特集:成長への活路はどこに―国内3000社アンケートから紐解く人権デューディリジェンス、日本企業の対応は?
大企業の半数は調達先にも対応を要請

2023年4月18日

持続可能な社会を目指す企業経営において、環境とならび、優先課題に位置付けられるのが人権尊重への取り組みである。この分野で近年、欧米で矢継ぎ早に関連の法制化が進んでいる。米国でウイグル強制労働防止法が2022年6月に施行されたほか、欧州ではフランスに続き、ドイツで2023年1月に人権・環境デューディリジェンスを義務付ける法律を施行。さらに、EUレベルでの企業持続可能性デューディリジェンス指令案についても、現在、欧州議会やEU理事会で審議中である。2022年9月には日本政府としても初めて「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドラインPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(1.5MB)」を発表した。産業界を見渡しても人権尊重に取り組む企業が散見されるようになったが、日本国内ではたして人権デューディリジェンスがどの程度進展してきたのか。

ジェトロが実施した「日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」(以下「本調査」、注1)の結果をもとに、ジェトロが実施した個別企業へのヒアリング結果なども付加しながら、2022年時点の人権デューディリジェンスの実施状況を概観する。

人権デューディリジェンス実施は1割

人権デューディリジェンスという言葉自体、日本では比較的新しく、企業関係者からは「なじみがない」との声も多く聞かれる。人権デューディリジェンスの実務を解説した、OECDの「デュー・ディリジェンス・ガイダンス」によれば、そのプロセス・手段は、(1) 責任ある企業行動を企業方針・経営システムに組み込む、(2) 負の影響の特定・評価、(3) 負の影響の停止・防止・軽減、(4) 追跡調査、(5) 情報開示、(6) 適切な場合、是正措置を行う、という6つのステップから構成される(図1参照)。また、一連のサイクルを一巡させるだけでなく、サイクルを継続的に回していくことが求められる。これから初めて取り組む企業においては、まずは対応にあたる人材を確保し、プロセスを理解した上、必要に応じて外部の専門家の知見も借りて進める。このため、相当な時間・労力・コストを伴う過程となる。

図1:デューディリジェンスのプロセス・手段
(1)責任ある企業行動を企業方針・経営システムに組み込む、(2)負の影響の特定・評価、(3)負の影響の停止・防止・軽減、(4)追跡調査、(5)情報開示、(6)適切な場合、是正措置を行うという6つのステップがある。

出所:OECD「責任ある企業行動に関するデュー・ディリジェンス・ガイダンス」から作成

本調査では今回、初めて人権デューディリジェンスの実施状況について尋ねた。その結果、人権デューディリジェンスを実施している企業は全体の10.6%にとどまり、残りの9割の企業は実施していないことがわかった(図2参照)。これらの未実施企業の内訳をみてみると、「実施する予定はない」企業が46.2%でおよそ半数を占めた一方、「1年以内に実施予定」(3.3%)、「数年以内の実施を検討中」(39.9%)を合わせると、4割の企業が人権デューディリジェンスの必要性を認識し、実施検討段階にある。

図2:人権デューディリジェンスの策定状況
「実施している」は全体の10.6%、「実施していないが、1年以内に実施予定」が3.3%、「実施していないが、数年以内の実施を検討中」が39.9%、「実施する予定はない」は46.2%であった。

注:nは回答企業数から無回答を除いた企業数。
出所:2022年度「日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」(ジェトロ)

3分の1の企業が、顧客から人権への対応要請を受ける

日本国内での人権デューディリジェンスは緒についたばかりであり、企業規模による取り組みの差が目立つ。実施率は大企業(28.0%)で3割近い半面、中小企業(7.8%)では1割に満たなかった。

ただし、注目されるのは、人権デューディリジェンスを実施する大企業の4分の3(74.5%)が、調達先企業にも自社のサプライチェーンにおける人権方針への「準拠を求めている」(注2)という波及効果の大きさである(図3参照)。逆に、顧客の人権方針への「準拠を求められている」割合(注3)についても大企業で40.4%に上り、さらに「関連の問い合わせ、調査が行われたことがある」(13.5%)も合わせると53.9%に達した。こうした顧客からの人権への対応要請は、中小企業を含めた全体でみても35.1%に達しており、もはや珍しいことではなくなっている。今後、人権デューディリジェンスの実施比率が、たとえ大企業だけでも先行的に一定レベルまで達すれば、中小企業に対する対応要請も加速すると予想される。

図3:調達先に対する自社の人権方針への準拠要請(大企業)
調達先企業にも自社のサプライチェーンにおける人権方針への「準拠を求めている」が51.4%、「準拠を求めていない」が48.6%であった。

注:nは人権デューディリジェンスを実施していると回答した大企業で、回答企業数から無回答を除いた企業数。
出所:2022年度「日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」(ジェトロ)

ジェトロがヒアリングしたある繊維・アパレル関連企業からも、「グローバルな人権スタンダードとこれまで縁がなかった調達先に対しても、まずは理解いただくところから始め、対応をお願いしている」という話を聞いた。中小企業の中でも海外進出を行っている企業では人権が経営課題として認識されつつある一方、国内ビジネス中心の企業ではそうした認識がまだ十分浸透していない傾向がみられる(注4)。顧客およびサプライヤーの双方とも、人権デューディリジェンスに着手して日が浅い企業が多く、互いの認識ギャップにも直面しながらも、対応を模索している状況がうかがえる。

人権方針策定済みは3割も、情報公開が課題

人権デューディリジェンスにおいて、その最初のステップとなるのが、OECDのガイドラインのステップ1に当たる、責任ある企業行動の企業方針・経営システムへの組み込みである。人権尊重方針の策定に関しては「1年以内に策定予定」または「将来的に(数年以内に)策定することを検討中」という検討段階にある企業が計38.3%と最も多かった(図4参照)。他方、「策定している」(32.9%)(注5)および「今後も方針を策定する予定はない」(28.8%)もそれぞれ3割前後であった。企業規模別にみると、大企業では人権尊重方針を「策定している」が64.8%と過半数を超えた一方、中小企業では27.6%と3割に満たなかった。

図4:人権尊重方針の策定状況
全体(n=2,998)、 大企業(n=429)、 中小企業(n=2,569)について、それぞれの回答割合をみると、 「方針を策定している」は32.9 64.8 27.6 、 「方針を策定し、外部向けに公開している」は14.5 47.3 9.0 、「方針を策定しているが、外部向けには公開していない」は18.4 17.5 18.6 、「 方針を策定していないが、1年以内に策定予定」は3.1 2.1 3.3 、「方針を策定していないが、将来的に(数年以内に)策定することを検討中」は35.2 22.8 37.3、 「今後も方針を策定する予定はない 」は28.8 10.3 31.8 であった。

注:nは回答企業数から無回答を除いた企業数。
出所:2022年度「日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」(ジェトロ)

なお、本調査では、「人権尊重方針」の定義を示さずにたずねているため、回答企業によってその捉え方が異なる場合があり、必ずしもグローバルなスタンダードに沿ったものとは言えない。例えば、国連のビジネスと人権に関する指導原則16では、企業方針の要件として、企業の最上層レベルによる承認があること、社内外の適切な専門家により情報提供を受けたことに加え、「publicly available」(一般に入手可能であること)、すなわち対外的に公開されていることなどを挙げている。

その点を踏まえ、対外公開の有無という切り口で本調査結果をみてみると、人権尊重方針の「策定+公開」をセットで行う企業は全体で14.5%であり、「策定+非公開」の企業(18.4%)が2割近い。大企業では「策定+公開」は203社で、策定企業(278社)の大多数(73.0%)がその方針を公開している。他方、中小企業では対照的に、「策定+公開」(232社)は策定企業(709社)の3分の1に限られ、非公開がむしろ多数派であった。

方針策定にとどまらず、日本国内では、人権デューディリジェンス全般に関する情報開示に積極的でない、また情報開示に抵抗がある企業が欧米と比べて多いといわれている。たとえ人権尊重へ取り組んでいても、それらの情報を公開しなければ、取り組んでいないのに等しい、とみなされてしまうため、情報開示が極めて重要である点は改めて認識しておきたい。

IT・電子機器が取り組みトップ

人権デューディリジェンスの実施状況は、業種によるばらつきも大きい。業種別の実施比率をみてみると、トップが情報通信機械/電子部品・デバイス(34.7%、以下IT・電子機器)、続いて金融・保険(32.7%)が突出して高い(図5参照)。また、「実施していないが、1年以内に実施予定」について、全体平均(3.4%)を上回って高いのは窯業・土石(工作機械・産業機械など、10.7%)、繊維・織物/アパレル(8.6%)、化学(8.1%)であり、予定通り1年以内に実施となれば、2023年度にはこれらの業種の実施比率が2割ないし、それ以上へ上昇すると見込まれる。

図5:人権デューディリジェンスの実施状況(業種別)
「人権デューディリジェンスを実施している」の回答割合(%)をみると、 製造業全体(n=1719) は10.4、 情報通信機械/電子部品・デバイス(n=49)は34.7、 化学(n=74)は 14.9、石油・石炭・プラスチック・ゴム製品(n=89)は14.6、 窯業・土石(n=28) は14.3、 自動車・同部品/その他輸送機器(n=78)は 14.1 、電気機械(n=97) は13.4、 精密機器(n=77) は13.0 、繊維・織物/アパレル(n=105)は 11.4、 木材・木製品/家具・建材/紙パルプ(n=52)は 9.6 、医療品・化粧品(n=56) は 8.9 、飲食料品(n=447) は7.8、その他の製造業(n=231) は7.8、 鉄鋼/非鉄金属/金属製品(n=198)は7.6、 一般機械(n=138)は 7.2、 非製造業全体(n=1222) は10.8、 金融・保険(n=49) は32.7、 通信・情報・ソフトウェア(n=75) は13.3、 運輸(n=65) は12.3 、建設(n=98) 12.2 、専門サービス(n=61)は 11.5 、小売(n=86)9.3 商社・卸売(n=617)は 9.1 、その他の非製造業(n=171)は 8.8 であった。

注:nは回答企業数から無回答を除いた企業数。
出所:2022年度「日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」(ジェトロ)

IT・電子機器分野では、産業のグローバル分業が進み、海外との取引も多く、人権尊重経営に関して先行する欧米の業界からの影響を受けやすいことが一因として考えられる。例えば、責任ある鉱物調達を行うためのデューディリジェンスの実施や、社会的責任を推進する世界的な団体であるレスポンシブル・ビジネス・アライアンス(RBA)への加盟やその行動規範を参照する動きも活発である。また、電子・電機企業が加盟する電子情報技術産業協会(JEITA)も、「責任ある企業行動ガイドライン外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」やガイドラインに基づく自己評価シートを発行したほか、JEITAも設立に携わった苦情処理メカニズム(JaCER)は業界を越えて利用されており、責任ある企業行動の推進をリードする存在として注目を集めている。
IT・電子機器では、既に「調達先企業にも自社のサプライチェーンにおける人権方針への準拠を求めている」企業(30.6%)が3割を超え、反対に顧客の人権尊重方針へ「準拠を求められている」(50.0%)についても2社に1社が「準拠を求められる」ようになった。今後、他の業種でも人権デューディリジェンスが浸透していけば、IT・電子機器と同様に、調達先に対する人権尊重への対応要請が高い割合で行われる可能性がある。

1社だけでは解決できない課題も

本調査で、海外で人権に配慮したサプライチェーンを構築する上での課題について聞いたところ、人権デューディリジェンスを実施予定・検討段階の企業(1,270社)においては、1位が「具体的な取り組み方法がわからない」(40.4%)であり、2位は「十分な人員・予算を確保できない」(28.5%)であった。実施前段階の人権デューディリジェンスの内容理解に課題を感じている企業がもっとも多いほか、対応の必要性は認識していても、専門人材の配置や専門家への外部委託といった実務に必要なリソースを確保できない状況がうかがえる。

また、既にデューディリジェンスを実施中の企業(311社)も、取り組み過程において別の課題を抱えていることもわかった。その上位に挙がったのは、「1社だけでは解決できない複雑な問題がある」(32.8%)、「サプライチェーン構造が複雑で、範囲の特定が難しい」(22.2%)である。ジェトロで2022年9~12月に国内企業へヒアリングを行った際も、「調達先における作業負担が大きく、一部では『監査疲れ』が発生している」(電気・電子)、「直接コンタクトできない間接取引先や海外の取引先に関して、人権デューディリジェンスの実効性をいかに担保していくかが問題」(繊維・アパレル)といった声が多く聞かれた。

ここまで見てきた通り、日本国内でもゆるやかだが着実に、人権尊重の経営への歩みは進んでいる。この時計の針が後戻りすることは考えにくく、今後もさらに進展が見込まれる。取り組みにあたっては課題が山積しているが、欧米で先行する同業他社の取り組みのほか、日本国内でも各社がグッドプラクティスを積み重ねており、どのような工夫をして各種の課題を乗り越えてきたのか、参考にできる部分がありそうだ(特集「動き出した人権デューディリジェンス―日本企業に聞く」参照)。また、1社では取り組みが困難な課題に関しては、業界内で、ひいては業界横断的に、かつ公的機関や非営利団体などともネットワークを構築し、連携して対応策を考えていく必要がある。


注1:
本調査は、海外ビジネスに関心の高いジェトロのサービス利用日本企業9,377社を対象に、2022年11月中旬から12月中旬にかけて実施し、3,118社から回答を得た(有効回答率33.0%、回答企業の85.1%が中小企業)。プレスリリース報告書も参照。なお、過去の調査の報告書もダウンロード可能。
注2:
「海外の調達先企業にも自社のサプライチェーンにおける人権方針への準拠を求めている」、「国内の調達先企業にも自社のサプライチェーンにおける人権方針への準拠を求めている」のいずれか1つ以上を選択した大企業の割合。
注3:
「準拠を求められ、問題がある場合、改善指導や取引停止などの措置が明示されている」、「準拠を求められているが、問い合わせ、調査による状況の把握のみにとどまり、改善指導や取引停止などの措置は明示されていない」、「準拠を求められているが、実際の状況の把握は行われていない」のいずれかを選択した企業の割合。有効回答数は、無回答を除く2,916社。
注4:
ジェトロ「2022年度 海外進出日系企業実態調査(全世界編)」によると、「サプライチェーンにおける人権の問題について、経営課題として認識している」と回答した中小企業の割合は48.5%(有効回答数は、無回答を除く1,922社)。また、本調査によると、人権尊重方針を策定している企業の割合は、海外進出企業で45.8%、国内企業で16.9%であった。
注5:
「方針を策定し、外部向けに公開している」、「方針を策定しているが、外部向けには公開していない」のいずれかを選択した企業の割合。

変更履歴
文章中に誤りがありましたので、次のように訂正いたしました。(2023年8月17日)
第6段落
(誤)ただし、注目されるのは、大企業の51.4%と2社に1社が、
(正)ただし、注目されるのは、人権デューディリジェンスを実施する大企業の4分の3(74.5%)が、
図3
差し替えました。
図3 注
(誤)注:nは回答企業数から無回答を除いた企業数。
(正)注:nは人権デューディリジェンスを実施していると回答した大企業で、回答企業数から無回答を除いた企業数。
第14段落
(誤)IT・電子機器では、既に「国内の調達先企業にも自社のサプライチェーンにおける人権方針への準拠を求めている」企業(32.4%)が3割を超え、
(正)IT・電子機器では、既に「調達先企業にも自社のサプライチェーンにおける人権方針への準拠を求めている」企業(30.6%)が3割を超え、
執筆者紹介
ジェトロ調査部国際経済課 課長代理
森 詩織(もり しおり)
2006年、ジェトロ入構。ジェトロ広島、ジェトロ・大連事務所、海外調査部中国北アジア課などを経て現職。