日系企業の経験・知識にも期待
インド初の半導体製造の現在(4)

2023年6月12日

地場ベダンタと台湾系フォックスコンによる、インド初の半導体製造合弁企業(Vedanta Foxconn Semiconductors Limited(以下VFSL))。ベダンタは、技術提携先との契約が済み、製造技術に強い人材を顧問に迎えたと発表。インド政府による各種の事業承認を待っている状況であり、同社の認可取得プロセスが、後継企業への模範例となるとした。インド半導体産業の成長に対するインド政府の長期的構想、VFSLの取り組みや進出先のドレラ特別投資地域(SIR)開発の課題、グジャラート(GJ)州政府の日本企業に対する期待についても触れる。

ドレラSIR開発加速にはインセンティブが必要との声も

4月7日付「タイムス・オブ・インディア」紙は「ドレラには、インセンティブや特別な政策が必要」と題して、ドレラSIR開発のより一層の加速のためには、州政府などからのインセンティブの必要性について指摘している。

これに関連し、約100社の開発業者が加盟するアーメダバードの業界団体であるインド・アーメダバード不動産開発事業者連盟(CREDAI)が、ビジャイ・ネラGJ州科学技術省次官、ハリート・シュクラ・ドレラ産業都市開発公社代表と開発業者との間で、ドレラSIR開発に関する意見交換を行った。この会合では、ドレラSIRは高速道路の建設が進み、アーメダバードとの接続性が飛躍的に向上しつつあるため、今後の発展のポテンシャルは非常に大きい、と評価された。一方で、発展をさらに加速させるためには、GJ州内にある国際金融特区である「GIFTシティー」に適用されているように、開発業者に対する印紙税の免除やGST(物品・サービス税)免除のようなインセンティブや、プロジェクトを包括的に環境評価するなどの特別な政策を導入すべきだとの意見があった。また、ドレラSIRは杭(くい)基礎工事が必要なため、経費が25~35%割高になるとも指摘された。一方、直近の2カ月の間に、ドレラ地域では多くの土地取引が行われているもようだ。


開発工事の進むドレラSIR周辺(ジェトロ撮影)

ベダンタは生産技術面での懸念を否定、有識者を顧問に

VFSLに対するインド政府の認可進捗について諸説が論じられている中、フォーブス(5月11日付)において、ベダンタ・セミコンダクター&ディスプレイのアカルシュ・ヘバー・グローバル・マネージング・ディレクターは、「我々は既に技術パートナーを得て、最終的な技術契約を締結し、政府に提出済みである」と発言しており、「我々の申請への承認過程は、半導体分野で初参入の企業として最も厳格なプロセスを経ることになり、今後参入する10社以上の企業の模範案件となるだろう」としている。ちなみに、一方のガラス・ディスプレイ事業では、ベダンタは台湾のイノラックス・コーポレーションをパートナーとして技術提携済みだという。先端液晶技術に注力し、テレビ、IT、自動車、スマートフォンなどに対応する予定だ。

さらに同社は、製造技術に対応した人材登用についても公表している。IBMやグローバル・ファウンドリーズなどにおいて、長く製造管理、経営戦略の幹部を務めた、テリー・ダリィ氏を半導体事業の顧問に任命した。インドに最新鋭の半導体製造装置を設置するため、戦略的助言の役割を担う。同社は今後も半導体事業のために、経験豊富な人材を集結したチーム構築を継続するとして、メディアなどで取り上げられる生産技術面での懸念の払拭に努めている(5月9日付「ライブミント」紙)。

政府がVFSLの補助金申請を却下するとの報道が波紋

様々な憶測も飛び交う中、ロイター通信が5月31日に「中央政府はVFSLのプロジェクト申請に対して、奨励金の支給を認めない方針」だと伝えたことが、大きな波紋を呼んでいる。政府が認定条件としている「技術提携先との合意」、「28ナノメートル(nm)(注)の生産グレード技術のライセンスの取得」のいずれも満たしていないのが、その理由とされている。6月7日現在、電子・情報技術省、VFSLからの公式発表はまだ確認されていない。

同報道を受け、現地メディアは「補助金と保護主義的な輸入関税によって創出された低コストの携帯電話組み立てラインは、より高度な半導体製造に至る速やかな道筋とならなければ意味がない」として、VFSLと同様の半導体製造案件として名前が上がる2企業(タワー・セミコンダクター社、IGSSベンチャーズ社)の事業に関しても、現状はそれぞれの事情で頓挫していると伝えた。さらに、ラグラム・ラジャン元インド準備銀行総裁が、最近の共同論文で「インドは携帯電話の組み立て・輸出国となったが、これにより実際は様々な部品の輸入総額は増加したのではないか。生産連動型優遇策(PLI)制度が導入された数年間に輸入依存度はむしろ高まった可能性がある」と示唆したことを引用し、政府の半導体製造支援策の本来の目的に照らし、再検証の必要性を指摘している(「ビジネス・スタンダード」紙 6月2日)。一方、電子・情報技術省は5月31日、新たな通達 を発表し、6月1日より「修正インド半導体プログラム」 の下で、新たな半導体製造案件の募集を再開する動きを見せている(2023年6月5日付ビジネス短信参照)。

インド半導体市場は2026年に640億ドル規模と予測

香港を本社とするカウンターポイント・リサーチとインドエレクトロニクス・半導体協会(IESA)の共同調査によると、2019年に227億ドル規模だったインドの半導体市場は、2026年までに640億ドルに達すると予測されている。家電、通信、ITハードウェア、産業部門からの大きな需要が、成長を牽引すると見込まれる。成熟した技術ノード[28ナノメートル(nm) 以上]を活用した部品は、成長を続けるインド自動車産業をはじめ各産業部門を支えるため、短期的には大きなビジネスチャンスが期待され、センサー、ロジック・チップ、アナログ・デバイスなどのアプリケーションにおいて、国内需要によって大きなチャンスがもたらされるという。

中長期でサプライチェーンにおけるインドの位置付け変えるか

インド政府は、半導体サプライチェーンの信頼できるパートナーになることを約束し、幅広い分野への外国投資を促進するため、様々なインセンティブやプログラムを導入している。アミテシュ・クマール・シンハ・インド半導体ミッション(ISM)CEO(最高経営責任者)は、「インドは、世界のサプライチェーンにおいて信頼できるパートナーになることを約束し、今後25年間を念頭に置いた長期的な政策を立案し、実現に向け取り組んでいる」と述べ、インド政府も、半導体ハブ構想を長期的な取り組みと認識していることを示唆している。

モディ首相は、「メーク・イン・インディア」「自立したインド」を旗印に、半導体・エレクトロニクス製品の台湾・中国からの輸入依存を軽減し、国内生産体制の構築による自給自足を目指す野心的な政策を進めている。今後、半導体・エレクトロニクス製品の国際的なサプライチェーンの再編につながる可能性も秘めているインドの取り組みは、VFSLのGJ州ドレラSIR進出決定により、日本のみならず米国、韓国、台湾など各国・地域の産業界からの注目を集めている。しかし、インド政府や州政府が描く全体の構想からすれば、現在の状況はまだ緒に就いたばかりの感がある。世界の主要な半導体製造および関連企業が、相次いで進出し、製造拠点を設立するのかどうかは、現段階ではまだ先が見通せない。

モディ首相とルネサスCEOが面談

様々な課題も見えてくる中、既述の通り、インド政府やGJ州政府は、米国、韓国、台湾など、様々な国・地域へのアプローチを精力的に続けている。直近伝えられた日本企業の動きとしては、2023年5月11日にルネサス エレクトロニクスの柴田英利CEOがモディ首相と面談し、同社は「我々の産業がなすべき役割と、インドが描くデジタルの未来に対する貢献について意見交換した。当社はインドの半導体エコシステムとデジタル・インフラの構築の実現に同意した」とツイート。モディ首相も「柴田CEOと面談し、技術・イノベーション、世界の半導体分野におけるインドの歩みについて、有意義な意見交換を行った」と発信している。今後、何らかのより具体的な進展が期待される。

GJ州投資での日本企業の経験・知識に期待

VFSL事業の進出先であるドレラSIRを管轄するGJ州科学技術省の担当者は、ジェトロの取材(2023年4月17日)に対して、「韓国、台湾、日本の企業には、『半導体エコシステム』に関する経験や知識の共有・移転を期待しており、特に日本企業への期待は大きい」と答えている。その理由として「アーメダバード近郊のマンダル-ベチャラジSIR地域には、スズキ、ホンダを中核とする自動車・二輪車製造エコシステムが既に形成されているため、日本企業は他国企業よりもGJ州に製造拠点を置くことで積み重ねてきた経験が豊富で、半導体製造でも経験が生かせるのでは、と考えている。また、ドレラSIRは都市計画に基づき、社会インフラや居住地区の整備が進められており、近い将来には国際空港の新設やデリー-ムンバイ貨物専用鉄道、州内港湾、メトロなどとの接続性の向上の実現が確実であるため、現在日本企業が集積するマンダル-ベチャラジSIR地域の開発初期よりも、格段に進出しやすいのではないか」としている。

また、ドレラSIRに優れた半導体エコシステムを構築するために、「日本の主要な半導体製造、特殊装置メーカー、ガス、材料サプライヤー、紫外線リソグラフィーなどの関係企業が、GJ州に進出してくれることを期待している。実際に現地も訪問してもらい、インドでの半導体・エレクトロニクス製造に関心を持つ日本企業からのフィードバックを期待している。そして、GJ州の半導体政策(2022年10月12日付地域・分析レポート参照)、エレクトロニクス政策(2023年1月4日付地域・分析レポート参照)を、さらにビジネスフレンドリーにするために、関心企業からの要望を政策に反映していきたい。州政府は定期的に日本企業との交流を持ちたいと考えている」とも述べた。

VFSL事業を取り巻く動向は将来の試金石に

事業進捗について、VFSLのデビッド・リードCEOは6月2日付けの地元メディアで、「既に28nm、40nmの半導体製造技術に対応し、2社との技術提携契約が済んでいる(うち1社は欧州imec)。現在、中央政府と詳細な協議を詰めており、再申請ではなく既存の申請への微調整で対応する予定だ」と応えている。また、GJ州ドレラSIRの予定地では整地作業を進めており、幹部社員や数百人単位のエンジニアの採用も進めているとし、「現在進行中のプロセスに後退はない」と強調している(「ザ・ヒンドゥー、ビジネスライン 」6月2日付)。

2026年までに640億ドルに達すると予想されるインド半導体市場の成長は、中長期的には、半導体・エレクトロニクスのみならず、他の産業分野も含めた、製造・輸出拠点としてのインドの位置付け、存在感、周辺環境を大きく変える、重要な動きになるかもしれない。今後も紆余(うよ)曲折が予想されるが、いずれにしても中央・州政府、投資家、それぞれが覚悟を持った取り組みとなるだろう。引き続き、VFSLによる「インド初の半導体製造」事業を取り巻く周辺動向を注意深くウオッチしていく必要がある。


注:
ナノメートルは、10億分の1メートル。
執筆者紹介
ジェトロ・アーメダバード事務所長
古川 毅彦(ふるかわ たけひこ)
1991年、ジェトロ入構。本部、ジェトロ北九州、大阪本部、ニューデリー事務所、ジャカルタ事務所、ムンバイ事務所長などを経て、2020年12月からジェトロ・アーメダバード事務所長。