中・東欧における注目産業と投資動向工業都市から転換しデジタル分野など多様な投資を誘致(ポーランド)
ウッチとカトビツェを例に
2025年11月14日
中・東欧地域のEU加盟国(注1)全体のGDPの約4割を占めるポーランドは人口が約3,700万人と、EUの中で5番目に多く、その市場としての魅力から存在感が増している。EUをリードするドイツと隣接している地理的な強みがあり、さらに英語に堪能な理系人材を含む優秀な人材が多く、勤勉な労働力にも恵まれている。そのため従来の製造業だけでなく、医療やITなどの先端分野でのサービス拠点や研究開発拠点への投資も増え、多様化が進んでいる。
マクロ経済を見ると、IMFの予測では1人当たりの名目GDPは、2022年から2024年の過去2年間で約6,000米ドル増加している。2025年の1人当たり購買力平価GDPは55,340米ドルに達し、日本の54,820米ドルを上回る見込みだ。日本企業の進出拠点数は390拠点(2024年10月時点)で、イタリアの396拠点、スペインの392拠点と肩を並べている。また、市場の魅力に留まらず、ウクライナ復興支援のハブとして注目が集まるポテンシャルの高い地域だ。本稿では、国家インフラプロジェクトや炭鉱跡地の再開発によって、デジタル分野を含めた多様な投資を誘致する地方工業都市ウッチとカトビツェの投資環境を考察する。
国家インフラプロジェクトで注目を集める工業都市ウッチ
ウッチ市はワルシャワから約130キロメートル離れた、人口約65万人(2024年末時点)の工業都市だ。東西方向にベルリン-モスクワ軸、南北方向にバルト海-ギリシャ軸の欧州自動車道路が交差し、一大物流拠点となっている。
ウッチは19世紀にポーランド人、ドイツ人、ロシア人、ユダヤ人を中心に築かれた街で、繊維産業を中心に国際都市として発展した。しかし、ポーランドが民主化を果たし、自由市場経済へ移行した1989年以降、共産圏への輸出に依存していた産業構造が崩壊し、都市の繊維産業は衰退の一途をたどることになった。失業率は一時30%にものぼり、同市は人口流出に悩まされた。
1990年代後半、ポーランド政府は、現地雇用を生み出す民間投資家に税制優遇など投資支援を行う経済特区(SEZ、注2)をウッチや後述のカトビツェを含むポーランド全土14カ所に創設し、投資インセンティブを導入した。欧州の交差点に位置し、低い労働コストと土地コストを誇るウッチ経済特区は投資家の注目を集め、多くの外国企業による投資を呼び込んだ。現在(2025年9月時点)、ボッシュやシーメンスブランドで知られるドイツのBSH(BSH Hausgeräte)、米国のP&Gやケロッグ(Kellogg)、そのほかポーランド企業も含めて約400社が経済特区に投資を行っている。日系企業では、JTインターナショナル、ダイキン工業、日立エネルギー、富士通などが進出しており、多くの雇用を創出してきた。最近では、システム開発を行うロココ(後述)や、映像制作を行うアネックスデジタルジャパンなど、従来の製造業のみならず多岐にわたる分野での投資が見られる。ウッチ経済特区のアジアデスクには日本人職員もおり(2025年9月時点)、進出にあたって手厚いサポートを受けることができる。
さらに、2032年にはワルシャワとウッチの中間に新ポーランド中央空港の建設が予定されており、高速鉄道でワルシャワから15分、ウッチから30分で繋がる(ポーランド交通ハブプロジェクト=CPK)。加えて、南西部ブロツワフ、西部ポズナンとも結ばれる予定だ。また、ウッチ県にはベウハトゥフという石炭地域があるが、脱炭素化の一環として2036年までに炭鉱および石炭火力発電所の段階的な廃止が決定されている。地域に新たなビジネス、雇用を創出することを目的に、EUの「公正な移行(Just Transition)」基金から3億6,950万ユーロが拠出された(2022年12月5日付欧州委員会プレスリリース参照
)。地元中小企業向けの新規事業インフラや、研究施設、再生可能エネルギーの導入に投資される予定だ。同基金は現在発電所や関連分野で雇用されている労働者が、新たな職に就くための職業訓練支援にも用いられる。なお、ベウハトゥフの炭鉱跡地は第2原子力発電所(注3)建設の候補地の1つとなっている。
ウッチ市は2025年9月に大阪市と経済分野における交流促進を目的とした覚書に締結した。ハイテク産業、情報通信、クリエーティブ分野における優れた取り組み事例や政策の情報共有、連携を行うなどとしており、2都市間のビジネス交流が期待される。
ウッチにおける日系企業の投資事例:ロココ
システム受託開発やコールセンター・ITヘルプデスクなどを手がけるロココは2025年1月に、ウッチ市内に顔認証の研究開発拠点を開設した。ポーランドに拠点を開発した経緯、今後の展望について、ロココ・ポーランドのカツペル・ラジコフスキ最高経営責任者(CEO)に話を聞いた(取材日:2025年7月7日)。
- 質問:
- ポーランド進出の経緯は。
- 答え:
- 理工系の教育に積極的に力を入れており、優秀なIT人材を多く輩出しているポーランドに研究開発拠点を設けることで、当社の顔認証技術の精度向上を行う。既にブロツワフ大学やワルシャワ工科大学、現地企業と協業を行っている。大学で教えながら会社経営も行う教授も少なくなく、産学連携は難しいことではない。
- 同顔認証技術はコンサートなどの大規模イベントや、オフィスセキュリティーから物流まで、幅広い分野で導入されている。非接触型の認証システムの需要は、特に新型コロナウイルスのパンデミック後から高まっている。
- また、ポーランドの地理的優位性も進出の決め手となった。同国は中・東欧地 域の中心に位置し、周辺国へのアクセスが非常に良い。特にウッチ県は中央部にあり、ドイツ、チェコ、ウクライナと高速道路で結ばれている。さらに、首都ワルシャワとウッチの中間には新ポーランド中央空港の建設が予定されており、今後さらに物流ハブとしての役割が期待される。当社の顔認証技術は物流業界においても導入されており、欧州での販路開拓にあたって最適だと判断した。
- 質問:
- ポーランドの人件費は。
- 答え:
- 西欧と比べてポーランドの給与水準が低めというのも、投資先としての魅力の1つだが、一方で近年ポーランドのIT業界では賃金上昇が顕著だというのも事実だ。進出にあたり、当社が人材会社を通して調査を行ったところ、ポーランドにおける若手~中堅レベルのエンジニアの給与水準は、ドイツなど西欧と比較して低めであるものの、シニアレベルになるとそこまで大きな差がないケースもあった。
- 質問:
- 西欧と比較した際のポーランドの優位性は。
- 答え:
- 西欧は既に市場として成熟しているが、ポーランドは若く、変化に前向きで、新たな技術や投資機会にも意欲的だ。ポーランドが民主主義・資本主義体制に移行したのはわずか36年前であり、西欧に比べてデジタルトランスフォーメーション(DX)におけるしがらみが少ない。電子決済サービスBLIK(注4)やデジタル身分証明書の普及が良い例である。
- 質問:
- 今後の展開は。
- 答え:
- まずはポーランド国内でPoC(概念検証)のパートナーを探す。物流、サービス業など10のセクターでそれぞれ5社ずつとの連携を目標としている。PoCでのフィードバックを踏まえサービスの改善を行い、2025年中にポーランド国内での契約締結を見据えている。ポーランドの地理的優位性を活かし、隣国ドイツなど欧州諸国にも展開する予定だ。また、業務拡大・人員増強に応じて、ウッチ経済特区の税制優遇制度など公的支援の活用も検討している。
工業都市からデジタル産業都市への転換を進めるカトビツェ
新たな投資先として注目が集まっているのが、ポーランド南部に位置するカトビツェだ。カトビツェ都市圏(注5)には約210万人が住んでいる。カトビツェはかつて石炭・金属などの重工業で栄えたが、近年はIT、金融、ゲーム産業など、知識集約型産業への転換を進めている。キャップジェミニ、PwC、INGグループ、グローバルロジック(日立グループ)など国際的企業がビジネスサービス拠点や開発拠点を展開しており、進出日系企業としては富士通、日本ガイシ、東洋シール、マキタなどがある。
カトビツェは自らを「変化の街」と称しており、市内の炭鉱跡地を再開発して建設したショッピングモール、国際会議場や博物館などからなるカルチャーゾーンなど、これまで複数の都市再生プロジェクトを手掛けてきた。そして現在、炭鉱跡地ビェチョレク(Wieczorek)の再開発を行い、ゲーミングおよびテクノロジー分野に特化したハブを建設する大規模プロジェクトを進めている。ゲーミング、デジタル、技術革新分野の企業などが集積する拠点を作り、知識の深化や産学連携を促進することで、デジタル産業都市への転換を狙うのが目的だ。
プロジェクトの第1段階では、炭鉱跡地に残された建築物の改修を行い、建物周辺の再開発も合わせて実施される。2028年の完成を見込んでおり、同オフィスには、大手eスポーツ運営会社であるESLゲーミングや、小型衛星の開発・運用を行うICEYEが入居予定だ。第2段階では、5,000平方メートルの広さを持つホールを建設し、eスポーツスタジオ、テレビスタジオ、制作スペース、倉庫、研究室などを設置する予定だ。また、2,000人の来訪者を収容できる。
なお、ゲーミング・テクノロジーハブが建設されるエリアは、ニキショビエツ(Nikiszowiec)という、かつて炭鉱労働者の集合住宅があったエリアだ。赤レンガで作られた集合住宅は保存され、国の文化遺産にも登録されており、今ではカトビツェ有数の観光スポットとなっている。過去の遺産を未来につなぐカトビツェ市の姿勢が、都市再生のカギとなっている。
かつて炭鉱労働者の食堂・宿泊施設として使われていた建物。
現在はシレジア県の伝統料理を扱うレストランが営業している(ジェトロ撮影)
- 注1:
- ここでは、エストニア、ラトビア、リトアニア、ポーランド、チェコ、スロバキア、ハンガリー、スロベニア、クロアチア、ルーマニア、ブルガリアの11カ国を指す。
- 注2:
- SEZは2026年末日に満了を迎える。新たな投資支援システムとして、2018年から「ポーランド投資ゾーン(PIZ)」が導入されており、経済特区に特定されることなく、ポーランド全土で支援を受けることが可能となった(外資に関する奨励を参照)。
- 注3:
- ポーランド北部ポモージェ県のルビアトボ・コパリノ地区に国内初の原子力発電所の建設が予定されている(2036年運転開始想定)。第2原子力発電所の稼働開始は2040年代と見込まれている。
- 注4:
- ポーランドの主要銀行の大半が参加しているモバイル決済システム。1,940万人のアクティブユーザーがいるとされる(2025年6月時点)。
- 注5:
- カトビツェ都市圏(Metropolis GZM)はカトビツェ、グリビツェなど41の市町村から構成される地域を指す。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・ワルシャワ事務所
金杉 知紀(かなすぎ ともき) - 2024年からジェトロ・ワルシャワ事務所で勤務。ポーランドの政治・経済・産業動向に関する調査を担当。




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