特集:デジタル化がつなぐ国際経済デジタル国際ルールめぐり米欧の考え方に大差
イノベーションか規制か

2018年10月12日

電子商取引(EC)に関するルール形成とその検討が自由貿易協定(FTA)交渉やWTOを通じて進んでいるが、デジタル関連分野で整備や見直しが求められる国際ルールはECにとどまらない。まず、データや知的財産(知財)権に代表される無形資産が経済に及ぼす影響力が高まり、これらへの対処が急務となっている。さらに、IoT(モノのインターネット)の進展などで、自動車と通信のように複数の領域にまたがる産業や技術が発達していることで、ルール面でも複合的な問題が増え、それらの「交通整理」が必要となっている。

企業活動に影響を及ぼすデジタルルールの代表例として、1)データそのものの競争上の評価、2)国境を越えるデータの移動に伴う個人データ保護、3)デジタル企業に対する国際課税、4)知財権・競争政策・標準化という3つのテーマが絡み合う「標準必須特許」の問題、などが挙げられる(注1)。

これらのテーマでは、自国デジタル企業の競争力を背景に企業自身のイノベーション創出機会の確保を重視する米国、公平な競争環境、個人情報保護、デジタル企業の租税回避への対策などを目的とした規制導入を試みるEUと、考え方が懸け離れている。

1. 競争法におけるデータの評価

デジタル経済ではデータが、異なる産業間あるいは需要と供給をつなぐ要素として価値を高めている(注2)。とりわけ、「価格」という要素の評価に主眼が置かれてきた競争法の世界では、データが競争環境に及ぼす影響の適切な評価に、競争当局も試行錯誤の段階にある。

フェイスブックによるWhatsApp買収は、試行錯誤を示す代表例と言える。同案件では両社の企業結合(M&A)審査を行った欧州委員会競争総局が、買収を承認した後に、フェイスブックが正確な情報提供を怠ったとの理由で制裁金を追徴するという異例の展開になった。競争総局はM&A審査に当たってデータに着目し、オンライン広告市場の競争への影響分析を行った。その結果、競争総局は2014年10月、フェイスブックがWhatsAppを買収してもオンライン広告市場への問題はないと判断し、買収を承認していた。承認理由の1つとして、双方のユーザーデータのプロフィル照合が技術的に容易ではないことを挙げ、買収を実行してもフェイスブック本体のデータが増幅されることはないとの判断だった。

しかし買収後、フェイスブックはデータ取得ポリシーを変更してWhatsAppを通じてオンライン広告目的でのデータを収集するようになり、結果的にフェイスブックのデータ独占が助長されることを許した。この件に対して競争総局は2016年12月、両社のM&A審査を行った際にフェイスブックが不正確な、または誤解を招く回答を提出したとの異議告知書を送付し、2017年5月、フェイスブックに1億1,000万ユーロの制裁金を科す判断を行った。専門家は、この判断はデータに関して「規制当局が先の展開を予想することの難しさ」を示す例であると指摘している(注3)。

米国反トラスト法とEU競争法を比較すると、「独占」に対する考え方の違いが大きい。米国では、独占は多くの場合、企業努力やイノベーションの結果生ずる状態であり独占自体を違反とするとイノベーションが難しくなる、との考え方から、新規参入の機会が認められていれば独占自体に対する反トラスト法の執行は限定的に行い、買収などによるシェア拡大を原則容認するのが伝統的な考え方だ。市場支配的地位の濫用という規定を厳格に執行するEUとは立場が異なる。デジタル企業のデータ利用に対する競争当局の試行錯誤は当面続くとみられる。

2. 国境を越えるデータ移動と個人データ保護

データの移動も、米欧で価値観が大きく異なるテーマである。米国ではビジネス上の観点から、国家の干渉などを受けることなく国境を越えるデータの円滑な移送が確保されることを重視してきた。これに対し、欧州では個人のプライバシーが「EU基本権憲章」の下、手厚く保護されている。EU(欧州経済領域内)では2018年5月に、域外への個人データ移転を原則禁止する一般データ保護規則(GDPR)が施行され、日本を含む各国当局および企業が対応を求められている。

米EU間では、双方の企業間の円滑なビジネス活動を確保しつつ、EUが重視する個人の権利保護に配慮すべく、2016年7月に両者独自の制度である「プライバシー・シールド」が施行されている(注4)。同制度で米国当局の認可を受けた米国企業は、GDPRに基づく個人データのEUから米国への移転に関して十分な保護レベルに達している「十分性認定」企業に該当する。プライバシー・シールドに登録する米企業は3,600を超え、新制度は順調に滑り出しているかに見えた。

ところが今、プライバシー・シールド制度に強い逆風が吹いている。2018年3月に、米フェイスブックが収集したデータが英コンサル会社ケンブリッジ・アナリティカに政治利用されたことが判明した問題などを機に、欧州議会がプライバシー・シールドの枠組み自体の継続に強い懸念を表明している(注5)。同議会は、フェイスブック、ケンブリッジ・アナリティカがともにプライバシー・シールドの枠組みで当局の認証を受けた企業であったにもかかわらずデータの不適切な利用を防げなかったことは、制度の有効性に問題があると指摘した。欧州委員会は9月にプライバシー・シールド制度の年次レビューを行い、10月をめどに報告書をまとめる予定となっている。

なお米国でも、この問題を受けて3月にフェイスブックCEOが議会上院で証言を求められ、同社はデータの扱いに関して「誤りがあった」ことを認めた。米国内においても、データを活用するデジタル企業のビジネスモデルに対する監視の目が光り始めたことを示す象徴的な動きと言える。

3. デジタル企業に対する国際課税

「GAFA」に代表される米デジタル大手企業に対するEUの警戒感は強い。欧州委員会が2015年5月に「デジタル単一市場」構想を発表した際、EU域内におけるデジタル市場に占める米国企業のシェアが54%にも上ることが、構想を進める背景要因の1つに挙げられた。

2018年3月に欧州委員会は、デジタル企業に対する課税を強化する新提案を発表した。暫定的な売上税と、「顕著なデジタル・プレゼンス(significant digital presence)」に基づく所在地国ベースの課税という将来的な法人税制、の二段構えからなる独自構想である(詳細は『2018年版ジェトロ世界貿易投資報告PDFファイル(2.2MB) 』117ページ参照)。同月にOECDが発表した「デジタル課税に関する中間報告」では、検討参加113カ国の中での立場の相違から課税の在り方に結論は出なかった(最終報告は2020年を予定)にもかかわらず、EUは独自の提案に向け動き出したわけである。

OECD中間報告では、企業への課税の根拠となる「恒久的施設(PE)」の定義見直し(対象範囲の拡張)や、代替的な課税方法として源泉徴収税や売上税の徴収、多国籍企業に対する特別な税制といった国ごとの対策を紹介している。こうした取り組みを近年開始した国としては、英国(2015年に「迂回(うかい)利益税」を導入)、イタリア、スロバキア(いずれも2018年1月からPEの定義を拡大)といったEU加盟国が含まれている。アイルランド、ルクセンブルクなど課税に慎重なEU加盟国もある中で欧州委員会がデジタル課税提案を急いだ背景には、加盟国ベースでの独自の課税が広まることによる、EU域内での税制上の格差拡大に歯止めをかけ、デジタル単一市場構想を堅守したい意図があったと考えられる。

デジタル企業に対する課税は米国内においても課題となっている。アップルはじめデジタル大手は、無形資産に対する対価の支払いという名目で、税制上有利なアイルランドに集中的に利益を計上する。2017年末の税制改正では、米国での税負担や利益の還流を促進する国際課税制度の改変が盛り込まれた。そのうち、新設された「外国を源泉とする無形資産関連の所得(FDII: Foreign-Derived Intangible Income)」に対する所得控除制度では、在米国法人の事業資産に由来し、海外を源泉国とする無形資産(サービスへの対価やライセンス収入など)について、一定規模以上の場合、法人税の所得控除の対象とする。対象無形資産の37.5%が控除となるため、新税制下で21%の法人税が実質的に約13%に減税されることに相当する優遇策であり、この制度をインセンティブにして、在外米国企業の所有する無形資産の本国移転を促すとともに海外蓄積利益の本国還流促進を図る狙いがある。同制度に基づく無形資産から生じる所得からの税収により、米上院・下院の合同租税委員会試算によれば、2018年度からの10年間で1,124億ドルの歳入増が見込まれる(注6)。イノベーションを奨励する米国においても、企業と政策当局間でのマインドに差があることは、国際的なデジタルルール形成を検討する上では興味深い。

4. 標準必須特許問題

イノベーティブな技術などを生んだ権利者に対する適正な報酬を確保する知財権と、技術を無償で公開し普及を図る標準化。相反する概念だが、技術の高度化がこの2つを結び付けてきた。通信規格などデジタル分野の国際的な規格では、1つの規格に適合するために数多くの特許が組み込まれている場合が多い。規格に適合するために実施が不可欠な特許(標準必須特許)の特許権者は、特許の使用を求める者(実施者)に対し「FRAND(公平かつ合理的で、差別的でない)条件」と呼ばれる、比較的安価な特許ライセンス料で特許の実施を認めることを標準化機関が推奨している。技術の高度化と規格の国際化に伴い、標準必須特許の数は増加の一途にある。規格の実施に際して、特許権者がFRAND条件の供与を承認した件数は、無線通信規格を例に見ると、第3世代のCDMA2000規格(社団法人電波産業会規格)では1,264件、第4世代に近いLTE規格(欧州電気通信標準化機構〔ETSI〕規格)では6,305件と飛躍的に増えている(注7)。

他方、特許権者が標準必須特許の実施者に対して高額なライセンス料を要求する、もしくはFRAND条件の供与を認める宣言を行いながらも、実施者に対してFRAND条件から乖離(かいり)したライセンス料を要求し、条件が合致しない場合はライセンス供与に応じないケースもあり、これらは「ホールドアップ」行為として問題となってきた。しかし、2017年1月に米連邦取引委員会が米クアルコムのホールドアップ行為を提訴した(2018年8月時点、係争中)ように、ホールドアップは訴訟化すると時間も費用もかかる。こうした背景から、ここ数年は標準必須特許のライセンス料で利益を上げることは困難との認識が高まっており(注8)、企業間ではFRAND条件の供与が国際的に浸透してきたとみることができる。

ところが、米司法省反トラスト局のデラヒム局長が2017年11月のスピーチで、「ホールドアウト」という問題を提起したことで、標準必須特許問題は今新たな局面を迎えている。ホールドアウト問題とは、特許を実施する側もしくはFRAND条件を推奨する標準化機関が、要求するライセンス条件に合致しない限り、当該特許に対して「過小なライセンス料を支払う、もしくはライセンスを取得しないと脅迫する」行為であるという。同局長は、ホールドアップ問題に対して、ホールドアウト問題が「より深刻」であり、現状では「革新的な技術によって適正な報酬を得ることが認められている知財権者のインセンティブが損なわれている危険性」があると指摘した。さらに、FRAND条件の付与について、「もし標準化機関の参加者が自分たちの利益のためにライセンス交渉を歪曲(わいきょく)しようとすれば、その参加者は共謀、反競争的行為を行っている可能性がある」とも述べている。

米国のこのアプローチは、イノベーションの促進を競争法の重要な役割とする反トラスト法の伝統的な考え方にのっとっている。他方、伝統的に標準化機関における発言力が強く、国際規格の普及を重視してきた欧州の立場からは、米司法省の問題提起(注9)は、欧州主導の国際標準化戦略への挑戦状ともみることができる。

日本の立場は

本稿で紹介したデジタル関連ルールについて、日本はそれぞれどのような立場をとっているのか。まず1)のデータに対する競争上の評価について、公正取引委員会の報告書では、データに関連する競争法上の懸念の多くは、従来の独禁法の枠組みによって対処できるとの見方を示す。データに対する日本の当局の立場は、独占に対する過度な介入を控えイノベーションを重視する点で、米国の考え方に近いように見受けられる。しかし、欧州委員会がフェイスブックのWhatsApp買収でその後の展開を予見できなかったように、競争におけるデータの価値評価は、現状では競争当局間で十分確立しているとは言えない。

2)のデータの越境移動については、日本は米国とEUとの中間にあると評価できるのではないか。TPP協定が規定する越境データ移送の許可は、日米が共に推進してきた概念である。他方、米デジタル企業の圧倒的な競争力に対する警戒という点では日本もEUに通じる点があるだろう。

3)のデジタル課税に対しては日本でも、PEの定義見直しなどの必要性が指摘されるが、新たな税制の導入には慎重な立場をとっている。まずは2020年のOECD最終報告書の結論を待つことになろう。

4)標準必須特許については、特許庁が2018年6月に「標準必須特許のライセンス交渉に関する手引き」を公表している。FRAND条件の供与に関して日本の基本的な考え方は欧州に近い(注10)。今後は、米国が提起したホールドアウト問題も国際的な検討課題に含まれることになる。 このように論点ごとに、日本と米欧との距離感は異なっている。日本としてはOECDや、国際競争ネットワーク(ICN)といった国際的な対話を活用して、国際ルールの形成、成熟に一層積極的な貢献を果たしていくべきであろう。


注1:
本稿の内容については、『2018年版ジェトロ世界貿易投資報告』116~119ページを参照。
注2:
拙稿「デジタル時代の競争法」(2017年11月)参照。
注3:
2017年12月5日公正取引委員会競争政策研究センター公開セミナーにおける大阪大学武田邦宣教授の報告に基づく。なお、公正取引委員会「データと競争政策に関わる検討会報告書」では、データの価値と、データが競争に及ぼす影響に留意しつつ、データに関連する競争法上の懸念の多くは従来の独禁法の枠組みによって対処できることが確認された、と結論付けており、2014年の欧州委員会競争総局による本件企業結合承認を検討事例に挙げている。しかし、その後の展開が示したように、本件において競争総局は承認時点でデータの競争上の影響力を正確に把握できなかったとみることもできる。
注4:
米・EU間では2000年に「セーフ・ハーバー」枠組みが構築されていた。同枠組みでは米国企業は、米商務省の確認に基づいて、米EU間のデータ移送を行うことが企業単位で認められる。しかし同枠組みに対してEU司法裁判所は2015年、米国法において、権利侵害を受けた個人に対する救済が不十分であるなどの点で、EU市民の個人の権利保護が不十分と判断した。「プライバシー・シールド」はセーフ・ハーバーに代わる米EU間のデータ保護枠組みとして、裁判所判断に基づく前制度の不備を克服し、また企業の義務を強化・明確化したもの。
注5:
欧州議会はその他、2018年1月に米国議会で、外国人の通信に対する傍受を原則的に合法化する外国情報監視法(FISA)第702条の延長が可決されたことも、プライバシー・シールドに対する懸念材料に挙げている。
注6:
『財政金融統計月報』793号(財務総合政策研究所編)2-5ページ。歳入を約0.36%増加させる試算になる。
注7:
2018年3月30日公正取引委員会競争政策研究センター・大阪国際シンポジウム資料より。
注8:
江藤学「標準化と知財戦略」28ページ。(『標準化と品質管理』Vol.69 No.10)
注9:
米国では、反トラスト法を司法省と連邦取引委員会の2つの当局が扱う。連邦取引委員会の「ホールドアウト」問題に対する立場は必ずしも明らかにはなっていない。口ノ町達朗「標準必須特許のライセンスに関する欧米調査報告およびわが国への示唆」CPRCディスカッション・ペーパー、公正取引委員会、2018年8月、22ページ。
注10:
注9に同じ。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部国際経済課 課長代理
安田 啓(やすだ あきら)
2002年、ジェトロ入構。経済情報部、ジェトロ千葉、海外調査部、公益財団法人世界平和研究所出向を経て現職。共著『WTOハンドブック』、編著『FTAガイドブック2014』(ジェトロ)、共著『メガFTA時代の新通商戦略』(文眞堂)など。