特集:成長への活路はどこに―国内3000社アンケートから紐解く脱炭素化へ大きな波―中小企業に求められる「算定と把握」

2023年3月28日

日本政府は2020年10月、「2050年カーボンニュートラル宣言」を発表。以来、カーボンニュートラルや脱炭素に注目度が上がった。2023年現在でも、毎日のようにメディアに登場する言葉になっている。

では、その実態はどうだろうか。それほどまでに多くの企業が脱炭素化に取り組んでいるのだろうか。日本企業の脱炭素化への取り組みの傾向とその特徴について、ジェトロが実施した2022年度「日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」(以下「本調査」、注1)結果から読み解く。

脱炭素化の取り組み、着実に進む

本調査で「何らかの脱炭素化(温室効果ガスの排出削減)に取り組んでいるか」(注2)を聞いたところ、国内では全体の44.5%が「すでに取り組んでいる」と回答した(図1参照)。国内で「すでに取り組んでいる」と回答した企業を規模別にみると、大企業が78.4%、中小企業38.5%。両者には、大きな差がみられる。

なお、本調査の大企業の定義は中堅企業を含む。そこで中堅企業を除いて、文字通り大企業100社に絞ってみると、全ての大企業が「すでに取り組んでいる」または「まだ取り組んでいないが、今後取り組む予定がある」と回答した。

図1:国内における脱炭素化への取り組み状況
「何らかの脱炭素化(温室効果ガスの排出削減)に取り組んでいるか」を聞いたところ、国内では全体の44.5%が「すでに取り組んでいる」と回答した。

出所:ジェトロ「2022年度日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」

続けて、脱炭素化に向けた国内での取り組みについて、経年変化を見ていく。2022年度調査で「すでに取り組んでいる」と回答した割合は、2021年度調査結果から、全体として4.5ポイント増加した。規模別には、大企業で10.4ポイント、中小企業4.1ポイントの増加だった。

より正確な傾向を見いだすために、2年連続で回答のあった企業に絞って比較してみると、脱炭素化に「すでに取り組んでいる」と回答した割合は全体で9.1ポイント、大企業で10.7ポイント、中小企業で8.8ポイントの増加だった。いずれも、大幅に増加したことがわかる。この1年のうちに、着実に、かつ早いスピードで、脱炭素化への取り組みが進んだことがうかがえる(図2参照)。

図2:脱炭素化に「すでに取り組んでいる」企業の割合
本年度と2021年度調査の同設問の「すでに取り組んでいる」と回答した割合を比較すると、全体で4.5ポイント、大企業が10.4ポイント、中小企業は4.1ポイント増加した。より正確な傾向を見出すために、2年連続で回答のあった企業に絞って比較したところ、脱炭素化に「すでに取り組んでいる」と回答した割合は全体で9.1ポイント、大企業で10.7ポイント、中小企業で8.8ポイントと、いずれも大幅に増加した。

出所:図1に同じ

業種別には、国内・海外ともに、最も取り組み状況が進んでいるのが「金融・保険」だ(図3参照)。

金融機関による具体的な取り組みとしては、コンサルティングサービスの提供などがある(例えば、グリーンファイナンスや排出量算定、脱炭素に関するマッチング、など)。これは、(1)脱炭素化に向けて支援を要望する企業が増加した、(2)これを取引先金融機関が支援し、脱炭素化取り組み実施実績に反映された、という図式で捉えることができる。金融庁も、国内金融機関に対し、顧客向けの気候変動対応の支援を促し、具体的なガイダンスを提供している、官民連携で気候変動対応に係る取り組みが進んだとも言えそうだ(注3)。

また、製造業の中では、「化学」が目立つ。国内で第2位の72.0%、海外で第5位の38.6%になった。当該産業では、石油精製時に得られるナフサを熱分解することで、石油化学製品の基礎原料を製造する。その際、ナフサ分解炉の燃料(メタンなど)燃焼時に大量の温室効果ガス(GHG)を排出してしまう。いきおい、排出量削減が喫緊の課題になりがちだ。そのため、他業と比較して取り組み状況が進んでいると推測される。

図3:脱炭素化の取り組み状況(業種別、上位5業種)
脱炭素化は業種別にみてみると、国内・海外ともに金融・保険業が最も取り組み状況が進んでいる。

出所:図1に同じ

排出量の算定、削減方針策定はこれから

GHGの排出量算定には、GHGプロトコルによる算定基準(Scope3基準、注4)が用いられる。問題にされるのは、自社による直接排出(Scope1)や間接排出(Scope2)だけでない。調達、製造、物流、販売、廃棄など、各段階での排出(Scope3)も合わせて「サプライチェーン排出量」として捉えることになる。いまや、「企業はサプライチェーン全体での排出量削減に取り組むべき」という考え方が主流だ。

前出の設問で、脱炭素化に「すでに取り組んでいる」または「まだ取り組んでいないが、今後取り組む予定がある」と答えた企業には、Scope別に排出削減の方針策定状況も聞いてみた。そうしたところ、Scope1で「削減方針を策定済み」と回答した企業は国内で全体の26.2%、海外で15.2%になった(図4参照)。図1とあわせて考察すると、脱炭素化に向け何らか取り組みつつ、GHG削減方針の策定や、自社の排出量算定にまでは至っていない企業が一定数あることが見て取れる。国内より海外の取り組み状況が遅れている理由としては、(1)まずは日本本社での排出量算定・目標策定を優先的に実施するためや、(2) 進出先の事情に左右されている(再エネ・新エネ電力の調達先や、環境に配慮した原料・商品の調達(グリーン調達)先が見つからない、など)ことが、推測される。

また、「削減方針を策定済み」と回答した企業の割合は、Scope2で国内は13.9%、海外は10.8%、Scope3で国内は6.7%、海外は6.0%となっている。こうしてみると、サプライチェーン全体での排出量把握は、いまだ道半ばといえるだろう。

図4:排出削減の方針策定を行っている企業の割合(Scope別)(単位:%)
脱炭素化に「すでに取り組んでいる」または「まだ取り組んでいないが、今後取り組む予定がある」と答えた企業に対し、Scope別に排出削減の方針策定状況を聞いたところ、Scope1において「削減方針を策定済み」と回答した企業は国内において全体の26.2%、海外においては15.2%となった。

出所:図1に同じ

他方で「顧客からの要請」という観点からはどうか。

「国内/海外の顧客から脱炭素化の方針への準拠を求められているか」という設問に対し、何らかの「準拠を求められている」と回答した企業は、国内で全体の17.0%、海外は12.1%だった(図5参照)。

もっとも、「準拠を求められ」かつ「問題がある場合、改善指導や取引停止などの措置が明示されている」という企業は、国内で全体の3.9%、海外3.3%だった。この問題で取引に切迫した問題まで生じている例は、一般的にはまだ限られているようだ。しかし、業種別に確認してみると、「情報通信機械/電子部品・デバイス」で目立った(国内10.9%、海外12.2%/図6参照)。電気・電子業界のGHG排出量は、Scope3がそのほとんどを占める(注5)。そう考えると、Appleやソニーグループなど、カーボンニュートラル方針を掲げる完成品メーカーが調達先に自社の削減方針への準拠を求めるのは自然の流れだろう(注6)。また、製品・サービスの使用に由来するGHG排出も非常に多い。生産プロセスのエネルギー効率改善だけでなく、消費者が製品等を使用する際の排出抑制への貢献(製品設計など)が求められている。

図5:顧客の脱炭素化方針への準拠要請
「国内/海外の顧客から脱炭素化の方針への準拠を求められているか」という設問に対し、なんらかの「準拠を求められている」と回答した企業は、国内は全体の17.0%、海外は12.1%だった。

出所:図1に同じ

図6:「準拠を求められ、問題がある場合、改善指導や取引停止などの措置が明示されている」と回答した企業の割合(上位5業種)
業種別でみると、「情報通信機械/電子部品・デバイス」では国内は10.9%、海外は12.2%だった

出所:図1に同じ

まずは排出量の把握と算定を

大手取引先が自社削減方針への準拠を取引先に求める際、SBTイニシアチブ(注7)の認定を取得できているかが、しばしば削減目標の確認や取引先選定で判断指標の1つになると言われる。SBT認定を取得していることは、企業が5年~15年先を目標年としたGHG排出削減目標を設定したことを意味する。

環境省外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます によると、2023年2月1日現在、日本企業の認定取得は358社(うち中小企業216社)で、コミット(2年以内にSBT認定を取得すると表明)した企業は68社だ。この数だけを見ると少なく思えるかもしれない。しかし、2015年以降、右肩上がりで増加してきた。事実、2022年3月時点では、認定取得164社、コミット38社にとどまっていた。そのことを踏まえると、認定取得の需要が足元で加速度的に増加していると評価できる。

ここまで、アンケート結果から読み取れる脱炭素化の取り組み状況の傾向や足元の動きをみてきた。業種や規模によって取り組み状況に差こそあるのは事実だ。しかし、脱炭素化に向けて大企業が先行し、中小企業もそれに追随するかたちで着実に取り組みを進めている。また、国際的なスタンダートに基づく「排出量」には自社以外の排出量、Scope3の排出量も含まれる。となると、調達企業は自社のサプライヤーに対し、何らかのかたちで自社の排出削減方針への準拠を求めていかざるを得ない。脱炭素化は、大企業だけでなく、中小企業にとっても確実に向き合わなければならない大きな波になって押し寄せてきている。

この波を乗りきっていくためにまず求められるのは、自社の排出量をしっかりと算定・把握し、取引先から要請が来た場合に対応できる姿勢を整えておくことだ。自社の削減方針の公開や排出量の定量データは、取引先を安心させる。自社ビジネスの中でどの工程が最も排出量が多いのかを特定することで、削減に向けた方針や具体的行動案を策定できる。サプライチェーン全体での排出量把握が本格化する前に対応することが、機会損失リスクを回避し新たなビジネスチャンスを獲得することにつながるだろう。


注1:
本調査の対象は、ジェトロのサービスを利用する日本企業のうち、海外ビジネスに関心の高い9,377社。3,118社から回答を得た(有効回答率33.3%、回答企業の85.1%が中小企業)。2022年11月中旬から12月中旬にかけて実施した。
注2:
脱炭素化への取り組み状況に関する結果については、回答企業数全体から、無回答だった企業数を除いた数字を分母として計上した。
注3:
金融庁「金融機関における気候変動への対応についての基本的な考え方外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」(2022年9月)
注4:
GHGプロトコルは、(1)世界資源研究所(WRI)と、(2)持続可能な開発のための世界経済人会議(WBCSD)によって、1998年に共同設立された組織。Scope3基準はグローバルスタンダードとして認知されている。
なお、(1) WRIは、国際的な環境非政府組織(NGO)、(2)のWBCSDは、持続可能な開発を目指すグローバル企業で構成する企業団体として知られる。
注5:
電機・電子温暖化対策連絡会(2022年11月)電機・電子業界気候変動対応長期ビジョン(改定版)PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(926KB)
注6:
Appleは、グローバルサプライチェーンに対して、2030年までに脱炭素化することを要請すると2022年10月に発表した。
また、ソニーグループはカーボンニュートラルの達成年を2040年に前倒し。その施策として、パートナーにもGHG排出量の管理等を促すことを、2022年5月に発表した。
注7:
SBTイニシアチブは、脱炭素を推進する国際的な認定機関。機関の名称に含まれるSBTは、Science Based Targetsの略とされる。 当該機関は、5年~15年先を目標年に、GHG排出削減目標を設定することを企業に推進している。この目標設定は、パリ協定が求める水準に整合することが前提になる。 なお、パリ協定が求める水準とは「世界の気温上昇を産業革命前より2度を十分に下回る水準に抑え、また1.5度に抑えることを目指す」こと。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部国際経済課
渡邉 敬士(わたなべ たかし)
2017年、ジェトロ入構。海外調査部アジア大洋州課にて東南アジア・南西アジアの調査業務に従事したのち、ジェトロ岐阜にて中小企業の海外展開を支援。2022年11月から現職。