特集:コロナ禍の変化と混乱、複雑化するビジネス課題への対応は海外事業拡大意欲が上向くも、コロナ禍前には届かず(世界、日本)

2022年3月11日

新型コロナ禍が長引く中でも、日本企業の海外事業に対する意欲は上向いた。ただし、その勢いは緩やかだ。先行きが見通せず、慎重な姿勢を示す企業も多い。一方で、今後を見据え、事業拡大の検討先には変化がみられた。企業の選択の背景には何があるのか。

先行き不透明感から現状維持との声も

ジェトロは毎年11月ごろ、「日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」を実施してきた。2021年度の調査(以下「本調査」、注1)は、新型コロナ感染拡大の影響下のものとして、前回に続いて2回目になる。

長期化するコロナ禍の中、企業の海外進出方針はどのような状況にあるのか。今後3年程度の方針として、「海外進出の拡大を図る」(注2)と回答した企業は全体の全体の47.7%。前回(43.9%)から増加した。前回の調査時点(2020年11月)では、まだ新型コロナウイルスに対応するワクチン接種などが本格化していなかった。そのこともあり、企業の海外事業拡大意欲は過去最低レベルの水準に落ち込んだ。今回は、ワクチン接種の世界的な広がりとともに、制限措置の緩和なども進んだ。これを受けて、海外進出への意欲が上向いたかたちだ。しかし、その勢いは弱い。過半を超える企業が海外進出への意欲を示していたコロナ禍前の水準には届かなかった(図1参照)。海外拠点を持たない企業が新たに拠点を設立したいと回答した比率は、24.6%と前回並みにとどまる。また、既に海外拠点を持つ企業が「さらに拡大を図る」と回答した比率は、23.1%と小幅な増加にとどまった。

他方、今後の海外進出方針について、「現状を維持する」と回答した企業は全体の17.6%。前回、今回と、連続して拡大した。本設問で「現状を維持する」とは、既に海外拠点を有する企業が、既存拠点を拡充あるいは新規の拠点は設けないと同時に、縮小・撤退もしない、ということだ。回答企業からは、「コロナ禍での拡大は困難で、現状維持が妥当」(商社・卸売り)、「コロナ禍で海外拠点の生産計画が当初計画を大きく下回り、計画水準に戻すことが最優先」(医療品・化粧品)、「ベトナムとミャンマーに出先があるが、新型コロナの影響で活動が制限され、最小限の固定費で拠点を維持」(建設)などのコメントが多くみられた。なおも続くコロナ禍の影響が色濃く表れていると、受け止められる。ワクチンや治療薬などの開発は進むものの、コロナ禍を払拭(ふっしょく)する決定打にはまだなっていないわけだ。さらに、新たな変異株の感染拡大など、世界経済の先行きは不透明な状況が続いている。だが、海外拠点を縮小、撤退すれば足場を失うことにもつながりかねない。なお、「これから3年ではなく5~10年を目途に、別の海外拠点を設けたい」(化学)という回答もあった。海外事業の拡大意欲はあるものの、当面は慎重姿勢を崩さないと理解できる。

図1:今後(2021年度も含む3カ年程度)の海外進出方針
選択肢は以下の6つに分かれる。さらに拡大を図る、新たに進出したい、現状を維持する、縮小・撤退が必要と考えている、今後とも海外への事業展開は行わない、その他。さらに拡大を図ると、新たに進出したい、の合算値を海外進出の拡大を図るとする。さらに拡大を図る、2013年度36.6%、2014年度36.8%、2015年度35.9%、2016年度36.1%、2017年度31.2%、2018年度32.9%、2019年度30.9%、2020年度19.1%、2021年度23.1%。新たに進出したい、2013年度21.7%、2014年度23.6%、2015年度25.3%、2016年度25.2%、2017年度25.9%、2018年度24.2%、2019年度25.5%、2020年度24.8%、2021年度24.6%。現状を維持する、2013年度15.5%、2014年度17.0%、2015年度14.7%、2016年度15.3%、2017年度16.1%、2018年度13.7%、2019年度12.8%、2020年度15.0%、2021年度17.6%。縮小、撤退が必要と考えている、2013年度1.0%、2014年度1.2%、2015年度0.8%、2016年度0.7%、2017年度1.0%、2018年度0.9%、2019年度0.8%、2020年度1.2%、2021年度1.3%。今後とも海外への事業展開は行わない、2013年度18.7%、2014年度15.7%、2015年度16.2%、2016年度17.4%、2017年度21.0%、2018年度23.2%、2019年度22.2%、2020年度32.8%、2021年度24.6%。その他、2013年度6.5%、2014年度5.7%、2015年度7.1%、2016年度5.2%、2017年度4.8%、2018年度5.1%、2019年度7.8%、2020年度7.1%、2021年度8.8%。

注1: nは無回答を除く企業数。
注2: 「海外進出の拡大を図る」とは、「現在、海外に拠点があり、今後、さらに拡大を図る」「現在、海外に拠点はないが、今後新たに進出したい」のいずれかを回答した企業とする。
出所:2021年度「日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」(ジェトロ)

中小企業の海外事業拡大意欲は低め、しかし輸出には積極姿勢

今後の海外進出方針に関し、「現在、海外に拠点はなく、今後とも海外での事業展開は行わない」とする企業の比率は24.6%。3割を超えた前回からやや縮小したものの、依然として高い回答率になった。この背景には、本調査の回答企業の約8割が中小企業であることも要因に挙げられよう。中小企業だけに限れば、「海外での事業展開は行わない」との方針を持つ企業が28.2%。「新たに進出したい」(27.6%)を上回り、最大の回答比率になる。海外に進出しない理由として最も多く挙げられたのが、資本、人材など海外進出に割ける経営資源の不足だ。「費用対効果の観点からビジネスとしてペイしない」(金属製品)、「人数が少なく、海外拠点に人材を割けない」(飲食料品)など、特に人材面がネックという声が大きい。

こうした経営資源不足を補いつつも海外市場で稼ぐため、企業は輸出には積極姿勢を示している。「海外での事業展開は行わない」と回答した中小企業も、輸出への関心は高い。その78.0%が、今後の輸出は拡大方針をとるとした(図2参照)。

この比率は近年、6割台半ばで推移してきた。しかし今回は、10%ポイント超も上昇した。「現地企業との代理店契約による販売だと、現地事情の熟知、顧客対応の早さ、コスト面で拠点設置よりもメリット大」(その他製造業)などのコメントも見られる。このように、限られた経営資源を活用すべく、代理店やパートナー企業の活用にメリットを見いだす企業が多い。さらに、「オンライン化した世界では海外拠点は不要。直販でやっていける」(アパレル)という認識もある。急速に進展したデジタル化やオンライン化に伴い、海外拠点を持つ意義が薄らいだということだろう。こうした企業の声は前回から増え、ビジネスのデジタルシフトが海外進出方針にも徐々に影響している。

図2:今後も海外進出をしない中小企業の輸出拡大意欲の変化
2016年度64.0%、2017年度66.4%、2018年度64.5%、2019年度62.8%、2020年度65.6%、2021年度78.0%。

注1:nは今後の海外進出方針で「現在、海外に拠点はなく、今後とも海外で事業展開は行わない」と回答した中小企業のうち、今後の輸出方針について「輸出を行う業種ではない」、無回答を除いた企業数。
注2:「輸出拡大意欲」は、今後の輸出方針について、「さらに拡大を図る」、「新たに取り組みたい」の回答比率の合計。
出所:「日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」(各年度版)(ジェトロ)

米国が今後の事業拡大先として初めて首位に

次に、今後の海外進出に拡大方針を持つ企業に注目したい。今後の事業展開先として検討している国・地域はどこか。

今回は米国(49.0%)を挙げた企業が最も多く、前回の3位から首位に浮上した(複数回答、表1参照)。米国がトップになるのは、同じ条件で比較可能な2016年度以降で初。2位には、前回と同じくベトナム(46.0%)が続いた。これまで首位を維持していた中国(45.9%)は、ベトナムから0.1%ポイント差で3位に後退した。

表1:海外で事業拡大を図る国・地域(上位10カ国・地域)(複数回答、%)
国・地域名 2021年度(n=810) 2020年度(n=1,156) 2019年度(n=1,871) 2018年度(n=1,800) 2017年度(n=1,703) 2016年度(n=1,654)
比率 順位 比率 順位 比率 順位 比率 順位 比率 順位 比率 順位
米国 49.0 (1) 40.1 (3) 31.9 (4) 30.2 (4) 31.8 (4) 33.4 (3)
ベトナム 46.0 (2) 40.9 (2) 38.9 (2) 34.0 (2) 35.3 (2) 32.9 (4)
中国 45.9 (3) 48.1 (1) 46.3 (1) 49.9 (1) 44.7 (1) 46.4 (1)
タイ 38.4 (4) 36.7 (4) 32.7 (3) 31.8 (3) 33.3 (3) 35.5 (2)
西欧 34.9 (5) 30.4 (6) 25.3 (6) 21.4 (6) 22.5 (6) 20.4 (8)
台湾 32.3 (6) 33.3 (5) 26.8 (5) 24.7 (5) 26.5 (5) 24.6 (5)
シンガポール 26.8 (7) 25.1 (8) 20.0 (8) 18.2 (8) 20.3 (8) 21.4 (7)
インドネシア 25.8 (8) 25.8 (7) 22.3 (7) 20.8 (7) 21.4 (7) 24.5 (6)
マレーシア 23.7 (9) 23.1 (9) 15.3 (11) 14.2 (11) 15.3 (10) 15.0 (10)
香港 23.3 (10) 20.2 (10) 17.2 (9) 17.1 (9) 19.6 (9) 19.5 (9)

注1:nは「現在、海外に拠点があり、今後、さらに拡大を図る」または「現在、海外に拠点はないが、今後新たに進出したい」のいずれかを回答した企業のうち、拡大する機能について無回答の企業を除いた数。
注2:「西欧」は、2016年度は「西欧」を選択した企業、2017年度以降は、「西欧(英国以外)」または「英国」を選択した企業。「西欧」「西欧(英国以外)」とも地域だけで、国別の選択肢の設定は無い。
注3:各国・地域で1つ以上の機能を拡大する企業数の比率。1つの国・地域で複数の機能を拡大する場合でも、1社としてカウント。
出所:2021年度「日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」(ジェトロ)

ここ2年ほど、米国への事業展開意欲は高まりを見せていた。特に販売先としての期待が高い。「需要の伸びは主に海外、特に北米で見込まれる」(繊維・織物)、「市場規模の大きい欧米で事業展開」(その他製造業)など、マーケットとしての米国のポテンシャルの高さを指摘する企業も多い。販売面以外でも米国への注目度は上がっている。「価格競争力をつけるため、将来的には製造拠点を設ける必要あり」(飲食料品)、「部品から完成品まで事業を拡大」(精密機器)と、生産面での機能拡大を視野に入れるとの声もある。

ここで、拡大する機能ごとに、事業拡大の検討先として、米国がどう捉えられたのかをみる。販売機能の検討先としては、52.0%と最も高比率。前回の2位から、初の首位になった(複数回答、表2参照)。研究開発関連では、新製品開発(前回3位)、現地市場向け仕様変更(同2位)ともに、1位に。物流(同4位)も1位。地域統括拠点(同1位)は、引き続き首位を維持した。このほか、コスト面が重視される生産機能でも、汎用品(同5位)については4位へ、高付加価値品(同4位)は3位へとそれぞれ順位を上げた。多くの機能で、米国への期待の高さが表れたことになる。

表2:海外で拡大を図る機能 国・地域別トップ3(複数回答、%)
項目 n 1位 2位 3位
国・地域名 比率 国・地域名 比率 国・地域名 比率
販売 671 米国 52.0 中国 49.3 ベトナム 43.1
生産 汎用品 187 中国 37.4 ベトナム 36.9 タイ 28.3
生産 高付加価値品 234 中国 35.0 ベトナム 31.2 米国 30.3
研究開発 新製品開発 115 米国 38.3 中国 33.0 ベトナム 25.2
研究開発 現地市場向け仕様変更 164 米国 42.1 中国 39.0 タイ 25.6
地域統括 91 米国 38.5 中国 37.4 西欧(英国除く) 26.4
物流 140 米国 37.9 中国 31.4 ベトナム 31.4

注1:nは「現在、海外に拠点があり、今後さらに拡大を図る」「現在、海外に拠点はないが、今後新たに進出したい」と回答した企業のうち、各機能を拡大すると回答した企業数。
注2:「西欧(英国以外)」は地域だけで、国別の選択肢の設定は無い。
出所:2021年度「日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」(ジェトロ)

中国での事業拡大意欲は後退したのか

一方、海外で事業拡大を図る国・地域(表1)に戻ると、前回までは中国が事業拡大先として首位を維持していた。しかし今回は、米国、ベトナムに次ぐ順位に下がったかたちだ。もっとも、中国における事業拡大意欲が後退したというよりは、相対的にみて米国、ベトナムへの期待が上回ったと捉えるべきだろう。過去の調査結果と比較しても、今回の中国の事業拡大意欲が特に下がったわけではない。例えば、2017年度は44.7%と今回をさらに下回る比率であったにもかかわらず、事業拡大検討先としては首位になっていた。

本調査回答企業による海外進出の現況も考慮すべきだろう。今回の調査で事業拡大検討先を回答した企業のうち、すでに海外拠点を持つ企業は389社。そのうち、中国拠点を持つ企業は約6割(233社)に及んでいた。これに対し、米国拠点(145社)、ベトナム拠点(151社)は、それぞれ4割に届かなかった。そのため、既に中国に拠点を持つ企業が、次なる一手として米国やベトナムに目を向けたとも考えられる。

さらに、コロナ禍でより顕著となった分散化意識の高まりも要因として挙げられる。事業拡大の検討先として企業が挙げた国・地域数の平均は、前回の4.9から今回は5.3に上昇した。それは、「コロナ禍でグローバルなサプライチェーンの断絶を経験。安定的な製品供給のためには複数の製造拠点を持つことの重要性を再認識」(化学)、「パンデミックで製造拠点が集中した場合のリスクが露呈。製造拠点の分散を図る」(自動車)、「BCP(事業継続計画)の観点から生産拠点の分散を図る」(その他製造業)というコメントにも表れている。コロナ禍により改めてリスク回避の手段として事業展開先の分散化、多元化の動きが強まったということだろう。これまでは、中国における事業展開意欲の高さは2位以下を大きく引き離していた。しかし、分散化・多元化の動きが、その差を縮めたとも捉えられよう。


注1:
本調査は、海外ビジネスに関心の高いジェトロのサービス利用日本企業1万3,456社を対象に、2021年11月から12月初旬にかけて実施。1,745社から回答を得た(有効回答率13.0%、回答企業の83.0%が中小企業)。プレスリリース報告書も参照。なお、過去の調査の報告書もダウンロード可能。
注2:
「海外進出の拡大を図る」企業は、「現在、海外に拠点があり、今後、さらに拡大を図る」「現在、海外に拠点はないが、今後新たに進出したい」と回答した企業の合計。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部 国際経済課
中村 江里子(なかむら えりこ)
ジェトロ(海外調査部、経済情報部)、(財)国際開発センター(開発エコノミストコース修了)、(財)国際貿易投資研究所(主任研究員)等を経て2010年より現職。