中・東欧における注目産業と投資動向欧州の戦略的ゲートウェイとして注目されるルーマニア

2025年12月18日

ルーマニアは、南東欧バルカン半島北部に位置し、黒海沿岸のコンスタンツァ港を通じて欧州主要水路から北海まで結ばれている。豊富なエネルギー資源に恵まれ、東欧・中央アジアへのアクセスゲートウェイとしても地政学的に重要な地位を占める。EUとNATOの加盟国として西側諸国の原則に沿った外交を展開し、バルカン半島や黒海地域の国々とも緊密な関係を保っている。経済面では1人当たりGDPが近年、大幅に増加し、人口規模は中・東欧でポーランドに次ぐ大きさだ(ルーマニアの概要は表1参照)。高い技術教育と語学力を備えた労働力、低コストと法人税率の低さを背景に製造業が発展し、近年ではITやエネルギー、物流分野への投資が加速している。

本稿では、ルーマニアにおける最新のビジネス環境と投資動向について説明する。

表1:ルーマニアの概要
項目 内容
人口 1,903万6,031人 (2025年1月時点)
労働人口 830万4,300人(2024年)
平均月収 8,508レイ(約1,850ドル)(グロス、2024年)
最低賃金 4,050レイ(約880ドル)(2025年)
1人当たりのGDP 2万72ドル(2024年)
失業率 5.4% (2024年)
主要産業 IT、製造業(自動車など)、農業
法人税率 16%(2025年)

出所:ルーマニア国家統計局、INVEST ROMANIA、世界銀行の資料を基にジェトロ作成

ルーマニア政府、IT・製造・エネルギー分野への重点投資を推進

ルーマニア政府は、IT、製造業(自動車、鉄鋼、化学)、エネルギー・インフラなどを重点分野に位置付け、外国企業向けの投資優遇策を実施している。政府は2024年6月、製造業、製薬業および廃棄物管理を対象に、イノベーションと持続可能性に重点を置く投資に対し、4億4,700万ユーロ規模の支援制度を発表した。また、国内製造業の強化を目的に最大5,000万ユーロ、投資地域に応じて対象経費の75%の補助を受けられる国家補助スキームを導入。同年9月には、(1)製造業における戦略的投資支援制度、(2)温室効果ガス(GHG)排出量とエネルギー消費量の削減に貢献する大企業向け国家補助金制度、(3)鉄鋼・アルミニウム、銅などの工業用原材料生産に投資する企業に対する国家補助金制度などを含む20億ユーロの経済対策パッケージを発表した。加えて、製造過程での脱炭素化やエネルギー効率化を促すため、2025~2030年の6年間、10億ユーロ規模の大規模製造業向け国家支援プログラムも発表した。2024年にはまた、陸上風力エネルギーや太陽光発電エネルギーによる電力生産を支援するために、差額決済契約(CfD)制度(注)や補助金を導入し、送電網などの整備支援が行われた。

工業団地への投資で最大70%補助を用意

ルーマニア国内には119の工業団地があり、多くは製造業や物流などに対応している。工業団地の総面積は3,383ヘクタールで、そのうち42.5%が現在、利用可能である。地価税・建築税・都市計画税の免除に加え、工業団地のインフラストラクチャーの一部である工業団地の土地および建物に対する都市計画証明書、建設許可証および/または建物取り壊し許可証の発行にかかる地方当局への税金の免除を受けることができる。また、工業施設やオフィスの開発に係る費用の最大70%の補助が用意されており、これは中・東欧地域における最も有利な支援制度の1つである。国内の工業団地と入居企業の状況は表2のとおり。

表2:工業団地の入居企業状況
工業団地名 所在地 企業数 主要企業
CTPark Bucharest West ブカレスト 20以上
  • Kuehne+Nagel(物流、ドイツ)
  • Pepco(小売り、ポーランド)
  • Yusen Logistics (物流、日本)
P3 Bucharest A1 ブカレスト 20以上
  • Carrefour Romania(小売り、フランス)
  • Coca-Cola HBC Romania(飲料製造業・流通、ギリシャ系)
  • Gebruder Weiss(物流、オーストリア)
  • Yusen Logistics(物流、日本)
Ploiești West Park プロイエシュティ 50以上
  • GE Lufkin(石油・ガス、米国)
  • Schlumberger(石油・ガス、米国)
  • Halliburton(石油・ガス、米国)
  • Unilever(FMCG、英国・オランダ)
  • BAT(たばこ、英国)
Ploiești Industrial Park プロイエシュティ 非公開
  • Marelli Ploiești Romania SRL(HVAC・ラジエーター、日本)
  • Calsonic Kansei Romania SRL(自動車部品、日本)
Tetarom III クルジュ 20以上
  • Bosch(自動車部品、ドイツ)
  • De’Longhi(家電、イタリア)
Arc Parc Industrial クルジュ 18
  • Fujikura Automotive Romania SRL(自動車用ワイヤーハーネス、日本)
  • Trelleborg(ポリマー技術、スウェーデン)
  • Sauter(ビルオートメーション、スイス)
  • Ecolor(家具製造、スウェーデン)
Eurobusiness Park I オラデア 49
  • Emerson(電子機器、米国)
  • Plexus(電子機器、米国)
  • Faist Mekatronic(自動車部品、英国)
  • Eberspacher(自動車部品、ドイツ)
  • Nidec Oradea SRL(モーター・サーボシステム、日本)
  • Shin Heung Electronics(電子機器、韓国)
Industrial Park Giarmata ティミシュ 非公開
  • Continental(自動車部品、ドイツ)
  • Valeo(自動車部品、フランス)
  • Liberty Springs(スプリング製造、カナダ)
  • Coca-Cola HBC(飲料、米国・ギリシャ)
  • Litens Automotive(自動車部品、カナダ)
Șura Mică シビウ 20以上
  • Wittenstein(自動車部品、ドイツ)
  • Thimm Packaging(包装、ドイツ)
  • Matec CNC Technik(CNC加工、ドイツ)
  • Pfeiffer(物流、ドイツ)

出所:ジェトロ作成

最大の投資国はドイツ、主要投資分野は自動車・エネルギー・IT

ルーマニア中央銀行の海外直接投資レポートによると、2019年以降、ドイツはルーマニアにおける最大の投資国で、2024年のドイツの直接投資残高は186億6,200万ユーロ(構成比14.9%)となり、その地位を維持している(図1参照)。続いてオーストリア140億7,700万ユーロ(11.3%)、フランス128億5,100万ユーロ(10.3%)、米国83億3,800万ユーロ(6.7%)、イタリア72億4,400 万ユーロ(5.8%)、オランダ65億7,600万ユーロ(5.3%)と続く。日本は19億1,000万ユーロ(1.5%)で19位。

図1:ルーマニアへの最終直接投資国別の投資残高(2024年)
ドイツ 18,662百万ユーロ、オーストリア 14,077百万ユーロ、フランス 12,851百万ユーロ、米国 8,338百万ユーロ、イタリア 7,244百万ユーロ、オランダ 6,576百万ユーロ、ルーマニア 4,935百万ユーロ、スイス 4,203百万ユーロ、チェコ 3,926百万ユーロ、ギリシャ 3,783百万ユーロ、英国 3,783百万ユーロ、ベルギー 3,485百万ユーロ、ハンガリー 2,529百万ユーロ、トルコ 2,521百万ユーロ、イスラエル 2,296百万ユーロ、キプロス 2,036百万ユーロ、スペイン 1,977百万ユーロ、中国 1,954百万ユーロ、日本 1,910百万ユーロ、ルクセンブルク 1,476百万ユーロ、マルタ 1,253百万ユーロ、ポーランド 1,173百万ユーロ、ロシア 1,040百万ユーロ。

出所:ルーマニア中央銀行(BNR)資料を基にジェトロ作成

外国直接投資残高を業種別に見ると、製造業が全体の28.2%を占める。続いて建設業および不動産取引が17.3%、商業(卸売・小売)が17.2%、金融仲介および保険が14.0%である(図2参照)。

図2:ルーマニアへの外国直接投資残高の業種別割合(2024年)
製造業28.2%、建設業および不動産取引17.3%、商業(卸売・小売)17.2%、金融仲介および保険14.0%、専門・科学・技術・管理業務および支援サービス5.9%、鉱業4.9%、情報通信(IT・通信)4.1%、電気・ガス・水道供給4.0%、その他4.6%。

出所:ルーマニア中央銀行(BNR)を基にジェトロ作成

各国の主な投資案件についての詳細は、ジェトロの「ルーマニア貿易投資年報(2025年版)」「ルーマニア貿易投資年報(2024年版)」を参照。

日本企業による大型インフラ開発への参画

2000年以降、製造業やITを中心に日本企業の進出が続いている(表3参照)。近年は、EU基金を活用した大型インフラ事業にも参画している。2023~2025年の日系企業の投資事例については「ルーマニア貿易投資年報(2025年版)」「ルーマニア貿易投資年報(2024年版)」のほか、表4を参照。国際開発コンサルティング業のパデコ(PADECO)は、ブカレスト市内とアンリ・コアンダ国際空港を結ぶ地下鉄新線(M6)の建設プロジェクト(2025年4月15日付ビジネス短信参照)でコンサルティングを担う。土木建設を2021年に開始し、2025年現在も進行中で、2027年の開通を目指す。

表3:主なルーマニア進出日系企業(業種別)

業種 企業名
自動車・部品
  • 住友電装
  • 矢崎
  • NTN
  • マレリ
  • JTEKT
  • KOYO
  • ROKI
  • GMB
  • NSK
  • SUMIRIKO
電機・電子部品
  • 富士マグネティックス
  • フジクラ
  • スミダ
  • タムラ
  • 三菱電機
  • IHI
  • 日立
  • キーエンス
  • エプソン
たばこ JTI
工具・機械
  • マキタ
  • DMG MORI
  • HIKOKI
  • ミツトヨ
繊維・ファスナー
  • YKK
  • SHIMA SEIKI
医薬・化学
  • 武田薬品
  • アステラス製薬
  • 三菱ケミカル
IT・ソフトウエア
  • NTTデータ
  • NEC
  • 富士通
  • ソニー
  • バンダイマムコ
商社・物流
  • 伊藤忠商事
  • 丸紅
  • 住友商事
  • 郵船ロジスティックス
  • 日通
国際開発
コンサルティング
PADECO

出所:ジェトロ作成

表4:日系企業のルーマニアへの投資案件事例(2023~2025年)
企業名 分野 発表
時期
内容
東洋建設 造船 2023年12月 ノルウェー造船大手ヴァルド(VARDO)に洋上風力事業用ケーブル敷設船建造を発注。船体をルーマニアの同社 造船所(ブライラ、トゥルチャ)で建造、ノルウェーに移送して洋上風力発電に必要な装置を搭載。
IHIインフラシステム インフラ 2023年7月 大型吊橋(つりばし)ブライラ橋開通。ウクライナに隣接する東部ブライラと、対岸のトゥルチャをつなぐドナウ川にかかる吊橋。イタリアのウィビルドとの合弁で建設。全長1,974メートル。
マキタ 電動工具 2023年9月 ルーマニア工場の累計生産台数が5,000万台に達したと発表。ブラネスティ工場は2007年4月に生産を開始し、2021年9月に累計生産台数4,000万台を達成。
NTTデータ・ルーマニア IT 2024年3月 BMWグループとの合弁会社をルーマニアに設立すると発表。BMWグループの欧州内ITサポート、製造、開発、人事、販売、金融サービス分野のITプロジェクトやイノベーションを推進。
郵船ロジスティクス 物流 2024年3月 ブカレストCTParkに1万9,000平方メートルを5年リースしたと発表。自動車産業の地域配送センターとして機能。
住友商事 農業 2024年6月 間接連結子会社アルチェドを通じて農業資材直販会社ナチュレボを完全子会社化。生産量を維持しつつ化学肥料の使用量削減が可能な高機能肥料が主力商品。
横浜ゴム 自動車部品 2025年5月 メヘディンチのタイヤメーカーを約3,500万ドルで買収。38棟の工場・管理棟やタイヤ製造設備を含み、鉱山・建設用車両向けオフロードタイヤ(OTR)の欧州生産能力強化を目指す。

出所:ジェトロ作成

ウクライナ復興支援事業における日本企業の進出機会

ルーマニアはウクライナ復興の後方拠点として、両国の国境にあるティサ川に新しい橋を2025年末までに完成させる予定だ。また、ルーマニア、ウクライナ、モルドバ間では、3国の首都のブカレスト、キーウ、キシナウをつなぐ新たな鉄道サービスの導入と国境検問所の開設を検討している。さらに、ルーマニアのコンスタンツァ港のハブ化などのインフラ整備に加え、豊富な天然資源を生かした天然ガス輸送や、ウクライナ企業と連携した再生可能エネルギー(再エネ)事業への投資を進めている。その財源は、主にEU基金に加え、国際金融機関の融資や官民パートナーシップからの資金調達となる。これらの取り組みはウクライナへの資材輸送やエネルギー供給を支えるとともに、ルーマニア国内の港湾・鉄道・道路網の近代化を加速させている。2025年6月、ルーマニア政府と日本の経済産業省、在ルーマニア日本大使館、ジェトロはブカレストにて、「運輸・エネルギー・デジタル化に関するルーマニア・日本戦略対話 2025」を共同開催した(2025年6月26日付ビジネス短信参照)。日本政府はこの中で、ウクライナ復興支援にもつながるルーマニアを含む中・東欧地域への日系企業の進出を後押しするため、1億6,000万ユーロ規模のファンドを準備していることを明らかにした。これに対して、ルーマニア側からは、日系企業の鉄道・空港分野への入札参加を呼びかけるとともに、脱炭素に向けた再エネや原子力の推進、デジタル分野の実践的な協力と具体的なプロジェクトの始動に期待を示した。ウクライナ周辺国でのインフラ・エネルギー事業支援などは、日本企業にとって有望な進出機会といえる。

好調な対内直接投資と今後の課題

欧州全体で投資が減速する中、ルーマニアにおける2024年のプロジェクト数は前年比57%増と中・東欧で最大の増加になり、製造業、物流、セールス&マーケティング、研究開発などを中心に投資が拡大している。ウクライナ復興やエネルギー開発に伴う新たなビジネス機会に加え、EU市場へのアクセス、比較的低コストの労働力、EU基金活用の可能性は、日本企業にとって大きなメリットとなる。一方で、クリーンテクノロジー、デジタルサービス、高度製造業といった戦略的セクターにおける労働力のスキルアップと人材流出、いまだ高いインフレ率(2024年は年率5.6%)と賃金上昇によるコスト圧力、規制の複雑さや財政赤字(GDP比8.65%)による政策の不透明感が課題である。こうした環境下で、現地パートナーとの協業、EU基金や国家補助制度の積極活用、デジタル化・自動化による生産性向上が求められる。一方で、自動車部品、電子機器、再エネ関連機材、人工知能(AI)・ITサービスなど、日本企業の強みや親和性が高い分野でのルーマニアへの進出余地は大きく、日本企業にとって欧州サプライチェーン再構築の重要拠点となる可能性がある。


注:
エネルギー商品の価格変動を、現物を保有せずに、売買差額のみで決済する取引。
執筆者紹介
ジェトロ・ブカレスト事務所
本吉 美友(もとよし みゆ)
2025年からジェトロ・ブカレスト事務所勤務。主に調査を担当。