中・東欧における注目産業と投資動向高付加価値の投資誘致を推進(チェコ)
労働コストでは優位、人材確保が課題
2025年11月14日
チェコは、欧州の中心に位置するという地の利と、「ものづくりの国」としての工業の伝統、そして、投資インセンティブ制度の確立で、順調に外国投資を誘致してきた。近年、チェコ政府は高付加価値を重視する投資誘致を推進、投資インセンティブ制度の改革も実行している。特に、EU政策に応じた環境、省エネルギー(省エネ)、eモビリティ、半導体などの分野に注力している。本稿では、労働コストの安さや人材不足といったチェコの投資環境、人材不足への政府の施策としての外国人労働者へのビザ優先発給制度、近年改革が進む投資インセンティブ制度とその現状について解説する。
進出先としてのチェコの労働市場の魅力と課題
チェコは、欧州産業の中核のドイツに隣接し、欧州の中央に位置する人口約1,100万人の国だ。オーストリア=ハンガリー帝国の時代から工業の中心地として栄え、1859年創業の車両メーカー、シュコダ・グループや、1895年創業の自動車メーカー、シュコダ・オート(現フォルクスワーゲングループ)など重工業を主体に、現代まで「ものづくりの国」として発展してきた。この地の利と、工業発展の伝統で、特に1990年以降の自由経済への移行と民営化、および2004年のEUへの加盟を機に、外国メーカーのチェコ進出が相次いだ。日本からも、1996年にパナソニックがテレビ製造拠点を、また2002年にはトヨタ自動車がPSAプジョー・シトロエンとの合弁で完成車生産拠点(TPCA)を設立し、サプライヤーの進出ラッシュをもたらした。
多くの労働力を必要とする製造拠点の設立においては、進出先選択の上で労働コストが重要な決定要因となる。チェコにおいては、労働コストは西欧諸国に比べて安価な一方で、失業率がEU域内最低水準で、労働力確保が大きな課題となっている。
ジェトロが毎年実施している「海外進出日系企業実態調査(欧州編)」の2024年度の調査結果からも、この課題がみてとれる。在欧州日系企業の経営上の問題点(複数回答)として、在チェコの回答企業59社のうち、「人材の確保」は74.6%、「労働コストの高さ」は40.7%、「労働コスト上昇率の高さ」は64.4%が回答した。
外国投資協会(AFI、1996年にチェコ産業貿易省とビジネス投資・開発庁(チェコインベスト)が設立し、チェコに投資する企業向けに各種支援を行っている非政府組織)が、2025年9月11日に公表した「チェコのビジネス環境調査」結果では、回答企業250社のうち54%がビジネス上の問題点(複数回答)として、「熟練労働者の不足」を挙げている。
低水準の労働コストと低い失業率
チェコ統計局によると、2024年の平均賃金(月額)は4万5,899コルナ(約33万473円、1コルナ=約7.2円)だった。前年比7.2%増で、上昇率は比較的高いが、他のEU諸国の平均賃金と比較すると、依然として低水準を保っている。EU統計局(ユーロスタット)のデータによると、2024年のチェコの平均賃金はユーロ建ての時給に換算すると13.7ユーロで、EU加盟27カ国の平均25.2ユーロを大幅に下回り、27カ国中、ブルガリア、ルーマニア、ラトビア、ハンガリー、スロバキア、ギリシャに次いで7番目に低い(表1参照)。また、賃金に関連して雇用者負担が義務付けられている税・保険料などを含む労働コスト全体でみても、チェコは9番目に安価となっている(表2参照)。
| 国名 | 平均時給 |
|---|---|
| ブルガリア | 9.2 |
| ルーマニア | 11.8 |
| ラトビア | 11.9 |
| ハンガリー | 12.1 |
| スロバキア | 13.3 |
| ギリシャ | 13.3 |
| チェコ | 13.7 |
| ポーランド | 14.2 |
| エストニア | 14.6 |
| クロアチア | 14.6 |
| ポルトガル | 14.7 |
| リトアニア | 15.5 |
| キプロス | 16.9 |
| マルタ | 18.0 |
| スペイン | 18.9 |
| イタリア | 22.3 |
| スロベニア | 23.3 |
| EU平均 | 25.2 |
| スウェーデン | 27.5 |
| フランス | 29.7 |
| フィンランド | 31.3 |
| オーストリア | 32.4 |
| ドイツ | 33.3 |
| オランダ | 34.3 |
| アイルランド | 35.2 |
| ベルギー | 37.1 |
| デンマーク | 43.6 |
| ルクセンブルク | 48.4 |
出所:EU統計局(ユーロスタット)
| 国名 | 平均労働コスト |
|---|---|
| ブルガリア | 10.6 |
| ルーマニア | 12.5 |
| ハンガリー | 14.1 |
| ラトビア | 15.1 |
| リトアニア | 16.3 |
| クロアチア | 16.5 |
| ギリシャ | 16.7 |
| ポーランド | 17.3 |
| チェコ | 18.2 |
| ポルトガル | 18.2 |
| スロバキア | 18.5 |
| マルタ | 19.1 |
| エストニア | 19.6 |
| キプロス | 21.0 |
| スペイン | 25.5 |
| スロベニア | 27.1 |
| イタリア | 30.9 |
| EU平均 | 33.5 |
| フィンランド | 37.7 |
| スウェーデン | 40.3 |
| アイルランド | 42.5 |
| ドイツ | 43.4 |
| フランス | 43.7 |
| オーストリア | 44.5 |
| オランダ | 45.2 |
| ベルギー | 48.2 |
| デンマーク | 50.1 |
| ルクセンブルク | 55.2 |
出所:EU統計局(ユーロスタット)
なお、チェコにおける社会保険の雇用者負担率は33.8%だ。雇用者はさらに強制労災保険支払い義務(職種により賃金の2.8~50.4%)、また高リスク労働従事者を雇用している場合には個人年金保険への雇用者助成義務(賃金の4%)が課される。
一方で、EU統計局(ユーロスタット)によると、2024年のチェコの年間平均失業率は2.6%で、2017年以降8年連続でEU最低を記録した(表3参照)。なお、2024年のEU平均は5.9%だった。2025年に入ってチェコの月間失業率はやや上昇傾向にあり、2.5~3.2%の間で推移しているが(図1参照)、依然としてEU平均と比べると低水準といえる。
表3:EU諸国の失業率(2024年年間平均)(単位:%)
| 国名 | 失業率 |
|---|---|
| チェコ | 2.6 |
| ポーランド | 2.9 |
| マルタ | 3.1 |
| ドイツ | 3.4 |
| オランダ | 3.7 |
| スロベニア | 3.7 |
| ブルガリア | 4.2 |
| アイルランド | 4.3 |
| ハンガリー | 4.5 |
| キプロス | 4.9 |
| クロアチア | 5.0 |
| オーストリア | 5.2 |
| スロバキア | 5.3 |
| ルーマニア | 5.4 |
| ベルギー | 5.7 |
| EU平均 | 5.9 |
| デンマーク | 6.2 |
| ルクセンブルク | 6.4 |
| イタリア | 6.5 |
| ポルトガル | 6.5 |
| ラトビア | 6.9 |
| リトアニア | 7.1 |
| フランス | 7.4 |
| エストニア | 7.6 |
| フィンランド | 8.4 |
| スウェーデン | 8.4 |
| ギリシャ | 10.1 |
| スペイン | 11.4 |
出所:EU統計局(ユーロスタット)
出所:EU統計局(ユーロスタット)
チェコの失業率(2024年)を地方別にみると、首都プラハの周辺地域の中央ボヘミア地方の1.3%が最低だ。一方で、全国平均の2.6%を大幅に上回る地方もあり、北西地方とモラビア=シレジア地方の4.1%が最高だ(図2参照)。この2つの地方は、かつて炭鉱業が盛んだった地域で、炭鉱の縮小・閉山に伴い、失業率が増大している。
出所:(データ):EU統計局(ユーロスタット)、(地図)チェコ統計局
人材不足を補う自動化と外国人労働者へのビザ優先発給制度
人材不足への対策や人件費抑制の手段の1つとして、企業はロボットなどの活用による自動化を図っている。前述のAFIのビジネス環境調査結果では、全体の79%の企業が「ロボットや自動化、人工知能(AI)ツールを既に導入した、あるいは導入中」と回答している。また、これらの対策を実施した結果として、62%の企業が5~15%の労働コスト削減に成功している。日系企業も自動化を進める傾向にあり、事例として自動車のフロントガラスメーカーのAGCオートモーティブ・チェコは、2021年11月に製造工程のデジタル化・自動化向けに3年間で年間最大2,500万コルナ(約1億2,750万円、1コルナ=約5.1円。当時の為替レート)を投資予定と発表した。
また、人材不足への対策として、チェコでは、職種によって外国からの労働者を活用しているケースもある。2024年9月にチェコ商工会議所が発表した聞き取り調査の結果によると、調査対象となった国内企業674社のうち、49.1%が「外国人を雇用しており、今後も継続する予定」と回答、さらに15.1%が「現在は雇用していないが、将来的には雇用したい」と回答している。
こうした国内企業の需要に応えるため、チェコ政府は、高技能外国人などを対象としたビザ優先発給保証プログラムを実施している。プログラムには次の3つのプラットフォームがある。(外国人就業規制・在留許可、現地人の雇用参照)
- キー・スタッフ&リサーチ・スタッフ対象プログラム
- 高技能スタッフ対象プログラム
- 高質労働者対象プログラム
うち1、2はリサーチャーやエンジニア、プログラマー、アナリストなど高度な専門職を対象としたものだ。製造業の間で最も需要が多いのは、一般の工場労働者も対象となる3のプログラムだ。前述のAFIの調査結果においても、労働者不足が最も顕著な職種として、「生産・倉庫における熟練労働者」との回答(複数回答可)が42%で、最多となっている。3については、以下に概要を紹介する。
- 高質労働者対象プログラム
-
- 対象企業
- チェコで事業開始後2年以上、従業員数6人以上の企業
- 対象被雇用者
- 政令が定める国籍者に限定:(2025年7月1日~)アルメニア、ベラルーシ、モンテネグロ、フィリピン、ジョージア、インド、カザフスタン、モルドバ、モンゴル、北マケドニア、セルビア、タイ、ウクライナ(注1)(ただし、ベラルーシに対しては現在申請受け付け停止中)
※国ごとに年間受け入れ数が限定されている - 配管工、電気工、機械工、煉瓦(れんが)職人、調理師など
- 賃金条件:当該職種の最低賃金の1.22倍以上
- 政令が定める国籍者に限定:(2025年7月1日~)アルメニア、ベラルーシ、モンテネグロ、フィリピン、ジョージア、インド、カザフスタン、モルドバ、モンゴル、北マケドニア、セルビア、タイ、ウクライナ(注1)(ただし、ベラルーシに対しては現在申請受け付け停止中)
- 優遇内容
チェコ在外公館における申請書の受諾保証、就労滞在許可証の申請審査期間(60日)での発行保証
- 対象企業
投資インセンティブ制度は高付加価値投資に重点
近年、近隣諸国との競争激化から、政府の投資誘致制度も進出先を左右する鍵となっている。OECDは、2024年12月に公表した「投資誘致における投資インセンティブの役割」と題した報告書の中で、投資インセンティブは多国籍企業の投資先選択の上で必ずしも決定的な役割を果たしているとはいえないが、投資先最終選考段階での投資先政府との交渉においては決定的な要素となり得ると指摘している。上述のAFI調査の中では、対チェコ投資決定の上で投資インセンティブ適用の可能性が影響したかとの問いに対して、38%が影響したと回答している。何らかの助成金・補助金を使用する予定と回答した企業は56%に上っている。
チェコは2000年に投資インセンティブ法を制定し、製造業および技術センター、戦略サービスセンターの各部門で、新規設立もしくは既存拠点の拡張に係る投資を対象に、投資額など一定の基準を満たす案件につき、法人税(2025年現在、一律21%)の10年間免除などの優遇措置の提供を開始した(2019年8月20日付ビジネス短信参照)。以後、国内経済の状況に応じて適用条件の調整が行われてきたが、近年は製造業において、より付加価値の高い投資に適用対象を限定するかたちにシフトしている。
2019年には、適用条件に「高質の人材雇用あるいは高度な技術の導入を伴う付加価値の高い案件」であることが新たに規定された(2019年9月5日付ビジネス短信参照)。これは、被雇用者の学歴や賃金、または研究開発要素の有無を問うものだ。さらに2023年には、省エネやエネルギー効率の改善に寄与する製品、半導体チップなど特定の品目の生産を「戦略的投資」(注2)とみなし、製造業に対する投資インセンティブの条件を満たせば、固定資産取得費用の10~20%を補助金として支給する優遇制度を導入した(2023年4月6日付ビジネス短信参照)。
製造部門において、現在制定されている投資インセンティブの適用基準と優遇措置の概要は以下のとおり(表4参照)。
チェコ産業界は、政府による優遇対象の高付加価値投資へのシフトを歓迎している。チェコ商工会議所によると、2019年の高技能の人材雇用あるいは高度な技術の導入条件追加に関して、国内企業の70%が、特にハイテク部門において望ましい製品や製造プロセスをもたらすものとして評価し支持した(2019年9月5日付ビジネス短信参照)。また、2023年の環境・電気自動車(EV)関連製品への支援強化に関して、チェコ産業連盟は、同連盟の働きかけで、EV用のバッテリー制御システムや電気モーターが支援対象製品に追加されたことを特に歓迎した。
- 注1:
- ウクライナ国民を対象にチェコ内務相が発給している一時的保護ビザは、チェコ雇用法上、永住権と同等とみなされ、自由な労働市場参入を保証していることから、同ビザを発給された者は対象外。
- 注2:
- 戦略的投資は、従来は大型投資に対して適用された。投資額、従業員数などの点において通常のインセンティブ適用条件よりも厳格な条件を満たすことで、法人税免除など通常の優遇措置に加えて、固定資産取得費用(上限15億コルナ)のうち、最大10%または20%相当額(投資対象地域による)が補助金として支給される。ただし、特定の品目の生産に関しては、例外的に通常の投資インセンティブ適用条件を満たすのみで、戦略的投資の優遇を受けることができる。
- 執筆者紹介
-
ジェトロ・プラハ事務所
中川 圭子(なかがわ けいこ) - 1995年よりジェトロ・プラハ事務所で調査、総務を担当。




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