特集:現地発!アジア・オセアニア進出日系企業の現状と今後事業拡大意欲は拡大も、人材の問題がリスク(マレーシア)
2023年3月20日
ジェトロが実施した「2022年度海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」(以下、企業調査)によれば、営業利益見通しを「黒字」と回答するマレーシア進出日系企業は6割超と、2年連続で上昇を続けた。今後同国で事業を拡大する意向を示す企業の比率も約半数に上り、新型コロナ禍からの回復は顕著だ(注1)。一方、離職率の高さなど、人材にまつわる課題の深刻さも確認された。ESG(環境・社会・ガバナンス)への取り組みも求められる中、これに真剣に向き合い、チャンスを見いだす企業もある。マレーシアのビジネス環境に対する見方や企業の活動状況につき、「営業見通し」「今後の事業展開」「ビジネス環境」を分析した後、「脱炭素化への対応」「サプライチェーンにおける人権に関する方針」の観点から、企業が抱える課題やビジネスチャンスを解説する。
営業利益見込み、黒字割合は順調に回復へ
2022年の営業利益見通し(調査時点2022年8~9月)については、マレーシア進出日系企業(有効回答216社)の63.0%が「黒字」と回答した(図1参照)。過去の同調査では2020年度50.0%、2021年度59.7%であることから、黒字割合は2020年以降2年連続で上昇した。着実に業績が回復していることが分かる。
事業拡大意欲は大幅上昇、サプライチェーン見直しを検討する企業は半数
今後1~2年の事業展開については、48.4%の日系企業が事業を「拡大」すると回答した(図2参照)。前年の43.2%と比べて5.2ポイント上昇しており、上昇幅はASEAN主要6カ国(ベトナム、タイ、シンガポール、インドネシア、マレーシア、フィリピン)の中で最も大きい。拡大する理由としては、「成長性、潜在力の高さ」と回答した割合が39.3%と最も高く、「輸出量の増加による売り上げ増加」(37.4%)、「輸出先が増えることによる売り上げ増加」(31.8%)がそれに続いた。その他の自由記述では、「本社の方針として生産拡大や機種移管を打ち出している」(一般機械)や、「チャイナリスク回避による生産再編」(電気・電子機器部品)といった外的要因も示唆された。
製造業において、「第三国(地域)への移管、撤退」を選択した企業はなかった。非製造業では「縮小」という回答はなく、引き続き市場の需要取り込みに意欲を示す様子がうかがえる。別途、マレーシアの投資に関する日本企業のプレスリリースなどをみると、製造業では既存拠点による拡張投資が中心である一方、非製造業では新規進出も相次ぐ。2022年中は例えば、ららぽーとが開業したほか、ニトリやノジマ、蔦屋書店などが相次ぎ初進出を果たした。小売り分野では、2023年には西武が開業を予定している。今回の調査結果では、中華系富裕層の取り込みのみならず、「マレー人市場へのアプローチ」(販売会社)、「ハラル商品の開発強化」(食料品)に意欲を見せる声もあった。
他方で、マレーシアで新型コロナ以降、何らかのサプライチェーン(SC:生産・販売・調達)の見直しを行った企業は44.7%、今後見直すと回答した企業は54.2%と過半数に上り、いずれもASEAN主要6カ国中最も高い比率を記録した。新型コロナや2021年末の大規模水害(2021年12月22日付ビジネス短信参照)の他、物流費の高止まり、地政学的緊張を背景とした一次産品価格の高騰、そしてマレーシアの場合は特に労働者不足や人件費上昇などが、企業の生産・調達・販売活動に影響を与えたと考えられる(2022年12月5日付地域・分析レポート参照)。
人件費に関しては、マレーシアは他のASEAN諸国と比べて特徴的な動きを示した(図3参照)。製造業の製造原価に占める人件費の比率は21.1%で、2019年度調査比で2.7ポイント上昇した一方、材料費比率は2.2ポイント縮小。ASEAN主要国で唯一、材料費比率が縮小に転じた。材料費においては、サプライチェーンの見直しによりコスト削減の努力がなされている一方で、人件費の面では、インフレも加味した最低賃金の25%もの引き上げや雇用法改正による残業代支払い増加などが影響したと見られる。実際に、前回調査と比較したマレーシアにおける賃金の年間実負担額は、非製造業・マネージャー以外の職種では軒並み上昇した。
図3:製造原価に占める人件費、材料費の基準(国別)(%)
出所:ジェトロ「2022年度海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」
SC見直しの具体的内容として、販売では「価格の引き上げ」(37.0%)や「販売先の見直し」(34.3%)、調達では「調達先の見直し」(58.3%)や「調達先との連携強化」(52.8%)、生産では「新規投資などの増強」(36.1%)や「自動化・省人化の推進」(34.3%)などが挙がった。こうしたSC見直しの多くは一時的な導入にとどまらない。企業調査で、見直し期間は「中長期的」であると回答した企業は販売で82.4%、調達で83.6%、生産では66.7%に上った。中には、SC見直しを、自社の競争力を高めるための「原料、部品、人材、すべてにおいて今までは不可能とされていた現地化への再挑戦」(ゴム・窯業・土石)と前向きに捉える企業もある。
ビジネス環境へのプラス評価は6割、経営上のリスクは人材の問題に集中
マレーシアのビジネス環境へのポジティブ評価(満足・まあ満足)は60.5%。投資環境上のメリットとしては、「言語・コミュニケーションの容易さ」「駐在員の生活環境」が上位に挙げられた(表1参照)。特に後者は、調査対象20カ国・地域で首位に立った。駐在環境については、今回の調査の他にも高い評価結果が見られている。例えば、学習プラットフォームである米国プレプリーによる「駐在員にとって住みやすい都市」ランキング(2022年9月発表)でも、クアラルンプール市がトップに立ち、生活費や家賃、ネット環境といった複数項目で満点の評価を得た。
前者の「言語・コミュニケーションの容易さ」でも、フィリピン(77.4%)に届かないものの、準公用語である英語力の高さが評価された。欧米企業によるマレーシアへの半導体投資が活況を呈す背景にも、言語面での優位性が存在すると、専門家や在マレーシア日本企業は指摘している。
他方、投資環境上のリスクとしては、「人件費の水準」(注2)、「ビザ・就労許可手続き」「離職率の水準」が上位に挙げられた。とりわけ、「離職率の水準」では調査対象20カ国・地域中でマレーシアの回答率が最も高く、「ビザ・就労許可手続き」「雇用・労働制度」も、それぞれシンガポールとインドネシアに次ぐ第2位だった。2022年には最低賃金の引き上げ、外国人労働者の新規採用手続き遅延、2023年には改正雇用法が施行されるなど、労務にかかわる制度変更への対応やコスト増の影響が調査結果に表れたと見られる。
表1:マレーシアのビジネス環境上のメリットとリスク(%)
順位 | 回答項目 | 回答率 |
---|---|---|
1 | 言語・コミュニケーションの容易さ | 70.8 |
2 | 駐在員の生活環境 | 55.0 |
3 | 市場の成長性 | 44.4 |
4 | 治安・犯罪・テロ | 35.7 |
5 | 現在の市場規模 | 30.4 |
順位 | 回答項目 | 回答率 |
---|---|---|
1 | 人件費の水準 | 60.8 |
2 | ビザ・就労許可手続き | 56.5 |
3 | 離職率の水準 | 55.4 |
4 | 行政手続きの効率性(許認可など) | 50.5 |
4 | 雇用・労働制度 | 50.5 |
注1:括弧内は本設問の対象企業数。
注2:太字は、7割以上の企業が回答した項目。
出所:ジェトロ「2022年度海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」
人権問題への意識、マレーシアで特に高く
ESGに目を移すと、サプライチェーンにおける人権問題を経営課題として認識する企業の割合は、マレーシアでは65.7%となり、ASEAN主要6カ国中で最も高い割合を示した。背景には、マレーシアに特有の事情もある。人権問題を経営課題として認識する理由として多く挙がるのは、他国と同様、本社やグループ全体の方針によるものとの回答だったが、他にも「米国当局から人権問題を指摘され、輸入制限を受けた他社例がある」や「人権侵害を理由とした取引停止のリスクがある」など、喫緊の経営リスクとして認識する様子もうかがえた。特に外国人労働力への依存度が強いマレーシアでは、ゴム手袋の製造現場などでの強制労働問題がある、との疑いで米国を中心に厳しい目を向けられている(注3)。
さらに、「取引先からの確認要請がある」(精密・医療機器)や「顧客監査のチェック項目の1つである」(鉄・非鉄・金属)など、顧客からの要請に応じる必要性も指摘された。また、マレーシアの主要産業である電気・電子分野の企業からは、「レスポンシブル・ビジネス・アライアンス(RBA、注4)」に、業界として対応する必要があることが、人権問題経営課題として認識する理由の1つとして言及された。
懸念点 | 予防策 |
---|---|
ハラスメントに対する国の罰則強化(運輸、電気・電子など) | 日本の方針に従いハラスメント対策、内部通報体制を構築。社内教育や外部機関による監査なども実施。 |
ブランドイメージの毀損、特にサプライヤーや請負会社内でのリスクハック(電気・電子) | 自グループの製造会社には、外国人労働者雇用の標準作業手順書を策定し、各社に遵守を要請。 |
サプライヤーの労働リスク(児童労働、過重労働)、社内の人種や性別による差別、ハラスメント(一般機械) | 取引前のサプライヤー視察、監査。 |
自社、サプライチェーン含めた外国人労働者の労働/住環境などに対する外部からの指摘(電気・電子) | 自社については環境改善の取り組み推進や自主的な内部監査を実施。調達先については一社集中の回避。 |
サプライチェーン最上流の人権リスクは一時購入先や商社等を通して間接的に調査を行うため、調査報告と実態との乖離把握が困難(電気・電子) | 記録に残すことができる、書面などによる人権侵害リスクの回避宣言書の入手など。 |
新疆ウイグル地区由来の原料や製品の客先での不買運動(繊維・衣服) | 原料サプライヤーからの情報収集、不使用証明の取得。 |
出所:ジェトロ「2022年度海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」
人権デューディリジェンスを実施、または実施予定であると回答した企業の割合は、マレーシアでは48.5%となった。人権問題への認識が高いことと連動し、この項目でもASEAN主要6カ国の中でも最も高い比率を記録した。人権に関する具体的な懸念点として、改正雇用法によるハラスメント対策強化や外国人労働者の労働環境といった事情にも目を配る記述が見られた。マレーシア政府自身も、強制労働根絶に向けた国家計画を策定し、2022年には国際労働機関(ILO)の1930年強制労働条約(第29号)2014年議定書を批准するなど(2022年3月25日付ビジネス短信参照)、人権重視の姿勢を強めている。人権リスク発生に対する予防策として企業は、社内体制の構築や内部監査、取引先からの書類取得などを挙げた(表2参照)。
脱炭素化には課題多いが、ビジネスチャンスも
温室効果ガスの削減など、何らかの脱炭素化に取り組んでいる企業の割合は、36.7%に上った。「今後取り組み予定がある」も合わせるとこの割合は76.0%になり、ASEAN主要6カ国の中ではインドネシア(80.3%)に次ぐ。業種別では、製造業で42.6%、非製造業で29.6%が「すでに取り組んでいる」と回答した(図4参照)。
さらに、現地拠点に脱炭素関連の数値目標があると回答した企業は、ASEAN主要6カ国の中でマレーシアが最も高く23.1%だった。「2030年までに、2021年比で排出量30%削減」(食料品)や「サプライチェーン全体を2050年までに脱炭素化」(電気・電子機器)などの目標が挙がった。
脱炭素に向けた具体的な取り組み内容を尋ねたところ、「省エネ・省資源化」(73.9%)と「再エネ・新エネ電力の調達」(54.9%)と回答したマレーシア企業の割合が、ASEAN主要6カ国の中で最も高い比率を示した。前者として具体的には、製造工程での排熱有効利用、雨水の再利用、廃棄物の埋め立て処理撤廃など、後者としては太陽発電の導入や植物由来資源への置換などに着手している事例がある。
一方で、脱炭素化への課題として、コスト増や政府方針の不明確さ、意識の低さなどが挙がった。とりわけ、脱炭素化の取り組みをメリット化できるほど、政府の具体的な方針や制度設計(インセンティブを含め)が存在しない、との不満も提起された。政府による「第12次マレーシア計画」や「国家エネルギー政策2022-2040」などの戦略では2050年までの脱炭素化がうたわれているが、企業レベルで取り組むべき具体的な指針は現在のところ設定されていない。
こうした状況下でも、脱炭素化の流れが強まることは必至であり、これをビジネスチャンスと捉える動きが存在する。国内プレーヤーの充実度や技術の発展可能性などに照らし、水素・燃料アンモニアなどが有望分野と見られる中、日・マレーシア企業間で連携の動きも出つつある(詳細は、2022年8月「マレーシア・カーボンニュートラルキープレーヤー調査」も参照)。また、今回の調査の回答企業による個別の記載からも、例えば「太陽光パネルの販売」(電気・電子機器)、「太陽光発電の第三者所有モデルの提案、推進」(建設業)、「再エネによる脱炭素効果を積極的に普及」(鉱業・エネルギー)、「バイオマス燃料製造の計画推進」(建設業)、「環境に配慮した新材料の開発と販売」(建設業)、「顧客に対する再エネ利用の提案」(商社・卸売業)といった取り組みが見られた。
- 注1:
- 企業調査のうち、「ASEAN6カ国の比較とマレーシアの特徴(1.7MB)」を抽出した分析も参照。
- 注2:
- 企業調査によれば、マレーシアの月額基本給は、製造業ワーカーで430ドル、エンジニアで818ドル、非製造業スタッフで941ドルと、ASEANの中ではシンガポールに次ぐ水準。
- 注3:
- 2023年1月現在も、マレーシアのゴム手袋企業が複数、米国の違反商品保留命令(WRO)の対象。マレーシアのWRO件数(6件)は、中国(35件)に次ぐ多さ。
- 注4:
- SDG対応の一環として成立した電気電子業界における行動規範で、150社以上の企業が参加するグローバルアライアンス。電気電子機器産業、またそれらが主な部品である産業、およびそのSCにおいて、労働環境が安全であること、労働者が敬意と尊厳を持って処遇されること、その事業活動が環境に対し責任を持ち倫理的に行われることを確実にするための規範。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・クアラルンプール事務所
吾郷 伊都子(あごう いつこ) - 2006年、ジェトロ入構。経済分析部、海外調査部、公益社団法人日本経済研究センター出向、海外調査部国際経済課を経て、2021年9月から現職。共著『メイド・イン・チャイナへの欧米流対抗策』(ジェトロ)、共著『FTAガイドブック2014』(ジェトロ)、編著『FTAの基礎と実践-賢く活用するための手引き-』(白水社)など。