イスカンダルの現状とシンガポールからの機能移転 ‐ マレーシア
目的に応じて使い分けを

2018年4月18日

マレーシアのジョホール州南部で開発が進むイスカンダル・マレーシア。同地域は中国資本によるコンドミニアム開発が話題になりがちだが、隣接するシンガポールに拠点を持つ企業が一部の機能を移転させる動きにも注目したい。主に欧米のコンサルティング会社などが、シンガポール国外でもできる仕事をイスカンダルに移転させ、人件費やオフィス賃料を低減している。同様に、生産拠点をイスカンダルの工業団地に移したり、積み替えハブ機能をタンジュンペラパス港へ移す事例がある。使い分けをしてコストメリットを享受したいところだ。

コンドミニアムの造成が進む

イスカンダル・マレーシア(以下、イスカンダル)は、マレーシア政府が推進する五つの重点地域開発プロジェクトの一つ。2006年から開発が始まり、2025年に終了予定の長期計画だ。シンガポール対岸のジョホールバル市を中心としたエリアが開発地域に指定されている。総面積はシンガポールの約3倍、東京都と同じくらいの広さだ。

図1:イスカンダル・マレーシアの5つのフラグシップ・ゾーン
マレーシア南部ジョホール州にイスカンダルはある。シンガポールの対岸に位置し、全部で5つのフラグシップ・ゾーンがある。(西から、1.西部ゲート開発、2.イスカンダル・プテリ(旧ヌサジャヤ)、3.ジョホール・バル・シティセンター、4.東部ゲート開発、北部の空港付近に5.セナイ=スクダイ。)メディニ地区は、イスカンダル・プテリにある。フォレストシティはジョホール海峡の西側入口付近に開発される。
出所:
イスカンダル地域開発庁(IRDA)提供資料から作成

イスカンダルでは、中国資本による複数の大型不動産開発が話題になっている。特に西部の不動産開発プロジェクト「フォレスト・シティ」は規模が大きい。四つの人工島を造成し、埋め立て地にコンドミニアムを多数建設する計画で、総面積は東京都墨田区とほぼ同じ1,380ヘクタールと広大だ。


建設中のビルが乱立し、異様な光景が広がるフォレストシティ(ジェトロ撮影)

第1期(最初の島)の「スター・ビュー・ベイ」(12ヘクタール)では、合計7,186戸の高層コンドミニアムと、233の一戸建て住宅の建設が進んでいる。日本円にして、1室あたり約1億4,000万円~4億4,000万円と高級であるにも関わらず、ほとんどのコンドミニアムが全室売約済みとなっている


フォレストシティの模型。「売り切れ」の赤い札が沢山貼られている。(ジェトロ撮影)

マレーシア政府の計画では、イスカンダルの人口は190万人(2017年)から、2025年までに300万人まで増える。しかし、続々と供給されているこれらの住宅物件は投機目的で購入されているケースが多く、実際の住民の増加には必ずしもつながっていない。住民を増やすためには産業と雇用の創出が必要で、その点で期待されているのが日本企業だ。

日本企業のオフィス設置が進む

イスカンダルには、(1)ジョホール・バル・シティセンター、(2)イスカンダル・プテリ(旧ヌサジャヤ)、(3)西部ゲート開発、(4)東部ゲート開発、(5)セナイ=スクダイという5つの旗艦ゾーンがある。このうちヌサジャヤのメディニ地区の開発を手掛けるメディニ・イスカンダル・マレーシア社(三井物産が出資)の中野康弘副社長によると、「以前から日本企業による視察は多かったが、2018年に入ってから具体的な進出案件が増えている」と言う。特に同社がメディニ地区で開発するオフィスビルへの「入居希望が増えている」(中野副社長)。その背景には、隣国シンガポールにおける人件費、オフィス賃料などの高コスト化があるようだ。

シンガポールの1人あたり国内総生産(GDP)は5万4,053ドル(2017年、国際通貨基金(IMF))で、ジョホールバルは7,869ドル(同、ユーロモニター)と、両都市はジョホール海峡を挟んで数kmしか離れていないにも関わらず、所得水準は7倍弱の開きがある。また、ジェトロのアジア・オセアニア進出日系企業実態調査(2017年度)によると、非製造業スタッフの月額基本給はシンガポールが2,422ドルと、マレーシアの888ドルに比べて2.7倍の水準である。

オフィス賃料(2017年CBRE調べ)も、シンガポールの一等地の物件が1平方フィートあたり6.9ドル~7.6ドルであるのに対し、イスカンダルではメディニ地区などの新築物件でも1.0~1.3ドルで借りることができる。


オフィスビルの建設が進むメディニ地区(ジェトロ撮影)

中野副社長によれば、「意思決定の早い欧米企業が、日本企業よりも先に移転を進めている」と言う。例えば、米系調査会社のフロスト&サリバンは、営業や受注活動はシンガポール拠点で行うが、調査レポートの作成やバックオフィス業務はイスカンダル拠点が担当している。調査会社やコンサルティング会社などでレポートを作る『製造部隊』は、「シンガポールに居る必要はなく、イスカンダルに移した方が安い」(中野副社長)という考え方だ。大手会計事務所のEYも、メディニ地区にオフィスを構える予定だ。

欧米メーカーのシンガポールからの移転も

製造業でも、シンガポールからイスカンダルへ移転するケースが見られる。シンガポールの政府系企業アセンダスと、マレーシアの不動産大手UEMサンライズが共同開発した工業団地「ヌサジャヤ・テック・パーク」には、シンガポール企業、欧米企業を中心に17社が進出する。

同団地は2014年から開発が始まった。シンガポールは近年、高コスト化とワーカー確保の難しさが原因となり、メーカーには厳しいビジネス環境になりつつある(2018年3月15日記事)。シンガポール工場の借地権が失効するタイミングで、「シンガポール政府としても、高付加価値な製薬や精密などを除いて、製造業のイスカンダルへの移転を促していた」と中野副社長は言う。

ヌサジャヤ・テック・パークに入居するメーカーの業種としては、食品、プラスチック、航空機部品などの分野がみられ、それまでシンガポールに生産拠点を置いていた企業も多い。シンガポール市場に加えて、マレーシア市場も狙いやすいというメリットもある。

シンガポール企業、欧米企業などに比べて、日本企業は移転について慎重に考える傾向にあるようだが、「日本企業による移転は少なかったところ、2017年後半から日本企業2社のヌサジャヤ・テック・パークへの入居が決定し、視察企業も増加傾向にある」と中野副社長は言う。

価格重視ならタンジュンペラパス港もアリ

シンガポールからイスカンダルへ移転が見込まれる機能として、もう一つ注目されているのはハブ港としての役割だ。イスカンダルのタンジュンペラパス港は2000年から供用を開始したもので後発ではあるが、港湾別コンテナ取り扱い個数ランキング(2016年)で世界19位にランクインしている。取り扱い貨物量の9割が積み替え目的だ。

タンジュンペラパス港は、シンガポールがコンテナ・ターミナル機能の移転を進めるトゥアス港と、海を挟んで正対しており、地理的な条件が変わらない。その上、利用料金が安い。日系物流業A社の担当者によると、「タンジュンペラパス港の港湾料金はシンガポールに比べて半額。倉庫での保管料も含めれば、さらに安くなる」と言う。

図2:コンテナ取扱量の推移
シンガポールは、2010年が28,431TEU、2011年が29,938TEU、2012年が31,260TEU、2013年が32,240TEU、2014年が33,869TEU、2015年が30,922TEU、2016年が30,900TEU。ポート・クランは、2010年が8,870TEU、2011年が9,759TEU、2012年が10,001TEU、2013年が10,350TEU、2014年が10,946TEU、2015年が11,890TEU、2016年が13,183TEU。タンジュンペラパスは、2010年が6,530TEU、2011年が7,540TEU、2012年が7,720TEU、2013年が7,628TEU、2014年が8,524TEU、2015年が9,120TEU、2016年が8,029TEU。
出所:
国土交通省

しかし、コンテナ取扱量の推移を見ると、シンガポールとは依然として大きな差がある(図2)。シンガポールに比べて劣るのは、第1に通関手続きにかかる時間の長さだ。タンジュンペラパス港ではシンガポールと同様、オンラインで書類を申請するが、「結局、ハードコピーが必要だと言われることが多い」(日系物流業A社)。また、港湾の担当者の休暇などで書類申請が進捗(しんちょく)しないこともある。

第2のデメリットとして、利用できる船会社が限定される点が挙げられる。現状、タンジュンペラパス港を積み替えハブ港として使う場合、利用できる海運会社はマースクとエバーグリーンの2社のみで、選択肢が少ない。マースクは子会社を通じて、タンジュンペラパス港の運営会社であるPTP社の株式30%を保有しているため、「どうしてもマースクが中心の運営になる」(日系物流業A社)。

タンジュンペラパス港では2015年から拡張工事が行われており、2020年までにコンテナ処理能力が1,050TEUから1,350TEUへと拡大する予定となっている。他方、物流企業による倉庫の増設が拡張を上回る速さで続いていることから、「施設が拡張するスピードに、荷物の量が追い付いていない状態」(日系物流業A社)だ。実際、筆者が2018年3月に視察した際も、倉庫の空きスペースが目立った。

日本企業としては、リードタイムやサービスの質を重視するのか、価格を重視するのかで、目的や機能に応じてシンガポールとタンジュンペラパスの使い分けを行っていきたいところだ。うまく使い分けすることで、両港のおいしいところを享受でき、メリットが出てくるだろう。


変更履歴
本稿は、当初原稿の内容に加筆・修正を行っております。(2018年4月20日)
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部アジア大洋州課
北見 創(きたみ そう)
2009年、ジェトロ入構。海外調査部アジア大洋州課(2009~2012年)、ジェトロ大阪本部ビジネス情報サービス課(2012~2014年)、ジェトロ・カラチ事務所(2015~2017年)を経て現職。