地元メディアは課題を指摘
インド初の半導体製造の現在(1)

2023年5月24日

英国系鉱業・天然資源大手ベダンタ・グループと、台湾系の電子機器受託生産(EMS)世界最大手の鴻海(ホンハイ)精密工業傘下のフォックスコンとの合弁会社Vedanta Foxconn Semiconductors Limited(VFSL)が、「インド初の半導体製造事業」として注目を集めている。2022年9月に初めて事業計画が公表されてからの動きにつき、現地報道や州政府関係者への取材をもとに、その後の進捗や周辺状況を4回にわたって報告する。

インド初として注目される半導体製造合弁事業

ベダンタ60%、フォックスコン40%の株式比率からなるVFSLは、インド西部・グジャラート(GJ)州の最大都市・アーメダバード近郊のドレラ特別投資地域(SIR)において、今後2年以内に半導体・ディスプレイ製造、半導体組み立て・検査などの工場を設置し、新たに10万人の雇用創出が期待されている。回路線幅が28ナノメートル(nm, 注1)クラスの製品を生産する一方、ディスプレイ製造工場では小型、中型、大型の製品向けに、第8世代向けディスプレイを生産する計画だ。新規投資額は1兆5,400億ルピー(約2兆4,640億円、1ルピー=約1.6円)。同案件は、インド電子・情報技術省が公募した総額7,600億ルピー(約1兆2,160億円)の「電子産業(半導体、ディスプレイ)誘致・育成を図る包括的な政策プログラム」(2021年12月22日付ビジネス短信参照)に対し、2022年2月に申請されていた案件のうちの1つ(2022年3月2日付2022年9月21日付2022年10月20日付ビジネス短信参照)。

ベダンタのプレスリリースによると、「この合弁プロジェクトは、高度に洗練された装置企業、高純度ガス、化学薬品、ウエハー、フォトマスクなどの素材系企業、装置関連サービスプロバイダーなど、半導体産業のバリューチェーン・エコシステムに広く関連する様々な企業群を引き付け、GJ州を世界の半導体ハブの1つとして位置付けることになる」としている。

進出先はドレラSIR、日本企業30社と覚書

GJ州政府が、「インド初の半導体製造事業」でVFSLとの覚書に調印した、と報じられたのが2022年9月で、翌10月には進出先はGJ州内のドレラSIRに決まったとされる。ジブ・チャンドラシェカール電子工学・情報技術担当閣外相は、「ドレラSIRは、アジアで最も重要な半導体製造の中心となるだろう」と、その大きな将来性に期待を表明している。

この動きを受け、2022年12月にベダンタ関係者によるビジネスミッションが日本に派遣された。これに合わせて訪日したGJ州政府によると、ベダンタは東京で開催した会議で約100社の日本企業と交流したとされ、特殊ガス、半導体製造、特殊製造装置メーカーなどと面談し、関連日本企業の視察も行ったという。また、この際に、同社は約30社の日本企業と覚書を締結したとしているが、企業名や詳細は明らかにされていない。訪日に同行したGJ州政府関係者は、「その後、日本企業数社からドレラSIRや、その他の工業団地に関する問い合わせを受けており、実際に現地視察の支援も行うなど好感触を得ている」という(GJ州政府へのジェトロ取材 2023年4月17日)。

注目のプロジェクトに技術面の課題か:メディア報道

一方で、既にドレラSIRを進出先に決定し、前出の政府による電子産業育成のための優遇措置を含めた事業評価・承認プロセスの段階を順調に進んでいると思われた同プロジェクトが、視界不良に陥っているのではないか、との報道も見られている。

VFSLは、欧州系のSTマイクロエレクトロニクスとみられる半導体製造企業を相手に、技術提携に関する協議を行ってきたとされるが、「技術移転、提携期間、各社の投資資金などの諸点で行き詰まっているのではないか。技術提携先がいまだ確認されていない」と、当地の複数メディアが報じている(4月6日付「エコノミック・タイムス」、4月13日付「ミント」ほか)。また、「政府がベダンタ-フォックスコンに付帯条件付きの承認を与えるかもしれない」という報道(4月8日付「ビジネス・スタンダード」)もあったため、提携先との間で生産グレードの技術ライセンスに関する合意がまだされてないのではないか、との憶測を呼んでいる。

また、VFSLはインド政府に100億ドルという資本投資の見積もりを提出したが、政府はこの数字は過大見積もりだと考え、50億ドルが本当のコストに近いのではとも言われている。優遇措置の要件がすべて満たされれば、政府はプロジェクト費用の半分を負担することになるが、一方でVFSLは、同金額は他の類似プロジェクトと同程度のもので、妥当な数字だ、と反論している(4月6日付「エコノミック・タイムス」)。

政府の半導体奨励策の規則では、申請者は半導体製造という特殊領域における専門性を証明する必要がある。政府の承認を得るには、65~28nmの半導体を製造できる製造施設を保有する、もしくは、28nmの半導体を製造する「生産グレードのライセンス技術」(production-grade licensed technologies)を有することが必要とされている。このため、VFSLがインド政府やGJ州政府からインセンティブを受けるためには、技術提携先としてSTマイクロエレクトロニクスの参画が重要な要件となっている。しかし、STマイクロエレクトロニクス側は、「技術移転の範囲や合弁事業の期間の限定、サンセット条項の明記(注2)」などの諸点において留保しているのでは、とされる。インド政府は、同プロジェクトに次の段階へのゴーサインを出すため、「生産グレードのライセンスを持つ技術パートナーの迎え入れ」を待っているとみられる。(4月13日付「ビジネストゥデイ」)

半導体:“前工程”と“後工程”の違い

また、「デカン・ヘラルド」紙(4月13日付)は、インドでは、いわゆる「後工程」といわれる他社製の半導体チップを最終製品に組み立てることと、半導体製造の主要工程である「前工程」と言われる半導体チップ製造の違いを知らずに、「フォックスコンを“半導体の巨人”と呼ぶ人がいる」として、フォックスコンは半導体製造への参入を望んでいるが、難易度の高い前工程を含めた半導体製造における技術や実績がない点を指摘する声がこれまでにも多くあった、と述べている。仮にフォックスコンが半導体製造に見合った技術を有していないとすれば、ベダンタは「生産グレードのライセンス技術」の条件を満たすために大きな課題を抱えることになり、フォックスコンが投資額の40%の株式を取得予定であるのは見合わない、と指摘。また、インド政府の巨額のインセンティブが、果たして当初の目的に沿った案件に活用されるのか、との懸念を示す、厳しい論調となっている。


注1:
ナノメートルは、10億分の1メートル。
注2:
一部の法律や計画などにおいて、事前にその適用期間を定める条項。
執筆者紹介
ジェトロ・アーメダバード事務所長
古川 毅彦(ふるかわ たけひこ)
1991年、ジェトロ入構。本部、ジェトロ北九州、大阪本部、ニューデリー事務所、ジャカルタ事務所、ムンバイ事務所長などを経て、2020年12月からジェトロ・アーメダバード事務所長。