特集:どう描く?今後の中南米戦略混迷するブラジルの大統領選挙

2018年6月22日

本命不在の大統領選が経済の足を引っ張る

経済の方は回復に向かっているブラジルだが、不透明な政治状況に足を引っ張られている。特に慎重なのは消費者である。FGV(ジェトゥーリオ・バルガス財団)の各種信頼感指数によると、産業界の信頼感指数は順調に回復しているものの、消費者信頼感指数は4月に現状指数、今後の見通し指数とも悪化した。2018年第一四半期の失業率も前年同期比では改善しているとはいえ、直前の四半期比では悪化しており、足元では「足踏み」「踊り場」の状況にあるといえる。

外国為替市場も敏感に反応している。ドルの対レアルレートは2018年初から切り下げ基調を継続していたが、4月後半以降1ドル=3.5レアル台をつけるようになり、5月後半には一時1ドル=3.7レアルを突破し、2016年5月以来のレアル安水準となっている。米国金利の上昇といった海外要因に加え、汚職によるルーラ元大統領の収監に関し、国を二分するような社会的混乱、そして大統領選挙で現政権の構造改革路線を継承する(経済・産業界からは好ましい改革)とみられる候補者の人気が低迷していることがこうした不透明感の背景にある。

大統領選は2018年10月7日に投票が行われる。得票率首位の候補が過半数を獲得できなかった場合は10月28日に決選投票が行われる。4月16日時点のダータフォーリャの大統領候補者に関する投票意思調査では、大きく2つのシナリオに分けて現時点の状況を示している。まずは、汚職により収監されているルーラ氏が仮に出所し、選挙裁判所の許可を経て大統領選に立候補するというシナリオだ。この場合、ルーラ氏が31%とトップと根強い人気を誇る。また今回、元軍人で初めて大統領選に出ることになるジャイール・ボルソナーロ氏[PSL(社会自由党)]が15%、元環境相のマリーナ・シルバ氏が10%、元最高裁判事のジョアキン・バルボーザ氏は8%、元サンパウロ州知事で3大政党の1つPSDB(ブラジル社会民主党)党首のジェラルド・アルキミン氏が6%、元セアラ州知事で2002年の大統領選も立候補し、第1次ルーラ政権で国家統合相を務めていたシーロ・ゴメス候補が5%となっている。なお、4位のバルボーザ氏は5月8日に大統領選への立候補を断念すると発表した。

そして、ルーラ氏の収監が続いて立候補できず、労働者党(PT)の候補として前サンパウロ市長のフェルナンド・ハダッド氏が出る場合の支持の状況は表のとおりである。今まで大統領選に出たことのないボルソナーロ氏がトップとだが、混戦模様となっていることが分かる。ダータフォーリャはまた、決選投票となった場合のシナリオも毎回調査している。過去、大統領選に出た候補(ルーラ、マリーナ、アルキミン、シーロの各氏)と、ボルソナーロ氏を加えた組み合わせでは、いずれもルーラ氏、マリーナ氏が強さをみせている。

表:ルーラ元大統領収監後初の大統領選挙投票意思調査(2018年4月11~13日)
候補者 支持率(%)
ジャイール・ボルソナーロ(PSL) 17
マリーナ・シルバ(Rede) 15
シーロ・ゴメス(PDT) 9
ジョアキン・バルボーザ(PSB) 9
ジェラルド・アルキミン(PSDB) 7
フェルナンド・ハダッド(PT) 2
出所:
ダータフォーリャのデータ(4月16日)より抜粋
注:
その後、6月6~7日に実施された同調査(2,824人にインタビュー)では、結果は次のとおり。ジャイール・ボルソナーロ氏19%、マリーナ・シルバ氏14%、シーロ・ゴメス氏10%、ジェラルド・アルキミン氏7%、アルバロ・ディアス氏4%(6月11日発表)。

ルーラ氏支持層はマリーナ、シーロ両氏に流れる

ルーラ氏の支持層は被教育歴が基礎教育までの層や低所得者層に多いということで特徴付けられる。ルーラ氏が立候補したケースでは、図1のとおり基礎教育のみ受けた層の支持率は38%(2位のマリーナ氏は9%)、図2のとおり所得の低い層に確固たる支持基盤を持っている。従って、ルーラ元大統領が収監され、PTが別の候補(フェルナンド・ハダッド氏)を出すケースでは、マリーナ氏の支持率が5ポイント、シーロ・ゴメス氏が同4ポイントアップというシナリオとなっている。支持政党別の投資意思データ(図3参照)をみても、PT支持者は元PT所属で環境相を歴任したマリーナ・シルバ氏と、PTと連立を組んでいたPDT(民主労働党)に所属するシーロ・ゴメス氏(元国家統合相)という元ルーラ政権の閣僚経験者に投票する意思が高いことが分かる。

図1:被教育歴別の各候補支持率
ルーラ候補の支持率は、基礎教育までを受けた有権者では38%、中等教育まででは30%、高等教育まででは20%、ボルソナーロ候補は、基礎教育まででは7%、中等教育まででは19%、高等教育まででは21%、マリーナ・シルバ候補は、基礎教育まででは9%、中等教育まででは11%、高等教育まででは8%、ジェラルド・アルミキン候補は、基礎教育まででは6%、中等教育まででは5%、高等教育まででは6%、シーロ・ゴメス候補は、基礎教育まででは6%、中等教育まででは4%、高等教育まででは5%となっている。なお、主要候補者支持率とし、他の候補者の分は割愛しており合計は100%にならない。
注:
それぞれの被教育歴別の主要候補支持率。(他の候補の分は割愛しており合計は100%にならない。)
出所:
ダータフォーリャのデータ(4/16)より作成
図2:世帯所得帯別の各候補支持率(%)
ルーラ候補の支持率は、世帯所得が最低賃金の2倍までの有権者では39%、同2倍超から5倍まででは24%、同5倍超から10倍まででは20%、同10倍超では18%、ボルソナーロ候補は同2倍まででは9%、同2倍超から5倍まででは20%、同5倍超から10倍まででは26%、同10倍超では29%、マリーナ・シルバ候補は同2倍まででは11%、同2倍超から5倍まででは9%、同5倍超から10倍まででは7%、同10倍超では12%、ジェラルド・アルミキン候補は同2倍まででは5%、同2倍超から5倍まででは6%、同5倍超から10倍まででは8%、同10倍超では7%、シーロ・ゴメス候補は同2倍まででは4%、同2倍超から5倍まででは6%、同5倍超から10倍まででは5%、同10倍超では6%となっている。なお、主要候補者支持率とし、他の候補者の分は割愛しており合計は100%にならない。
注:
それぞれの所得帯における主要候補の支持率。(他の候補の分は割愛しているため合計は100%にならない。)
出所:
ダータフォーリャのデータ(4/16)より作成
図3:支持政党別の各候補支持率(ルーラ氏不出馬の場合)
支持政党を回答した上で当該回答者がどの候補者を支持したかの割合。ボルソナーロ候補の支持率は、PT支持者7%、MDBは16%、PSDBは21%、PDTは25%、PSOLは14%、その他政党支持者は25%、支持政党のない有権者は19%、マリーナ・シルバ候補は、PTは21%、MDBは19%、PSDBは10%、PDTは9%、PSOLは25%、その他政党支持者は16%、支持政党のない有権者は13%、シーロ・ゴメス候補は、PTは15%、MDBは14%、PSDBは7%、PDTは39%、PSOLは17%、その他政党支持者は7%、支持政党のない有権者は7%、ジェラルド・アルミキン候補は、PTは6%、MDBは14%、PSDBは28%、PDTは10%、PSOLは5%、その他政党支持者は9%、支持政党のない有権者は6%、フェルナンド・ハダッド候補は、PTは3%、MDBは1%、PSDBは2%、PDTは3%、PSOLは3%、その他政党支持者は1%、支持政党のない有権者は2%となっている。なお、主要候補者支持率となっており、他の候補者の分は割愛しており合計は100%にならない。
注:
支持政党を回答した上で当該回答者がどの候補を支持したかの割合。(他の候補の分は割愛しているため合計は100%にならない。)
出所:
ダータフォーリャのデータ(4/16)より作成

割れる経済・産業界の支持

ルーラ氏不出馬の場合、現時点で最も人気の高いボルソナーロ候補は要注目候補の1人である。同候補支持層の特徴として、「男性」「高等教育を受けた層」「中流以上の裕福な層」ということが挙げられる。若者からの支持もルーラ氏に次いで高く、政党別ではPSDBを支持政党とする有権者からの支持率も高い。これはつまり、ボルソナーロ氏がビジネス界など自由・開放経済を旨とする政策を志向する層からの支持を得ていることを意味する。なお、PSDB党首のアルキミン氏に次いで同党支持者からの支持率が高いのは、ボルソナーロ氏がリオデジャネイロを中心とするエバンジェリコという近年勢いのあるプロテスタントの一派の支持を得ているという背景もあるという見方もある。

2014年の大統領選挙は、「2003年以降継続していた格差是正・社会包摂的、積極財政、保護主義色の濃い政策」と「自由経済・開放経済、財政均衡」を掲げる候補のどちらを選ぶかという構図であった。その後、PT時代の過度な総需要創出を背景とするスタグフレーションで経済は痛み、さらに「格差是正」「自由経済」の双方のグループから多数の議員の汚職が明るみになり、有権者は政治への不信を高めたまま選挙戦に突入している状況である。

こうした状況下、有権者は投票判断の基準を設けづらくなっている。元中央銀行理事で現UBSブラジルのチーフエコノミストのトニー・ボポン氏はGlobo News Painelなどインターネットメディア(注1)で「1994年のレアルプラン以降、経済状況に満足する者は政権担当党の候補に投票し、不満足な者は野党候補に投票してきた。しかし、2016年以降のブラジルではそうしたロジックが通用しなくなっている」と分析し、「経済よりも汚職や治安がテーマとして優先されている」とコメントしている。ボルソナーロ氏人気の背景には、同氏が今のところクリーンで新鮮(同氏が立候補するのは初めて)なイメージを保ち、今までにない独特の主張、特に軍の経験を背景とする規律導入で治安改善を図ろうとすることが、軍政時代を知らない世代の支持を得ていることにあるとみることもできるだろう。

ただし、同氏の選挙活動を支える基盤は、大政党の候補と比べて脆弱(ぜいじゃく)である。5月23日に与党MDB(民主運動)から立候補を発表したメイレーレス前財務相らを中心に与党候補の一本化が進み、また今後、テレビ討論会などが始まると(注2)、同氏も現在の人気を維持するのは容易ではないだろう。ただし、現時点(5月24日現在)では、特定候補へのこだわりが少ない自由・開放経済を志向する層の支持がボルソナーロ氏に流れ、与党候補の支持率の頭を押さえている構図となっている。


注1:
2018年5月2日配信分。
注2:
下院議席数に応じて政見放送の持ち時間が配分されるため、MDBやPSDBには有利。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部 主幹(中南米)
竹下 幸治郎(たけした こうじろう)
1992年、ジェトロ入構。ジェトロ・サンパウロ事務所(調査担当)(1998~2003年)、海外調査部 中南米チーム・チームリーダー代理(2003~2004年)、ジェトロ・サンティアゴ事務所長(2008~2012年)、その後、企画部事業推進主幹(中南米)、中南米課長、米州課長等を経て現職。

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