感染防止、人との接触機会低減などに多様な取り組み
「コロナ禍」での事業拡大事例を見る(その1)

2020年8月6日

世界各国・地域における新型コロナウイルス(以下、新型コロナ)の累計感染者数は2020年6月28日に1,000万人を超え、8月3日には1,800万人を突破するなど、依然として感染拡大の最中にある。新型コロナによる景気減速で市場規模縮小や企業活動の減退が見られ、企業の倒産、減収・減益、雇用調整などさまざまなマイナスの影響が生じている。その一方で、新型コロナ感染拡大を機に事業を拡大させた企業も見られる。中には、「コロナ禍」を逆手に取った新たなビジネスの創出も散見される。

以下に、ジェトロ在外事務所からの報告や新聞報道、企業のニュースリリースなどから、「コロナ禍」の苦境を機に事業を拡大した主な事例を分野別に紹介する。ポスト・コロナも見据えた事業活動に関する検討の一助になれば幸いである。

事業拡大分野を大まかに類別

まず、「コロナ禍」の苦境を機に拡大を見せた事業分野を大まかに類別すると、1)ウイルスワクチン開発やPCR検査・抗体検査関連、2)感染防止対策として個人防護具(医療用手袋、マスク、フェースシールド、防護服、消毒液・消毒サービス、間仕切り)や医療用機器(人工呼吸器、体温計・体温測定器、ウイルスや細菌を不活性化・殺菌するための製品)などの生産やサービス提供(清掃・衛生管理業務、アプリ開発)、3)人との接触機会低減対策としての(1)電子商取引(eコマース)や宅配サービス、(2)オンラインでの診療、教育、娯楽サービスの提供、(3)リモートワーク(在宅勤務など)対応、(4)自宅での巣ごもり対応、(5)自動化対応(セルフサービスレジ、レジなし無人店舗の導入)、(6)遠隔業務対応など、となる。また、4)コロナ禍の下で中小零細企業事業支援のための政府・自治体などによる対策も講じられ、企業の新たな事業活動を促している。

ウイルスワクチン開発、PCR検査・抗体検査関連

(1)ウイルスワクチン開発

新型コロナ撲滅・封じ込めのためにはワクチンが不可欠であり、ワクチンが開発されない限りは感染リスクを完全に断ち切ることはできない。現在、世界各地でワクチンの開発競争が見られる(注1)。世界保健機関(WHO)チーフ・サイエンティストのソウミャ・スワミナサン氏は2020年6月26日、200超のワクチン候補がある中で、うち15のバイオ技術企業などが臨床試験段階に進んでいるが、英国製薬大手アストラゼネカのワクチン開発が最も進み、最有力候補としている。また、米国バイオ医薬会社モデルナのワクチンも先行しているとしている(注2)。

アストラゼネカは、オックスフォード大学と開発を進める新型コロナ感染症のワクチンを早ければ2020年9月までに3,000万本生産する計画だ(注3)。一方のモデルナは5月18日、開発を進める新型コロナ対応のワクチンが初期段階の小規模治験で有望な結果を示したと発表(注4)。7月27日には米国政府の支援を受け、後期治験を開始したことを発表した(注5)。

同じく米国製薬大手ファイザーも、ドイツのバイオ医薬ベンチャーのビオンテックと開発中のコロナワクチンが初期治験に成功したと報じられている(注6)。両社も7月27日、有力なワクチン候補の治験を世界120カ所で開始すると発表している(注7)。

また、米国医薬品・日用品大手ジョンソン・エンド・ジョンソンは1月から新型コロナの潜在的ワクチン候補研究の取り組みを開始し、3月末に有力ワクチン候補を選択したことを発表(注8)。9月までに有力ワクチン候補の第1相臨床試験を開始し、2021年初めまでに緊急用の利用が可能となる見込みだ。

中国バイオ新興企業で香港上場の康希諾生物(カンシノ・バイオロジクス)や科興生物技術(シノバック・バイオテック)といった中国企業も、新型コロナ対応のワクチン開発で注目されている。康希諾生物が開発したワクチンは4月、世界で初めて臨床試験フェーズ2(第Ⅱ相試験)に移行。5月にはカナダ国立研究機構が康希諾生物と新型コロナ対応ワクチンの開発で協力することが発表された(注9)。また、新型コロナ対応ワクチン「コロナバック」の開発を進める科興生物技術も治験の最終段階となる大規模な臨床試験を多くの治験者が存在するブラジルで実施する計画を表明している(注10)。

一方、ドイツ政府は2020年6月15日、ワクチン開発新興企業のキュアバックに3億ユーロを出資し、株式の23%取得を発表。同社の研究開発を後押しし、先端技術を有する国内企業がEU域外の投資家からの買収の脅威を退ける狙いとされる(注11)。

日本では、大阪大学発のバイオ企業アンジェスが最も早ければ2020年内の実用化を目指し、6月末から治験を開始している(注12)。また、塩野義製薬はグループ会社のファーマが有する昆虫細胞などを用いたタンパク発現技術を活用したワクチン開発に取り組んでいる(注13)。

2020年内の臨床試験開始を目標に、早期ワクチン提供が可能となるよう努めている。一方、富士フイルムの米国子会社でバイオ医薬品開発・製造受託会社フジフイルム・ダイオシンス・バイオテクノロジーズは2020年7月、米国バイオテクノロジー企業ノババックスから、2020年秋に計画されている臨床第Ⅲ相試験に向けたコロナワクチン候補の原薬製造を受託し、ノースカロライナの拠点で原薬製造を開始。また、同拠点に続き、ワクチン候補原薬の大量生産ニーズに対応すべく、テキサス拠点でも原薬製造を開始する計画を発表している(注14)。

(2)PCR検査・抗体検査関連

新型コロナ感染の有無を調べるPCR検査や、抗体の有無を判別する検査関連でも、各企業が積極的な取り組みを示している。

島津製作所は2020年4月20日から新型コロナ検出試薬キットの販売を開始。これを用いれば、2時間以上かかっていたPCR検査の全工程を従来の半分に短縮可能としている(注15)。タカラバイオの米子会社も、PCR検査で2時間弱に最大5,000件超を検査する手法を開発している(注16)。

また、インドネシア国営製薬会社ビオファルマは同年5月20日から国産のPCR検査キットを供給すると発表(注17)。

抗体検査に関しては、日本では、ユーグレナとリバネスが新型コロナの原因であるSARS-CoV-2に対する抗体検査を共同開発することを発表した(注18)。フランスでも、ジェトロ・パリ事務所によると、2020年5月18日付「レゼコー」紙の情報として、体外診断薬メーカーのビオメリューや米国医療機器・ヘルスケア企業のアボットが抗体検査キットの生産態勢を整えているという。より高精度な抗体検査の実施に向けた動きもある。高センサーソリューションのオーストリア大手サプライヤーams(エーエムエス)の日本法人amsジャパンは6月18 日、ドイツの体外診断用医療機器メーカーSenovaと新型コロナの高精度なデジタル抗体検査の実現に向けた技術協力を発表した(注19)。

一方、ブラジルの新興の検査専門スタートアップ企業テスチフィは、同国での新型コロナ検査体制態勢の解消に向け、家庭での検体採取による新型コロナ検査を4月に開始。同社ウェブサイトから検査キットを購入した上で、PCR検査と抗体検査を家庭で行うことが可能となる(注20)。

(3)その他

NTTデータは2020年5月25日、2018年9月に出資したインドの医療関連スタートアップ、ディープテックと共同で、インドの病院での人工知能(AI)を搭載した画像診断支援システムの新型コロナ感染症診断への活用を開始したことを発表した(注21)。

表:新型コロナのワクチン開発やPCR検査・抗体検査関連での主な企業事例
項目 企業名 事例概要
ウイルスワクチン開発 アストラゼネカ(英) WHO、最有力候補視。オックスフォード大学が開発を進める新型コロナワクチンを早ければ2020年9月までに3,000本生産する計画。
モデルナ(米) 初期段階の小規模治験で有望な結果。2020年7月下旬、米国政府の支援を受け、後期治験を開始。
ファイザー(米)、ビオンテック(ドイツ) 初期治験に成功。有力なワクチン候補の治験を世界120ヵ所で開始する。
ジョンソン・エンド・ジョンソン(米) 2020年9月までに有力ワクチン候補の第1相臨床試験を開始し、2021年初めまでに緊急用の利用が可能となる見込み。
康希諾生物(カンシノ・バイオロジクス)(中) 世界で初めて臨床試験の第Ⅱ相試験に移行。カナダ国立研究機構が開発面で協力。
科興生物技術(シノバック・バイオテック)(中) 治験の最終段階となる大規模な臨床試験をブラジルで実施する。
キュアバック(ドイツ) ドイツ政府が出資し、研究開発を後押し。
アンジェス(日) 最短で2020年内の実用化を目指す。
塩野義製薬(日) 2020年内の治験開始を目標に、早期ワクチン提供が可能となるよう努めている。
フジフイルム・ダイオシンス・バイオテクノロジーズ〔米(日系)〕 2020年7月、米国ノババックスから、同年秋に計画される臨床第Ⅲ相試験に向けたワクチン候補の原薬製造を受託。原薬の大量生産ニーズに対応すべく原薬製造を拡大する。
PCR検査・抗体検査 島津製作所(日) 新型コロナ検出試薬キットの販売開始。PCR検査全行程を従来の半分に短縮可能に。
タカラバイオU.S.A〔米(日系)〕 PCR検査で2時間弱に最大5,000件超を検査する手法を開発。
ビオファルマ(インドネシア) インドネシア国産のPCR検査キットを供給。
ユーグレナ(日)、リバネス(日) 抗体検査を共同開発。
amsジャパン〔日(オーストリア系)〕、Senova(ドイツ) 新型コロナの高精度なデジタル抗体検査の実現に向けた技術協力。
テスチフイ(ブラジル) 家庭でPCR検査と抗体検査の実施を可能とする取り組み。

出所:メディア報道などからジェトロ作成


注1:
米国ではトランプ大統領が2020年5月15日、ワクチンの開発に急ピッチで取り組む計画「Operation Warp Speed」を立ち上げ、2020年末までに国民に流通させると表明している。
注2:
Reuters, June 26, 2020 ,“AstraZeneca, Moderna ahead in COVID-19 vaccine race – WHO”
注3:
Bloomberg, May 22, 2020,“Oxford, AstraZeneca Begin Advanced Trials of Covid Vaccine”
注4:
Bloomberg, May 18,2020, “Coronavirus Vaccine From Moderna Shows Early Signs of Viral Immune Response”
注5:
Reuters, July 28,2020, “Moderna,Pfizer start decisive COVID-19 vaccine trials, eye year-end launches”
注6:
ロイター日本語版、 2020年7月2日付「コロナワクチンの初期治験成功、ドイツ・ビオンテックと米ファイザー」
注7:
Reuters, July 28,2000, ”Pfizer-BioNTech begin global study of lead COVID-19 vaccine candidate”
注8:
Johnson & Johnson, Press release,March 30, 2020, “Johnson & Johnson Announces a Lead Vaccine Candidate for COVID-19; Landmark New Partnership with U.S.Department of Health & Human Services; and Commitment to Supply One BillionVaccines Worldwide for Emergency Pandemic Use”
注9:
ロイター日本語版、2020年6月9日付「コラム:中国のバイオ技術企業、新型コロナ大流行で脚光浴びる」
注10:
Bloomberg, June14,2020,“Sinovac’s Vaccine Trial Data Suggest Potential in Virus Defense”。Reuter, July 2, 2020, “ Brazil to test Sinovac's potential vaccine against COVID-19 in six states ” によると、ブラジルでの治験は6州で12の研究所によって行われるとされる。
注11:
日本経済新聞夕刊、2020年6月16日付「独、ワクチン新興に360億円」、およびジェトロビジネス短信、同年6月17日付「ドイツ政府が国内の新型コロナワクチン開発企業に出資、技術流出や買収を警戒」。
注12:
日本経済新聞、2020年6月27日付「ワクチン来春にも国内に」
注13:
塩野義製薬プレスリリース、2020年6月19日付「新型コロナウイルス感染症に関する取り組みについて(3)」
注14:
富士フイルムホールディングスニュースリリース、2020年7月28日付「フジフイルム・ダイオシンス・バイオテクノロジーズ 米政府より新型コロナウイルス感染症ワクチン候補の原薬製造を受託 米国テキサス拠点での生産を決定」
注15:
島津製作所プレスリリース、2020年4月10日付「煩雑な手作業を省き、検査時間を半分に「新型コロナウイルス検出試薬キット」を発売」。
注16:
日本経済新聞、2020年6月10日付「PCR2時間で5000件 タカラバイオ、米で承認へ」
注17:
NNA、2020年5月15日付「国産PCR検査キット、20日に供給開始」
注18:
ユーグレナ・ニュースリリース、2020年6月15日付「ユーグレナ社とリバネス、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の抗体検査系の共同開発を開始」
注19:
amsジャパンプレスリリース、2020年6月18日付「amsとSenovaが、新型コロナウイルス感染症の診療現場における即時抗体検査の実現に向け技術協力」
注20:
ジェトロビジネス短信、2020年5月13日付「スタートアップ企業、家庭での検体採取による新型コロナ検査を開始」
注21:
NTTデータニュースリリース、2020年5月25日付「AIを搭載した画像診断支援ソリューションがCOVID-19の診断支援に貢献-インドの病院でPoC(Proof of Concept)を開始-」
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部上席主任調査研究員
川田 敦相(かわだ あつすけ)
1988年、ジェトロ入構。海外調査部アジア大洋州課、シンガポール、バンコク、ハノイ事務所などに勤務、海外調査部長を経て2019年4月から現職。主要著書として「シンガポールの挑戦」(ジェトロ、1997年)、「メコン広域経済圏」(勁草書房、2011年)、「ASEANの新輸出大国ベトナム」(共著)(文眞堂、2018年)など。