特集:コロナ禍の中南米進出日系企業は今業況感は大幅改善も、不安定な政治・社会情勢に懸念高まる(ペルー)

2022年2月9日

ジェトロが例年実施している海外進出日系企業実態調査(中南米編)。2021年度調査では、在ペルー進出日系企業33社から回答を得た。その調査結果から、顕著な結果が表れた業況感や、環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定(CPTPP、いわゆるTPP11)の活用、政治情勢と投資環境面のリスクについて、分析・解説する。

民間消費回復で、日系企業の業況感が改善

2021年のペルー進出日系企業の営業利益見込みは、「黒字」と回答した企業が68.0%。前回調査から25.6ポイント増と、他国と同様に大幅増だった。前年比の営業利益見込みも、46.2%が「改善」と回答しており、こちらも前回調査比40.0ポイント増と大幅に改善した(図1、2参照)。営業利益見込みで「改善」と回答した12社のうちの91.7%(11社)が、その理由を「現地市場での売り上げ増加」と回答している。さらにその要因としては、11社中9社が「前年の新型コロナによる売り上げ減の反動」と回答した。

図1-1:2021年の営業利益見込み
(2021年度調査)
有効回答数25社のうち、黒字は68.0%、均衡は4.0%、赤字は28.0%。
図1-2:2020年の営業利益見込み
(2020年度調査)
有効回答数33社のうち、黒字は42.4%、均衡は24.2%、赤字は33.3%。
図2-1:前年と比べた2021年の
営業利益見込み(2021年度調査)
有効回答数26社のうち、改善は46.2%、横ばいは42.3%、悪化は11.5%。
図2-2:前年と比べた2020年の
営業利益見込み(2020年度調査)
有効回答数33社のうち、改善は6.1%、横ばいは36.4%、悪化は57.6%。

ペルーでは2020年、新型コロナウイルス感染拡大に伴い、3月に緊急事態宣言が発令された。それ以降、4月いっぱいは必要不可欠な産業を除き、経済活動が停止した。5~10月には段階的に経済活動が再開。しかし、経済の落ち込みは深刻だった。2020年通年のGDPはマイナス11.0%を記録した。GDPの約半分を占める民間消費は、マイナス9.8%だった。消費が大きく減退したことが改めて確認できる。これが、現地市場で販売する日系企業の売り上げ伸び悩みにつながった。2020年度の調査では、営業利益見込みが前年比で「改善する」とした企業はわずか6.1%。その中で、「現地市場での売り上げ増加」を理由に挙げた企業は1社もなかった。

一方2021年も、1月から4月ごろまでは感染拡大第2波に見舞われた。しかし、政府は、感染対策として全国一律で同じ措置を取るということはしなかった。対策は、感染状況に合わせ州または県ごとに実施する方針が取られた。日系企業の多い首都リマについては、2021年の下半期には規制の緩和が進み経済活動が活発化した。その結果、GDPは、9月までのいずれの四半期でも前年同期比で大幅に増加した。民間消費の水準も、第2四半期(4~6月)以降は新型コロナ感染拡大以前の水準を上回った。

実態調査での日系企業の景況感として、「前年からの反動増による現地市場での売り上げ増」から「営業利益見込みが改善」との回答が多かったのは、このような背景によるものと考えられる。

CPTPPに関心高まる

ペルーでは、CPTPPが長らく批准待ちとなっていた。しかし、2021年7月に議会で承認され、9月19日に発効した。

今回の調査でCPTPP活用についての関心を聞いたところ、日本向けの輸出で「利用を検討中」と「既存の協定との併用を検討」との回答の合計が71.5%を占めた。前回調査では50.0%だった。議会承認によって発効が現実的となり、日系企業の関心が高まったと考えられる。

なお、ペルーからの対日輸出では、日本・ペルーの経済連携協定(EPA)に比べて、CPTPPの方が関税削減メリットの高い品目は限られる。それでも、緑茶やオレンジ、ブドウなどはCPTPP利用の方が有利だ。また、CPTPPでは通関にかかる所要時間の短縮が求められている。関税の多寡にとどまらず、利用により通関実務の円滑化が期待できることも重要だろう(2018年6月22日付地域・分析レポート参照)。

もっとも、この調査で実際にCPTPPを利用している企業の回答はなかった。これは、ペルーについてCPTPPが発効したのが2021年実態調査実施期間中だったためとみられる。すなわち、今後はCPTPP活用が期待できるだろう。

政治と政策に不安感

ペルーでは、2020年11月に大統領が1週間で2回も交代。政治的大混乱に陥った。その後、2021年4月には大統領選挙が実施された。1回目の投票では、急進左派のペドロ・カスティージョ氏は首位に立った。しかし、右派のケイコ・フジモリ氏とで6月に決選投票に持ち込まれた。カスティージョ氏の得票率がわずかに上回ったものの、長期間にわたりフジモリ氏側の異議申し立てが続いた。結局、決選投票から1カ月半近くが経過してようやくカスティージョ氏の当選が確定するに至った。

このような背景から、投資環境面のリスクとして「不安定な政治・社会情勢」を挙げる企業の割合が9割を超えた。前回調査からも30.3ポイント増となった。

さらに、カスティージョ大統領は選挙戦で、資源産業に関して増税や国家権限強化を主張した。その対象には、日系企業の多くが携わる鉱業分野が含まれている。投資環境面のリスクとして「現地政府の不透明な政策運営」を回答した企業が72.7%に上るのは、そのためだろう。前回調査で同じ項目をリスクだとした割合は、わずか21.2%だった。

ただ、カスティージョ政権による資源産業への影響力強化政策は、現在のところあまり進んでいるとは言えない。ペルー最大のガス田カミセアの国有化問題は、その一例だ。2021年10月にギード・ベジード首相(当時)は、同ガス田の収益分配の再交渉に応じなければ、国有化に踏み切るとガス田開発コンソーシアム企業に告げた。しかし、経済界とのあつれきなどを招き、国有化が実現する前にベジード氏の方が政権を去ることとなった(2021年10月8日付ビジネス短信参照)。また、政権は、鉱業産業に対するロイヤルティー税や鉱業特別税などの見直しに関し立法権の授権を狙っていた。しかしこれも、議会審議の過程で認められなかった(2021年12月20日付ビジネス短信参照)。

カスティージョ大統領の所属する「ペルー自由党」は、議会(定数130)で37議席しか獲得できていない。もう1つの左派政党「ペルーとともに」の5議席と合わせても、過半数に遠く及ばない。与党だけで法案を通すのは困難な状況だ。現在までのところ資源産業政策があまり進展していないのは、そのためと言える。しかし、カスティージョ政権が発足してから、まだ半年でしかない。5年の任期のうちにどのような政策を打ち出してくるか、進出日系企業の注目が集まる。

不安定な為替もリスク項目に

政局の混乱と急進左派政権の誕生は為替レートにも影響を及ぼした。

従来、現地通貨ソルは、中央準備銀行による適切な為替介入によって安定していた。2020年は、新型コロナの影響を受けた。それでも、1ドル=3.3~3.6ソル台と小幅な動きにとどまっていた。しかし、2021年は、大統領選挙の1回目投票でカスティージョ氏が首位になった4月中旬ごろからソル安が進み始めた。決選投票で両候補の得票率が拮抗(きっこう)していると伝えられた6月初旬には3.8ソル台に突入。カスティージョ氏の投票が確定した7月19日には3.93ソルを記録。その後も10月6日には先述したベジード首相の辞任があり、4.13ソルまで下がった(図3参照)。

図3:2020~2021年のソルの対ドル為替レート
2020年1月2日は1ドル3.301ソル、2020年2月3日は1ドル3.373ソル、2020年3月2日は1ドル3.4428571ソル、2020年4月1日は1ドル3.4606667ソル、2020年5月4日は1ドル3.3873333ソル、2020年6月1日は1ドル3.4165ソル、2020年7月1日は1ドル3.5333333ソル、2020年8月3日は1ドル3.539ソル、2020年9月1日は1ドル3.524ソル、2020年10月1日は1ドル3.6018333ソル、2020年11月3日は1ドル3.6021667ソル、2020年12月1日は1ドル3.6033333ソル、2021年1月4日は1ドル3.624ソル、2021年2月1日は1ドル3.6373333ソル、2021年3月1日は1ドル3.653ソル、2021年4月5日は1ドル3.711ソル、2021年5月3日は1ドル3.8098333ソル、2021年6月1日は1ドル3.8416667ソル、2021年7月1日は1ドル3.8563333ソル、2021年8月2日は1ドル4.055ソル、2021年9月1日は1ドル4.0781667ソル、2021年10月1日は1ドル4.1245ソル、2021年11月2日は1ドル4.0061667ソル、2021年12月1日は1ドル4.0645ソル。

出所:ペルー中央準備銀行

ペルーの為替の安定性については、日系企業も評価するところだった。2019年度調査では47.2%が、2020年度調査では39.4%が、投資環境面のメリットとして回答していた。それが一転して、2021年度調査ではこの割合がわずか9.1%に減少。その裏返しで、不安定な為替を投資環境面のリスクとした企業が54.5%にも上った。

2022年は、政治と為替の安定が取り戻せるかがポイントになってくるだろう。

執筆者紹介
ジェトロ海外調査部米州課中南米班
佐藤 輝美(さとう てるみ)
2012年、ジェトロ入構。進出企業支援・知的財産部知的財産課、ジェトロ・サンティアゴ事務所海外実習などを経て現職。