米国で盛り上がる半導体産業の振興と輸出管理

2022年12月28日

米国では2022年8月、国内半導体産業を振興するための予算を含む「CHIPSおよび科学法(CHIPSプラス法)」が成立した。これを受け、半導体関連の投資が活発化している。政府は技術優位性の確立を目的に政策を推し進める一方、戦略的競争相手と位置付ける中国に先端技術を渡たさないよう輸出管理を強化している。本稿では、これら政策の要旨を解説し、半導体などの重要分野における政策の方向性を見通す。

新型コロナウイルス禍の供給混乱がもたらした危機感

新型コロナウイルスの感染拡大により、世界的に半導体の供給混乱が発生した。これを受け、米国は国内の半導体産業、特に製造能力の増強にかじを切った。中でも、自動車産業が大きな影響を受けた。2021年の自動車生産台数は、世界全体で770万台消失し、売上高にして2,100億ドルが失われたと推計されている。2022年第3四半期以降、影響緩和の兆しがみられるが、余波は残ったままだ。

さらに、米国の官民が口をそろえて指摘しているのが、世界の半導体製造能力に占める米国のシェアが著しく低下していることだ。米国半導体産業協会(SIA)によると、米国のシェアは1990年に37%だったが、2020年には12%まで低下した。何も政策を講じなければ、2030年には10%に低下するという見通しも出ている(図参照)。戦略的競争相手と位置付ける中国のシェア拡大も、サプライチェーンの国内回帰を急ぐ理由の1つだ。このように、新型コロナウイルス禍で経験したような不測の事態が再び起こり、半導体の供給が途絶されると、国内のさまざまな産業に甚大な影響が生じるという危機感が背景にある。

図:半導体製造能力の国別シェアの変遷
1990年から10年おきに、2030年までの米国、欧州、日本、韓国、台湾、中国、その他、におけるシェアの変遷と見通しを示している。1990年は米国が全体の37%、欧州が44%、日本が19%。2000年は米国が19%、欧州が24%、日本が17%、韓国が13%、台湾が22%、その他が5%。2010年は米国が13%、欧州が13%、日本が18%、韓国が15%、台湾が22%、中国が11%、その他が8%。2020年は米国が12%、欧州が9%、日本が15%、韓国が21%、台湾が22%、中国が15%、その他が6%。2030年の予測値は、米国が10%、欧州が8%、日本が13%、韓国が19%、台湾が21%、中国が24%、その他が5%となっている。

出所:VLSIリサーチ、SEMI、ボストンコンサルティンググループを基にジェトロ作成

半導体不足の影響が広がるさなかに発足したバイデン政権は2021年2月、「重要製品のサプライチェーン強化に関する大統領令」に基づき、半導体などのサプライチェーンに関する脆弱(ぜいじゃく)性と対策の検証を開始した。当該結果をまとめた同年6月の報告書では、半導体の国内投資の拡大や、同盟国・友好国の官民も含めた協力の推進が提案された(2021年6月10日付ビジネス短信参照)。これを踏まえてか、2021年9月にインテルやマイクロン、サムスン、台湾積体電路製造(TSMC)といった世界を代表する半導体メーカー、半導体を利用する側からはアップル、マイクロソフトなどエレクトロニクス企業に加え、ゼネラルモーターズ(GM)、フォード、ステランティス、BMWなどの自動車メーカーを招いて、対応策などについて協議した。2022年7月には、計18カ国・地域が参加する米国主催の「サプライチェーン閣僚会合」がバーチャル形式で行われた。同会合では、半導体などの供給途絶リスクを想定し、国家間の早期警告システムの実用性などに話が及んだもようだ(2022年7月21日付ビジネス短信参照)。

このような情報共有やサプライチェーンの透明化に向けた取り組みに加え、政府主導の主たる対策として挙げられるのが「CHIPSプラス法」だ。同法は、中国との技術競争を念頭に、米国の技術力を強化するため、5年間で約2,800億ドルの予算を盛り込んだ。民主・共和両党の政治的対立が先鋭化する中、超党派で成立した法律だ。このうち527億ドルは「2021年度国防授権法(NDAA)」に含まれる国内半導体産業を振興するための支援枠組み「CHIPS for America Act」に充当される。その中の390億ドルは、米国内で半導体の製造工場を新設または拡張投資する企業に提供するための補助金となる(表1参照)。投資企業に対する25%の税額控除も設けられ、半導体の関連投資を後押しする枠組みとなっている。

表1:CHIPSプラス法の概要
項目 内容
商務省製造インセンティブ(390億ドル) 半導体の設計、組み立て、試験、先端パッケージング、研究開発のための国内施設・装置の建設、拡張または現代化に対する資金援助
(うち、60億ドルは直接融資または融資保証に使用可能)
商務省研究開発
(110億ドル)
商務省管轄の半導体関連の研究開発プログラムへの予算充当
その他(27億ドル) 労働力開発や国際的な半導体サプライチェーン強化の取り組みへの予算充当
税額控除 半導体製造に関する投資に対して25%の税額控除を導入
科学技術関連の連邦政府機関への予算充当
(約2,000億ドル)
エネルギー省や商務省、国立科学財団(NSF)、国立標準技術研究所(NIST)など連邦政府機関の研究開発プログラムなどへ約2,000億ドルを手当て

出所:米国連邦議会ウェブサイトを基にジェトロ作成

CHIPSプラス法を呼び水に、大型投資相次ぐ

「CHIPS for America Act」の枠組みが2020年春に提出され、2021年度NDAAに含まれるかたちで成立して以降、米国内の半導体関連投資に対し、資金援助が行われる公算が大きくなった。その前後から、大型投資が相次いでいる。さらに、CHIPSプラス法で予算が確保され、その傾向は一層強まった(表2参照)。同法を所管する商務省は、資金援助の申請受け付けを2023年2月までに開始すると発表している。他方、インテル、マイクロン、IBM、TSMCなどの大手半導体メーカーは、資金援助を受ける前提で、投資計画を発表済みだ。2022年12月発表のSIAデータによると、2020年5月から2022年12月にかけて、半導体関連のプロジェクトが40件以上発表されている。16州にまたがる計2,000億ドルの投資となるようだ。

表2:2020年以降の米国における主な半導体関連投資の発表
企業 発表
年月
内容
台湾積体電路製造(TSMC)(台湾) 2020年5月 アリゾナ州に120億ドルの新工場を建設する計画を発表。2024年に操業を開始し、5nmプロセスのウエハを毎月2万枚製造予定。
2022年12月 アリゾナ州にもう1カ所の新工場建設計画を発表。2026年に操業開始予定とされ、2020年発表の計画と合わせると400億ドルの投資となる。
インテル(米国) 2021年3月 アリゾナ州に200億ドルを追加投資し、新工場2棟を建設する計画を発表。2024年の稼働予定で、「インテル20A」など最先端製品を製造する。
2022年9月 オハイオ州で新たな最先端半導体製造工場の起工式を開催。初期投資は200億ドル以上。2025年の稼働を予定。
サムスン(韓国) 2021年11月 テキサス州に170億ドルの最先端半導体工場を建設する計画を発表。2024年後半の操業を目指す。
FFEM(日本) 2022年3月 富士フイルムエレクトロニクスマテリアルズ(FFEM)はアリゾナ州に8,800万ドルを追加投資し、既存工場の半導体製造プロセス事業を強化する計画を発表。
グローバルウェーハズ(台湾) 2022年6月 テキサス州に300ミリシリコンウエハ工場を建設する計画を発表。シリコンウエハ工場の新設は米国では20年以上ぶり。
スカイウォーター・テクノロジー(米国) 2022年7月 インディアナ州に同州初となる18億ドルの半導体研究・生産施設の建設を発表。2023年に起工予定。
SKハイニクス(韓国) 2022年7月 150億ドルを半導体の研究開発プログラムや、素材開発、先端パッケージと試験施設の創設のために投資すると発表。新施設は2023年に起工し、2025~2026年ごろにフル稼働の予定。
住友化学(日本) 2022年9月 テキサス州に100%子会社の東友ファインケム(韓国)を通じて新会社を設立し、半導体用プロセスケミカルの工場を建設すると発表。2024年の操業開始を予定。
マイクロン(米国) 2022年10月 ニューヨーク州に最大1,000億ドルの半導体製造工場を建設する計画を発表。2024年から建設を開始し、2020年代後半から稼働予定。先端DRAMメモリの製造が主となる見込み。
IBM(米国) 2022年10月 ニューヨーク州に200億ドルを投じて、半導体の研究・開発のエコシステムを拡大する計画を発表。
JX金属(日本) 2022年10月 JXニッポンマインニング&メタルズUSAはアリゾナ州で、半導体用スパッタリングターゲット事業の強化と新規事業展開のために建設する工場の起工式を開催。2024年初めの稼働を予定。
エドワーズ(英国) 2022年11月 米国ニューヨーク(NY)州に3億1,900万ドルを投資し、半導体ドライポンプの工場を新設。今後7年間にわたり計画を進め、約600人の新規雇用創出を見込む。

出所:各社プレスリリース、報道情報を基にジェトロ作成

インテルのパトリック・ゲルシンガー最高経営責任者(CEO)は2022年10月、ウォールストリート・ジャーナル紙のインタビューで、「CHIPSプラス法は戦後で最も重要な産業政策に関する法律」と評価している。また同氏は、世界の半導体製造能力に占める米欧とアジアのシェアの比は1990年時に80対20だったが、今日逆転しているとの問題意識を提起し、2020年代末までに50対50(注1)に戻せたら大きな成果となる、との考えを示している。

守りでも踏み込んだ措置

半導体製造の覇権を取り戻すため、米国は攻めの産業政策に着手した。他方、その技術を敵対国に渡さないための守りの政策にも注力し始めている。国家安全保障担当のジェイク・サリバン大統領補佐官は2022年9月、特別競争力研究プロジェクト(SCSP、注2)主催のグローバル新興技術サミットで、「輸出管理は単なる予防手段ではない。強力で耐久性があり、包括的な方法で実施されれば、米国と同盟国の新たな戦略的資産として敵対国にコストを課し、ゆくゆくは戦闘力を低下させることができる」と発言した。これはロシア制裁の文脈における発言だが、この経験を基に、同盟国・友好国と連携して厳格な輸出管理を導入していく姿勢を示したと見てとれる。

商務省産業安全保障局(BIS)が中国を念頭に実施したのが、先端半導体に関する輸出管理規則の導入だ(2022年10月11日付ビジネス短信参照)。同規則により、軍の現代化、特に人工知能(AI)技術の向上に資する先端半導体、先端半導体を含むコンピュータ関連製品、それらの製造に必要な装置を中国に輸出・再輸出・国内移転する場合に、商務省への事前の許可申請が義務付けられた。最終需要者が米国の同盟国に本社を置く企業の在中国施設の場合は、事案ごとに審査を行い、それ以外は原則不許可となっており、一定程度、同盟国に配慮した内容となっている。BISはこれまで、対中輸出管理の傾向として、安全保障上リスクのある外国の事業体を特定し、輸出管理規則(EAR)のエンティティー・リスト(注3)に掲載する方法、いわゆるエンドユーザー規制を多く採用していた。しかし、それでは、中国共産党が採用する軍民融合戦略(注4)に対抗できないとして、一定基準以上の先端半導体を中国に輸出などを行う、または中国内での製造に関与する場合に規制する、エンドユース規制を導入した点で特筆すべきと言える。

同盟国・友好国と調整する前に、米国単独で動いた点も特徴的だ。輸出管理改革法(ECRA)でもうたわれているとおり、BISは基本的に、多国間の輸出管理が最も効果的という考えを持っている。今回の単独先行について、アラン・エステベス商務次官は2022年10月、米国新安全保障センター(CNAS)主催の公開イベントで、同盟国と協議中としつつ「米国も痛みを負っていることを示すため、単独で行うという決断に至った」と述べている。ここでいう同盟国とは、半導体製造装置分野で米国と同等の能力を有する日本とオランダを想定している。エステベス次官は、今回の規則で対象に加えた半導体製造装置は、現時点で米国内でしか製造されていないとしながら、ASMLや東京エレクトロンが同等の装置を作れないわけではないとの認識を示した。マーティン・ラッサーCNAS上席研究員と、オバマ政権で輸出管理担当の商務次官補を務めたエイキン・ガンプ法律事務所パートナーのケビン・ウルフ氏は、法律専門ブログ「ローフェア」への共同寄稿(12月13日)の中で、それら2社は数カ月のうちに代替装置を作ることができ、日本とオランダが米国と同様の輸出管理を導入しなければ、中国が2023年中に輸出管理対象の先端半導体を製造できるようになるとの見通しを示している。その上で、両氏は同盟国の協力を取り付けられるのであれば、バイデン政権による今回の判断は正しいと評価している。ジーナ・レモンド商務長官は11月、同盟国と合意に至るまで最大9カ月を要するとの見通しを示した。ブルームバーグ(12月12日)は、バイデン政権が日本およびオランダと大筋合意に至った、と報じているが、サリバン大統領補佐官は協議について公表できることはないと述べている。

まとめ

中国の台頭を受け、米国政府は前面に出て、重要分野の産業政策や輸出管理政策を敷くことを辞さない構えだ。他方、サプライチェーンがグローバル化する中、価値観や危機感を共有する同盟国・友好国との連携は欠かせない。半導体分野での経験を基に、同様の産業政策・輸出管理政策がほかの分野に展開される可能性も示唆されている。実際、電気自動車(EV)を中心とするクリーンビークル分野では、8月成立のインフレ削減法に購入者向けの税額控除が設けられた。これは産業政策とみてよいだろう。また、2021年2月の大統領令で列挙された、重要鉱物、医薬品、防衛、公衆衛生および生物学的危機管理、情報通信技術(ICT)、エネルギー、運輸、農産物・食料生産などの分野は、要注目と言える。日本のプレゼンスが高い分野では、引き続き、米国から協力が期待されると考えられる。近年、民主・共和両党の政治的対立が激しくなっているが、米国内における重要製品サプライチェーンの強化は超党派で合意が得られやすい分野だ。今後も、米国の動向に注目が集まる。


注1:
米欧の内訳については、米国が30で欧州が20としている。
注2:
後にニューヨーク州知事や副大統領を務めた、ネルソン・ロックフェラー氏が冷戦中の1956年に設立した「特別研究プロジェクト」に着想を得て、2021年10月に立ち上げられた民間研究機関。21世紀の戦略的競争の時代に向け、提言などを行っている。
注3:
米国政府が「米国の国家安全保障または外交政策上の利益に反する行為に携わっている、またはその恐れがある」と判断した団体や個人を掲載するリスト。それらを対象とする米国製品(物品・ソフトウエア・技術)の輸出・再輸出・みなし輸出は、事前の許可を要する。詳細はBISの解説ページ外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます を参照。
注4:
中国共産党が人民解放軍を世界クラスの軍に発展させるため、民間企業を通じて、外国の技術を含む重要・新興技術を取得・転用する戦略。国務省のファクトシートPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(188KB)参照。
執筆者紹介
ジェトロ ニューヨーク事務所 調査担当ディレクター
磯部 真一(いそべ しんいち)
2007年、ジェトロ入構。海外調査部北米課で米国の通商政策、環境・エネルギー産業などの調査を担当。2013~2015年まで米戦略国際問題研究所(CSIS)日本部客員研究員。その後、ジェトロ企画部海外地域戦略班で北米・大洋州地域の戦略立案などの業務を経て、2019年6月から現職。