担当大臣が訪米し業界と交流
インド初の半導体製造の現在(3)

2023年6月5日

ベダンタとフォックスコンの合弁企業Vedanta Foxconn Semiconductors Limited(以下VFSL))を通じた、一連のインド政府やグジャラート(GJ)州の動きに対して、米国は閣僚レベルの政策対話や半導体業界団体の相互の交流などを通じて、すでに布石を打ち始めている。半導体ハブ構想の絵姿がより具体的に見えてくるにつれ、直近では特に米国半導体業界への働きかけが顕著になっている。一方、GJ州政府レベルでは、2023年5月初旬に台湾やシンガポールなどアジア各国に州科学技術省がミッションを派遣し、水面下での半導体業界への働きかけが行われているもようで(州政府へのジェトロ取材:2023年4月28日)、今後、各国からの関心もさらに高まるものと考えられる。

米国政府とインド政府が半導体分野でパートナーシップ覚書締結

2023年3月10日に開催された「米国インド戦略商業対話」の中で、米国のジーナ・レモンド商務長官とインドのピユシュ・ゴヤル商工相が、「半導体サプライチェーン確立とイノベーション・パートナーシップ」に関する覚書を締結した(インド政府プレスリリース3月10日付、2023年3月14日付2023年3月22日付ビジネス短信参照)。レモンド長官は声明で、「この覚書は、半導体サプライチェーンの強靭(きょうじん)化と多様化に関する両国の協力体制を確立し、米国とインドにおけるビジネス機会の創出を目指すものだ」と述べている。

これに先駆け、米国とインドは2023年1月末に行われた米インド重要新興技術イニシアチブ(iCET)の第1回会合にあわせ、米国半導体産業協会(SIA)とインド・エレクトロニクス半導体協会(IESA)が、半導体製造エコシステム形成における産官学連携強化に向けたタスクフォースを立ち上げる計画を発表していた(2023年2月7日付ビジネス短信参照)。同タスクフォースでは、強靭な半導体サプライチェーンの構築を目的に、産官学の関係者が集まり、近い将来の協業機会を特定するほか、補完的な半導体エコシステムの長期的な戦略開発を促進し、半導体の製造を含む世界の半導体バリューチェーンにおけるインドの存在感を高める機会と課題に対する提言などを行う。これらの動きから、半導体分野において両国の関係強化を加速させたい狙いがうかがえる。ジェトロがGJ州政府の半導体政策を担う「GJエレクトロニクス・ミッション」(GSEM)に取材したところ(2023年4月17日)、SIAの幹部が最近、ドレラ特別投資地域(SIR)の視察を行ったという。

半導体製造支援スキーム再開の動き

一方で、インド政府には、国内における半導体およびディスプレイ製造に対する総額7,600億ルピー(約1兆2,160億円、1ルピー=約1.6円)の奨励策に基づく助成申請の公募を再開する動きが出ている。

ラジーブ・チャンドラシェカール電子IT閣外相は、現地メディアの取材に対して、今回の再開措置の背景には「半導体製造の設立により多くの企業を誘致し、市場が一部の企業によって支配されないようにする考えがある」とし、「さらなる競争とイノベーションに期待している。製造のための資本があり、技術パートナーがいる企業であれば応募できる」とした。また、VFSLの事業認可について、「われわれは、40ナノメートル(nm)(注)の半導体製造工場について、すぐに承認する予定であり、インド初の半導体は、もうどこにも行かない」と述べていた(「フィナンシャル・エクスプレス紙」 5月12日)。

これを受け、インド政府電子・IT省は5月31日、新たな通達 を発表し、6月1日より「修正インド半導体プログラム」 の下で、新規案件の募集を開始した。申請期限は2024年12月までで、プログラムの指定中核機関「インド半導体ミッション 」が申請窓口となり、オンライン申請にて受け付ける。旧スキームでの申請者は、提案内容に適切な修正を加えた上で、新たに申請することが可能とされている。

通信・電子IT相が訪米、半導体産業界と交流

一方、インド政府のアシュウィニ・バイシャナウ通信・電子IT相は訪米し、5月9日にグーグルのサンダー・ピチャイCEO(最高経営責任者)と面談し、インドの国民IDを基盤としたデジタル公共財「インディア・スタック」や、製造業振興政策「メーク・イン・インディア」について意見交換した。その他、インテル、マイクロン、ウェスタンデジタル、アプライド マテリアルズ、ヒューレット・パッカード、アナログ・デバイセズ、ラムリサーチ、AMDなどの米国企業の経営幹部と会談した。また、インド半導体ミッション(ISM)と米国・パデュー大学が、能力開発、研究開発、産学連携協力に関する覚書に署名した、と報道されている。

同相は複数のインド・メディアの取材に対して、「会合は非常に有意義だった。半導体に関わるすべての人にとって、間違いなくインドが次の大きな投資先となるというメッセージは明確だ」(「ビジネス・スタンダード紙」5月10日)、「インドは半導体製造に関して最も費用対効果が良好で、才能が豊富な唯一の国である。インド政府が取ってきた包括的な半導体エコシステムを構築するアプローチは極めて妥当であり、業界のリーダーたちは高く評価している」とした(「フィナンシャル・エクスプレス」5月11日)。

インド政府が半導体産業誘致のための包括的な政策スキームを導入してから、17カ月が経過した。しかし、数件の案件申請があったのみで、インテル、TSMC、サムスン、グローバルファウンドリーズ、マイクロンなどの大手企業は、いずれもインドでの工場設立やエコシステム構築について明確な態度を示していない。マイクロンは、インドに後工程生産拠点を設置する予定だったが、米国内での半導体製造を促進する法律が承認されたため、インドでの計画は中止になっている。インド政府は、やがて半導体製造大手がインドに進出することを確信しているが、今回のバイシャナウ通信・電子IT相の訪米は、米国の大手半導体メーカー幹部に対するインド進出の説得が目的と捉えられている。また、米国は、中国に対して様々な制限を課すことで、半導体製造エコシステムで存在感を増す中国を脇に追いやろうとしている。一方、インドに関しては、地理的優位性や熟練労働者の確保などの面から、米国はインドを半導体製造における信頼できるパートナーとして捉えている、と報じられている(「ビジネス・トゥデイ」5月10日)。

また、今回のインド政府の動きに対して、業界有識者の団体であるVLSI Society of Indiaのサティヤ・グプタ会長は「大臣によるシリコンバレーの半導体リーダーへの働きかけは、彼らからインドの半導体ミッションに対する信頼を得るための重要なステップだ」と評価。具体的な提案として、シリコンバレーにインド政府の出先となる「インド半導体デスク」を設置、半導体業界や学術研究機関に強いネットワークを持つ専門家を配置し、シリコンバレーからインドへの半導体分野の連携協力や投資促進を担う機関とすることを真剣に検討すべきだとしている。


注:
ナノメートルは、10億分の1メートル。
執筆者紹介
ジェトロ・アーメダバード事務所長
古川 毅彦(ふるかわ たけひこ)
1991年、ジェトロ入構。本部、ジェトロ北九州、大阪本部、ニューデリー事務所、ジャカルタ事務所、ムンバイ事務所長などを経て、2020年12月からジェトロ・アーメダバード事務所長。