特集:中南米進出日系企業の今業況感悪化は限定的も、反政府デモの影響で不安定感高まる(チリ)

2021年1月29日

ジェトロが2020年9月、「2020年度海外進出日系企業実態調査(中南米編)」を実施した。このアンケート調査で、チリについては37社から回答を得た。同調査結果から、本レポートでは営業利益見込みと投資環境面のメリット、デメリットについて深堀りしていく。

鉱業への影響は限定的で黒字見込み企業は微減にとどまる

新型コロナ感染拡大に伴い、他国と同様に、チリ進出日系企業の業況感も2020年は前年と比べ悪化した。しかし、中南米の他国と比べるとその悪化幅は比較的小さかった。2020年度の営業利益見込みについて、「黒字」と回答した企業の割合は中南米全体では43.1%と、前年の60.6%から17.5ポイント減少した。これに対してチリでは51.4%と、前年比12.2ポイントの減少にとどまった。また、「赤字」と回答した企業の増加幅も、中南米全体を下回った(図1参照)。

図1-1:2020年の営業利益見込み
(2020年度調査)
中南米全体の有効回答数は529社で、「黒字」は43.1%、「均衡」は22.5%、「赤字」は34.4%。チリの有効回答数は37社で、「黒字」は51.4%、「均衡」は27.0%、「赤字」は21.6%。
図1-2:2019年の営業利益見込み
(2019年度調査)
中南米全体の有効回答数は545社で、「黒字」は60.6%、「均衡」は15.2%、「赤字」は24.2%。チリの有効回答数は33社で、「黒字」は63.6%、「均衡」は24.2%、「赤字」は12.1%。

出所:2020年度海外進出日系企業実態調査(中南米編)

この理由として、鉱業に対する新型コロナウイルスの影響が比較的小さかったことが挙げられる。鉱業はチリの主要産業で、進出日系企業も多くが携わっている。チリで感染が拡大し始めた2020年3月以降、鉱山プロジェクトの一時停止や従業員数を制限しながらの操業が続いた。とはいえ、全国的に鉱業が操業停止に追い込まれることはなかった。また鉱山各社は、従業員を減らしながらも高品位の銅鉱石の採掘を優先的に進めた。そのため、チリ全体の1~9月の銅生産量は前年同期比0.4%増加した。日系企業が出資する鉱山についても、ほとんどが前年同期比並みかそれ以上の生産量を記録している(表参照)。

表:日系企業が出資する主な鉱山の銅生産量(単位:1,000トン、%)(△はマイナス値)
項目 2019年1~9月
生産量
2020年1~9月
生産量 前年同期比
エスコンディーダ 870.9 891.7 2.4
コジャワシ 401.3 494.5 23.2
ロス・ペランブレス 280.2 278.2 △ 0.7
シエラ・ゴルダ 84.9 114.5 34.9
カセロネス 110.4 95.4 △ 13.6
カンデラリア 81.4 82.3 1.1
アントコヤ 56.2 57.7 2.7

注:アンケート実施時期が2020年9月だったため、1~9月期の生産量をまとめた。
出所:チリ銅委員会(Cochilco)

加えて、銅価格の上昇も、銅関連事業に携わるチリ進出日系企業に好影響を与えた。チリ中央銀行が公表している銅価格の推移を見ると、2020年は新型コロナの感染が世界的に拡大した2~3月にかけて銅の需要が減少。その結果、3月25日には1ポンド当たり2.1ドルと底を打った。しかし、その後は、中国での製造業の操業再開(注1)や景気回復に伴い銅需要が増加。銅価格は、下半期にかけて堅調に伸長した。12月22日には1ポンド当たり3.61ドルと、2013年以来の高い水準にまで回復した(図2参照)。

図2:1ポンドあたりの銅価格の推移
出所はチリ中央銀行。1月2日は2.81ドル、2月3日は2.53ドル、3月2日は2.54ドル、4月1日は2.16ドル、5月4日は2.37ドル、6月1日は2.41ドル、7月1日は2.70ドル、8月3日は2.92ドル、9月1日は3.04ドル、10月1日は2.98ドル、11月2日は3.05ドル、12月1日は3.40ドル。

出所:チリ中央銀行

また、DI値(2020年の営業利益見込みが前年に比べて「改善」と答えた比率から「悪化」と答えた比率を引いた数値)についても、マイナス10.8%と中南米の中では最もマイナス幅が小さかった(図3参照)。もっとも、これはどちらかと言えば、消極的な理由によるものだ。前年比で「改善」と回答した企業12社のうち8社が「人件費の削減」または「その他支出(管理費、光熱費、燃料費など)の削減」をその理由と答えているためだ。

チリでは感染状況に応じて地区ごとに外出規制が定められている。日系企業のオフィスが集中する地区も一時期、外出規制の対象となった。そのため、在宅勤務を余儀なくされた企業も多かった。在宅勤務を長期間実施したことで従業員の出社が減り、結果として管理費などの支出は抑えられた。これが営業利益の改善にもつながったようだ。「その他支出の削減」に関しては、このような側面もある。

図3:国別DI値(2020年)
中南米全体は-34.8%、メキシコは-38.0%、ベネズエラは-53.8%、コロンビアは-53.9%、ペルーは-51.5%、チリは-10.8%、ブラジルは-30.0%、アルゼンチンは-18.0%。

出所:2020年度海外進出日系企業実態調査(中南米編)

反政府デモで、日系企業の不安定感増長

新型コロナ感染拡大のほか、チリ進出日系企業が懸念するのは、2019年10月に勃発した反政府デモのビジネス環境への影響だ。このデモは、首都サンティアゴでの地下鉄運賃の値上げをきっかけとして勃発した。それが全国的かつ大規模なものに発展し、2020年に入っても収束しなかった。3月以降の新型コロナ感染拡大対策の外出規制が敷かれたことで、デモも一時期は収まりつつあった。しかし、外出規制が緩和されると再び激化。デモから1年が経過した10月にはサンティアゴで再び大規模なデモが行われた。

進出日系企業実態調査では、2015年から投資環境面のメリットおよびデメリットを聞いてきた。この設問で、メリットとして「安定した政治・社会情勢」を選択した企業の割合は45.4%に急落し、過去最少だった。一方で、デメリットとして「不安定な政治・社会情勢」を選択した割合は81.1%に急増し、過去最大値を記録。他の項目と比しても最大のリスク項目となった(図4参照)。

図4:「政治・社会情勢」の捉え方の変遷
2015年は、「『安定した政治・社会情勢』をメリットとして考える企業の割合」が75.7%、「『不安定な政治・社会情勢』をデメリットとして考える企業の割合」が10.8%。2016年は「『安定した政治・社会情勢』をメリットとして考える企業の割合」が81.1%、「『不安定な政治・社会情勢』をデメリットとして考える企業の割合」が2.7%。2017年は「『安定した政治・社会情勢』をメリットとして考える企業の割合」が86.5%、「『不安定な政治・社会情勢』をデメリットとして考える企業の割合」が5.4%。2018年は『安定した政治・社会情勢』をメリットとして考える企業の割合」が85.4%、「『不安定な政治・社会情勢』をデメリットとして考える企業の割合」が11.4%。2019年は「『安定した政治・社会情勢』をメリットとして考える企業の割合」が54.5%、「『不安定な政治・社会情勢』をデメリットとして考える企業の割合」が42.4%。2020年は『安定した政治・社会情勢』をメリットとして考える企業の割合」が45.9%、「『不安定な政治・社会情勢』をデメリットとして考える企業の割合」が81.1%。

出所:2015~2020年度海外進出日系企業実態調査(中南米編)

今回のデモ隊の中心は、中間層だ。チリでは近年、低い法人税率(注2)の設定を含む新自由主義的な経済政策が取られてきた。政府は多くの国と自由貿易協定(FTA)を締結。税制優遇措置も設けながら、外資誘致にも積極的に取り組んでいた。しかし、OECDによると、チリの税収の対GDP比は21.1%で、OECD加盟国平均の34.3%を大きく下回っている(2018年データ)。結果として、一定程度、低所得者層への援助は行われていたにせよ、医療保険や教育などに対する政府の支援は手薄になった。また、富裕層との格差は拡大するばかりで、置き去りにされた中間層の不満が爆発した。

こうした状況から、日系企業の中には、チリ政府が国民の不満解消のため外資系企業に対する政策を転換する可能性があるのではないかとの懸念がある。それが、今回の結果につながった。一方で、「安定した政治・社会情勢」をメリットとして考える企業の割合(45.9%)は、中南米の調査対象国の中では依然として最も高い。前回調査時より低下しチリでは過去最低だったとしても、だ。短・中期的には不安定な情勢を見通すも、長期的には安定していると評価されていると考えられる。また、投資環境面のデメリットとして「外国人・企業を対象とした犯罪」を挙げた割合は16.2%で、中南米平均の41.6%と比較すると低い。なお、日系企業のオフィスが所在するエリアや駐在員の主な居住地は、デモ頻発地域から離れている。そのために、デモの被害を直接受けるような日系企業は少ないようだ。

チリでは2020年10月に、憲法改正の是非や制憲委員会の構成員についての国民投票が実施された。その結果、100%民間から選出された委員が憲法の草案を起草し、再びの国民投票を経て新しい憲法が制定される予定になっている。新憲法がどのような内容になるのかまだ全く決まっていない。だとしても、外資系企業を取り巻く状況に変化があるのか、引き続き日系企業の高い関心事項となるだろう。


注1:
中国はチリにとって、銅の主要輸出先国となっている。
注2:
2020年の税制改正で、法人税率は最大27%とされた。しかし、1990年代初頭まで10%、2010年代初頭まで20%と比較的低い税率が続いていた。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部米州課中南米班
佐藤 輝美(さとう てるみ)
2012年、ジェトロ入構。進出企業支援・知的財産部知的財産課、ジェトロ・サンティアゴ事務所海外実習などを経て現職。