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特集:アジア大洋州における米中貿易摩擦の影響米中貿易摩擦の長期化に対する懸念の声が高まる(タイ)

2019年2月22日

米中貿易摩擦は、現時点でタイ経済に大きな影響を与えていない。対米輸出をしている企業を中心に、中国からタイへ生産移管する動きがみられることから、タイ経済にとっては決して悪影響だけとは限らない。一方で、タイ有識者の間では、米中貿易摩擦の長期化は、世界経済の停滞を通じて、タイ経済に悪影響を与えることを懸念している。

現状で在タイ日系企業への影響は限定的

ジェトロの「アジア・オセアニア進出日系企業実態調査」(以下、日系企業調査)によれば、在タイ日系企業において米中貿易摩擦の影響について(複数回答)、「事業へのマイナスの影響がある」と回答した割合は16.9%、「事業へのプラスの影響がある」と回答した割合は10.0%であった(図1参照)。また、「影響はない」と回答した割合は33.3%、「分からない」との回答も43.5%あり、現時点でみると、在タイ日系企業への影響は限定的と言える。

図1:保護主義的な動きによる事業への影響の有無(タイ全体)
「分からない」が43.5%で最多。次いで「影響はない」が33.3%、「マイナスの影響がある」が16.9%、「プラスの影響がある」が10.0%の順。

注1:母数は、有効回答数。
注2:企業によって、サプライチェーン上、「プラス」「マイナス」の影響が考えられるために、「複数回答」としている。
出所:「アジア・オセアニア進出日系企業実態調査」(ジェトロ)

「マイナスの影響がある」と回答した企業のうち、影響のおよぶ主な対象として(複数回答)、「海外売り上げの減少」と「調達・輸入コストの増加」を挙げた企業の割合が37.6%と最も多く、続いて「国内売り上げの減少」が36.6%となった(図2参照)。一方、「プラスの影響がある」と回答した企業においては、「国内売り上げの増加」を挙げた企業の割合が48.2%と最も多く、続いて「海外売り上げの増加」が39.3%、「調達・輸入コストの減少」が16.1%となった(図3参照)。

図2:マイナス影響の及ぶ主な対象(タイ全体)
「調達・輸入コスト」、「海外売上(輸出での売上げ)」が37.6%で最多。次いで「国内売上(現地市場での売上)」が36.6%と続く。

注1:海外売り上げは、輸出での売り上げ。
注2:国内売り上げは、現地市場での売り上げ。
注3:母数は、有効回答数。
出所:「アジア・オセアニア進出日系企業実態調査」(ジェトロ)

図3:プラス影響の及ぶ主な対象(タイ全体)
「国内売上(現地市場での売上)」が48.2%で最多。次いで「海外売上(輸出での売上)」が39.3%、「調達・輸入コスト」が16.1%と続く。

注1:国内売り上げは、現地市場での売り上げ。
注2:海外売り上げは、輸出での売り上げ。
注3:母数は、有効回答数。
出所:「アジア・オセアニア進出日系企業実態調査」(ジェトロ)

影響を受ける具体的な政策について(複数回答)は、「米国の対中制裁措置(通商法301条)」を挙げた企業の割合が52.4%と最も多く、次いで「米国の自動車・自動車部品の輸入安全保障調査(通商拡大法232 条)」が37.1%となり、自動車関連の企業が集積するタイでは、米国の自動車関連の措置に懸念を示す企業が多いことが判明した。

好調な日系自動車企業への影響はまだ顕在化せず

日系企業調査では米国による自動車関連措置に対する懸念を示す企業が多かったものの、ジェトロ・バンコク事務所が行ったヒアリング調査では、まだその悪影響が顕在化しておらず、ある日系企業からは「タイ国内自動車販売は好調であり、(自動車向け)原料・部品販売も同様に好調だ」との声が聞かれた。また、タイ工業連盟(FTI)自動車部会によれば、2018年のタイの完成車輸出台数は、前年と比べて微減となるものの、国内の月間自動車販売台数はおおむね前年比20%増で推移しており、2018年の自動車生産台数は210万台(前年比5.6%増)を超える見通しにとなっている。また、中央銀行であるタイ銀行(以下、タイ中銀)が毎月末に公表している「経済分析レポート」においても、2018年10月の自動車産業の設備稼働率は91.6%とフル稼働に近い状態が見てとれる。好調な国内自動車販売が背景にあることから、今のところ米中貿易摩擦を懸念している企業は一部に限られているようだ。

中国からの生産移管が増加

タイ経済の牽引役である輸出は、現時点では大きな影響を受けていない。2018年9月に前年同月比9.2%減と大幅に減少したことから、注目を集めていた10月の貿易統計だったが、結果的には輸出が8.7%増と2か月ぶりに増加に転じた。国・地域別でみても、10月の中国向けは3.0%増、米国向けは7.2%増と増加しており、中国向けの伸びは鈍化しているものの、貿易摩擦の輸出面への影響は限定的だったと言える。

貿易面での悪影響が顕在化しない一方で、対内直接投資の面では、プラスとなる動きも出てきている。現地報道などによると、一部の日系企業や米国、台湾企業では、対米向け製品の生産拠点を中国からタイへ移管を検討し始めている(表参照)。

表:中国からタイへの生産移管を検討している企業
企業名 製品
パナソニック カーオーディオなど
ダイキン工業 コンプレッサー
富士通ゼネラル エアコン
デルタ電子 アップル向け電源装置
ハーレーダビットソン バイク
メリー電子 Bose向けヘッドフォーン
出所:
タイ国家経済社会開発庁(NESDB)、各種報道

ジェトロ・バンコク事務所が別途実施したヒアリング調査により、タイへの生産移管を検討している中国企業が多いことも明らかになった。タイ東部の工業団地では、2018年後半以降、中国から米国向けに自転車や家具といった消費財を輸出している中国企業からの問い合わせが急増している模様だ。そのほか、大手パソコンメーカーのOEM(相手先ブランドによる生産)を行っている台湾企業が生産の一部をタイに移管する動きも見られている。

これらの中国からの生産移管の動きについて、タイ開発研究所(TDRI)のキリダ・バオピチトル氏は、現地紙におけるコラムの中で「タイの対内直接投資は、2019年に加速する可能性がある。地政学的なリスクや米中貿易摩擦の影響により、中国企業や既に中国に進出している多国籍企業の一部は、タイを含む東南アジアへの生産移管に大きな関心を示している」と述べており、中国を輸出拠点とする企業が生産移管を検討する際に、タイが有力な候補地の1つになっていると言える。また、現時点で関税が引き上げられていない消費財を生産している中国企業においても、生産移管を検討する動きが既に始まっており、今後それらが実行されれば、タイ経済にとってプラスだ。

米中貿易摩擦の長期化はタイ経済にも悪影響

米中貿易摩擦がタイ経済に好影響を与える動きも見られる一方、タイ国内の有識者の間では、米中貿易摩擦の長期化は好調なタイ経済を下押しするといった見方が大勢を占めている。カシコン銀行研究所のシワット・ランソンブーン氏は「世界的な貿易摩擦は、タイの輸出にとって大きな変動要因になっている。2019年の輸出の伸びは前年比4.5%増と、2018年(7.7%増)から鈍化する見通しだ。(2018年11~12月のG20サミット以降行われている)米中の協議は、期限である90日以内に合意に至らない可能性もあり、国際的な貿易環境の重しとなると思われる。その場合、タイの貿易額は31億ドル減少すると見込まれる。」と述べている。また、タイ船荷協会のガンヤパッド・タンティピパトポン会長は「(タイ船荷協会の)会員企業は、米中といった大国間の不透明な通商政策に大きな懸念を抱いている。米中の貿易摩擦は全世界のサプライチェーンに悪影響を与えており、世界の製造業のハブとなっているタイは、その影響を免れることができない」と述べ、2018年は前年比8%とした輸出の増加率見通しを、2019年は前年比5%とした。また、タイ中銀が2018年11月に開催した金融政策を決定する金融政策委員会の声明文の中でも、「貿易の保護主義的な動きが強まり、想定よりも早く進展すると、国際的な貿易・投資への圧力になり、タイの輸出に直接的かつ間接的な悪影響を与える」と表明しており、米中貿易摩擦の影響を引き続き注視する姿勢を示した。今後、米中貿易摩擦の長期化により、世界経済の減速感が強まれば、輸出依存度の高いタイ経済とってその影響は大きく、好調な内需を下押しする可能性を懸念する声が徐々に高まっている。

執筆者紹介
ジェトロ・バンコク事務所
阿部 桂三(あべ かつみ)
2016年より、ジェトロ・バンコク事務所勤務。

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