中・東欧における注目産業と投資動向ハンガリーのグリーントランジション動向
新たなビジネスチャンス

2025年11月27日

ハンガリーはここ数年、エネルギー転換とグリーン経済の発展に重点を置いており、地熱、エネルギー貯蔵、水素などの分野で、数多くのビジネスチャンスが生まれている。ハンガリー政府は、2025年3月より施行したイェドリック・アーニョッシュ・エネルギープログラム(Jedlik Ányos Energy Program:注、以下イェドリック・プログラム)を通じ、これら3つの分野において国内企業を支援している。

2024年に改訂されたハンガリーの国家エネルギー・気候計画によると、同国のエネルギー政策の主たる目標は、エネルギーの主権と安全保障の強化、そして脱炭素化であり、政府支援によってその達成を目指している。エネルギー省のラントッシュ・チャバ相は、イェドリック・プログラムにより、ハンガリーのエネルギー自立と消費者への供給の安定性が強化され、またグリーンエネルギーの生産と貯蔵を奨励することで環境保護にも役立つと説明した。地熱エネルギー、エネルギー貯蔵、水素の製造・利用に重点を置いたグリーントランジションの戦略は、新たなビジネス機会を創出している。

地熱エネルギー:恵まれた条件、成長市場

ハンガリーの地質学的条件は、地熱エネルギーの利用に適している。地殻の厚さは欧州大陸の平均の半分で、良好な水文地質学的特性も備えている。

地熱エネルギーの直接利用については、ハンガリーは欧州でもトップクラスだが、さらにその利用を大幅に拡大できるとしている。2024年に発表された政府戦略文書「国家地熱利用構想」において、地熱エネルギーの利用を2022年の6.4ペタジュール(PJ、ジュールはエネルギーの単位で、ペタは10の15乗を表す)から2030年までに12~13PJに倍増する目標を掲げている。これにより、政府は2030年までに5~7億立方メートル相当の天然ガスを代替したいと考えている。また、政府は地熱の可能性をより正確に探るための調査を進めている。

2022年時点での地熱発電容量のセクター別の利用割合は、農業が39%と最も大きく、地域・市町村暖房が26%(個別建物暖房と合わせると35%)、温泉が23%、工業はわずか3%となっている(図1参照)。また、同年の国内の総熱エネルギー生産量(47.5 PJ)の約6.5% は地熱エネルギー源に由来している。

図1:ハンガリーにおける地熱発電容量のセクター別割合(2022年)
農業:39%、地域・市町村暖房:26%、温泉:23%、個別建物暖房:9%、工業:3%。

出所:ハンガリー政府の国家地熱利用構想

地熱による地域暖房はハンガリーの11の自治体で利用されており、中でも、ミシュコルツ、ジュール、セゲドのシステムは有名で、総設備熱源容量が50メガワットサーマル(MWth)を超える。

国際エネルギー機関(IEA)は、ハンガリーでの特に地域暖房のグリーン化に、地熱エネルギーのさらなる普及の可能性を見いだしている。また、ハンガリーの国家地熱利用構想においても、集落・地域暖房が、地熱普及のための最も迅速で実現可能な解決策だとしている。

また、ハンガリーでは地熱エネルギー源を利用した発電の事例も存在する。現在、唯一の地熱発電所は、2017年からトゥラ(ブダペストから東へ約50km)で稼働している。同プロジェクトのディベロッパーであるトゥラウェルの株式51%を、中国のカイシャン・グループ傘下でシンガポールに本拠を置くKSオルカが所有している。設備容量は2.7メガワット(MW)で、計画では800世帯の需要を満たすことができる。同発電所の年間発電量は4.7~8.1ギガワット時(GWh)の間で推移している。同社は2025年5月、同発電所を囲む171平方キロメートル(km2)のエリアにおける地熱探査の独占権を取得し、長期的に50~100 MWの熱源容量の地熱発電所開発を目指している。政府は、地熱による地域暖房供給とリスクを伴う発電の両方への投資を、中期的(4~6年以内)に加速させる考えだ。

ハンガリー政府は、イェドリック・プログラムの公募を通じて、地熱エネルギープロジェクトの実施に約420億フォリント〔約189億円、1フォリント=約0.45円〕を支援する計画だ(表1参照)。

表1:イェドリック・プログラムで企業向けに支援される地熱プロジェクト
タイプ 地熱掘削リスクの低減 地熱発電 地熱利用優遇融資
支援形態 返還不要 返還不要 無利子融資
1件当たりの支援額 4,000万~10億フォリント 最大120億フォリント 1億~60億フォリント
支援総額枠 100億フォリント 120億フォリント 203億2,000万フォリント
公募開始時期 2025年秋~ 2025年秋~ 2025年秋~

出所:ハンガリー政府の発表資料を基にジェトロが作成

エネルギー貯蔵:再生可能エネルギーの統合と未来への鍵

国際再生可能エネルギー機関(IRENA)の統計によると、2015年から2024年の10年間に、ハンガリーの再生可能エネルギー(再エネ)の設備容量は8倍以上(1,077 MWから8,708 MW)に増加し、欧州で最大の伸びをみせた。また、エネルギー省が発表したハンガリー国営の電力系統事業者MAVIRのデータによると、ハンガリーの再エネ発電の総設備容量は2025年9月初旬までに9GWを超えた。

さらに、国内での総発電量の4分の1以上は再生可能エネルギー源から供給されている。その大部分(90%)を太陽光発電が占めているため(図2参照)、晴天時には、瞬間的な供給過剰により電力取引所の価格がゼロもしくはマイナスとなるケースが頻繁に発生している。2023年には、電力市場価格がゼロとなった時間が過去10年間の合計よりも多い93時間を記録した。2024年には306時間と前年比3倍以上に増加し、2025年は最初の8カ月間で2024年通年分を上回った(1月~8月:309時間)。「国家エネルギー・気候計画」において、2030年時点の総設備容量目標が12 GWに設定された。太陽光発電の急速な普及により、電力エネルギー貯蔵容量の拡大が不可欠となっている。

図2:ハンガリーにおける再生可能エネルギー発電の種類別設備容量の割合
(2025年9月時点)(MW、%)
2025年9月時点でのハンガリーにおける再生可能エネルギー発電の種類別の総設備容量は9ギガワットを超えた。再生可能エネルギーの種類別の容量および割合は、大きい順に、太陽光:8,116.5メガワット、90%、バイオマス・バイオガス:444.5メガワット、5%、風力:325.1メガワット、4%、水力:62.49メガワット、1%、廃棄物:49.4メガワット、ほぼ0%、地熱:2.7メガワット、ほぼ0%。

出所:エネルギー省

グリーンエネルギーをより効率的に利用しつつ発展させるためには、エネルギー貯蔵設備の普及拡大が急務であり、ハンガリー政府はこれを優先課題と位置付けている。蓄電池価格の下落と電力需給バランスの調整用エネルギーの価格上昇により、一部のエネルギー貯蔵プロジェクトは市場ベースでも採算が取れるようになった。しかし、電力価格の正常化に必要な容量を迅速かつ柔軟に構築するには、政府およびEUの資金援助が引き続き重要だ。

ハンガリー政府は2025年6月までに、3つの入札プログラム(総額1,800億フォリント超)を通じて、一般家庭および産業用エネルギー貯蔵設備への投資を支援してきた。既に進行中の投資により、総設備容量は2023年末の21MWから、2026年末までに500MW近くに増加する見込みだ。最近ハンガリーにおいて稼働開始したエネルギー貯蔵設備の概要を以下に示す(表2参照)。

表2:最近ハンガリーにおいて稼働開始したエネルギー貯蔵設備
プロジェクト運営者 バッテリーのタイプ 所在地 定格出力 / 蓄電容量 稼働開始時期 備考
MAVIR
(国内送電事業者)
リチウムイオン ソルノク(東部) 20 MW / 60 MWh 2025年6月
  • EU復興基金(RRF)による国内最大級の系統連系型バッテリーエネルギー貯蔵システム(以下、BESS)
  • 中国ファーウェイ製バッテリー採用
OPUS TITÁSZ
(国内民間配電事業者)
リチウムイオン ラカマズ(北東部)、チェンゲル(東部)、アランヨサパティ(東部)、ニールルゴシュ(東部) 4.5 MW / 15.88 MWh(合計) 2025年7月 ハンガリー・エネルギー省の基金により、国内に分散配置された計4カ所の系統連系型BESS
E.ON ハンガリー
(ドイツ・エネルギー大手E.ONの子会社)
リチウムイオン ショロクシャール(ブダペスト近郊) 2.5 MW / 5.5 MWh 2025年8月
  • EU復興基金(RRF)およびE.ON自己資金によるBESS
  • 2018年に設置済みのBESS(10 MW / 6 MWh)と合わせ、計12.5 MW / 11.5 MWhのエネルギー貯蔵能力へ拡張
METグループ(本社スイスの総合エネルギー企業)のハンガリー子会社 リチウムイオン サースハルンバッタ (ブダペスト近郊) 40 MW / 80 MWh 2025年6月
  • 国内最大規模のBESS(ブダペスト全域の装飾照明と公共照明を4時間供給するのに十分な電力容量)
  • 太陽光発電の急拡大に伴う電力系統の安定化や需給調整に加え、スマートグリッドの整備を加速
  • ファーウェイ製バッテリー採用
MVMバランス(国有エネルギー企業MVMの子会社) リチウムイオン リテール(西部) 5 MW / 10 MWh 2025年5月
  • 在リテールのガスタービン発電所敷地内に設置
  • 停電発生時、ガスタービン発電所を再起動することが可能
NAS(ナトリウム硫黄) リテール(西部) 0.75 MW / 4.35 MWh 2025年6月
  • 在リテールのガスタービン発電所敷地内に設置
  • 日本ガイシ(NGK Insulators Ltd.)製NASバッテリーシステム採用
ALTEO(ハンガリー石油・ガス大手MOLが過半数保有) リチウムイオン ジュール(西部) 8 MW / 16 MWh 2024年10月 本BESSと、隣接稼働するガスエンジン、近隣に所在するALTEOの風力発電所の3つの異なる技術要素が電力網に接続されることで、風力発電所の既存の系統連系容量を最適化

出所:ジェトロが収集した情報を基に作成

さらに、2025年3月に発表されたイェドリック・プログラムでは、ハンガリー国内で活動する企業は、グリーンエネルギー貯蔵設備の構築のために1件あたり1,000万フォリント~10億フォリントの助成金を取得できる。2025年秋に開始される総額500億フォリントのこの公募事業によって、2030年までに総設備容量は目標の1GWに近づくことになる。

水素戦略:グリーン移行と技術革新

ハンガリーは、2050年までのカーボンニュートラル実現という脱炭素化目標を達成するため、代替エネルギー源としての水素の利用に注力している。2021年に発表された国家水素戦略は、長期的には、主に太陽光エネルギーから発電した電力により製造されるグリーン水素に重点を置いている。ただし、原子力発電などの電力により製造される水素や、費用対効果の高い水素として、2030年までは低炭素(ブルー)水素が産業界の需要を満たす可能性もある。ハンガリーの水素戦略における2030年までの重点目標の概要を以下に示す(表3参照)。

表3:ハンガリーの水素戦略における2030年までの重点目標の概要
目標 概要
低炭素・分散型でカーボンフリーな水素の大規模生産 ユーザーニーズを満たす競争力のある価格設定、低炭素・カーボンフリーの水素生産のための条件整備
  • 年間2万トンの低炭素水素+年間1万6,000トンのグリーン水素あるいはその他のカーボンフリー水素
  • 240MWの電解設備容量
水素を活用した産業利用の脱炭素化 当初は主に低炭素水素を利用し、長期的にはカーボンフリー水素の利用にシフトすることで、産業生産プロセスと製品利用のグリーン化を推進
  • 年間2万トンの低炭素水素+年間4,000トンのグリーン水素あるいはその他のカーボンフリー水素
  • 9万5,000トンのCO2排出削減
輸送のグリーン化 ディーゼル燃料をクリーンな代替燃料に段階的に置き換えることで、クリーンな輸送手段への移行を加速
  • 年間1万トンのグリーン水素あるいはその他のカーボンフリー水素
  • 水素ステーション20カ所/充填ポイント40カ所
  • 燃料電池車4,800台
  • 13万トンのCO2排出量削減
電力および天然ガスインフラの支援 産業セクター間の相乗効果の活用、カーボンニュートラルへの移行を可能にするインフラの構築、既存インフラの変革により、セクター統合能力(主に季節電力貯蔵能力)を開発
  • 平均60MWのダウンレギュレーション設備容量
  • 天然ガスシステムにおける年間最低2%(容積比)の水素混合(正当な理由がある場合)

出所:ハンガリー国家水素戦略

現在、ハンガリーでの水素製造は主に化石燃料由来(グレー水素)であり、産業(化学工業、精製所)で使用されているが、近年、水素技術が大きな進歩を遂げている。

ガス会社MFGTは、ハンガリーにおける最初のメガワット規模の電解装置を用いた水素製造プロジェクト「アクアマリン」を同国南東部のカルドスクートで実施している。2023年5月に2 MWの電解装置を含む水素製造システムが完成し、製造された水素は、天然ガスと混合し、同社の自社設備で使用している。また、エネルギー大手MOLグループは2024年4月、中・東欧で最大規模となる設備容量10 MWのグリーン水素プラントをハンガリー中北部のサースハルムバッタに開設した。製造された水素は、主に同社ドナウ精製所での燃料生産に使用されており、MOLの長期的な持続可能戦略の重要な要素となっている。同プラントは、米国プラグ・パワー(Plug Power)の電解装置を使用し、再エネ由来の電力で年間1,600トンのグリーン水素を生産している。これにより同精製所からの二酸化炭素(CO2)排出量を年間2万5,000トン以上削減している。

さらに2024年6月には、グリーン水素生産のパイロットプラントが、同国北東部ブッカブラニのエネルギーパークに完成した。これはEU基金と国内資金の共同支援による「Power2Gasパイロットプロジェクト」だ。太陽光発電の周期的な過剰生産による「余剰」エネルギーを効率的に利用し、新しい柔軟なエネルギーキャリアであるグリーン水素への変換を実証することが目的だ。同設備容量1MWのPEM電解装置(プロトン交換膜方式の電解装置)を用いた水電解でグリーン水素を製造する実証が、同エネルギーパークとセゲド大学の共同で実施され、2025年4月に完了した。

一方、ハンガリー政府は8月22日、国立研究開発イノベーション庁(NKFIH)が同月に発表した、総額130億フォリントの「エネルギー研究開発プロジェクト支援」と題する企業イノベーション公募事業を、イェドリック・プログラムの一環として実施すると発表した。応募対象分野の中には、電気分解による非生物由来の再生可能水素の製造が盛り込まれている。


注:
ハンガリー政府が2025年3月に施行した、企業による再生可能エネルギーやエネルギー貯蔵システムなどの導入とエネルギー自立を支援するための国家的な補助金制度。「イェドリック・アーニョシュ」は、ハンガリーの著名な物理学者・発明家で「発電機の父」として知られる。
執筆者紹介
ジェトロ・ブダペスト事務所
バラジ・ラウラ
2000年よりジェトロ・ブダペスト事務所に勤務、ハンガリー国内の市場調査を担当。英語、数学の修士号のほか、日本語検定1級、経済貿易大学の学士を有する。