特集:アフリカ・スタートアップ:成長スタートアップに聞く伝統的な相互扶助の仕組みに着目、金融情報を可視化(ケニア)

2020年1月24日

非正規雇用者を含む全ての人が金融サービスにアクセスできる仕組みの構築、金融包摂(ファイナンシャル・インクルージョン)は、ケニアの重要な課題の1つだ。ケニアでは、就労人口約1,778万人の約82%に当たる1,466万人が非正規雇用者で(ケニア国家統計局、2019年)、そのほとんどが銀行口座を持たず、信用情報がない。近年では携帯電話の普及を背景に、モバイルマネーを活用したマイクロファイナンスなどの金融サービスにアクセスできる人口は、2009年の27.9%からの10年間で79.4%にまで拡大した。しかし、多くの非正規雇用者には、金融やビジネスの知識の普及が進んでいないのも現状だ。そこで、ケニアの伝統的な相互扶助の仕組みである貯蓄信用組合(SACCO)に目を付けたスタートアップがクワラ(Kwara)だ。SACCOが管理する金融情報を可視化するサービスを開発している。2019年には、シンガポールで開催されたフィンテック・フェスティバル(2019年11月15日付ビジネス短信参照)で、シンガポール通貨金融庁が主催した世界的なアワード(Global Fintech Hackcelerator International Program)のファイナリストにも選ばれた。また、日系ベンチャー・キャピタルのケップル(Kepple Africa Ventures)からも出資を受けている。クワラのシンシア・ワンディア(Cynthia Wandia)創業者兼最高経営責任者(CEO)に事業や今後の展望などを聞いた(2019年12月18日)。


シンシア・ワンディア創業者兼CEO(ジェトロ撮影)
質問:
創業の経緯は。
答え:
ケニア北部の高地で祖母がコーヒー農園を営んでいる。米国エール大学工学部を卒業し、欧州企業に勤めていたとき、ケニアの農家には1ユーロ程度しか支払われない量のコーヒーがドイツでは約15ユーロで流通していることに気付いた。ケニアの生産者の手取りと実際の販売価格には30倍以上の差が生じることも珍しくない。取引所や仲介者を極力省いた直接取引の引き合いもあるが、生産者が初期投資や在庫リスクを取らなければならないことも多く、小規模農家には難しい選択だ。そこで、小規模農家であっても信用(クレジット)と良質な金融サービスにアクセスできる仕組みをつくれないかと考えた。2018年1月にケニアでクワラを創業し、現在10人のスタッフと業務に当たっている。
質問:
貯蓄信用組合(SACCO)とは。
答え:
ケニアには7,000以上のSACCOがあると言われている。規模は会員10人程度から100万人を超えるグループまで多様だ。SACCOを通じて会員は余剰資金を利子付きで預金でき、資金を必要とする場合は会員の預金を元手に借り入れできる。SACCOは銀行口座とひも付いているが、会員は必ずしも銀行口座を持つ必要はない。SACCOは銀行よりも地域や産業に密着した組織で、資金的な相互扶助だけではなく、情報共有や人材育成面でも重要な役割を担う。SACCO同士は概して競合せず、会員は平均して3つのSACCOに参加している。
一方、SACCOの歴史は古く、土着化の傾向もあり、資金運用のデジタル化には遅れが目立つ。多くの場合、金融や会計の専門家ではないSACCOの職員が手作業で帳簿に記録するため、特に貸借に関してはトラブルが多いのが課題だ。

業務に当たるワンディア創業者兼CEO(ジェトロ撮影)
質問:
ビジネスモデルは。
答え:
SACCO向けに資金の流れを可視化するプラットフォームを開発した。プラットフォームは各会員のアカウントとひも付いており、SACCOの管理者は会員の預金額、預金や引き出しの回数、利子、返済のプロセスまで、さまざまな行動を把握できる。プラットフォームを使えば、他のSACCOに会員の信用情報を照会することも難しくない。複数のSACCOに参加している会員はアカウントを統合すれば、預金額や返済額を1つの画面で確認できる。また、資金運用の記録を会員の信用情報に変えることも可能だ。SACCOの管理画面はウェブサイトでの照会が必要だが、会員はフィーチャーフォンでも個人情報を照会できる。2018年1月の創業以来2019年末までに、会員数25~3万5,000人規模のSACCO11団体にサービスを提供した。SACCOへの支援やトレーニングも行っている。
質問:
事業の展望と、日本企業への期待は。
答え:
2020年には現行のウェブサイトのサービスに加え、アプリケーションを開発する予定だ。また、アカウント母数を拡大し、人工知能(AI)の分析精度を上げるため、早期に大型のSACCOを顧客に取り込みたいと考えている。2021年までには中小規模のSACCOにもサービスを展開したい。同時に、ケニアのような貯蓄信用組合がある他国市場への事業展開も視野に、調査を進めている。例えば、インドネシアやフィリピン、タイが候補だ。日本の信用格付け技術や知識には関心があり、戦略的なパートナーを期待している。また、商用車やバイク、産業機械など個人の購入が難しい製品の購入を、SACCOを通じて支援するときなどに、このプラットフォームの活用を検討してほしい。
執筆者紹介
ジェトロ・ナイロビ事務所 調査・事業担当ディレクター
久保 唯香(くぼ ゆいか)
2014年4月、ジェトロ入構。進出企業支援課、ビジネス展開支援課、ジェトロ福井を経て現職。2017年通関士資格取得。