特集:現地発!アジア・オセアニア進出日系企業の現状と今後自働化や脱炭素がビジネスチャンスに(タイ)

2023年3月24日

「2022年度海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」(以下、日系企業調査)によると、タイでは、新型コロナウイルス対策の国外からの渡航制限の撤廃などから、2022年は新型コロナ禍で落ち込んだ経済が顕著に回復した。その結果、2022年の日系企業の営業利益見込みはおおむね良好で、2023年も引き続き改善する見通しだ。一方で、ロシアによるウクライナ侵攻の長期化や、世界的なインフレ、金融政策の引き締めによる輸出需要の減少などがタイ経済への悪影響となる可能性もある。本稿では、日系企業調査の結果を基に、データの背景にある要因を分析、潮流について解説する。

好調な営業利益見通し、2022年は非製造業で特に改善

ジェトロでは、2022年8月から9月にかけて、アジア・オセアニア20カ国・地域に進出する日系企業に、アンケート調査を実施した。在タイ日系企業では538社が回答した。同調査によると、在タイ日系企業の2022年の営業利益見込みについて、「黒字」と回答した企業の割合は、前年度調査(2021年見込み)を1.2ポイント上回る63.8%だった。一方、「赤字」を見込む企業は前年度調査から4.1ポイント低下して、17.7%、「均衡」は18.6%だった(図1)。また、2022の営業利益見込みが前年と比べて「改善」すると回答した企業は40.1%、「横ばい」は32.9%、「悪化」は27.0%だった。しかし、業種別で見ると、製造業では「悪化」を見込む企業が32.1%で、非製造業の20.4%と比較して高い割合となった(図2)。製造業の「悪化」理由としては、「原材料・部品の調達コストの上昇」(77.9%)「物流コストの上昇」(50.5%)などが挙げられ、コスト上昇が業績の主な下押し要因となっていることがうかがえる。

図1:2022年の営業利益見込み(%)
「黒字」と回答した企業の割合は、前年調査(2021年見込み)を1.2ポイント上回る63.8%だった。一方、「赤字」を見込む企業の割合は前年から4.1ポイント低下し、17.7%となった。

出所:ジェトロ「2022年度海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」

図2:2022年の営業利益見込み(2021年との比較)(%)
「改善」すると回答した企業の割合は40.1%、「横ばい」は32.9%、「悪化」は27.0%。業種別で見ると、製造業では「悪化」を見込む企業が32.1%となり、非製造業の20.4%と比較して高い割合となった。

出所:図1に同じ

「改善」を見込む企業では、その理由として「新型コロナに起因する反動増」(48.1%)、「新型コロナに起因する行動制限の緩和の影響」(33.2%)、「輸出量の増加による売り上げ増加」(20.7%)、「為替変動」(20.2%)が上位だった。業種別で見ると、新型コロナ関連を改善理由に挙げた企業の割合は非製造業で大きく、「新型コロナに起因する反動増」が51.5%、「新型コロナに起因する行動制限の緩和の影響」が43.4%だった。2021年は製造業で米国、中国など主要貿易相手国への輸出が増え、自動車・同部品や鉄・鉄鋼製品などの生産が回復したのに比べ、非製造業の回復は遅れていた。しかし、2022年、新型コロナ関連規制の大幅な緩和により、非製造業でも回復の遅れていた観光業を含め、経済活動の正常化が大きく進展したためと言える。

2023年の営業利益見通しについては、「改善」39.8%、「横ばい」50.4%、「悪化」が9.9%となった。改善理由としては、「新型コロナに起因する反動増」(34.0%)や「新型コロナに起因する行動制限緩和の影響」(25.8%)のほか「現地市場での購買力増加に伴う売り上げ増加」(24.4%)や「輸出量の増加による売り上げ増加」(21.1%)なども挙がった。

しかし、この点については、当該調査が2022年8~9月に実施されていることに留意が必要だ。例えば、輸出増加への期待だが、2022年10月以降、タイ経済を牽引してきた輸出は前年同月を下回っており、その後、世界需要の減速がタイ経済の下押し要因となっている(2022年12月23日付ビジネス短信参照)。

他方、新型コロナ禍からの回復に関しては、さらなる進展もあった。中国がゼロコロナ政策から一転、2023年1月から中国公民の国外旅行を段階的に再開したことを受け、タイ政府の観光庁は2023年の国外からの旅行者数見込みを2,000万人から2,500万人に上方修正した。インバウンドのさらなる増加が見込まれる。

関連して、こうした昨今の状況を踏まえ、IMFが1月に公表したタイの2023年GDP成長率の見込みは、前回(2022年10月)予測の3.7%に据え置いた。

タイでの今後の事業展開に前向き、強固なサプライチェーンが強みも

今後1、2年の事業展開の方向性について、調査結果では、「拡大」(40.3%)、「現状維持」(55.6%)、「縮小」(3.5%)、「第三国(地域)へ移転、撤退」(0.6%)となり、ほぼ全ての回答企業がタイでの事業を現状維持、もしくは拡大と回答した。これは、タイでの事業活動に非常に前向きな結果ではあるが、各国と比較すると違いが見えてくる(図3)。インド、ベトナム、インドネシアといった、タイよりも人口の多い国では「拡大」と回答した企業がタイを大きく上回っている。インドとは30ポイント超、ベトナムとは約20ポイントの開きがある。

図3:今後の事業展開の方向性
タイでは「拡大」(40.3%)、「現状維持」(55.6%)、「縮小」(3.5%)、「第三国(地域)へ移転、撤退」(0.6%)。他国との比較では、インド、ベトナム、インドネシアといった、タイよりも人口の多い国では「拡大」割合が、タイを大きく上回った。

出所:図1に同じ

タイで事業拡大に前向きな企業からは、「中国リスクへの対応として、タイでの事業活動の拡大を見込む」、また「人件費の面からインド、ベトナムなどより見劣りするが、裾野の広いサプライチェーンがタイの魅力」など、タイの事業拠点としての魅力を評価する声が多く聞かれた。実際、ASEAN各国の中でも、在タイ日系企業の原材料・部品の現地調達率は57.3%と最も高い(図4)。

図4:原材料・部品の調達先の内訳(合計が100%になるよう調整)
原材料・部品の現地調達率はタイで57.3%とASEAN各国の中で最も高い。

出所:図1に同じ

特にタイでは、自動車産業や電気・電子産業などを中心に、サプライヤーや関連産業が充実している。2017年にタイ投資委員会(BOI)が公表したレポート「Thailand’s Automotive Industry」によると、完成車アセンブラーが自動車で18社、二輪車で9社、1次サプライヤーが約710社、第2次・3次サプライヤーが約1,700社ある。調査結果から見えたタイの高い現地調達率は、コスト競争力やリードタイムの短縮といった点でも企業にとって優位になる。他方で、タイ政府は気候変動問題への取り組みを加速しており、2022年から2025年にかけて電気自動車(EV)補助金の実施や、EVバッテリーの国内生産促進に向けたインセンティブが承認されるなど(2023年2月14日付ビジネス短信参照)、EV生産へのシフトがサプライチェーンに影響を及ぼしていく可能性が高い。こうした動きがビジネスチャンスとなるか否かは、個々の企業の状況によって異なってくると思われる。

人材不足への対応、ロボティクス、自働化がビジネスチャンスに

最後に、ビジネス環境全般について触れたい。タイのビジネス環境のうち、経営に良い影響がある事項や悪い影響がある事項を聞いたところ、経営に良い影響がある事項の上位3つは、「駐在員の生活環境」(46.3%)、「市場の成長性」(44.2%)、「自社が求める人材の雇いやすさ従業員の雇いやすさ(一般ワーカー、一般スタッフ・事務員など)」(39.5%)だった。経営に悪い影響がある事項の上位3つは、「政治・社会情勢」(62.3%)、「人件費の水準」(57.1%)、「為替レートの変化」(52.8%)だった。

タイでは、比較的早い時期から多様な業種の日系企業が進出した。日本製の自動車や電気製品をはじめ、日本食を扱うスーパーや日本食レストラン、日本語に対応した病院も多々あり、さまざまな分野で日本のプレゼンスを感じることができる。これらが「駐在員の生活環境」が評価されている要因と考えられる。しかし、国内の激しい政治的な対立やそれに伴う反政府デモの影響から、「政治・社会情勢」をデメリットと捉える企業も多い。「人件費の水準」に関しても、ベトナムやカンボジアなどに比べると高いのが現状だ。

特に、2023年に予定されている総選挙に向けて、最低賃金の大幅引き上げを公約とする政党が世論の支持を集めるなど、人件費の上昇圧力が高まる可能性がある。また、少子高齢化も進行し、人材不足も顕著になると考えられることから、これらを踏まえ、ロボットや自働化の推進はビジネスチャンスになるとも言える。これまで、ロボットや自働化のシステムを構築するシステムインテグレーターの不足がタイでは指摘されてきた。しかし現在、この問題の解消に向けた動きもみられる。例えば、三菱電機はシステムインテグレーターの育成に取り組んでいる。ファクトリーオートメーション(FA)技術やIT技術を活用することで、製造活動全体を最適化する「スマート工場」にかかる同社のコンセプト「e-F@ctory」の普及に力を入れている。現地報道によると、タイのシステムインテグレーターの9割が「e-F@ctory」のパートナー企業として所属しており、2021年の売上高の合計は2000億バーツ(約8,000億円、1バーツ=約4円)を超えたという。

環境問題への取り組み加速、脱炭素技術へ期待

タイのプラユット・チャンオーチャー首相は、2021年の英国での国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)で、2050年に「カーボンニュートラル」、2065年までに「ネットゼロエミッション」達成を目指す目標を掲げた。翌2022年のエジプトでのCOP27では、気候変動への取り組み強化を表明するなど、環境問題への取り組みを加速させていることから、再生エネルギーなどの脱炭素関連事業でも日系企業のビジネスチャンスがあると思われる。

実際、在タイ日系企業の脱炭素化〔温室効果ガス(GHG)排出削減〕の取り組み状況をみると、「既に取り組んでいる」(33.7%)、「まだ取り組んでいないが、今後取り組む予定がある」(33.1%)、「取り組む予定はない」(33.3%)となっており、7割近くが少なくとも今後取り組む予定としている。また、サプライチェーンの脱炭素化の問題を経営課題として捉える企業は60.3%に達するなど、在タイ日系企業の脱炭素化への意識も決して低くないことがうかがえる。

具体的な企業の動きもみられる。2022年6月、関西電力のタイ子会社の関西エナジーソリューションズとアルミニウム圧延の日本最大手UACJのタイ子会社UACJタイランドは、UACJタイランドがラヨーン県で操業している工場に太陽光発電システムを完成させた。発電した電力は全て同工場に供給し、同工場で1年間に排出される二酸化炭素(CO2)の約6%(約1万4,000トン)の削減を見込んでいる。

今後、タイ政府がカーボンニュートラル実現に向けた具体的な計画や規制を多々策定していく予定だ。また、2022年1月、岸田文雄首相は、アジア各国と脱炭素化の理念を共有し、エネルギートランジションを進めるため協力することを目的として、「アジア・ゼロエミッション共同体(AZEC)」構想を発表している。2023年3月にはAZEC閣僚会合が開催された。同会合での議論を通じて、クリーンエネルギープロジェクトの組成が加速されることとなった。カーボンニュートラルの動きが加速し、脱炭素技術に対する需要のさらなる拡大が見込まれる。

執筆者紹介
ジェトロ・バンコク事務所
藤田 豊(ふじた ゆたか)
2022年から、ジェトロ・バンコク事務所勤務。