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特集:ASEAN地域のスタートアップ事情地元起業家が絶賛するマレーシアのエコシステムと政府支援

2018年9月14日

マレーシアは世界銀行調査で「ビジネスのしやすさ」が世界24位にランクインしており、ASEANの中ではシンガポールに次いで事業環境が良好だ。デジタル技術を使うスタートアップには優遇制度があり、政府は起業家向けに安価なコワーキングスペース、セミナー、投資家とのマッチングなどの支援メニューを拡充している。日本のスタートアップが同国へ進出する事例もある。現地取材を通じて、マレーシアのエコシステムの実態を調べた。

政府の手厚い支援がメリット

マレーシアのエコシステムの原型は、マハティール首相が前回任期中(1981~2003年)に提唱した「マルチメディア・スーパーコリドー(MSC)」構想にある。同首相はマレーシアが2020年までに先進国入りすることを目標に定め、その一環としてシリコンバレーのような情報通信技術(ICT)産業の集積地を、マレーシアにも造成すべく計画されたのがMSC構想だ。マレーシア政府は、1996年にMSCの推進機関「マルチメディア開発公社(MDEC)」を設立し、1998年にMSCの中核都市としてクアラルンプール郊外に「サイバージャヤ」というICT都市を開いた。

MDECは2016年にマレーシア・デジタル経済公社(MDEC)と改称。現在、マレーシアのエコシステムの中で、MDECは中心的な役割を果たしている(図参照)。MSCステータスと呼ばれる優遇措置を、ハイテク関連のスタートアップに付与している。同ステータスを得た企業は、法人税が10年間免税される。外資100%出資も認められ、外国人向けの査証も発給される。

図:マレーシアのエコシステム(顔マークは起業家を示している)
政府機関がエコシステム全体を支援している。政府機関にはマレーシア・デジタル経済公社(MDEC)、マレーシア・グローバル・イノベーション創造性センター(MaGIC)、各州政府系開発公社、政府系投資機関(カザナ・ナショナルなど)が存在。インキュベータには、マレーシア技術開発公社(MTDC)、MADインキュベーターほか。アクセラレーターには、メイバンク・イノベーションセンター、MaGIC、1337ベンチャーズほか。ベンチャーキャピタル、補助金ではペルモダラン・ナショナル(PNB)、クレイドル、500ベンチャーズ、カッチャ・グループ、SMEバンクほかがある。これらのエコシステムを支えるのはコワーキングスペースを提供するMaGIC、Co.、APW、ペーパー+トーストであり、大手民間企業ではメイバンク、セルコム、テレコム・マレーシアであり、社会起業家、教育機関、メディア、イベント、コミュニティなどである。
出所:
MaGIC資料などよりジェトロ作成

MDECは、「Co.」や「APW」などの民間コワーキングスペースに「マレーシア・デジタルハブ」としてお墨付きを与える(2018年4月2日付地域・分析レポート特集)。同ハブの利用料金は、月額300~450リンギ(約8,100~1万2,150円、1リンギ=約27円)と安い。入居者は、ITや知的財産に関するセミナー、ベンチャーキャピタル(VC)など投資家とのマッチング、創業者同士のネットワーキングなどに参加できる。

スタートアップ支援を専門とする政府機関「マレーシア・グローバル・イノベーション創造性センター(MaGIC)」も、エコシステム上で重要な役割を果たしている。MaGICは、サイバージャヤにインキュベーション施設を保有する。起業家は、同施設内で無料WiFiや業務スペースを利用でき、セミナーやマッチングイベントに参加できる。

実際に2014年、ボーダーパス・トラベル(本社:ペタリンジャヤ市)を創業したファイサル・アリフ氏は「起業してから4カ月くらいはMaGICに通っていた。MaGICは起業したばかりの創業者にとって重要なサービスを提供してくれる」と絶賛する。

ブリンクウェアの事例:画像認識技術を応用

マレーシア発スタートアップといえば、配車サービス大手グラブ(Grab、2014年に本社をシンガポールへ移転)や、オーストラリアのREAグループが2016年に5億3,400万ドルを投じて買収したアイ・プロパティ(オンライン不動産サイト運営)などが有名だ。本稿では、それより小規模ながらも有望なスタートアップを紹介しよう。ブリンクウェア・テクノロジー(本社:ペタリンジャヤ市)は、画像認識技術を使った自動車部品の品質管理システムを開発している。同社のアルビン・コー最高経営責任者(CEO)が2013年に創業し、従業員数は30人に増えている(2018年3月時点)。


アルビン・コーCEO(右)とブリンクウェアのシステム(右写真)(ジェトロ撮影)

ブリンクウェアの顧客である自動車部品メーカーでは、同社のシステムを導入してから生産性に改善がみられた。そのメーカーは、輸入部品を組み立て、溶接し、構成部品(アッシー)に仕上げて日系自動車メーカーなどに納入している。システム導入前は、構成部品のサンプルを抜き取り、目視と手作業で検査していた。同工程には1ユニット当たり45分もかかっていたが、サンプル以外の製品に不具合が見つかることが多く、納品先からのクレームにつながることも多かった。

ところが、ブリンクウェア社の品質管理システムを使うと、1ユニットの検品に1分とかからない。ネジが取り付けられていない部分、溶接されていない部分、部品の取り付け位置のずれなどの不具合が、一括してモニターに表示される。検査時間が大幅に短縮されため、全量検査ができるようになり、不良率が格段に低くなった。

ブリンクウェアのシステムは、他社に比べて低価格の機器で構成されおり、地場のメーカーでも導入がしやすい。前述した顧客工場では、出荷前検査に500人を必要としていたが、スタートアップの力を借りることで、検査工程人員を減らすことに成功した。現場ワーカーの不足に悩むマレーシアには持ってこいの技術だ。

日本発のフィンテックやブロックチェーン・ベンチャーが進出

日本のスタートアップがマレーシアへ進出する事例もみられる。東京大学発のフィンテック・ベンチャーであるフィナテキスト(本社:東京都千代田区)は、2017年2月にフィナテキスト・マレーシア(本社:クアラルンプール)を設立した。現地大手銀行のメイバンクが開催したコンテストで、同社が入賞したことが進出契機となった。

フィナテキスト・マレーシアは、スマートフォン用アプリ「あすかぶ!外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」の英語版をマレーシア国内で展開している。アプリユーザーは、ゲーム感覚で株価を予想し、株式売買に関する知識を習得できる。既にマレーシア国内で130万回ダウンロードされている(2018年3月時点)。

「あすかぶ!」の利用者は大学生や大学院生が多く、30歳前後までのミレニアル世代が大部分を占める。同社マーケティング責任者のノーマン・チェラ氏は、「これまで株式投資といえばシニア富裕層が中心で、運用は専門家に頼るのが普通だったが、最近は自分で資産運用したいという若年層が増えている」と語る。株式投資のノウハウを習得するには、著名な投資家のセミナーに参加するのが一般的だったが、「無料アプリで学べる手軽さが人気の秘訣(ひけつ)」という。

チェーントープ(本社:福岡県飯塚市)はブロックチェーン技術をASEANで展開すべく、2017年1月にチェーントープ・マレーシア(本社:クアラルンプール)を設立した。マレーシアを拠点にして、ASEAN各国をターゲットとする。同社は顧客に対して、ブロックチェーン技術を導入するメリットを提示し、3カ月〜6カ月程度の実証実験を行うサービスを提供している。

日本における同社の顧客は金融機関が多いが、マレーシアではブロックチェーン技術を電力分野やハラール食品のトレーサビリティーに応用するなど、金融分野以外での取り組みが多い。マレーシアにおけるブロックチェーン技術の応用範囲は急速に広がっており、貿易におけるデジタル決済通貨や電子証明・認証、モノのインターネット(IoT)や人工知能(AI)などを組み合わせたデータ解析ツール、シェアリングエコノミーにおけるサービス管理手法など、新たな技術開発に向けた取り組みが増えている。

チェーントープ・マレーシアの最高執行責任者(COO)である吉崎隼也氏は、マレーシアへ進出するメリットとして(1)英語の通じる高度人材の豊富さ、(2)MSCステータスなどの政府支援の2点を挙げる。吉崎COOは「MDECやマレーシア・ハイテク産官機構(MIGHT)による事業パートナーの紹介サービスは有益」だと話す。

エコシステムの整備が進むジョホール地域

マレーシアのスタートアップは、情報や資金が集まるクアラルンプールに多いが、地方都市にも粒ぞろいの企業が育っている。ジョホールでは「スタートアップ・ジョホール」というコミュニティーがあり、1,200人の起業家が名を連ねる。主催するのはイベント会社「At20s」で、ワークショップ、ネットワーキング、ハッカソン、シェアリング・セッションなどを年50回ほど開催する。同社の共同創業者リム・フェン氏は「ジョホールには成功したスタートアップが多い」と語る。例えば、アイスタイル(東京都港区)が2017年3月に買収した化粧品・電子商取引(EC)サイト運営会社「ヘルモ」は、ジョホール発のスタートアップだ。


At20sの共同創業者リム・フェン氏(ジェトロ撮影)

成功を収めたジョホールの起業家は、地域内の後進に対して経験を共有し、メンターとして活躍している。リム氏によれば、ジョホールのスタートアップの特徴は「持続的かつ現実的なマインド」だという。メンターたちによって長期的なマインドセットが伝播(でんぱ)されており、「短期的なカネを目当てにする起業家は少ない」と話す。

ジョホールには優秀な人材が多いが、地元のエコシステムが整っていなかったため、これまで起業家の卵がシンガポールやクアラルンプールへ流出していた。そこで、環境を整えるべくMDECやMaGICといった政府系投資機関は2017年12月にコワーキングスペース「イスカンダル・スペース」を開設した。起業家は月額150リンギで同施設に入居でき、デスクと高速WiFiが利用できる。また、At20sなどが開催する起業家向けの各種イベントに参加できる。


イスカンダル・スペース(ジェトロ撮影)

イスカンダル・スペースには、開設から3カ月で8社が入居し、110席のうち34席が埋まっている(2018年3月現在)。入居したスタートアップの事業内容は、ドローン、仮想現実(VR)、ブロックチェーン、ECなどの技術開発だ。フェン氏は「最近、シンガポールで働いていたジョホール出身の技術者が、家族のいる故郷に戻って起業するケースが増えている」と指摘する。ASEAN最大のスタートアップ集積地であるシンガポールに1時間で行き来できることも、ジョホールの大きなメリットだ(2018年4月18日付地域・分析レポート)。

執筆者紹介
ジェトロ海外調査部アジア大洋州課
北見 創(きたみ そう)
2009年、ジェトロ入構。海外調査部アジア大洋州課(2009~2012年)、ジェトロ大阪本部ビジネス情報サービス課(2012~2014年)、ジェトロ・カラチ事務所(2015~2017年)を経て現職。

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