特集:アジア大洋州における米中貿易摩擦の影響在ミャンマー日系企業への影響は限定的
米中貿易摩擦の影響

2019年2月22日

米国のトランプ政権が1974年通商法301条に基づく対中関税賦課を開始し、中国もそれに呼応するように対抗措置をとり、米中貿易摩擦の様相を呈してから約半年が経過している。今回、ジェトロの「2018年度アジア・オセアニア進出日系企業実態調査」(以下、日系企業調査)や回答企業へのヒアリングなどを通じて、一連の措置が与える影響について調べた。

日系企業への影響はASEAN平均を下回る水準

今回の調査において、回答のあったミャンマーの日系企業111社のうち、「マイナスの影響がある」と回答した企業は17社(15.3%)、「プラスの影響がある」と回答した企業が1社(0.9%)であり、いずれもASEAN平均を下回る水準となっている。回答の大半は「影響はない」36社(32.4%)、「分からない」57社(51.4%)であり、ほとんどの企業にとって影響は限定的である(図1参照)。

図1:保護主義的な動きによる事業への影響の有無(n=111/複数回答)
「分からない」が51.4%で最多。次いで「影響がない」が32.4%、「マイナスの影響がある」が15.3%、「プラスの影響がある」が0.9%の順。

注1:母数は、有効回答数。
注2:企業によって、サプライチェーン上、「プラス」「マイナス」の影響が考えられるために、「複数回答」としている。
出所:「アジア・オセアニア進出日系企業実態調査」(ジェトロ)

日系企業調査によれば、ミャンマー進出日系企業の輸出比率は14.9%と、ASEAN各国の中で最低であった。また、「輸出比率0%」の企業が72.6%を占め、ASEAN各国の中で最大となるなど、もともと輸出企業の割合が極端に少ない。

また、ミャンマーの貿易構造を見ると、中国は輸出入ともに最大の貿易相手国だが、輸出品目の大半は沖合で産出される天然ガスである。一方、米国向け輸出については、輸出額全体の2.0%(2017年)を占めるにとどまり、輸出品目の大半は縫製品である。こうした一連の背景から、中国および米国での関税引き上げに伴って影響を受ける企業の割合が少ない、と言うことができる。

マイナスの影響をもたらすのは為替相場の下落

「マイナスの影響がある」と回答した企業のうち、「国内売り上げ」と「調達・輸入コスト」を挙げた企業の割合が最も多く、それぞれ47.1%であった。「生産コスト」を挙げた企業の割合も11.8%で、これらの数字はASEAN平均を上回っている。一方、「海外売り上げ」を挙げた企業の割合は29.4%で、ASEAN平均を下回っている(図2参照)。輸出に従事している企業が少ないという実態が、こうしたデータからも読み取れる。

図2:マイナスの影響が及ぶ主な対象(n=17/複数回答)
「調達・輸入コスト」と「国内売上(現地市場での売上)」がともに47.1%で最多。次いで「海外売上(輸出での売上)」が29.4%と続く。

注1:国内売り上げは、現地市場での売り上げ。
注2:海外売り上げは、輸出での売り上げ。
注3:母数は、有効回答数。
出所:「アジア・オセアニア進出日系企業実態調査」(ジェトロ)

「国内売り上げ」や「調達・輸入コスト」にマイナスの影響が出ると回答した企業に対し、ジェトロ・ヤンゴン事務所がヒアリングしたところ、機械、自動車部品等の製造業、建設、人材等のサービス業に共通して、「為替の下落」をその要因として挙げた。ミャンマーの自国通貨であるチャットは、2018年5月ごろまで1ドル=1,350チャット前後で推移していたが、それ以降急激に下落し、12月には一時1ドル=1,600チャットを下回った。約半年間で2割ほど下落しており、この下落幅はASEAN域内で最大水準となっている。前述のとおり、ミャンマーの進出日系企業の大半が輸入販売に従事しているため、為替の下落は、国内企業の景況悪化に伴う売り上げ減少や、原材料等の調達・輸入コストの増加を招く。

貿易面の実需のみ考えれば、米中貿易摩擦に関わる一連の措置がミャンマーに及ぼす影響は限定的であるが、為替相場がそれ以上に反応しているため、間接的な影響を受ける日系企業が増えている。為替の下落にはさまざまな要因があるが、ある金融関係者によると、ミャンマー・チャットと中国・人民元の相関性が強いと考えられ、実際に米中貿易摩擦の先行き不透明感が懸念され始めた2018年5月以降、対ドルで人民元が下落しているのに歩調を合わせて、チャットも急落している。

為替の下落という、企業レベルでは対策が難しい要因が影響しているため、具体的な対応策については、「何も変更しない」(56.3%)や「分からない」(37.5%)といった回答が多くなった(図3参照)。

図3:具体的にどのような対応策を講じるのか(n=16/複数回答)
「何も変更しない」が56.3%で最多。次いで「分からない」が37.5%と続く。

注1:生産拠点の変更には一部変更を含む。
注2:母数は、有効回答数。
出所:「アジア・オセアニア進出日系企業実態調査」(ジェトロ)

「チャイナプラス1」で中長期的にはプラスの影響も

「プラスの影響がある」と回答した企業は1社のみであり、個別事情によるところが多いため、全体の傾向として分析することは困難である。同回答企業はジェトロのヒアリングに対し、一連の措置に端を発した影響として、中国からミャンマーに移管させた中国企業からの引き合いが増え、ミャンマー国内の売り上げが増加したと回答した。

ミャンマーは中国と国境を接しており、「チャイナプラス1」の候補先として捉えられることがある。今回の調査ではそこまで有意な結果は得られなかったものの、今後、米中間の対立が長期化すれば、中国からミャンマーに拠点を移す企業も増加すると考えられ、こうした商機を捉えることに成功した進出日系企業の売り上げ増加に、寄与していくものと予想される。

執筆者紹介
ジェトロ・ヤンゴン事務所
下田 聡(しもだ さとし)
2008年経済産業省入省。2016年よりジェトロ・ヤンゴン事務所勤務(出向)