兆し

経営上のリスクには、賃金の上昇も挙げられる。在ベトナム日系企業の賃金は、2021年から2022年にかけて5.8%上昇した。2023年の上昇見込みは5.9%で、平均して2年連続ほぼ同じ水準の上昇率だ。しかし、2022年と2023年の分布をみると、昇給率の様相は少し異なる。2022年は昇給率3%未満の企業は15.8%だったが、2023年は8.3%に減少している(図5参照)。対して、昇給率5%以上と回答した企業は65.7%から72.8%に増加し、全体的に昇給率を引き上げる傾向が出た。

図5:ベトナムの基本給ベースアップ率の分布
2022年は昇給率3%未満の企業は15.8%だったが、2023年は8.3%に減少している。対して、昇給率5%以上と回答した企業は65.7%から72.8%に増加し、全体的に昇給率を引き上げる傾向が出た。

注:カッコ内は回答母数。
出所:ジェトロ「海外進出日系企業実態調査」

月額給与は職種により多少異なるが、インド、インドネシア、フィリピンとほぼ同水準。その上はタイになるが、タイの賃金上昇率は3.3%と相対的に低い。ベトナムとの差は、工場ワーカーで月108ドル、非製造業のスタッフで月15ドルの違いだ。近い将来、タイの給与水準に追いつく、あるいはタイを超える可能性は十分にありそうだ。

日系企業調査の結果を振り返ると、在ベトナム日系企業の事業拡大意欲は高く、ベトナムからの輸出増のための生産強化、国内市場の成長を見込んだ販売強化などを目指していることがわかる。人件費増加は避けられない流れにあるものの、それでも、今後の現地従業員数を「増加予定」と回答した企業は54.5%だった。事業拡大のため人員体制を強化しようという意向の表れと言える。他方で、増大するコスト対策として現地化や効率化を進める取り組みも見られる。機会とリスクを見極め、自社に合った事業の運営・拡大計画を立てることが今後の成功のポイントとなるだろう。

執筆者紹介
ジェトロ・ハノイ事務所 ディレクター
萩原 遼太朗(はぎわら りょうたろう)
2012年、ジェトロ入構。サービス産業部、ジェトロ三重、ハノイでの語学研修(ベトナム語)、対日投資部プロジェクト・マネージャー(J-Bridge班)を経て現職。