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特集:どう描く?今後の中南米戦略テーメル政権の構造改革路線の継続は可能か?(ブラジル)

2018年6月22日

1桁台の支持率にもかかわらず、テーメル政権は多くの改革を成し遂げた。財政再建に向けた最後の壁とでもいうべき年金改革こそ実質的には次期政権に委ねるかたちとなったが、「岩盤」ともみられていた労働法改革の実現や歳出に制限をかける法律の施行にこぎつけることはできた。もともとテーメル氏が長年率いてきたブラジル民主運動党(PMDB)はブラジル最大の政党ではあるものの、右派から左派まで内包し、民主化後もほぼ連立与党に入るなど柔軟性を持つ。換言すると、党としての明確なポリシーを打ち出さず、党内結束も緩く、強烈なリーダーシップを打ち出すようなカラーは持ち合わせていなかった。つまり、これまでのPMDBは、政権をサポートする立場はとっても、積極的にリードすることの少ない政党であった。そんなPMDBの党首であるテーメル大統領が憲法改正を要件とする難度の高い改革を成し遂げたことは、ある意味、歴史的なことでもある。


ミシェル・テーメル大統領の公式写真(ブラジル大統領府提供)

捨て身の改革を実施したテーメル政権

もともとテーメル氏は、ルセフ政権時の副大統領として、労働者党(PT)との連立政権を支えてきた。しかし長引く不況と次々に明るみになる汚職問題で国民による政治家への不信感は増大した。2015年末以降、労働者党支持者と政権交代を叫ぶグループに世論が大きく割れ始めた。こうした中、テーメル氏率いるPMDB(現MDB)は、2016年3月に労働者党との連立を解消する。テーメル氏は労働者党支持者からは裏切りとみなされ、政権交代を求めるグループからはルセフ政権を支えた政治家、汚職疑惑を抱えた政治家とみなされた。このため、ルセフ氏の弾劾裁判が開始され、2016年5月に大統領代行として、そして8月31日に正式に大統領として就任した後も人気は上がりようがなかった。初期段階で複数の閣僚の不正が明らかとなり、辞任したことが国民の間で政治に対する諦念を生んでしまい、人気低迷のもう1つの要因となった。

政権を支える側から政権を担う側に回ったテーメル大統領に残された道は、景気回復を早期に実現させることに絞られた。また、経済的な側面のみならず政治的な側面からも景気回復のための策を打つことは理にかなっていた。つまり、労働者党政権支持者は、所得の低い層が多い。同層の支持を上昇させることが連立を解消した時点で困難になったことから、政権としては支持してくれる可能性のある産業界や商工業者の期待に応える政策の遂行が自然と求められたともいえるわけである。

労働者党政権後半に実施された保護主義的政策で、産業競争力が減退しているとの危機感を産業界は持っていた。そうした危機感や不満を背景に、テーメル大統領は、抜本的な制度改革によるビジネス環境の改善や開放的な通商政策の推進に努めた。また国際金融界の信頼を取り戻すべく、マクロ改善にも取り組んだ。すなわち、穏健な財政政策の実施を通じ、為替安定、インフレ沈静、金利引き下げにより、景気回復を速やかに実現することに注力した。

制度改革に関しては、歳出削減策、労働法改革、年金改革の3つが主なものであった。いずれも憲法修正が必要であり、そのためには上下院でそれぞれ5分の3以上の賛成票を必要とする難度の高いものばかりであった。

こうした改革について、危機的な財政状況を改善し、長期的な経済成長のためには必要であるとの認識は与党の間では共有されていた。しかし、実際に国民に「痛み」を与えるという側面は否めない。このため、テーメル氏に代わり、あえて自分がイニシアチブをとろうという議員は出てこなかった。ルセフ氏から引き継いだ残任期の短さやテーメル氏が2018年の大統領選挙に不出馬を表明していたことも大きい。

このように、まれにみる低支持率に沈みながらも上記のようにさまざまな条件が重なったこと(もちろんテーメル大統領の手練手管の議会調整能力もある)によって、テーメル政権は議会を動かすことができた。年金改革こそ次期政権に委ねることになったが、上下院それぞれ5分の3以上の賛成が必要となる憲法修正を伴う改革を2つ成し遂げることができたのである(表1参照)。

表1:テーメル政権発足後の主な出来事および改革(ビジネスに関連あるものを中心に)
年月 政策、方針 内容、背景、特徴など
2016年8月 ルセフ大統領の弾劾成立。8月31日にテーメル大統領代行が大統領に。テーメル政権発足
9月 2017、2018年におけるインフラ民営化に関する政策を発表(PPI)の発表 民間企業がより入札し易くなるような条件設定。国産部品・材料の使用義務化緩和
10月
  • プレソルト開発法改正法
  • 指標金利引き下げ開始
新規鉱区においてオペレーターを担い、権益の最低30%を保有する義務を課していた法律が改正され、探鉱・開発に参加するか否かをペトロブラスの判断にゆだねる
12月
  • 連邦政府の公共支出の上限設定する憲法修正案(PEC)可決
  • 新経済政策発表
  • インフレ率以上の歳出を認めない
  • 期限超過の税債務についての支払い柔軟化、貿易手続き時間短縮、BNDES(経済社会開発銀行)の中小企業の融資対象拡大、FGTS(勤続年数補償基金)運用益の50%を労働者の口座に配分可能な制度などを発表
2017年3月 労働派遣法 従来は第三者委託できなかったコア業務も委託可能に
5月
  • 特許出願に関する重複審査を解消
  • 年金法案は下院特別委員会を通過後、下院本会議へ
  • 従来は産業財産庁(INPI)と国家衛生監督庁(ANVISA)の間で二重審査されていた
6月 今後3年間のインフレ目標発表 2018年4.5%、2019年4.25%、2020年4%
7月
  • 1943年制定された統合労働法の改正成立
  • 過度に労働者保護と言われていた法の近代化
2018年1月 包括民営化政策発表 75の民営化により280億ドルの獲得を目指す
出所:
ブラジル大統領府ウェブサイト、報道などを基に作成

労働者党以外の候補者は財政均衡策を継続へ

「エスタード・サンパウロ」紙(5月19日)は、主要候補者の経済顧問やアドバイザーらを一堂に集めて実施したイベントでの政策についての発言をまとめている。

表2のとおり、財政均衡策に関しては、労働者党以外はおおむね継続。なお、シーロ・ゴメス陣営で経済政策策定を担うマウロ・ベネビデス氏は歳入を増加させる手段として間接税であるCPMF(小切手税)を特定の消費にかけようとしているのが目立つ。

社会保障に関しては、年金システムの民営化導入(現地では資本化システムと呼称)について意見が分かれている。現時点で支持率トップのボルソナーロ候補の経済顧問であるパウロ・ゲデス氏はじめシーロ・ゴメス陣営、マリーナ・シルバ陣営も賛成している。労働者党陣営は反対。アウキミン陣営は賛成だが、財政の問題で実現は困難としている。

民営化については、日本企業はじめ外国企業からみた場合、気になるポイントである。これに関しては、コンセッション方式含めると全ての陣営が賛成している。しかし、個別にみていくと、シーロ・ゴメス陣営は、戦略的にあえて民営化しない機関(ペトロブラスやエレトロブラスなど)を残すべきとし、マリーナ・シルバ陣営は、民営化収入を財政改善に充てることにはネガティブ姿勢を示している。労働者党は、国家資産の売却にはネガティブであるものの、コンセッション方式であれば可としている。ちなみにジャイール・ボルソナーロ陣営のパウロ・ゲデス氏は、連邦政府による公社民営化などで7,000億レアルの資金調達が可能との指摘をしている(「Valor」紙2018年3月5日)。

ブラジルの長期的な成長のためには年金改革とともに、将来的に不可欠といわれる税制改革。これについてはおおむね、高所得者層の課税負担を増大させ、低所得者層の負担が軽くなるような逆進性の少ない税制に設計し直すことを提唱している。ジェラルド・アウキミン候補(PSDB)の経済顧問ペルシオ・アリーダ氏が、一部の投資優遇措置を廃止・削減することを提唱していることや、州や市などへ税源を移譲するというような案も3つの陣営から出されていることも注目される。

執筆者紹介
ジェトロ海外調査部 主幹(中南米)
竹下 幸治郎(たけした こうじろう)
1992年、ジェトロ入構。ジェトロ・サンパウロ事務所(調査担当)(1998~2003年)、海外調査部 中南米チーム・チームリーダー代理(2003~2004年)、ジェトロ・サンティアゴ事務所長(2008~2012年)、その後、企画部事業推進主幹(中南米)、中南米課長、米州課長等を経て現職。

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