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特集:ASEAN地域のスタートアップ事情スタートアップ、シンガポールを拠点に多国展開へ

2018年9月14日

シンガポールは近年、デジタル技術分野のスタートアップの起業拠点として、大きな注目を集めている。政府の強力な後押しもあり、同国はテック系スタートアップの一大拠点へとわずか数年で浮上した。人口わずか561万人の都市国家の同国は、消費者マーケットとしての規模は限られる。しかし、多くのスタートアップ各社にとってシンガポールは、東南アジアで多国展開を図るための拠点だ。急激な変化を遂げている東南アジアのスタートアップ一大拠点である同国の最新状況を伝える。

シンガポール、東南アジアのスタートアップ・ブームを牽引

シンガポールのスタートアップ情報・イベント会社テックインアジアによると、東南アジアを拠点とするテック系スタートアップの資金調達額は2017年に78億6,000万米ドルと、前年の25億2,000万米ドルを大きく上回り、過去最高を更新した(図参照)。このうち、シンガポールが調達した資金は71%を占め、域内のスタートアップ・ブームの牽引役を担っている。

図:東南アジアのスタートアップの資金調達額の推移(単位:10億米ドル)
右肩上がりで増加している。2017年は78億6,000万米ドルになった。
出所:
テックインアジア

シンガポールが起業拠点として盛り上がる背景には、政府の役割も少なくない。元々アジア有数の金融センターでもある同国には銀行に加え、テック系スタートアップに投資するベンチャーキャピタル(VC)やプライベートイクイティーが多く集積する。また、この2年ほどで、内外の企業や金融機関のコーポレート・ベンチャーキャピタル(CVC)によるスタートアップへの投資活動も活発化している。こうした民間の投資資金に加え、起業初期段階にあるスタートアップの活動を支える政府の支援スキームも豊富だ。さらに、政府はスタートアップ向けに安価な協働オフィスを設置し、VCやCVCの活動を促進するための規制緩和を行うなど、政府主導で起業を支えるエコシステムを整備してきた(エコシステム調査:シンガポール編参照)。

成長する東南アジアに賭ける

こうした政府の後押しもあって、シンガポールを拠点とする情報通信メディア(ICM)やフィンテックなどデジタル技術分野での起業の動きは近年、活発化している。シンガポール国立大学(NUS)の起業支援部門NUSエンタープライズの調査(2017年5月)によると、2015年末時点でハイテク系スタートアップ(注1)は5,111社で、2004年の2,757社と比べると2倍近く増加した。また、通貨金融庁(MAS、中央銀行に相当)の積極的な振興策が奏功して、シンガポールに拠点を置くフィンテック企業は480社(注2)と、東南アジアで最もフィンテック企業が集積している。

これらシンガポールを本社とするスタートアップから、東南アジア最大の配車アプリのグラブ(Grab、創業:2012年)、ゲーム配信と電子商取引(EC)のシー(Sea、旧ガレーナ、2009年)、東南アジア最大のECサイトのラザダ(Lazada、2012年)、ゲーム専門機器販売のレーザー(Razor、2005年)と、企業総評価額10億米ドルを超える「ユニコーン」も登場した。これらユニコーンのうち、これまでにラザダが2016年4月に中国のアリババ集団傘下となったほか、シーが2017年10月にニューヨーク証券取引所(NYSE)、レーザーが同年11月に香港証券取引所でそれぞれ新規株式公開(IPO)を実施するなど、3社が出口(エグジット)戦略(創業者またはVCによる投資資金の回収)を実現している。

マレーシア出身のグラブの共同創業者のアンソニー・タン最高経営責任者(CEO)や、中国出身のシーの共同創業者のフォレスト・リー氏など、企業設立をしやすい環境もあって起業家の顔ぶれが国際的なのもシンガポールの特徴だ。同国を本社として急成長を遂げるスタートアップの中には、日本人が起業したエニーマインドグループ(旧アドアジア・ホールディングス)がある。同社は、人工知能(AI)を活用して広告管理、ネット上で影響力を持つインフルエンサーの管理・評価プラットフォームや、人事採用の効率化ツールを提供している。2016年4月創業時の社員は共同創業者の十河宏輔CEOと小堤音彦最高執行責任者(COO)の2人だけだったのが、わずか2年後の2018年7月には約300人。現在では、本社のシンガポールをはじめ、タイ、ベトナム、中国、台湾、香港、カンボジア、インドネシア、マレーシア、日本の10カ国・地域12拠点で事業を展開している。2017年の売上高は2,600万米ドルで早くも黒字化を果たし、2018年には前年の2倍を超える売り上げを見込む。さらに、同グループは早期のIPOを目指す。

小堤COOによると、エニーマインドが東南アジアを中心にビジネス展開するのは、「(同社が)成長するマーケットに張っている」からだ。同社は創業時から3カ月ごとに(2018年からは年1回)、全拠点の社員をほぼ全員集めて全社会議を開催している。そこで全社員に求めていることは、「結果を出すこと」と、「スピード感」だ。小堤COOは、社員には「完璧にするよりも、結果を出す方が良いと伝えている」と語る。


エニーマインドが2018年7月に開催した全社会議。全拠点の社員をほぼ全員集め、
意識の統一を図っている(エニーマインドグループ提供)

シンガポールのユニコーン、フィンテックなど多角化

エニーマインドがスピードを重視する理由には、東南アジアのテックを取り巻く環境の変化の速度が激しいからだ。シンガポールを本社とするユニコーンは最近、各国への展開を図ると同時に、異業種への参入も積極化させている。例えば、前述のグラブは2018年7月現在、東南アジア8カ国で配車サービスを展開している。同社のアプリ上では、タクシーの配車だけでなく、契約ドライバーが運転する専用車、小型から大型のバス、自転車と、あらゆる交通手段のライドシェアを提供している。また、グラブは利用者向けに電子財布「グラブ・ペイ」を提供して、フィンテック分野にも参入しているほか、同年3月競合相手のウーバーの東南アジア事業買収を発表後に、5月にはシンガポール全域でフードデリバリーも開始した。さらに、同年7月には、同社のアプリ上で食材を注文できる新サービスを始めるとともに、配車から食事、決済など生活上に必要なサービスを1つのアプリで完結できる「スーパーアプリ」を目指す方針を発表している。同じくユニコーンのレーザーも同年7月、マレーシアで電子財布「レーザー・ペイ」を開始し、近くシンガポールでもサービスを始めると発表しており、フィンテック分野への参入を本格化させている。

これらユニコーンに対して、大型投資が最近相次いでいる。ソフトバンクと中国最大の配車アプリの滴滴出行は2017年7月、グラブに総額20億米ドルを共同出資した。さらに、トヨタ自動車は2018年6月、10億米ドルを出資している。これらユニコーンへの大型投資が、東南アジアの資金調達拡大を牽引している。そして、投資の拡大がスタートアップの事業展開のスピードをさらに加速させている。


注1:
このハイテク系スタートアップとは、シンガポールで登記し、株式50%以上を個人が保有している上、研究開発(R&D)への支出と人材投入が多い分野に属する。
注2:
シンガポール・フィンテック協会(SFA)2017年11月発表資料、Tracxn社のデータ引用。
執筆者紹介
ジェトロ・シンガポール事務所 調査担当
本田 智津絵(ほんだ ちづえ)
総合流通グループ、通信社を経て、2007年にジェトロ・シンガポール事務所入構。共同著書に『マレーシア語辞典』(2007年)、『シンガポールを知るための65章』(2013年)、『シンガポール謎解き散歩』(2014年)がある。

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