感染防止対策として個人防護具、医療用機器など生産やサービス提供に積極的な動き(前編)
「コロナ禍」での事業拡大事例を見る(その2)

2020年8月6日

「コロナ禍」の下で事業を拡大した企業の事例について、感染防止対策として、個人防護具や医療用機器の生産などが見られた。品目によっては、異業種からの業界の垣根を超えた生産参入も散見される。今回は(1)医療用手袋、(2)マスク、(3)フェースシールド、(4)防護服、(5)消毒液、消毒サービス、(6)間仕切りといった個人防護具の生産について概説する。

感染防止対策としての個人防護具

(1)医療用手袋

世界の医療用手袋の7割弱の生産シェアを有するマレーシアで、地場精密部品メーカーATシステマティゼーション(ATS)は2020年6月10日、産業用手袋製造業者パールグローブを買収することで同社株主代表者の合意を得たと発表。ATSは新型コロナの感染拡大でゴム手袋の需要が世界的に高まったことを受け、パールグローブ買収後に設備投資などを実行。医療用の手にぴったりとフィットするニトリル手袋の生産を2020年末までに開始する考えだ(注1)。

また、ジェトロ青島事務所の報告によると、中国地場手袋大手の英科医療科技(深圳証券取引所の新興企業向け市場「創業板」上場)は同年5月12日、医療用使い捨て手袋を増産する方針を表明。同社はベトナムにも生産拠点を有し、米国を中心にドイツや日本向けに製品を輸出しているとされる。

(2)マスク

マスクについては、需要拡大から衣料メーカーや自動車、電機メーカーなど他業種からの参入が世界各地で見られる。日本では、中小から大手まで数多くの企業がマスク生産に参入した。中でも、シャープは日本政府の要請に応じて2020年3月24日から三重県の工場で不織布マスク生産を開始。当初は1日当たり約15万枚の予定だったが、ネットでの抽選販売に販売枚数を大幅に上回る多数の応募が寄せられ、大きな話題となった(注2)。また、ユニクロが三層構造で防御性能など機能性の高い「エアリズムマスク」を開発・販売するなど、衣料メーカーも機能性に富んだマスク生産などに従事した(注3)。

海外に目を転じると、フランスでは、衣類ブランドのラコステが一般向け布マスクを自社トロワ工場で生産開始。大手マスクメーカー・コルミオペンも従業員を大幅に増員してマスクの国内生産能力を高めるとともに、自動車部品フォレシア、タイヤ製造ミシュラン、小売り流通アンテルマルシェなど複数の異業種企業がマスク生産を開始(注4)。フランス自動車のPSAグループも同年5月28日、フランス東部の工場で8月から自社グルーブ従業員や新型コロナ診療に携わる医療機関向けマスクの生産開始を発表。1カ月当たり1,000万枚を生産可能とされる(注5)。

ドイツでも、同じく自動車業界でBMWグループがバッカースドルフの拠点で2020年5月15日からマスク生産を開始し、1日当たり約20万枚製造すると発表(注6)。ボッシュもシュツットガルト・フォイヤーバッハの拠点で同日にマスク生産を開始。同年6月末まで世界4カ所で1日当たり50万枚以上、1カ月当たり1,000万枚以上生産するとしていた(注7)。

英国政府は、米国ハネウェルとの間で、医療用マスク7,000万枚超の英国での生産委託に合意。英国内で18カ月にわたって生産する。医療機関や介護施設への供給を目的としている(注8)。

また、米国スタートアップ企業ArmBrust Americanは500万ドルを調達して、1日当たり120万枚の医療用マスク生産を計画している。徹底した自動化で低コスト・高品質のマスクを生産する(注9)。

ミャンマーでも、地場企業ナインヤダナ・タンルインは、2020年4月下旬から国内市場向けにマスク生産を開始。マスクは中国からの輸入に依存しており、これまで一部の輸出用を除き国内生産されていなかったことから、新たな動きとされる(注10)。

一方、トルコのおむつ・紙製品大手Hayat Kimyaは1日当たり700万枚のサージカルマスク生産のため投資を行うことを発表。国内向けと海外向けの販売増加に取り組む(注11)。

(3)フェースシールド

トヨタ自動車は世界各地で医療現場支援を進めているが、トヨタ自動車ロシアは2020年5月21日、サンクトペテルブルクの自社工場内でフェースシールドと布マスクの生産を開始したと発表。フェースシールドは同年5月には1万枚強生産し、連邦消費者権利保護・福利監督局を通じて医療現場へ供給された(注12)。

日本でも、眼鏡フレームメーカーのシャルマンや自動車部品メーカー、工作機械メーカーといった地方の中堅・中小企業がそれぞれの技術を活用して、フェースシールドの生産分野に参入している(注13)。また、電気通信工業用品製造の敬相は、ヘルメット着用時に使用できるフェースシールドを制作している(注14)。

なお、ジェトロ・パリ事務所によると、フランスの「レゼコー」紙(2020年5月25日付)が報じたところ、新型コロナの影響で同国ではフェースガードやレジの防護板・仕切りとして使われる透明アクリル板の需要が20~35%拡大し、納品が容易ではないという。

(4)防護服

マレーシアの自動車内装材メーカー・べッカ・グループは2020年6月29日、マスクやフェースシールド、さらには防護服といった個人防護具の生産に参入することを発表。全額出資子会社ペッカ・レザーの既存の生産ラインと技能者を活用する。また、生産設備や無菌室の設置も行う。当局の認可を得た上で商業生産を開始する(注15)。

(5)消毒液、消毒サービス

日本では、消毒用アルコールが品不足となり、健栄製薬やライオン、花王などのメーカーが増産を続けている(注16)。資生堂は2020年4月15日、新型コロナ感染の早期収束に向けた支援の一環として、手荒れに配慮した手指消毒液を新たに開発し、同年4月17日以降、国内4工場で生産を開始。毎月合計20万本(約10万リットル)の消毒液を医療機関などを中心に提供していくと発表している(注17)。

インドでも、消毒サービスに参入する企業が見られる。自動車オンライン取引地場ドゥルームは、2020年3月に車両の消毒サービス、4月には病院やオフィス、学校、小売店舗へと消毒関連サービス範囲を拡大。また、綜合警備保障ALSOKインディアも消毒事業に参入。工場、事務所の消毒サービスや、人が中に入って立つだけで消毒液が噴射する消毒トンネルの販売などを現在5都市で展開している(注18)。シンガポールに拠点を構えるオムロンアジアパシフィックは2020年7月15日、シンガポールのロボット会社Techmetics Roboticsと共同開発した除菌・消毒用の紫外線(UVC) 消毒自動走行ロボットの発売を開始することを発表している(注19)。

(6)間仕切り

感染防止用に、日本のレンゴーは学校の教室などで使える(正面、左右に大きな穴を開け、透明フィルムを貼った)段ボール製の仕切りを開発・作成。段ボール製造の田中紙業も、オフィス用の仕切りを作成、企業などからの注文が相次いでいるという(注20)。

表:感染防止対策としての個人防護具の生産に従事する主な企業事例
項目 企業名 事例概要
医療用手袋 ATシステマティゼーション(マレーシア) 産業用手袋製造業者パールグローブを買収することで合意。買収後設備投資などを行い、医療用手袋の生産を2020年末までに開始予定。
英科医療科技(中) 医療用使い捨て手袋を増産する方針。
マスク シャープ(日) 三重県の工場で不織布マスクの生産を開始。
ユニクロ(日) 三層構造で防御性能など機能性の高いマスクを開発し、2020年6月中旬より販売開始。
ラコステ(フランス) 布マスクの生産を開始。
コルミオペン(フランス) 従業員を大幅に増員し、マスクの国内生産能力を向上。
PSAグループ(フランス) 2020年8月から自社グルーブ従業員や医療機関向けマスクの生産開始。
BMWグループ(ドイツ) 2020年5月中旬からマスク生産を開始。
ボッシュ(ドイツ) 2020年5月中旬からマスク生産を開始。
ArmBrust American(米) 徹底した自動化で低コスト・高品質の医療用マスク生産を計画。
ナインヤダナ・タンルイン(ミャンマー) 2020年4月下旬から国内市場向けのマスク生産を開始。
Hayat Kimya(トルコ) 1日当たり700万枚のサージカルマスク生産のため投資を行うことを発表。
フェースシールド トヨタ自動車ロシア(ロシア) 2020年5月下旬より、フェースシールドの生産を開始。医療現場向けに供給。
防護服 ベッカ・グループ(マレーシア) 子会社の既存の生産ラインと技術者を活用して、防護服など個人防護具の生産に参入。
消毒液、消毒サービス 健栄製薬(日) 消毒液の生産ラインを増強。
ライオン(日) 消毒用アルコールジェルとハンドソープの生産量を拡大。
花王(日) 消毒液の生産体制を強化。
資生堂(日) 手荒れに配慮した手指消毒液を新たに開発し、2020年4月中旬以降に生産開始。
ドゥルーム(インド) 消毒関連サービスの提供先を車両から、病院、オフィス、学校、小売店舗へ拡大。
ALSOKインディア(インド) 消毒事業に参入し、工場、事務所の消毒サービスや、消毒トンネルの販売を展開。
オムロンアジアパシフィック〔シンガポール(日系)〕、Techmetics(シンガポール) 紫外線(UVC)消毒自動走行ロボットの販売を開始。
間仕切り レンゴー(日) 学校の教室などで使える段ボール製の仕切りを開発・作成。
田中紙業(日) オフィス用の仕切りを作成。

出所:メディア報道などからジェトロ作成


注1:
時事通信社JIJI-WEB、2020年6月11日付「ATS、パールグローブを買収へ=医療用手袋製造に進出-マレーシア」で、マレーシア紙「サン」(同年6月11日付)12面の内容について言及。
注2:
シャープニュースリリース、2020年3月24日付「マスク生産開始のお知らせ」
注3:
ユニクロプレスリリース、2020年6月15日付「すこやかな生活をサポートする「エアリズム マスク」登場 6月19日(金)よりユニクロ全店で発売」
注4:
ジェトロビジネス短信2020年4月3日付、「マスク、人工呼吸器の国内生産を増大、脱中国依存に向け」
注5:
PSA GROUPE MEDIA CENTER,May28, 2020,“Groupe PSA will produce surgical masks on its Mulhouse site”
注6:
BMWBLOG,May 17,2020, “BMW set up a ‘Corona Competence Team’ to fight virus in its facilities”
注7:
BOSCH Press release, May 15,2020,”Coronavirus: Bosch puts fully automated mask-production lines into operation”
注8:
UK’s Department of Health and Social Care, May15,2020, ”70 million face masks for NHS and care workers through new industry deal”
注9:
IMPACT, May 19,2020, ”Over 1 million surgical masks a day: Armbrust American sets up shop in Pflugerville”
注10:
ジェトロビジネス短信、2020年5月22日付「地場企業がマスクの国内生産を開始」
注11:
「デュンヤ」紙2020年7月13日付”Hayat Kimya, gūnde 7 milyon adet maske ŪreteceK”
注12:
ジェトロビジネス短信、2020年5月29日付「トヨタ、ロシア工場でフェイスシールドなど生産、医療現場に寄贈」
注13:
日本経済新聞、2020年7月20日付「地方の中堅・中小企業 フェースシールド参入 ものづくり、ノウハウ活用」
注14:
川崎鉄管継手株式会社お知らせ、2020年6月29日付「ヘルメット対応型フェイスシールドのご案内」
注15:
時事通信社JIJI-WEB、2020年6月30日付「自動車内装材ペッカ、個人防護具事業に参入=マレーシア」
注16:
産経新聞、2020年3月28日付「消毒アルコール、生産2倍超に 新型コロナ拡大で 新工場計画も」
注17:
資生堂プレスリリース、2020年4月15日付「手指消毒液(指定医薬部外品)の生産開始についてー国内4工場で生産開始、日本での消毒液増産を推進―」
注18:
NNA、2020年5月28日付「消毒サービスに参入続々 日系も開始、トンネル型が人気」
注19:
オムロンアジアパシフィックプレスリリース、July17,2020,“OMRON Launches UVC Disinfection Robot - A Co-creation with Techmetics Robotics for Completely Automated, Safe and 3600 Pathogen Disinfection“
注20:
日本経済新聞夕刊、2020年6月3日付「段ボール 感染防止で脚光」
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部上席主任調査研究員
川田 敦相(かわだ あつすけ)
1988年、ジェトロ入構。海外調査部アジア大洋州課、シンガポール、バンコク、ハノイ事務所などに勤務、海外調査部長を経て2019年4月から現職。主要著書として「シンガポールの挑戦」(ジェトロ、1997年)、「メコン広域経済圏」(勁草書房、2011年)、「ASEANの新輸出大国ベトナム」(共著)(文眞堂、2018年)など。