特集:中東Eコマースのポテンシャル現地特有の文化・風習を理解してEコマースを展開/UAE紀伊國屋書店
2021年4月12日
日本の大手書店・出版社の紀伊國屋書店は、2008年にアラブ首長国連邦(UAE)のドバイに実店舗を開店。現在、アブダビとともに、国内に2店舗を持つ。2012年から現地でEコマース事業を展開し、特に新型コロナウイルスの拡大後は好調となっている(2020年6月8日付ビジネス短信参照)。
今後も成長が期待される中東Eコマース市場に対して、日系企業のビジネス参入のヒントを探るため、先行事例となる同社に対してインタビューを行い、現地ECビジネスに参入するための課題やポイントをまとめた。本インタビューは2021年1月7日、UAE紀伊國屋書店の平田直也支配人にオンラインで実施した(参考:UAE紀伊國屋書店ECウェブサイト )。
- 質問:
- Eコマースの開始時期と出店状況は。
- 答え:
- 紀伊國屋書店のドバイ開店は2008年で、Eコマースは2012年から開始。UAE紀伊國屋のウェブサイト上で、様々な商品をネット注文できるようになっている。
- 従業員は約150人、うち日本人は5人。自身は2017年から現地に赴任(2021年1月末より5年目)。日本人以外はフィリピン人、インド人、ミャンマー人など。
- UAEのリアルの店舗は、ドバイとアブダビの2店舗。他のGCC諸国からも出店の引き合いもあるが、Eコマースで配送ができることもあり、現状では進出は予定していない。
- 質問:
- Eコマースの売り上げ状況は。
- 答え:
- コロナ禍に入ってからは非常に好調で、売り上げが倍増している。売り上げ比率としては書店が9割、Eコマースが1割で、まだリアル書店のほうがはるかに大きいが、コロナ禍がいまだに続いていることもあり、今後もECの成長に期待できると考えている。
- 質問:
- 商品の品ぞろえや売れ筋商品は。
- 答え:
- Eコマースの取扱商品は、英語の書籍やアラブ書が中心。日本の書籍や漫画本なども英語版を中心に販売(少数ながら和書もある)。その他、仏文の書籍や文房具、玩具、フィギュアなども販売している。書籍では、世界的にベストセラーになっている本(オバマ元米大統領の「A Promised Land(約束の地)」など)が売れ筋。
- 日本の漫画やフィギュアなども人気だが、現地の人はよく動画を見ているので、その影響が大きく現れる。Netflixで見られるようになったことで、ジブリも人気となった(女性などに受けている)。また、日本で人気上昇している商品も、インターネットを通じてよく知っているため、ほとんどタイムラグもなく、現地でも売れる傾向にある(最近は「鬼滅の刃」、「呪術廻戦」が現地でも人気)。
- 最近はコロナ禍でもあるため、巣ごもり需要で、家庭内でみんなで遊べるパズルやボードゲーム系も伸びている。また後述するように、子供向けの書籍が特に人気。
- 質問:
- 現地でのプロモーション活動は。
- 答え:
- 現地の人々はとてもSNSが好きなので、SNSでの情報発信が中心。それだけでかなりの宣伝効果があり、費用対効果がよい。それ以上にコストをかけて、テレビ等でのCMや広告代理店を使ったPR活動などは行っていない。
- 質問:
- 販売までの流通経路は。
- 答え:
- ドバイには多くの企業が倉庫を持つ「倉庫街」があり、UAE紀伊國屋書店もそこに倉庫を持っている。注文状況を見て、英語の書籍は主に米国か英国の出版社から直接仕入れて、その倉庫にストック。注文を受けたら、その倉庫から配達を行う。
- 質問:
- 現地の一般的なEコマースの人気商品は。
- 答え:
- Eコマースだと、電化製品の割合が大きいのではないか。他には、アパレルやファッション用品など。ただし、コロナ禍のため、最近は総合ECサイトのほかに、Talabat、deliverooなどの食品デリバリーのサービスがとても伸びていると感じる。
- 質問:
- 他社との競合状況は。
- 答え:
- 現地にはAmazonやNoonなど大きな総合ECサイトがあるため、競合している。ただし、コロナの影響もあってそれぞれもビジネスを伸ばしていると思うが、書籍などの品ぞろえはあまりよくないため、競える余地はあると思っている。
- 質問:
- 現地の風習や嗜好(しこう)性は。日本との違いはあるか。
- 答え:
- 現地(中東)では、そもそも書店が街中にほとんどない。よって、日本のように本屋に立ち寄って、書籍を買うという習慣があまりない。欧米系の書店も、販売品の半分ほどが玩具だったりする。
- 代わりに現地では「ブックフェア」が一般的(シャルジャ・ブックフェアなど)。これは、大手業者が展示会のように一堂に会して、来場者向けに1週間ほど書籍の販売営業を行うイベント。本を買う機会の7割がブックフェアというデータもあるほどで、そのような大きな風習の違いがある。
- 他方、中東はとても家族を大事にする文化であるため、子供用の書籍が人気。児童書や絵本と、大人も教育熱心なので、大人向けのよい育児の本なども人気。書籍全体の売り上げに対する児童書の割合は、日本よりも高くなっている。リアルのUAE紀伊國屋書店では、児童書の販売促進のために、子供向けにカーペットを敷いた特設コーナーを用意している。
- 質問:
- 政府の規制面での課題は。
- 答え:
- イスラム教の文化であるため、現地で販売する書籍は、全て政府機関ナショナル・メディア・カウンシル(National Media Council;検閲局)の検閲を受ける。漫画の絵柄だけでなく、例えばトランプ前米国大統領の過激な発言や、反イスラム教的な内容など、書籍の内容も検閲を受け、通らない場合は販売できない。そのため、お客様が読みたいと思っても提供することができず、漫画の途中の巻などの場合でも、クレームを受けても販売できないことがある。
- また、政府の規制が直前でコロコロ変わるのも課題。今回のコロナ禍においても、出勤制限などの規制がいつ、どのように出されたのかがすぐに分からない。政府機関のウェブサイトにも公開されない上、問い合わせてもなかなか正確なことが分からないのが課題。
- 他方、商品が書籍であるため、輸送・物流の面では大きな問題を感じたことはない。
- 質問:
- 日系企業の中東Eコマース参入の可能性は。
- 答え:
- 今後もコロナが当面続くこともあり、引き続きEコマース市場は有望。日系企業にもさらなる参入の余地はあると思う。
- 質問:
- 今後の有望商品は。
- 答え:
- 有望商品としては、日本食のデリバリーに期待したい。富士屋など現地にも日本食をおいしくいただけるレストランはあり、食材も食品販売大手のサイトなどから注文することはできるが、デリバリーのレパートリーは少ないので、さらに拡大の余地があると思う。
日系企業の現地参入に向けた5つのヒント
前述のインタビューの内容をふまえて、日系企業が実際に中東でEコマース事業を進める上での課題や対応策を、以下のとおり5点に分けて整理した。
(1)現地特有の文化・風習の理解
扱う商品によっては、日本と中東では大きな文化・風習の違いがある。書籍の場合では、中東ではそもそも日本のように、街中の書店に立ち寄って書籍を購入する文化がないという課題があった。他方で、中東では家族や子供を大事にすることから、親や子供向けの書籍(教育書や絵本など)の販売に力を入れることで、現地の売り上げが伸びるというポジティブな効果もあった。扱う商材に応じて、現地特有の文化・風習を理解し、販売戦略にも反映させることが求められる。
(2)輸入・販売規制への対応
食品や化粧品などの人体に影響がある品目については、中東各国でも厳しい輸入・販売規制がある(例えばUAEでの食品輸入では、各首長国の食品安全局への事前登録制度など)。そのため、比較的規制が厳しくない商材を候補とすることも一案だろう。紀伊國屋書店が扱う「書籍」に関しては、当局の検閲への対応という課題はあるが、物流面においては、輸送・通関でトラブルになるなどの大きな問題はないとのことだった。
(3)競合への対応
UAEにもAmazon.aeやnoonなど、強力な大手総合サイトが存在するが、中東でのEコマースは家電製品、アパレルやファッション用品などの割合が高く、書籍の品ぞろえはそれほどよくないので、品ぞろえ次第で優位性を保つことは可能とのコメントがあった。紀伊國屋書店の場合は特に、現地の一般的な書店とは違い、日本の漫画・アニメなどのニッチな独自のコンテンツを持つという強みがある。
(4)インターネット・SNSの活用
中東でもモバイル文化が浸透しているため、インターネットの普及率は高い。そのため、日本で人気があるコンテンツ(漫画やアニメ)でも、ほとんどタイムラグなく現地で受け入れられている模様だ。また、中東でもSNS〔スナップチャット(Snapchat)の利用が非常に多い模様。ほかにはフェイスブック(Facebook)、インスタグラム(Instagram)など〕の人気は高く、利用が活発なため、SNSを用いた広告戦略を使うと、テレビコマーシャルなどでかかる高額なコストを抑えることができ、効果的とのことだった。
(5)成長の可能性がある有望分野・商品の理解
コロナ禍を通じて大きく利用も増えており、中東では今後もEコマースの成長の可能性は大きい。しかし今後は、成長する市場の中でも特にどのような分野・商品が伸びるのか、さらに深堀した分析が必要になるだろう。
前掲の記事(概観)のとおり、コロナ禍で特に最近売り上げを伸ばしている製品として、マスク、クリーニング用品、消毒液、ノートパソコン、エクササイズ・ジム用品などの高い需要は、当面は続くものと思われる。また巣ごもり需要として、家庭内で遊べるパズルやボードゲームの人気も高まっている様子だ。
平田支配人からは一案として、現地では外出規制で特に「食品デリバリー」の利用が大きく伸びていることから、それに絡めた日本食デリバリーのさらなる拡大などにも期待したいとのコメントもあった。
多くの日系企業が、このような各種の課題の理解を通じて、今後も成長が見込まれる中東Eコマース市場に、早いうちからの参入を検討することを期待したい。
企業プロフィール:UAE紀伊國屋書店
- (1) 設立年:
- 2008年
- (2) 主要商品:
- 書籍、文具、玩具等
- (3) 売上高:
- 非公開
- (4) 展開国:
- UAE国内に2店舗(ドバイ、アブダビ)
- (5) 企業リンク:
- https://uae.kinokuniya.com/
- 執筆者紹介
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ジェトロ海外調査部中東アフリカ課課長代理
米倉 大輔(よねくら だいすけ) - 2000年、ジェトロ入構。貿易開発部、経済分析部、ジェトロ盛岡、ジェトロ・リヤド事務所(サウジアラビア)等の勤務を経て、2014年7月より現職。現在は中東諸国のビジネス動向の調査・情報発信を担当。