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特集:どう描く?今後の中南米戦略論争を呼ぶ政策、日系企業への影響も(メキシコ)

2018年6月22日

2018年7月1日に実施されるメキシコ大統領選挙に向けた選挙戦では、アンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール(通称:AMLO)氏が支持率で独走しているものの、同氏が公約として打ち出した政策はメキシコ国内で論争を巻き起こしている。経済政策の分野において、日本企業への影響の可能性についても分析した。

大きな論争を巻き起こしている政策も

極端に左派的な政策は少ないものの、AMLO氏が主張する政策の中には、国内で大きな論争を呼んでいる政策や実現可能性が乏しいと反論される政策も多い。代表的な政策を挙げると表1のようなものがある。

表1:国内で論争を呼んでいるAMLO氏の主な政策
政策 目的 問題点
メキシコシティ新空港の建設中止 歳出削減
  • 既に執行された建設予算が無駄になる
  • 現在、建設工事で雇用されている労働者の失業
  • 代替空港案の非現実性と航空安全上の危険
新たな製油所の建設 エネルギー安全保障、燃料価格の抑制
  • 新製油所建設に係る巨額の費用
  • 新製油所建設に要する時間
  • 石油精製ビジネスの収益率の低さ
穀物などの国内生産拡大 食糧自給
  • 米国との穀物収穫率の差
  • GMOに対する高い壁
社会的支出の拡大 社会開発・格差是正
  • 間接税の非効率な徴税体系には手を付けない
  • 高級官僚の人件費削減などで十分な財源が確保できるか
出所:
国家再生運動(Morena)「国家計画2018-2024」及び主要各紙報道などから作成

最大の論争を呼んでいるのは、メキシコシティ新国際空港の建設中止である。AMLO氏は総額で1,400億ペソ(約7,700億円、1ペソ=約5.5円)を投じる新空港建設を予算の無駄遣いであると主張し、現メキシコシティ国際空港を存続させ、同空港から43キロの距離にあるサンタルシア空軍基地に新たに2本の滑走路と旅客ターミナルを建設することによって現在の需要増に対応し、建設費用を70%削減するとしている。

しかし、この提案は新空港の建設を着々と進めている現政権に加え、産業界からも大きな反論を招いている。新空港建設には既に多額の資金が投じられており、2018年末までに700億ペソが投じられる予定だ。また、建設主体であるメキシコシティ空港グループ(GACM)によると、この段階で計画を中止すれば工事を請け負っている企業に対する補償金などを合わせると総額1,200億ペソの費用が発生し、現時点で建設工事に携わっている7万人の雇用が失われることになる(主要各紙)。AMLO氏の提案には日本経団連に相当する企業家調整評議会(CCE)のほか、メキシコを代表する実業家のカルロス・スリム氏も明確に反対している。また、新国際空港のフィージビリティスタディーに協力した米国の非営利団体マイターコーポレーション(Mitre Corporation)によると、AMLO氏の2つの空港を同時に利用するという提案は航空安全上も問題があるという。盆地であるメキシコシティの複雑な地形と両空港の間の距離の短さ(43キロ)から、両空港を発着する飛行機がサンマテオ地区の上空で上下1,000フィート(約300メートル)未満の距離に接近してしまうため、航空安全上は許容されないという。また、GACMのフェデリコ・パティーニョ総裁は、建設費用の70%については民間企業が直接調達しており、連邦政府が最大の出資者となっているGACMは残りの30%しか負担していない。また、空港建設プロジェクトは採算性の高いプロジェクトであり、空港使用料から投資額を十分に回収できるため、将来的に国の債務が拡大することはないとしている。

エネルギー安全保障と燃料価格抑制の観点からAMLO氏が提案している新製油所の建設計画も、実現を疑問視する意見が多い。AMLO氏はガソリンの大半を輸入に依存している現状を問題視し、2017年のインフレ高進の要因ともなったガソリン価格の上昇要因の一端として、国内精製能力が不足しているために高い外国産ガソリンを輸入せざるを得ない現状を挙げている。そこで、現在進められている既存の6カ所の製油所近代化工事を早期に完成させるのに加え、新政権発足後3年間でそれぞれ60億ドルを投じて新製油所を2カ所建設するという提案をしている。なお、「国会計画2018-2024」には明記されていないが、AMLO候補は選挙戦の演説において、新製油所を建設している3年間はガソリン価格を固定すると主張している。

この提案については、まず必要投資額と建設期間の試算が甘いという意見がある。必要投資額については1カ所60億ドルとしているが、投資額は1カ所で110億ドルはかかり、設計から建設までに5~8年は必要だという専門家もいる。AMLO氏は「国家計画2018-2024」の中で、2カ所の製油所のうち1カ所については、カルデロン前政権が計画したもののエンリケ・ペニャ・ニエト現政権で中断されてしまったイダルゴ州トゥーラの新製油所建設計画の復活を主張している。カルデロン政権が2008~2009年に実施したフィージビリティスタディーによると、トゥーラの新製油所建設に要する投資額は当時の価格で91億2,300ドル、2009年に基本設計を開始して着工は2011年、稼働は2015年を計画していた(2009年4月21日付ビジネス短信参照)。AMLO氏の主張する投資額よりも多く、また建設に要する期間も長いことが分かる。AMLO氏は製油所が完成するまでの間、ガソリン価格を凍結するとしているが、これは政府が以前行っていたように、国がガソリンの消費に補助金を支給することとなり、国庫の負担が大きい。ガソリン価格の上昇は公共交通機関の料金上昇や輸送コストの上昇につながるため、インフレへの影響が大きく、国民生活にも直結するが、ガソリンを最も利用するのは自家用車を所有している上位40%の世帯であるため、上位40%の家計を優先的に補助することにつながり、AMLO氏の訴える所得格差是正の思想とは本来は相いれない。

また、現在の国際環境下で多額の投資を必要とする製油所を建設することの経済合理性を疑問視する声も強い。一般的に石油精製ビジネスは原油掘削に比べると利益率が低いビジネスである。また、メキシコがガソリン輸入の大半を依存する米国は、シェール革命の恩恵により製油所のエネルギー源として用いる天然ガスの価格が低いため、石油精製コストが国際的にみても低い。日本の石油エネルギー技術センター(JPEC)が2017年10月に発表したレポートによると、米国の石油精製コストを欧州と比べると、1バレル当たり0.78ドル低いという。原油価格が上昇している環境下においては、原油を輸出することで高い利益率を実現し、米国に国際競争力があり比較的安価な石油精製品を米国から輸入した方が、経済合理性の観点からは望ましいという意見が強い。

AMLO氏は、メキシコが穀物や油糧種子、食肉などを中心に食糧の40%を輸入に依存している現状を問題視し、このままだと2030年には輸入比率が80%に達すると警鐘を鳴らす。メキシコは主食のトルティージャに用いる白色のトウモロコシ(フラワーコーン)は自給できているが、家畜の餌や甘味料の原料となる黄色のトウモロコシ(デントコーン)は大半を輸入に依存している。これを国産で代替しようとAMLO氏は主張している。この計画にも疑問を呈する声は多い。農業関連のコンサルティング企業であるGCMAのフアン・カルロス・アナヤ社長によると、メキシコにおけるトウモロコシの平均収穫率は1ヘクタール当たり3.7トン、米国は11トンであり、収穫率の差は大きいという(「レフォルマ」紙2018年4月17日)。米国では遺伝子組み換え(GMO)作物が一般的に栽培されているが、メキシコではトウモロコシ栽培でGMOは許可されていない。AMLO氏はトウモロコシの原産国であるメキシコでGMOを導入することには反対の立場である。両国の収穫率の差が大きい中で、トウモロコシ生産に対して国が重点的な支援を行うことの効率性とそれによる輸入代替の実現可能性については疑問が残る。

日本企業への影響は正負の両面に

仮にAMLO氏が大統領に当選した場合、日本企業への影響としてはどのような影響が考えられるだろうか。まず、AMLO氏は対外政策において、日本を中国、インドとならびアジア地域における重点国として位置付けているため、日本に対しては今までの政権と同様、良好な関係を維持すると考えられる。次に、AMLO氏が主張する産業政策が日本企業や進出日系企業に与える影響はどのようなものがあるだろうか。AMLO陣営が「国家計画2018-2024」に盛り込んだ産業政策が、特定セクターにおいてどのような影響を与え得るか、表2にまとめてみた。

表2:AMLO陣営の主張する政策が特定セクターのビジネスに与える影響
分野 影響の 正負 政策
マキラドーラ (保税加工業) 北部戦略ゾーン:北部国境地帯における法人税(ISR)・付加価値税(IVA)の低減(ISR20%、IVA12%に)
省エネ技術 化石燃料の輸入削減につながる省エネ技術の推進
自動車産業 部材の輸入代替・国内調達比率拡大のための企業支援
風力発電 周辺住民の農地や耕作権に影響を及ぼす風力発電の制限、住民に対する補償の提供
鉱業 鉱業ロイヤルティーの引き上げ、環境・労働基準の強化
出所:
Morena「国家計画2018-2024」から作成

まず、日本企業の投資が集中し、生産や雇用における日系進出企業の影響が大きい自動車産業についてみると、AMLO陣営は部品・原材料の輸入代替や国内調達比率拡大を目指す11の戦略産業の中に、「自動車部品製造」と「自動車・トラック製造」を掲げている。国内調達比率の拡大は、輸入関税の引き上げや非関税規制の導入によって行うのではなく、サプライヤー候補に対する金融支援や技術支援、認証導入支援、規制緩和などを通じて国内における生産を促進するとしているため、メキシコにおけるサプライチェーンの強化を目指す進出日系企業にとっては、プラスの影響が考えられる。

また、AMLO氏は化石燃料の使用を減らすことでエネルギー分野の貿易収支を均衡させることを目指しているが、そのための戦略として水力発電の促進に加え、省エネを積極的に導入していくことを掲げている。そのため、省エネ技術に優れた日本企業のビジネスチャンスが拡大することが見込まれる。さらに、国境地帯で保税加工業に従事する日系企業にとって興味深い政策もある。「北部戦略ゾーン」と呼ばれる経済特区に似た税制インセンティブの付与である。米国において厳しい扱いを受けている在米メキシコ移民や、米国で仕事に就くことを目指して国境を越えようとする不法移民を、国境地帯における雇用創出で吸収する計画である。同計画では国境地帯の法人所得税(ISR)を通常の30%から20%に削減し、同地帯における消費に課税される付加価値税(IVA)を通常の16%から12%に削減するという内容である。米国の税制改革で在米法人の法人所得税が21%に引き下げられたこともあり、国境地帯の対米競争力は税制の面では低下しているため、この計画は国境地帯で操業する企業にとっては興味深いものであろう。

ただし、これらの産業育成策の原資をどのように調達するのかという疑問は残る。AMLO陣営は「国家計画2018-2024」の中で、歳入増のための税率の引き上げは行わず、新たな税金の創設もしないと明言している。OECDなどの国際機関は、メキシコの税体系、特にIVAを中心とする間接税収の不足を問題視している。OECDが3月27日に発表した報告書(Revenue Statistics in Latin America and the Caribbean 2018)によると、ラテンアメリカ・カリブ地域の国の税収のGDPに占める比率は2016年時点で平均22.7%だが、メキシコは17.2%にとどまる。特に間接税収のGDP比でみると、地域平均の11.4%に対し、メキシコは6.5%、特にIVAに限定すると地域平均の6.2%に対してメキシコは4.1%と低い。メキシコのIVA税収が低い要因としては、食品や医薬品など一部の品目の税率が0%になっていることが挙げられる。特に、家計支出の多くが向けられる食品にIVAが課されていないことが影響している。食品にIVAを課していないのはエンゲル係数が高い貧困層を支援する目的からだが、富裕層が食品を消費してもIVAは0%であるため、徴税効率の点からは望ましくない。IVAを一律に16%課し、貧困層にのみ直接所得補助を行った方が徴税効率は高いため、20年ほど前からIVA法の改正を望む声はあるが、政治的なコストが高いために実現できていない。AMLO氏は食品に対するIVAの課税には反対しているため、抜本的な税制改正を通じた税収の拡充は期待できない。高級官僚の人件費削減を中心とした歳出再編だけで、産業政策や社会開発支出増加のための十分な原資が獲得できるのか。財政収支の均衡を保ち、公的債務を拡大させないという公約もあるため、その実現可能性には疑問を呈する声もある。

また、環境保護や地方住民の権利保護の観点から、AMLO氏は大規模な風力発電や鉱山開発に対して否定的な見解を示しており、これらのセクターに従事する日系企業にとっては向かい風となる可能性がある。

7月1日には大統領だけでなく、国会の上下両院の全議席が改選される。国会ではAMLO氏が率いる左派連合が過半数を占めることは難しいとみられており、法律改正を伴う抜本的な改革の実現は難しいという見方が一般的だ。逆に言えば、エネルギー改革や通信市場改革などの改革を逆行させるような政策の実現も難しいと言える。AMLO陣営もそのことは認識しており、「国家計画2018-2024」に盛り込まれた計画には法律改正を伴う計画が比較的少なく、行政府の判断で進められるものが意図的に多くなっている(同計画460ページにその旨を記載)。また、AMLO氏はエネルギー改革など構造改革の実現に向けて現政権下で進められた「メキシコのための協約」(2012年12月6日付ビジネス短信参照)など、与野党間の政党の枠を超えた合意形成には反対している(4月22日の第1回大統領候補テレビ討論会における発言)。

なお、AMLO氏が仮に大統領に当選し、MorenaなどAMLO氏が率いる左派連合が上下両院で3分の1以上だが過半数未満の議席を確保した場合、大統領が議会成立法案に対して発動する拒否権を、議会の野党連合が3分の2の再可決で覆すことができなくなる。そうなると、3分の1以上の議席だが過半数に満たない与党連合の法案は野党連合の反対で成立せず、野党連合が議員立法で提出して可決された法案は大統領の判断で拒否されることが多くなることが想定され、立法府の機能低下が懸念される事態となる。7月1日の選挙は大統領選だけでなく、議会選挙にも注目する必要がある。

執筆者紹介
ジェトロ・メキシコ事務所 次長
中畑 貴雄(なかはた たかお)
1998年、ジェトロ入構。貿易開発部(1998~2002年)、海外調査部中南米課(2002~2006年)、ジェトロ・メキシコ事務所(2006~2012年)、海外調査部米州課(2012~2018年)を経て2018年3月から現職。単著『メキシコ経済の基礎知識』、共著『FTAガイドブック2014』、共著『世界の医療機器市場』など。

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