特集:中東Eコマースのポテンシャル中東Eコマース市場の成長を支えるスタートアップ、コロナ禍、若年人口(概観)

2020年12月16日

中東Eコマース市場は急速に成長

Eコマース市場(注)は世界的に拡大を続けている。eMarketerでは、新型コロナウイルス感染拡大による外出制限などの影響もあり、2020年の世界全体の売上高は前年比16.5%増の3兆9,140億ドルと予測された。今後もほぼ10%台の成長を続け、2024年には1.6倍となる6兆2,970億ドルに達する見通しだ。

このうち、中東・アフリカ地域の市場規模は、2020年時点で416億ドル。世界全体に占める割合はわずか1.1%にとどまる。圧倒的に大きいのはアジア大洋州の2兆4,483億ドル(62.6%)で、中東・アフリカは北米、西欧、中東欧、中南米を下回る。しかし、成長率は高い。2020年は前年比19.8%の伸びとされている。中東欧の21.5%に次ぎ、他の地域を上回る(図1参照)。

A.T.カーニーの調査で、中東の湾岸協力会議(GCC)6カ国に限った成長をみると、Eコマースの市場規模は2015年に53億ドルだったのが、2020年には216億ドル。約4倍に拡大したことになる。毎年大きく伸びているが、2020年も前年比22.0%という高成長を遂げるという。国別では、サウジアラビアとアラブ首長国連邦(UAE)の2カ国が大宗を占める(図2参照)。

世界的にみると、中東のEコマース市場が占める割合はまだまだ小さい。しかしその成長は急速で、今後のビジネスのターゲットとして注目すべき地域といえる。

図1:2020年のEコマース売上高と成長率(前年比)
世界各地域でEコマースの売上高は拡大。2020年の世界全体の売上高は前年比16.5%増の3兆9,140億ドル。このうち中東・アフリカ地域のEコマース市場が占める割合は、2020年は416億ドルで、世界全体のわずか1.1%。圧倒的に大きいのはアジア大洋州の2兆4,483億ドルで、中東・アフリカは北米、西欧、中東欧、中南米を下回る規模。しかし成長率でみると、2020年は前年比19.8%の伸びとなっており、中東欧の21.5%に次いで、他の地域を上回る。

出所:eMarketer「Global Ecommerce 2020」より作成

図2:GCC諸国におけるEコマース市場規模の推移
中東・GCC(湾岸協力会議)諸国(6ヵ国)のみの成長率をみると、Eコマース市場規模は2015年の53億ドルから、2020年には216億ドルと約4倍になっている。毎年大きく伸びているが、2020年も前年比22.0%という高成長を遂げている。国別では、サウジアラビアとアラブ首長国連邦(UAE)の2カ国が太宗を占める。

注:2020年は推計値。
出所:Keaney「GCC e-commerce unleashed: a path to retail revival or a fleeting mirage?」(2020)より作成

スタートアップ、コロナ禍、若年人口が成長を下支え

各国ごとに個別の事情が異なり、さまざまな特色があるのが中東の特徴だ。しかし、成長要因の共通項を時間軸に沿って分析すると、(1)スタートアップ(過去)、(2)新型コロナウイルス禍(現在)、(3)若年人口(未来)の3期を通じた変遷が浮かび上がってくる。

(1)スタートアップ(過去):

中東でもEコマース黎明(れいめい)期には、UAEやトルコなどの国で先駆的にスタートアップがビジネスを開始し、成長の礎石を築いた。各企業が地元で拡大したローカルなネットワークに、グローバルな大手企業(ドイツのデリバリー・ヒーローなど)が目を付け、買収するという事例が見られた。他方で、イスラエルは自国市場が小さいため、地場スタートアップはむしろ世界で拡大するEコマース市場をターゲットとし、自社独自の技術を売り込むというビジネスモデルを取ってきた。

(2)コロナ禍(現在):

中東でも、新型コロナウイルスの感染拡大が収束しない。とくにイラン、トルコ、UAEなどの国々では、今なお防止策に苦しんでいる。これに対し、中東では厳格な外出制限や店舗の営業制限を課す国が多い(例えばイスラエルは、2020年9~10月のロックダウンを機にようやく感染者数の抑制に成功した)。これは、Eコマースの拡大には追い風にもなっている。

現地Eコマースで売れ行きが良い製品は、エレクトロニクスや家電製品、衣類や日用品、食品などさまざまだ。ただし、とくに最近では、新型コロナの影響を受けて、マスク、クリーニング用品、消毒液、ノートパソコン、エクササイズ・ジム用品なども売り上げを伸ばしているようだ。

(3)若年人口(未来):

中東の多くの国では、特に若年層の人口が増加している。2020年時点の中東・北アフリカ(MENA)地域の平均年齢は28.9歳だ(図3参照)。市場の拡大や労働力の増加という経済的な貢献に加えて、若者はスマートフォンやSNS・インターネットなど、Eコマースに親和性があるツールに常日頃から親しんでいる。前述のeMarketerの調査によると、中東では特に「Mコマース」〔携帯電話(モバイル)による商取引 〕の比重が大きい。Eコマース市場全体に占めるMコマースの割合は他の新興地域を上回り、アジア大洋州(78.0%)に次ぐ63.4%の高さだ。将来の中東Eコマース市場の発展に向けて、モバイルに慣れ親しむ若年層の増加は大事なポイントといえる。

図3:MENAの年齢別人口構成見込み(2020年)
2020年のMENAの年齢別人口構成の見込みをみると、平均年齢は28.9歳の若さとなる。日本の2020年の中位年齢は48.7歳(総務省統計局)であるため、これよりはるかに高い。

出所:IMF, World Economic Outlook Database, April 2019/ UN, World Prospects 2019 Revision Databaseから作成

国ごとの特色もさまざま、イスラエルは対世界に発信

前述のような共通項に加えて、国ごとに特色豊かな中東でビジネス戦略を考えるためには、各国市場の背景やその違いに目を向けることも重要だ。

UAEは、人口約1,000万人にもかかわらず、GCCではサウジアラビアに次ぐEコマース市場規模を誇る。大手小売企業もECサイトを展開しているが、特にドバイ発スタートアップの活躍が注目される。Souq.comは2019年にAmazon(アマゾン)に5億8,000万ドルで買収され、この分野で最大の成功事例となった。最近では、生鮮食品デリバリー・プラットフォームのInstaShopが、前述のドイツ大手デリバリー・ヒーローに3億6,000万ドルで買収された(当社は、elGrocerの競合企業。elGrocerについては、当特集のインタビューで取り上げた)。コロナ禍でEコマースの利用が拡大するUAEにあってAmazonに次ぐシェアを誇るEコマース企業noon.comは、感染拡大期の2020年3月下旬に世界最大の商業施設「ドバイ・モール」と提携。サイト内に「ドバイ・モール・バーチャルストア」を立ち上げ、好評を博した。

市場規模でGCC最大となるのが、サウジアラビアだ。所得の高い自国民が約6割で、若年層が多く、スマートフォンの普及率が高い。地図アプリや宅配サービスの普及もEコマースの成長に拍車をかけている。UAEとサウジアラビアの大きな違いは人口構成だ(当特集でも、インタビュー先のnoon.comから同様の指摘)。UAEは自国民が少なく、インド人やフィリピン人、欧米人などの幅広いニーズへの対応が求められる。対してサウジアラビアでは、自国民(サウジ人)中心に合わせる必要がある。

Eコマースにとって有利な「人口が多い、若年層が多い」という観点でみると、人口1億人を超えるエジプトや、約8,000万人のトルコ、イランも浮上してくる。エジプト企業(Aqarmap)のインタビューでは、これまではリアルでの売買が中心だった不動産などの分野でも、Eコマース売買が進む図式が見えてくる。コロナ禍によるオンライン検索数の増加などを受けたものと考えて良いだろう。ただし、エジプトでは、1人当たりGDPが3,044ドル(2019年、IMF)と低い。トルコの3分の1程度という水準のため、購買力という面では今後の成長が期待される。

トルコは、Eコマースに必要な若年人口、物流網、決済手段(高いクレジットカード利用率)という条件がそろい、市場が急成長した。成長の原動力には、UAEと同じくスタートアップの活躍がある。2011年に米国のeBayに2億ドルで買収されたギッティギディヨル(GittiGidiyor)が草分け的存在だ。2015年には、ドイツのデリバリー・ヒーローが出前宅配ポータルアプリのイェメッキセペティ(Yemeksepeti)を5億9,000万ドルで買収。また、2018年には中国アリババがファッション専門ECサイトのトレンドヨル(Trendyol)を7億5,000万ドルで買収するなどの事例があった。今回は主要プレイヤーの一例として、雑貨全般を扱う企業ヘプシブラダにインタビューしている。

他方、イランは事情が大きく異なる。米国のトランプ政権下で強化した対イラン制裁によって、現状では商取引決済が困難になっている。しかし、モバイルやSNSの活用、デビットカードの普及などを背景に、国内でのオンライン取引は非常に活発な様子だ。最大手企業のディジカラ(Digikala)はイラン版Amazonとしても知られ、月間利用ユーザー数は3,000万人、家電・電子機器から日用品までをそろえた取扱品目数は300万点に上る。ほかにも、独自の効率的なプライシング・システムを活用するザンビル(Zanbil)など、多くの特徴的なECサイトが存在する。国内のオンラインストアの総数は3万以上に達するという。

最後にイスラエルでは、Eコマース関連スタートアップが全く異なるビジネスモデルを志向する。人口わずか900万人と国内市場が小さく、地場に総合的に商品を扱うECプラットフォーマーが存在しないことから、現地企業は世界各地に向けてEコマースのソリューションや技術を販売している。本特集では、マーケティング・ソリューションを提供するヨットポと、決裁不正防止の技術を提供するリスキファイドの2社に話を聞いている。

UAE、サウジアラビア、トルコが最初の販売ターゲットに

こうした地域の共通性や国ごとの特色を踏まえると、日本企業の参入ポイントはどのように考えられるだろうか。

国ごとの市場性を踏まえると、Eコマースを通じた製品販売先は、短期的にはUAE、サウジアラビア、トルコが最初の候補となるだろう。イランは制裁の問題があり、イスラエルは対外発信が主となる。エジプトの人口規模は魅力だが、所得面ではさらなる成長が望まれる。上記の3カ国は市場規模に加え、すでに市場が成熟し、有力なECサイトが活躍している。そのため、アプローチをかけやすいだろう。

日本の製品に対しても、今回のインタビュー先の企業の一部は「高品質、高技術、高い信頼性」などの良いイメージを持ち、取り扱いにも前向きな姿勢を見せていた。特に、エレクトロニクス、美容製品(化粧品)、ホーム&キッチン用品などにニーズがありそうだ。こうした有力Eコマース企業と良好な関係を構築し、現地でのテスト販売から開始するなどの取り組みが考えられよう。

他方で、実際にビジネスを進めていく上では、さまざまな課題への対処も求められる。中東市場にはすでに欧米や中韓など、世界中の有力企業が参入している。競合関係は激しい。アジアのようには日本製品がなじんでいない中で、ブランドを新しく確立するためには、宣伝などに相応の時間や投資も必要だ。また中東では、所得が高い国でも価格には厳しい一面がある。そのため、コスト面での努力も必要だ。さらに、食品や化粧品など人体に影響がある品目を中心に、現地への商品の輸送・通関という課題もある。

こうした課題があるにせよ、若年層の増加や今後も高成長を見込める中東Eコマース市場は魅力だ。各国の市場の特性を分析し、早いうちから参入を検討してはどうだろうか。


注:
元データでは「retail ecommerce」と定義される。すなわち、BtoBを含まない小売Eコマース市場が対象になる。ただし、文中では特段記載のない限り、「Eコマース市場」と表記した。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部中東アフリカ課課長代理
米倉 大輔(よねくら だいすけ)
2000年、ジェトロ入構。貿易開発部、経済分析部、ジェトロ盛岡、ジェトロ・リヤド事務所(サウジアラビア)等の勤務を経て、2014年7月より現職。現在は中東諸国のビジネス動向の調査・情報発信を担当。