デジタル時代の競争法

2017年11月10日

情報通信の発展、電子商取引の拡大は競争法(独占禁止法)の分野にも既存概念を揺るがすほどのインパクトをもたらしている。競争法は、カルテル(協調的行為)や優越的地位の乱用による市場競争の制限、歪曲(わいきょく)を防ぎ、価格の上昇をはじめとする消費者への不利益を防ぐことを目的とする。しかし、デジタル取引では、このような従来の競争法の趣旨が必ずしも当てはまらない。事例を挙げて主な論点を検討する。

デジタル分野の発展がもたらした競争法の今日的課題

世界的に電子商取引の普及が急速に進んでいる(注1)が、競争法の分野でもデジタル時代への対応が時勢を得たテーマとなっている。

第一に、人工知能(AI)の進化によって競争法が禁止する代表的な行為である「カルテル」の概念が揺らいでいる。カルテル、談合を通じた価格の調整をはじめとする企業間協調による競争制限的行為は何百年も前から行われてきた。近年は、直接的に価格に関する協調を行っていなくても、競争関係にある企業同士が会合を持つだけでも当局から協調的行為とみなされる場合もあるなど、競争当局はますます厳格に対応している。ところが今日、AIの発展により、競合関係にある企業間でまったく接点を持たなくても、コンピューターの調整プログラム(アルゴリズム)により、市場の需給関係などを正確に分析・予測して、実質的に利潤を確保しつつ競争力を維持できる価格の水準を見極めることが可能になってきた。このように物理的には協調的行為が存在しない場合の実質的な価格等のすり合わせを、従来の競争法が取り締まることができるのか、また消費者に不利益が及ぶとすればそれをいかに防止していくのかという問題がある。

第二に、ネットワークを通じた販売では地理的な意味で「市場」の概念が揺らいでいる。競争法では、ある市場において競争が制限されているかを判定する場合、まず対象となる市場の範囲を画定する。この場合の市場とは、「複数の供給者が、同一の需要者に対して、商品役務を供給しようとする場」(注2)である。平易な例としては、A町から30km離れたB町のスーパーで全く同じ商品Xを安売りしても、通常、A町の消費者の行動には影響を及ぼさない、したがってXに関してA町とB町は同一の競争市場には含まれない。しかし言うまでもなく、オンライン市場においては、国内どころか(言語の問題はさておき)世界中から商品を購入できるため、後述する欧州の事例のように人為的な制限が課せられない限り、地理的な概念としての市場の制約がほとんど存在しなくなる。

第三に、競争環境に影響を及ぼすファクターとして従来は十分考慮されていなかった「データ」が急速に存在感を高めている。データには年齢や所属といった個人情報はもちろんのこと、インターネット上での購買記録や閲覧記録など幅広い情報が含まれる。「クッキー」などを利用した記録分析をもとに、利用者の関心をひきやすい広告を投入できる上、データの囲い込みによって特定の企業だけが利益を得られる仕組みが作られやすくなる。商品の価格を、競争における中心的な要素としてきた従来の競争法が、「データ」が価値を高めた今日的な市場競争を的確に規制して、消費者の利益を守ることができているのか、また将来にわたってできるのか、各国当局は急ピッチで検討を進めている。

競争当局のこれらの問題への関心は高い。日本では公正取引委員会が2017年6月、「データと競争政策に関する検討会報告書外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」を発表した。報告書は「価値のあるデータが第三者から不当に収集されたり、またはデータが不当に囲い込まれたりすることによって、競争が妨げられるような事態を避けなければならない」(同報告書2ページ)と述べるなど、データが及ぼしうる影響の大きさへの危機意識が読み取れる。また、EUで「一般データ保護規則(GDPR)」の導入が進められる中、「GDPR第20条「データ・ポータビリティの権利」によって当該個人データに係る本人が事業者に対して、当該個人データをその指定する他の事業者へ移管することを請求する権利が当該個人データに係る個人に与えられている。一方で、わが国の個人情報保護法上は、そのような権利が認められていないなど、法制上の差異が見られる」(同15ページ)点のように、主要国・地域間でもデータの扱いに関して相違が大きいとの認識が示されている。

そのEUでも情報通信の進歩と競争政策の関係において、独自の問題を抱えている。EUでは、浸透するオンライン販売に対し、メーカーやサービスの配信企業等がオンライン上での自社製品販売を制限・禁止する事例が出ている。制限の目的にはブランド価値の保全やコンテンツの放映権・販売権などが考えられるが、域内での物やサービスの移動の自由が確保されている単一市場EUにおいて、こうした供給を制限する行為が認められるのかという問題である。

EUではデジタル社会への対応を極めて重視している。2015年には「ヨーロッパ・デジタル単一市場戦略」を発表し、その取り組みの一環として域内の電子商取引産業について、競争法の観点からの調査を実施、2017年5月に「電子商取引分野における調査最終報告書PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(264KB)」を発表した。報告書では、「小売企業がウェブサイトへのアクセス拒否、他のウェブサイトへのリダイレクト、国外への配送の拒否、海外との決済の拒否などの手段によって国外の消費者への販売を拒否し、消費者が国境を越えたオンライン購入をすることができないケースが後をたたない」と問題視している。こうした地理的な販売制限は「ジオ・ブロッキング」と呼ばれている。

これまでのところ既存の競争法制で対処

現在の競争法は、デジタル化がもたらしている社会の変化に対応できていないのだろうか。先述の公正取引委員会報告書では検証の結果、「データの収集、利活用に伴う競争法上の懸念の多くは、従来の独占禁止法の枠組みにより対処できることが確認された」と結論付けており、原則としてそのような見方に否定的である。ただし、「残された課題」の代表例として、「デジタル・カルテル」に関する問題、すなわち「(国際的に確立した定義はないものの)同じ価格アルゴリズムを企業間で共有したり、利潤を最大化する人工知能を利用して、その人工知能が価格に関する共謀を達成するといった行為」(同57ページ)を挙げている。

そこで以下では、公正取引委員会報告書が今後の課題に挙げた価格アルゴリズムの問題と、主にEUで注目されているオンライン販売のジオ・ブロッキングについて、具体例や最近の動向を紹介する。

1. AIと価格アルゴリズム

この問題に関して、欧州委員会競争総局のマルグレーテ・ヴェステアー委員が2017年3月に行った講演が現状整理に役立つ(注3)。同委員は二つの点を指摘している:

「競争の観点からは、(価格を自動的に監視し、さらに調整する自動化システムである)アルゴリズムがどのように利用されるかが重要であり、競争への影響はそれをどのように設定するかに決定的に依存する。(中略)航空運賃などでは、そのようなアプリケーションの使用は日常的である。価格の設定に自動化システムを用いたからといって直ちに競争法上の問題を疑う必要は無いと考えている。」

「これからのカルテルに対する法執行の課題を考えた場合、最大の課題の一つは自動化システムを用いることで、より効果的にカルテルが行われるリスクである。」

一点目は、航空券やホテルの予約を行うウェブサイトなどでは、しばしば価格アルゴリズムによって最低価格を提供するように調整しているが、それ自体は競争法上の問題に必ずしも直結するものではないとの趣旨と取れる。2017年2月にはホテルの予約サイトが、消費者の所在地によって異なる価格を提示した件につき欧州委員会は職権調査を開始したが、その際にも、「革新的な価格設定メカニズムが開発され導入されることを、欧州委は歓迎する」とのコメントを付しており、争点が価格アルゴリズムの利用そのものではないことを強調している。

二点目に関しては、同委員は二つの事例を挙げている(注4)。一つはオークションサイト上で販売されるポスターの価格設定について、事業者が合意の上で、価格の維持・安定のために価格アルゴリズムを利用した米国の事例。本件は、アルゴリズムに基づく価格調整(price fixing)の事例としては、米国で初の刑事訴追事案となった。二つ目の事例は、リトアニアで旅行予約システムの運営を独占的に行う事業者が、システムを利用する旅行代理店各社に、同システム上で認める値引き率の上限を電子メールで通知したというEUの事例である。リトアニア競争当局は、運営事業者だけでなく、通知に異議を唱えなかった代理店を黙示的にカルテルに加担したものとして競争法違反とした。さらに最終的に判断を委ねられたEU司法裁判所も、代理店が「協調的行為(カルテル)」に参加していたと推定される、と認めた。

重要なポイントは、いずれの事例でも価格プログラムそのものではなく、関係した企業の合意や、メールに対する黙認という、当事者の「意思」がカルテルを認定する基準になっている点である。

2. オンライン販売の地理的制限

欧州委員会「電子商取引分野における調査最終報告書」によれば、物品の販売では小売業者の38%、デジタルコンテンツの販売では、デジタルコンテンツ・プロバイダーの68%が何らかの形でジオ・ブロッキングを行っている。小売りに関しては、欧州委員会は「ジオ・ブロッキング行為の過半は、小売企業の単独でのビジネス上の判断に基づいている[補:つまり競争法上問題となる協調的行為はない]。しかし、11%超の小売企業は、越境販売の制限に関して何らかの合意があったことを認め」ており、こうした「企業間の合意や協調的行為に基づくジオ・ブロッキングは(EU機能条約)第101条違反に該当する可能性がある」と結論付けている。

デジタルコンテンツの販売では他の加盟国からのオンライン・アクセスを制限している企業の過半(59%)が、版権所有者との間で交わされた制限に関する合意に基づいていると回答している。コンテンツ別では、テレビ番組(74%)、映画(66%)、スポーツ中継(63%)の順でこうした合意を結んでいる割合が高かった。

デジタルコンテンツに関しては、著作権や放映権が絡み、複数の法律分野が関係してくる。専門家からも「ジオ・ブロッキングについては、競争法の下で判断すべきものなのか、あるいは、加盟国の著作権に関連する何かの正当化自由を有する行為なのかという点についてはいまだ判然としないのであるが、この論点については立法によって対応するのが最も適切なのだろう」(注5)といった見解が示されている。

最近の動きでは、欧州委員会競争総局は2017年2月、ビデオゲームの販売についてジオ・ブロッキングの疑義で職権調査を開始した。本件では、ゲーム配信プラットフォーム会社と、同プラットフォーム会社と契約を結ぶゲーム制作会社5社が、特定のEU加盟国のみでゲーム配信を行っていた。当該企業によれば、消費者の居住情報はゲームが正規の方法で購入された(海賊版でない)ことを確認する目的で取得したものだが、欧州委はジオ・ブロッキングを目的に取得された可能性を調査している。このように本件も、競争法と知的財産権とにまたがる事案となっている。

欧州委員会では現在、ジオ・ブロッキングに関する規則の制定準備を進めているが、課題もある。例えば配送の問題がある。物品の販売においてはオンライン上での越境販売契約が認められたとしても、購入者への配送手段がサイト上で確保されなければ、購入者は自身で配送手段を手配する必要があり、実質的に地理的な制約が解除されたとは言えない場合もあり得る。

「カルテル」概念の再考の契機となる可能性も

技術の進歩や、オンライン取引の発展に伴う課題に直面しつつも、今のところ、既存の競争法で対処できないような事態は顕在化していないと言えそうである。しかし、専門家は特にAIの発展によって、今後、既存のカルテル概念が適用しにくいケースが出てくる可能性を指摘する(注6)。

紹介した事案では、何らかの手段をもって当事者間で合意や意思の確認が行われていた点が、「協調的行為」の根拠となった。日本、EU、米国のいずれにおいても当事者間の「合意」がカルテルの要件であり、競争当局はその判定には何らかの「コンタクト」や「コミュニケーション」を証拠とする「人為性」の存在を確認する。しかし、AIの発展によって、「人為性」を完全に排除しても、結果的に価格が高止まりして消費者が不利益を被りかねない状態が現実に近づいている。仮にその状態がカルテルの定義に入らないとしても、高止まりした市場価格によって消費者の経済厚生が損なわれるのであれば、それを防ぐのが競争法の役割であろう。

また本稿では検討できなかったデジタル時代の競争上の課題として、デジタル・プラットフォームの寡占化、独占化傾向に対する警戒も必要である(注7)。データの収集と利用における優位性はIT業界のビッグプレーヤーの競争力の源泉になっている。この点では今後、欧米当局の出方が注目される(注8)。一般論として、イノベーションを重視する米国と、単一デジタル市場の発展という課題を背負うEUとで異なる方向性が示される可能性に留意すべきである。

おそらく、デジタル時代の競争法というテーマはまだ黎明(れいめい)期にあり、企業は引き続き今後の進捗(しんちょく)を追わなければならない。そもそも競争法という分野自体、20世紀以降に発展した、法律の中では比較的新しい分野であり、今後も社会の変化に伴って進化していくものであろう。


注1:
ジェトロ『世界貿易投資報告2017年版』第Ⅲ章第1節「電子商取引市場の将来PDFファイル(1.9MB) 」参照。
注2:
白石忠志『独禁法講義(第4版)』(2009年、有斐閣)23ページ参照。
注3:
2017年3月16日ドイツ連邦カルテル庁における講演外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 。欧州委員会競争総局ウェブサイト参照。
注4:
事例の内容紹介は、市川芳治「人工知能(AI)時代の競争法に関する一試論‐“アルゴリズム”によるカルテル:欧米の最新事例からの示唆を受けて‐〔上〕」(『国際商事法務』Vol. 45, No.1、2017年)4-7ページを参考にした。
注5:
ジョルジオ・モンティ「電子商取引とEU競争法との、愛憎半ばする関係(3・完)」(『公正取引』2017年6月号)71-72ページ参照。
注6:
前掲注4、市川「同〔下〕」(『国際商事法務』Vol. 45, No.2 、2017年)参照。
注7:
公正取引委員会競争政策センター「データと競争政策に関する検討会報告書」(2017年6月)56ページ参照。
注8:
関連記事として、『Financial Times』2017年9月18日付コラム“Big tech makes vast gains at our expense” (執筆:Rana Foroohar)参照。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部国際経済課 課長代理
安田 啓(やすだ あきら)
2002年、ジェトロ入構。経済情報部、ジェトロ千葉、海外調査部、公益財団法人世界平和研究所出向を経て現職。共著『WTOハンドブック』、編著『FTAガイドブック2014』(ジェトロ)、共著『メガFTA時代の新通商戦略』(文眞堂)など。