中・東欧における注目産業と投資動向近年の日系企業の投資もEV、環境、エネルギー関連が中心(チェコ)
2025年11月14日
近年、チェコの投資誘致政策が高付加価値重視に転換する中で(本特集「高付加価値の投資誘致を推進(チェコ)」参照)、日系企業による同国への投資は、電気自動車(EV)、環境、エネルギーに関連する高機能製品の生産に係るものが中心となってきた。本稿では、近年のチェコおよび欧州におけるビジネス環境の変化に呼応した日系企業の取り組みを紹介する。
日系企業も高付加価値・高機能製品の生産へシフト
チェコ投資・ビジネス開発庁(チェコインベスト)のデータ
によると、1993~2022年の期間に同庁を介して実現した日本からチェコへの投資累計額は1,446億6,180万コルナ(50億7,300万ドル、約1兆704億9,732万円、1コルナ=約7.4円)で、国外からの国別の投資累計額としては、ドイツからの2,617億5,040万コルナに次いで高い。日本からの投資額を年ごとに見ると、トヨタ自動車とPSAプジョー・シトロエンとの合弁による乗用車生産会社(TPCA)が設立された2002年に急増し、337億1,660万コルナの過去最高額を記録した。その後も投資累計額は堅調に伸びている(図参照)。
出所:チェコインベストのデータを基にジェトロ作成
日系製造業の近年の具体的な投資事例を見ると、既存拠点における事業拡大に係るものが大半を占めている(表参照)。
| 会社名 | 分野 |
発表 時期 |
新規投資/追加投資 | 内容 |
|---|---|---|---|---|
| TOPPAN | 包装材 | 2023年3月 | 新規 | 高機能包装材(透明バリアフィルム)の生産拠点の設立を発表。2025年6月に工場を開所した。EUがプラスチック廃棄物削減に向けた政策を推進していることから、リサイクルに適した環境配慮型パッケージの供給能力を強化する。 |
| 大同メタル工業 | 金属部品 | 2023年5月 | 追加 | 欧州市場向けに洋上風力発電機用の主軸受けを生産する新工場建設の着工を発表。投資額は60億円。2005年のチェコ法人設立以降、ブシュ(円筒形すべり軸受け)を主に自動車産業向けに供給していた。欧州で開発中の洋上風力発電機向けに主軸受けを供給する契約を締結したことに伴い、チェコでの生産体制を整える。 |
| アイシン | 自動車部品 | 2024年7月 | 追加 | BMWが設計するeアクスル(電動アクスル)の受託生産について合意したと発表。 |
| トヨタ自動車 | 自動車 | 2024年11月 | 追加 | 国内生産拠点の敷地内における物流センター「メガハブ」設立を発表。投資額は1,700万ユーロ。年間35万台の処理能力は欧州最大規模。ドイツ、オーストリアや中・東欧向けの納車期間短縮を目指す。納車前のアクセサリー取り付けなどのプレデリバリーサービス(PDS)もメガハブで実施。鉄道網を活用し、輸送時の二酸化炭素排出量も削減。 |
| ヤンマーホールディングス | 機械 | 2024年11月 | 新規 | チェコのコージェネレーション(熱電併給)メーカーのテドム買収完了を発表。テドムの製品およびエネルギー関連サービスに着目。テドムは、ドイツ、イタリア、米国、英国、ポーランド、スロバキア、カザフスタンに支店を持つ。ウクライナ市場への参入も視野に入れる。 |
| 日立エナジー | 電気機器 | 2024年12月 | 追加 | 高電圧送電網製品の国内生産拠点への約11億コルナの追加投資を発表。ガス絶縁開閉装置(GIS)などの生産能力を2025年末までに40%拡大する。200人を新規雇用し、再生可能エネルギー分野での市場拡大を見込む。 |
| トヨタ自動車 | 自動車 | 2025年9月 | 追加 | 国内生産拠点内でバッテリー式電気自動車(BEV)の生産を開始すると発表。投資額は約6億8,000万ユーロ、新規雇用数は245人。 |
出所:各社プレスリリースなどを基にジェトロが作成
産業分野では自動車・自動車部品、特にEVシフトに係るものが目立つ。代表的なものが、2025年9月に発表されたトヨタ自動車のバッテリー式電気自動車(BEV)生産開始案件(2025年9月17日付ビジネス短信参照)だ。その他の分野においても、大同メタル工業の洋上風力発電機用主軸受け生産工場設立(2023年6月30日付地域・分析レポート参照)、パナソニックのヒートポンプ量産開始(2025年9月11日付ビジネス短信参照)など、環境・エネルギー関連の高付加価値、高機能製品の生産に係る投資が主流となっている。
続いて本稿では、2023~2025年の日系企業の投資案件の中から、アイシン(EV関連投資)とTOPPAN(環境関連投資)の事例を、両社への取材に基づき紹介する(注1)。チェコ政府は、両案件ともにチェコ産業・経済への貢献が期待されるプロジェクトとして、投資インセンティブの適用を決定している。
アイシン、電動車部品事業を重点化
アイシン(本社:愛知県刈谷市)は、2024年7月31日、ドイツ自動車大手BMW(本社:ドイツ・ミュンヘン)が設計するeアクスル(電動アクスル)の受託生産について合意したと発表した。eアクスルとは、EVの動力源となる電動ユニットで、モーター、インバーター、ギアを一体化したものだ。
これに基づき、チェコ現地法人アイシン・ヨーロッパ・マニュファクチャリング・チェコ(チェコ西部ピーセク市、以下AEM-C)は建屋を拡張し、2027年4月の量産開始を目指して、2025年9月18日に開所式を行った。
投資計画の詳細、EVへの移行がビジネスにもたらす影響、チェコの投資環境などについて、AEM-Cの藤井浩士エグゼクティブ・アドバイザーに聞いた。
AEM-Cは2002年11月に、タイミングチェーンケース、ウォーターポンプ、オイルポンプなど、自動車エンジンのアルミ部品生産拠点として設立された。ダイカストおよび部品加工も同時に行っている。これらの製品は主にポーランドと英国にあるトヨタ自動車のエンジン製造拠点に納入している。近年は欧州の自動車の電動化の進行に伴い、これに呼応する形で、従来のエンジンのアルミ部品に加えて、電動車部品の生産をしている。2024年にはハイブリッド車用のインバーターケースの量産を開始しており、また2025年末から2026年初頭には、欧州メーカー向けに電動車の冷却モジュールの量産も開始する予定だ。
BMW用のeアクスルは、オーストリア・シュタイヤーのBMW自社工場のほか、アイシンの中国拠点およびAEM-Cの世界3カ所で生産される。AEM-Cにおける部品調達は大半がEU域内で賄われる予定だ。

増員とともにロボットを活用した自動化を推進
アイシンは、欧州ではチェコのほかベルギー、英国、トルコに生産拠点を有する。今回チェコの拠点が選ばれた理由について、藤井氏は「BMWの車両工場に地理的に近いこと、チェコの拠点に新規生産用の敷地が存在すること」を挙げている。
eアクスルは2025年9月末に試作生産を開始する予定で、2027年4月に量産開始、生産台数は2030年頃にピークに達するとみている。これに伴い従業員も徐々に増員し、現在の約750人から最終的には1,200人程度に達する予定だ。現在、従業員全体の約5%をウクライナ人労働者が占めるが、チェコ政府がウクライナ国民などの外国人労働者を対象とするビザ優先発給プログラムは利用していない。「現地での採用に当たって特に困難は感じていない。ただし、工程や設備の設計を行う生産技術担当者や工場労働者の中でも、メンテナンスを行う保全ワーカーや製品検査を行う労働者は、労働市場における絶対数が少ない。また、他の工場労働者とは採用条件を区別する必要があることから、雇用の難易度が比較的高い」と藤井氏は指摘している。
他方で、同社は自動化も積極的に進めている。藤井氏によると、ロボットは汎用(はんよう)性や利便性が高い。またBMW用の新規製造ラインでは、従来の部品製造と異なり、大型のユニットを扱うため、重量物の運搬もこなすロボットの存在は大きい。


チェコ政府は2025年9月3日、AEM-Cのeアクスル生産の投資計画に関して、対象製品が「EV用モーター」のカテゴリーに該当するとして、戦略的投資インセンティブの適用を発表した(本特集「高付加価値の投資誘致を推進(チェコ)」表4参照)。藤井氏は、投資インセンティブ制度の存在そのものは、アイシンが新規投資の対象国としてチェコを選択した決定的な要因とはなっていないという。なお、本制度では、政府の最終的な判断により、優遇内容や規模が変更となることがある。
チェコの投資環境について、藤井氏は「新規製品の製造に伴う日本人駐在員の増員に伴い、労働ビザ発給手続きの簡素化、特に発給に要する時間の短縮が進むことが望ましい」とコメントした。
BMWに対しては、これまでもアイシンが日本で製造するオートマチックトランスミッションを納入するなどの取引の経験があり、今回の協業もこうした経緯を踏まえた上で合意されたものだ。今後はe-アクスル以外の部品製品の取引にも拡大する可能性がある。欧州の電動化動向に柔軟な対応が求められる中、従来のエンジン部品から最先端のEV中枢ユニットまで幅広い製品を取り扱うAEM-Cのプレゼンスの向上が期待される。
TOPPAN、リサイクルに適した透明バリアフィルム生産工場を設立
TOPPAN(本社:東京都文京区)は、2023年3月に、チェコ北西部のモストに現地法人Toppan Packaging Czechを設立し、透明バリアフィルムを生産すると発表、2025年6月に工場の開所式が行われた(2025年6月17日付ビジネス短信参照)。同社は、EUの包装・包装廃棄物規制(PPWR、2024年12月20日付ビジネス短信参照)への対応を見据え、リサイクルに適したモノマテリアル(単一素材構成)パッケージをはじめとする環境配慮型パッケージ向けの供給能力強化を目指す。

透明バリアフィルムは、独自の透明蒸着加工技術とコーティング技術の活用により、優れたバリア性能を持つもので、主に食品や医薬品の包装材として使用される。吸湿、乾燥、腐敗などの変化から内容物を保護し、鮮度保持や賞味期限延長を実現することで、食品ロスの削減にも寄与する。主要輸出先は、イタリア、ドイツ、スイスなどの欧州諸国となる予定だ。

地の利、合理的な労働コスト、政治的安定を評価、投資インセンティブ制度も活用
チェコは、日本、米国に続く3カ所目の生産拠点で、欧州初の拠点だ。同社は、チェコにおけるビジネスの利点として、欧州の中心に位置し納入先への輸送に適しているという地理的条件、そして西欧諸国よりも低い労働コストを挙げている。政治的安定性、日本への好感度の高さも、投資判断に影響したという。
労働者の雇用に関しては、政府の外国人労働者へのビザ優先発給保証プログラムを利用せずに、必要人数の確保に成功している。ただし、工場で働く現地労働者に関しては、自動車を中心とした組み立て系が多いチェコの製造業において、フィルム表面加工のような工程作業の経験値のある人材の確保は困難なため、入社後の育成・定着が重要となるという。なお、Toppan Packaging Czechの2025年9月現在の従業員数は58人(うち駐在員13人)となっている。
同社は、チェコ政府の投資インセンティブ制度の適用申請をし、2024年11月に適用承認を受けた。同制度は、同社が欧州拠点にチェコを選択した理由の1つだった。ただし、投資インセンティブの適用は、チェコ産業貿易省が関係省庁(注2)と協議の上、最終的に決定する(注3)もので、要件を満たしていれば自動的に適用されるものではない。そのため、当該投資案件のチェコ産業・経済への貢献の可能性に関して、関係省庁に説明することが必要な場合がある。なお、工場の所在地であるモストのヨゼフ工業団地は、国内の特別工業団地に指定されている3カ所の1つで、投資インセンティブ適用基準となる固定資産への最低投資額が半額に引き下げられるなどの優遇がある(本特集「高付加価値の投資誘致を推進(チェコ)」表4注釈参照)。
- 注1:
- アイシン・ヨーロッパ・マニュファクチャリング・チェコ(AEM-C)には2025年9月23日に 取材した。Toppan Packaging Czechには2025年9月に書面で取材した。
- 注2:
- 労働・社会福祉省、財務省、農業省、環境省など。
- 注3:
- 戦略投資案件の場合は内閣が決定する。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・プラハ事務所
中川 圭子(なかがわ けいこ) - 1995年よりジェトロ・プラハ事務所で調査、総務を担当。




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