アート・クラフト需要が拡大
タイの日用品・ライフスタイル市場(6)

2023年3月2日

タイでは、文具市場においてアート&クラフト用品の販売が年々拡大している。牽引役となるのは、シニアと子供・学生による消費だ。高齢化が進むタイで、老化や認知症の予防にアートが人気となっている。また、インターナショナルスクールを中心に、アートを使った情操教育も盛んとなっている。タイの日用品・ライフスタイル市場のトレンドを探るシリーズ、第6回は文具の中で、アート&クラフト用品に焦点を当てる。

ワークショップでアートに触れる

バンコク中心部、タイの名門チュラロンコーン大学に近いショッピングセンター内に、文具雑貨店ミディアム・アンド・モア外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますがある。アート&クラフトをコンセプトに、画材、文具、雑貨の厳選された商品を販売している。広々とした店内には、ワークショップスペース「THE CLASSROOM」が設けられ、絵画、ハンディクラフト、ガラスペイント、刺繍(ししゅう)などの教室が開催されている。


画材が豊富な「ミディアム・アンド・モア」(ジェトロ撮影)

週末の朝に訪れたところ、ミニチュア屋台を製作する教室が開かれており、6人ほどの参加者が熱心に講師の話に耳を傾けていた。その中の60代の女性に話を聞いてみると、参加のきっかけは孫娘とのことだ。「アート教室に通いはじめた孫娘と一緒に、自宅で絵の具を使って絵を描いていると、集中しながらリラックスできていることに気がついた」という。それ以来、月に1度はワークショップに参加している。また、女性は「この歳で新しい友人もできたし、手を使って細かい作業をするので、認知症の予防にもなる」とも述べた。ミディアム・アンド・モアの店員に話を聞いたところ、同店は元々、アート系商品が充実している店だが、最近特に画材やクラフト材料、DIYキットの販売が増加しているという。学生や若い世代だけでなく、高齢者の購入が増えていることも最近の特徴だそうだ。


ワークショップスペース「THE CLASSROOM」(ジェトロ撮影)

アート&クラフト市場は拡大傾向

ユーロモニターによると、2020年のタイの文具市場規模は約143億バーツ(約572億円、1バーツ=約4円)で、前年の約159億バーツから減少した。ただし、業界関係者の話を総合すると、2022年は新型コロナ禍前の水準に回復しているという。文具市場全体に占めるアート&クラフトの割合を示すデータはないが、業界関係者は、ここ数年は拡大傾向にあるという共通認識を持っている。

タイ全国に14店舗展開する画材専門の文具店ソムジャイの担当者によると、学校の授業だけでなく、専門のアート教室で学ぶ学生が増えており、道具や材料に、よりお金をかけるようになったという。バンコク中心部で25年以上の実績を持つアート教室のアートハウスでは、特にこの5年でアートを学ぶ生徒数が増加した。SNSで毎日、写真を見ており、より見栄えの良いもの、つまりアートへの興味を自然に持つようになっていることが、生徒増加につながっていると考えている。


多様な画材を取りそろえる文具店「ソムジャイ」(ジェトロ撮影)

日本の「サクラ(クレヨン、絵の具など)」や「フエキ(のり、接着剤など)」の正規輸入代理店サクラプロダクツでは、新型コロナ禍でハンディクラフトやDIYキットなどの販売が増加した。同社では、それまであまりアートに触れてこなかった人までもが、新型コロナ禍の行動制限をきっかけに、屋内でのアートに興味を持つようになったと分析している。


「サクラプロダクツ」のDIYキット(ジェトロ撮影)

シニアと学生が市場を牽引

画材専門輸入代理店のHHKインタートレード外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますに話を聞いた。同社は元々、製図用品を日本から輸入していたが、CAD(コンピュータによる支援設計)の時代を見越して、製図用品市場は縮小すると予測。20年前から、ファインアート(注)向け用品を新たな成長分野と捉え、経営資源を集中させてきた。現在は、主に欧州の20以上の画材ブランドの正規輸入代理店となっている。


HHKが扱うアクリル絵の具(ジェトロ撮影)

同社の販売統括役員は、アート&クラフト用品の市場拡大には2つの要因があると明確に述べている。1つ目は、シニア世代の増加で、これが近年の成長に最も寄与している。タイ国家統計局によると、タイの60歳以上の人口は2021年に19%を超え、既に高齢社会となっている。昔に比べて活動的な現代のシニア世代は、絵を描くことやアート作品を作ることが生活にハリを与え、精神的なケアにつながると感じているという。また、手を動かすことで老化防止や認知症防止を期待している。

2つ目の要因は、子供・学生向けのアート教育の増加だ。本人が好きでアートを学ぶこともあるが、芸術的能力を高めさせたいという親の願望の側面もあるという。また、アートを使った情操教育は、多くの教育機関で取り入れられている。同社の推計によると、学校教育におけるアートの授業は、この12年間で約11倍に増加しているという。ただし、アートの授業の増加はバンコク首都圏の私立学校やインターナショナルスクールに限られ、地方の公立学校では逆に減っており、国内で教育格差が広がっているという見方もある。

輸入ブランドはシニア世代がターゲット

これまで見てきたように、アート用品の客層は子供から高齢者まで幅広いが、高価な輸入ブランドは購入層が限られる。前述のHHKインタートレードは、輸入画材の購買層を、「デパートで買い物ができる所得の消費者」と捉えている。その中でも、特に若い社会人(現役世代)と50歳以上のシニア層がメインとなっているようだ。


「クサカベ」の水彩絵の具(ジェトロ撮影)

一般的に学生は、(欧米や日本からの)輸入画材の消費者ではない。一部の私立高校や大学では、学生に良い画材を使用させるところもあるが、まだ少数であり、多くの学生はタイの国産ブランドを使用している。同社販売統括役員は「日本ではリキテックス(アクリル絵の具のブランド)を使用する学生は多いと思うが、タイでは社会人やアートを専門とする人間しか購入しない」という。日本ブランドも、学生はターゲットにはなりにくいことに留意が必要だ。


「サクラ」のアクリル絵の具(上段)(ジェトロ撮影)

注:
ファインアートとは、純粋に美だけを追求する美術活動でそれに用いる画材などを指す。
執筆者紹介
ジェトロ・バンコク事務所