特集:成長への活路はどこに―国内3000社アンケートから紐解く不確実性の高まりで、海外投資に様子見姿勢
2023年3月28日
新型コロナウイルス禍を経て、日本企業は海外ビジネス拡大にかじを切ると思われていた。しかし、この1年に起きた紛争や市況悪化、インフレ加速など、新たな混迷が意欲に影を落とす。不透明感が払拭されない中、企業は戦略を変えるのか。
急激な海外ビジネス環境の変化で、事業拡大意欲が後退
ジェトロが実施する「日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」(注1)では例年、将来に向けた海外ビジネスについて方向性を尋ねている。今回の調査結果では、既に海外拠点を持つ企業(以下、海外進出企業)の半数近く(49.1%)が今後3年程度の海外進出方針について「現状を維持する」と回答。追加投資や新規拠点の設立など「さらに拡大を図る」(43.5%)を上回った。海外での事業拡大について、様子見の姿勢を強めていることが読み取れる。
海外ビジネス拡大意欲は、新型コロナ禍に突入した2020年度に大きく下がった。しかし、世界経済が回復局面にあった前回調査(2021年11~12月実施)では、海外ビジネスの拡大意欲が上向きに転じる兆候があった。だが、今回は状況が一変、拡大意欲は2020年度をさらに下回る過去最低の水準に後退した。代わって大勢を占めたのが「現状維持」。つまり、既存拠点を拡充したり新規拠点を設けたりはしない、反対に縮小・撤退もしない、との回答だ。「現状維持」の比率は、新型コロナ禍前(2019年度)は約3割だった。これが2020年度、2021年度は、約4割へと拡大。今回は5割弱と、さらに増加したかたちだ(図1)。
拡大意欲に水を差したのは、この1年間の海外ビジネスを巡る急激な環境変化だ。世界経済は、新型コロナ禍の混乱から緩やかな回復軌道を描き始めていた。しかし2022年に入って、ウクライナ紛争や中国のゼロコロナ政策、エネルギーなど市況の悪化、世界的なインフレ加速など新たな混迷に直面。回復の勢いはそがれ、不確実性が著しく高まった。さらに、円安の急速な進行も追い打ちになった。その結果、積極的な海外事業展開をいったん保留する企業も出始めている。実際、前回調査で「拡大を図る」と意欲を示した企業のうち、約3割が今回は「現状を維持する」にトーンダウンしてしまった(表1、注2)。こうした企業からは、「現地のインフレが想像以上に進んでおり、拡大するにはリソースが足りない」(医療品・化粧品)、「円安方向での拠点開拓は経費が増加する」(金属製品)など、想定外の情勢変化による事業拡大方針の見直しに迫られた様子がうかがえる。
しかし、拡大意欲が完全に消失したというわけではない。「(本来なら)既存海外子会社の拡大を図りたい。しかし、現在の国際情勢、円安では、現状維持にとどまる」(建設)、「国際情勢や為替相場など、情勢がもう少し落ち着きを取り戻した後に検討したい」(商社・卸売)など、「現状維持」の裏には事業拡大の好機に備える企業の姿が垣間見える。
2021年度回答 | 2022年度回答 | ||||
---|---|---|---|---|---|
さらに拡大を図る | 現状を維持する | 縮小・撤退が必要と考えている | その他 | 無回答 | |
さらに拡大を図る (n=167) |
65.9 | 29.9 | 2.4 | 1.2 | 0.6 |
注:2021年度と2022年度、両調査とも回答した海外拠点を持つ企業(海外進出企業)を集計。
出所:2022年度「日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」(ジェトロ)
他方で、現時点で海外に拠点を持たない企業はどうか。そこで、2019年度以降の海外進出方針の変化をみる。2022年度は、「今後、新たに進出したい」とする企業が40.9%。前回から、比率を下げてはいる。しかし、その落ち込みは小幅にとどまった(図2)。企業からは「直接輸出で海外販路を開拓し、一定の販売が確保された時点で海外拠点の設立を検討したい」(飲食料品)、「ベトナムに事務所を設立したところ、コロナ禍で閉鎖。再度、設立して販売拠点としたい」(木材・木製品)など、海外進出への根強い意欲も見られた。
米国、ベトナム、中国の3市場に期待
では、今後の事業拡大先として、どこを重視しているのか。最も回答比率が高かったのは、米国(29.6%)。次いで、ベトナム(26.5%)、中国(26.4%)になった(図3)。なお、企業規模別では、大企業でベトナム、米国、中国の順。中小企業では、米国、中国、ベトナムと、順位が前後する。また、このトップ3の差はそれほど大きくもない。さらに、前回調査での上位3カ国の顔ぶれも変わらない(ただし、設問形式が異なるため、過去の調査結果と単純比較できない)。細かなランキングはともかく、日本企業がこの3カ国を軸に据えて海外戦略を組み立てている姿勢が読み取れる(注3)。
この1年の情勢変化を経ても、重視する事業拡大先に大きな変化がみられないのはなぜか。今回の調査では、それぞれの事業拡大先について選択理由を尋ねてみた。全体としてみると、83.1%が「市場規模・成長性」を挙げ、「顧客(納入先)企業の集積」(36.3%)、「すでに自社の拠点がある」(29.8%)と続く。消費者や取引先など、自社の製品・サービスを提供する相手へのアクセスの良さが最大のポイントのようだ。
では、事業拡大先ごとの特徴はどうか。表2は上位10カ国・地域と当該地域を選択した理由について、本設問の集計対象企業数(1,230社)に対する比率をみたものだ(注4)。つまり、海外での事業拡大方針を持つ企業全体の見方に近いと考えられる。
これによると、最も企業の回答を集めたのは、米国の「市場規模・成長性」だった(27.1%)。同じ項目では、ベトナム(23.7%)、中国(23.9%)も2割を超えた。また「顧客(納入先)企業の集積」では、3カ国そろって10%を超えている。10%超の回答を集めた項目が複数あるのは、米国、ベトナム、中国に限られる。この3カ国市場に対する期待の高さが浮き彫りとなったともいえる。なお米国では、ここで取り上げた2項目のほか、「すでに自社の拠点がある」「安定した政治・社会情勢」など4項目で8~9%の回答を集めた。ベトナムでは「人件費の安さ、豊富な労働力」(10.1%)、中国では「すでに自社の拠点がある」(10.7%)が10%超だった。
理由 |
全体 (n=1,230) |
1位 | 2位 | 3位 | 4位 | 5位 | 6位 | 7位 | 8位 | 9位 | 10位 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
米国 | ベトナム | 中国 | EU | タイ | インドネシア | インド | 台湾 | シンガポール | マレーシア | ||
(1)市場規模・成長性 | 83.1 | 27.1 | 23.7 | 23.9 | 18.0 | 15.6 | 12.5 | 12.1 | 11.3 | 9.3 | 7.0 |
(2)顧客(納入先)企業の集積 | 36.3 | 13.3 | 10.4 | 11.3 | 9.2 | 9.1 | 3.9 | 5.4 | 4.6 | 3.0 | 2.6 |
(3)すでに自社の拠点がある | 29.8 | 9.5 | 8.9 | 10.7 | 5.4 | 8.1 | 3.8 | 5.0 | 3.1 | 2.0 | 2.2 |
(4)安定した政治・社会情勢 | 25.6 | 9.3 | 9.3 | 6.7 | 6.1 | 5.7 | 3.1 | 2.5 | 3.3 | 4.2 | 2.6 |
(5)自社の海外拠点戦略に基づく(拠点統合など) | 23.2 | 8.0 | 5.9 | 6.5 | 5.4 | 5.6 | 2.8 | 2.8 | 2.8 | 2.2 | 2.7 |
(6)言語・コミュニケーション上の障害の少なさ | 22.2 | 8.6 | 6.0 | 5.9 | 5.2 | 4.2 | 2.6 | 2.6 | 3.5 | 2.7 | 1.9 |
(7)人件費の安さ、豊富な労働力 | 18.7 | 3.5 | 10.1 | 4.6 | 1.1 | 4.3 | 3.7 | 3.1 | 1.3 | 1.6 | 2.3 |
(8)関連産業の集積(現地調達が容易) | 16.7 | 4.6 | 6.3 | 5.9 | 2.4 | 4.6 | 2.0 | 2.5 | 2.3 | 1.5 | 1.4 |
(9インフラ(電力、運輸、通信等)の充実 | 15.4 | 5.1 | 5.8 | 4.9 | 2.7 | 4.6 | 2.1 | 1.8 | 2.2 | 2.1 | 1.5 |
(10)税制面での優位性(法人税、関税など) | 8.0 | 1.3 | 2.8 | 2.4 | 1.4 | 2.1 | 0.9 | 0.7 | 1.5 | 2.4 | 1.1 |
注1:nは「現在、海外に拠点があり、今後さらに拡大を図る」または「現在、海外に拠点はないが、今後新たに進出したい」と回答し、かつ事業拡大先(最大3つ)について選択理由と合わせて回答した企業数(1,230社)。比率は全てn(1,230社)に対する比率。
注2:事業拡大先の選択理由は複数回答可。
注3:「EU」は、EU全体としての選択肢だけを提示。個別加盟国ごとの選択はできない。
注4:国・地域別の太字は10%以上。
出所:2022年度「日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」(ジェトロ)
1割強が海外ビジネスの国内への移管に前向き
ここまで、海外の事業拡大先に焦点を当てて調査結果を読み取ってきた。
一方で、ここ数年でグローバルビジネス環境は変化した。その例として、米中間の対立激化やウクライナ紛争、部材の供給制約などに伴うサプライチェーン分断の危機、などが挙げられる。これらに対応し、海外ビジネスを国内に戻す動きもみられる。そこで、海外進出企業に対し、海外ビジネスの国内移管(一部だけの移管を含む)について尋ねてみた。その結果、「実施済みまたは予定あり」が4.3%、「検討中」が8.6%。計13%の企業が、国内移管を事業戦略の1つに据えていることがわかった(図4)。「実施・予定」「検討中」を合わせた比率が最も高かった業種は医療品・化粧品(25.8%)だった。次いで石油・プラスチック・ゴム製品(23.6%)、情報通信機械/電子部品・デバイス(23.5%)だ。この3業種では、約4分の1の企業が国内移管を念頭に置いていることになる。
国内移管を「実施・予定」の企業が扱う商材を確認してみると、例えば、スキンケア製品(医療品・化粧品製造)、電子回路基板(電子部品・デバイス製造)、原料樹脂(プラスチック・ゴム製品製造)が見受けられた。また、「検討中」の企業では、マスク、ばんそうこうなど(医療品製造)、車載用電装品(電子部品・デバイス製造)などであった。
海外ビジネスの国内移管を促した最大の要因は、製品やサービスなどの生産コストが見合わなくなったことだ。国内移管を実施・予定または検討している企業のうち、6割が「進出先のビジネスコストの増加」を指摘した(図5)。企業からは「中国の人件費高騰でメリットが減少しており、国内回帰が妥当」(電気機械)などの声が上がっている。また、「円安基調が続くと思われるので、生産拠点を国内回帰」(商社・卸売り)など、足元の状況変化も引き金になった。
次いで理由として多く挙げられたのは、「国際輸送の混乱・物流費の高騰」(38.5%)。特に製造業で、この比率が高かった。非製造業では「進出先のビジネス環境(規制、取引先との関係など)の変化」を挙げる企業が半数弱(46.7%)に上った。また、「その他」を選択企業からは、「顧客の国内移管検討により、(当社も)検討」(その他製造業)など、取引先からの要請に応じて移管を考えるというコメントも、複数寄せられた。
海外ビジネスの国内移管は、しばしば国内回帰とも称される。そうしたこともあって、海外拠点のビジネスを縮小あるいは撤退して、国内拠点に移すというイメージが持たれがちだ。実際のところ、そのような動きは多いのだろうか。
そこで、国内移管を実施・予定または検討中の企業について、今後の海外進出方針をみると、「縮小、撤退が必要と考えている」との回答は13.5%あった。図1で示した通り、海外進出企業全体では「縮小、撤退が必要」は5.2%であった。そうなると一見、国内移管に積極的な企業は海外縮小・撤廃志向と思えてくる。しかし、「さらに拡大を図る」の回答比率は、44.2%だった。「現状を維持する」は41.0%であるので、今後の海外事業に積極方針を持つ企業が最多である。
しかし、「さらに拡大を図る」の回答比率は、44.2%だった。「現状を維持する」は41.0%であるので、今後の海外事業に積極方針を持つ企業が最多であった。
こう考えていくと、国内移管は、必ずしも海外ビジネス縮小・撤退という考え方に連動するわけではないようだ。少なくとも現時点では、海外縮小・撤廃志向と結びつけるのは適切とは言えないだろう。
- 注1:
- この調査は、海外ビジネスに関心の高いジェトロのサービスを利用する日本企業9,377社を対象に、2022年11月中旬から12月中旬にかけて実施。3,118社から回答を得た(有効回答率33.0%、回答企業の85.1%が中小企業)。プレスリリース、報告書も参照。過去の報告書も、ダウンロードできる。
- 注2:
- 2021年度、2022年度とも回答し、かつ両年度とも海外に進出していた企業(海外に拠点を持つ)企業だけを集計。集計対象は339社。
- 注3:
-
「今後の事業拡大先」に関する設問は、これまでと設問設計が異なる。そのため、過去の調査結果と単純に比較できない。
主な相違点は、(1)国・地域の選択肢と(2)集計手法。前回までは、「拡大を図る機能」と合わせて回答した国・地域につき集計(複数回答可)。回答可能な国・地域に制限なし。今回は、「選択理由」と合わせて回答した国・地域を集計(複数回答可)。最大で3カ国・地域までを回答可能。 - 注4:
- 本調査の報告書では、事業拡大先ごとの回答数を分母として選択理由の比率を算出して掲載。
- 執筆者紹介
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ジェトロ海外調査部 国際経済課
中村 江里子(なかむら えりこ) - ジェトロ(海外調査部、経済情報部)、(財)国際開発センター(開発エコノミストコース修了)、(財)国際貿易投資研究所(主任研究員)等を経て2010年より現職。