特集:どう描く?今後の中南米戦略FTA先進国チリとペルーのCPTPP活用法

2018年6月22日

包括的および先進的な環太平洋パートナーシップ協定(CPTPP、いわゆるTPP11)は、2006年のチリ、ニュージーランド、シンガポール、ブルネイの4カ国による太平洋間戦略経済連携協定(P4)を原型としたものである。2008年、このP4に米国が投資および金融サービスの協議へ参加の意向を示し、後にTPP交渉へとつながった。同時期はちょうど、米国が中南米諸国との自由貿易協定(FTA)網を拡大していた時期でもあった(注)。その後、2015年10月に12カ国で大筋合意に至ったTPPは、2017年1月の米国の離脱宣言後、2017年3月、5月、11月と3回のハイレベル対話や閣僚会合が続けて開催された。11月のTPP閣僚会合ではCPTPPの大筋合意に至った。その後、2018年3月にCPTPPが11カ国によって署名され、各国は自国内での承認手続きに入った。メキシコでは4月24日に上院で承認され、5月23日に大統領が連邦官報で承認を公布した。日本は5月18日に衆議院で、6月13日に参議院で承認案が可決されており、年内の発効を目指している。

CPTPPと太平洋同盟域内の貿易額は対米貿易額に及ばず

CPTPPの参加国のうちメキシコ、ペルー、チリは太平洋同盟の正式加盟国でもある。コロンビアを含めた正式加盟4カ国の物品貿易に係る関税削減率は92%以上となっているが、実際の域内貿易額はわずかだ(表1参照)。メキシコの場合は米国への依存度が高く、貿易総額(8,298億4,560万ドル)の62.8%(5,215億280万ドル)を占めるが、対CPTPP参加国で24.0%、対太平洋同盟正式加盟国ではわずか1.2%にとどまっている。チリ、ペルー、コロンビアの対米依存度はメキシコほどではないものの、いずれも対CPTPP参加国のシェアは米国1カ国を下回っている。中南米諸国にとって、米国がTPPから離脱したインパクトはあまりにも大きかったといえる。

表1:太平洋同盟正式加盟国の物品貿易状況(2017年)
貿易総額 CPTPP 太平洋同盟 米国
往復
貿易額
貿易総額に占める
シェア
往復
貿易額
貿易総額に占める
シェア
往復
貿易額
貿易総額に占める
シェア
メキシコ 829,845.6 199,161.4 24.0 10,203.8 1.2 521,502.8 62.8
チリ 125,366.3 17,511.3 14.0 7,673.0 6.1 20,474.9 16.3
ペルー 83,147.4 10,523.8 12.7 6,549.2 7.9 14,908.9 17.9
コロンビア 83,845.8 13,094.0 15.6 8,482.6 10.1 22,555.5 26.9
出所:
出所:Global Trade Altasよりジェトロ作成

チリは既存FTA・EPAの関税メリットが大きい

チリは26の FTA・経済連携協定(EPA)、経済補完協定(ACE)を締結しており、全貿易額に占める対FTA・EPA締結国との貿易額(FTAカバー率)は93.1%(2016年)と非常に高い。また、CPTPP参加国では唯一、他の参加10カ国と既に2国間FTA・EPAを発効済みだ。2007年9月発効の日本・チリEPAにおいては、日本製の工業製品はほぼ全ての品目で無関税であるが、一部は自由化除外品目がある。また15年をかけて自由化していくとされた品目でも、CPTPPの関税削減スケジュールでは即時撤廃とされるものもある(表2参照)。例えば、「診断用または理化学用の試薬・調整試薬・認証標準物質」(HS3822.00)の2017年の対日輸入額は270万ドルで、EPA特恵税率で6%の関税がかかっているが、CPTPPでは即時撤廃となる。同じく、アルミニウム製の構造物およびその部分品(合金および非合金:HS7604.10、7604.21、7608.10、7608.20)も2国間FPAの除外品目で、CPTPPでは発効即時撤廃となるため、日本からの輸出拡大のきっかけとなる可能性がある。

表2:CPTPPで関税削減が期待される日本の対チリ輸出品目
HS
コード
品目 NFN税率 日本・チリEPA CPTPP
削減
スケジュール
ベースレート 2018年の関税率 削減
スケジュール
ベースレート
3822.00 診断用または理化学用の試薬・調整試薬・認証標準物質 6 X(除外品目) 6 6 EIF(即時撤廃) 6
7604.10 アルミニウムのもの(合金を除く) 6 X(除外品目) 6 6 EIF(即時撤廃) 6
7604.21 アルミニウム合金のもの(中空の形材) 6 X(除外品目) 6 6 EIF(即時撤廃) 6
7608.10 アルミニウム製の管(アルミニウム合金を除く) 6 X(除外品目) 6 6 EIF(即時撤廃) 6
7608.20 アルミニウム製の管(アルミニウム合金のもの) 6 X(除外品目) 6 6 EIF(即時撤廃) 6

原産地規則はCPTPPの方が緩やか

関税率以外の面では、関税品目(タリフライン)によって、日本チリEPAよりもCPTPPの原産地規則の方がクリアしやすいことがある。例えば、複写機などの部品(HS8443.99)をみると、EPAの原産地規則クリア基準はHSコード4桁レベルでの関税分類変更となっている。一方CPTPPでは、HSコード6桁レベルでの変更、もしくは現地調達率のクリア(積み上げ方式で30%、控除方式で40%)となっている。一般的に、HSコードの変更の場合は桁数が大きい方が変更しやすいため、CPTPPの原産地規則の利用を選択することが優位となる可能性が高い。

2国間FTAでは投資面で特別な条項が含まれる場合も

ペルーはCPTPPを通じて、ニュージーランド、マレーシア、ベトナム、ブルネイとは初のEPAを締結することになる。2017年6月の太平洋同盟首脳会合(コロンビア)でシンガポール、オーストラリア、ニュージーランド、カナダとの準加盟交渉開始が発表された。ペルーが最も早く単一協定締結に向けて動き出した相手のオーストラリアとは、2017年11月のAPEC首脳会合で2国間FTAの締結合意に至り、2018年2月に署名されるなどスピード感をもった交渉が進められている。同FTAでは発効と同時に両国のタリフラインの95%、発効後5年以内に99%の品目が撤廃される。関税面ではCPTPPと同様に削減率が高いが、2国間FTAにおいては、当該国同士の投資面での優遇点にメリットが大きい場合がある。例えば、ペルーとオーストラリアともに、鉱山資源の産出国であり、産業集積などが似ている部分がある。その点を生かし、オーストラリアの鉱山・石油開発関連サービスプロバイダー(コンサルティング、調査開発、エンジニアリング、環境保全、技術指導)の参入に対して、ペルー政府が他国の同種企業との差別化を行わないことや、作業員に対して1年間の滞在許可を発行(延長可能)することが盛り込まれた。

発効時期によりEPAとCPTPPの使い分けを

ペルーはチリと同じく、FTAカバー率が90.2%(2016年)と高く、CPTPP参加国のうち既に2国間FTA・EPAを締結している国との関税面のメリットは小さいものの、品目によってはCPTPPの活用が望まれるものがある。緑茶(HS0902.10、0902.20)の対日関税率は、2018年の日本ペルーEPA税率で4.5%であるが、発効15年で関税削減をするスケジュール(B15)であるため、2025年までは関税がかかる。他方、CPTPPでは即時撤廃だ。

ペルーの対日輸出品目をみると、オレンジ(HS0805.10)やブドウ(HS0806.10)に関税メリットが発生する。オレンジの対日輸入関税には(1)毎年6月1日から同年11月30日までに輸入されるもの(ベースレート16%)と、(2)毎年12月1日から翌年5月31日までに輸入されるもの(32%)があり、CPTPPでは6年目に関税削減され(B6)る。2022年までにCPTPPが発効すれば、(2)の場合には2国間EPA税率ではなくCPTPP税率を活用した方がメリットがある。ブドウに関しては、2018年のEPA税率は2.1%~8.5%となっているが、CPTPPでは即時撤廃であるため、すぐにメリットを享受できる。

表3:CPTPPで関税削減が期待される日本の対ペルー輸出品目
HS
コード
品目 NFN税率 日本・ペルーEPA CPTPP
削減
スケジュール
ベースレート 2018年の関税率 削減
スケジュール
ベースレート
0902.10 緑茶(発酵していないもので、正味重量が3キログラム以下の直接包装にしたものに限る) 6 B15(2026年撤廃) 9 4.5 EIF(即時撤廃) 9
0902.20 その他の緑茶(発酵していないものに限る) 6 B15(2026年撤廃) 9 4.5 EIF(即時撤廃) 9
表4:CPTPPで関税削減が期待されるペルーの対日輸出品目
HS
コード
品目 NFN税率 日本・ペルーEPA CPTPP 備考
削減スケジュール ベースレート 2018年の関税率 削減スケジュール ベースレート
0805.10 オレンジ 16 B15(2026年撤廃) 16 8 B6 9 毎年6月1日から同年11月30日までに輸入されるもの
32 B15(2026年撤廃) 32 16 B6 9 毎年12月1日から翌年5月31日までに輸入されるもの
0806.10 ブドウ(生鮮のものおよび乾燥したものに限る) 17 B15(2026年撤廃) 17 8.5 EIF(即時撤廃) 17 毎年3月1日から同年10月31日までに輸入されるもの
7.8 B10(2022年撤廃) 7.8 2.1 EIF(即時撤廃) 7.8 毎年11月1日から翌年2月末日までに輸入されるもの

関税メリット以外では通関実務の負担減に

チリとペルーで共通する通関実務面でのメリットは、手続きの円滑化と時間の短縮だ。CPTPP第5.10条は関税法令の順守を確保するために必要な期間(可能な限り貨物の到着から48時間以内)に引き取りを許可する体制を各加盟国に求めている。しかし、Doing Business 2018によると、チリの税関における平均所要時間は輸入で54時間、輸出で60時間、ペルーはそれぞれ72時間、48時間となっており、CPTPPの発効で迅速化が期待される。


注:
2000年台半ばからの米国と中南米諸国とのFTA発効時期は以下のとおり。チリ(2004年1月)、ホンジュラスおよびニカラグア(2006年4月)、グアテマラ(2006年7月)、ドミニカ共和国(2007年3月)、コスタリカ(2009年1月)、ペルー(2009年2月)、コロンビア(2012年5月)、パナマ(2012年10月)。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部米州課中南米班
志賀 大祐(しが だいすけ)
2011年、ジェトロ入構。展示事業部展示事業課(2011~2014年)、ジェトロ・メキシコ事務所海外実習(2014~2015年)、お客様サポート部貿易投資相談課(2015~2017年)などを経て現職。