特集:号砲!中南米のスタートアップ急増するベンチャーキャピタル投資
中南米のスタートアップの概要(1)

2019年2月19日

2017年、2018年は、スタートアップ企業のEXIT(イグジット)事例が、中南米、特に南米諸国で続出した年であった。2017年は投資金額、件数ともに史上最高を記録したが、2018年はそれをさらに超える勢いだ。分野としては、マーケットプレイスやロジスティックス、フィンテックなどが投資家の資金を集めることに成功している。マーケットプレイスやロジスティックス分野は他の地域でも成功しているモデルだが、フィンテックなどは他の地域と異なり、低所得者層の包摂に特化した「金融インクルージョン」的なモデルが目立つ。

2017年以降に急増、アジアのファンドも参入

中南米におけるベンチャーキャピタル(VC)投資は2011年以降、右肩上がりで増加してきた。金額ベースでは2016年にいったん踊り場を迎えたが、各国の通貨下落に伴うドル投資のメリット増加もあり、落ち込みは限定的だった。非営利団体で中南米の投資状況をまとめているラテンアメリカ・プライベートエクイティ&ベンチャーキャピタル協会(Latin American Private Equity and Venture Capital Association、以下LAVCA)は、中南米地域でドル建てファンドが2015年に全体の調達額の58%を占めたことを例に出し、各国における通貨切り下げに伴うドル建て投資のメリット増加を指摘している。2016年には投資額が落ち込みをみせたが、このドル建て投資のアベイラビリティー(利用できること)と同地域の地域特性・ポテンシャルが下支えしたともいえる。

2016年にいったん落ち込んだベンチャー・キャピタルのスタートアップ投資だが、翌2017年には急回復をみせる。同年、投資金額、件数ともLAVCAが統計をとり始めてから最高となり、年間合計で11億4,000万ドル、件数で249件に達した。

そして、2018年の上半期はその2017年をしのぐ勢いで、ベンチャー企業や新しいビジネスモデルを展開するスタートアップ企業に資金が流れた(図1参照)。

図1:中南米のスタートアップに対する
ベンチャーキャピタル投資額および件数
投資金額は2011年1億4,300万ドル、2012年は3億7,100万ドル、2013年は4億2,500万ドル、2014年は5億2,600万ドル、2015年は5億9,400万ドル、2016年は5億ドル、2017年は11億4,100万ドル、2018年上半期は7億8,000万ドル。投資件数は2011年69件、2012年は111件、2013年は119件、2014年は186件、2015年は182件、2016年は197件、2017年は249件、2018年上半期は145件となっている。

出所:LAVCAデータに基づき作成

LAVCAが2018年11月12日に発表した資料「Latin America STARTUP HEATMAP」によれば、2018年前半の同地域のスタートアップへのベンチャーキャピタル投資は7億8,000万ドルとなり、件数は145件に上った。年間で過去最高となった2017年の上半期実績(4億7,600万ドル、90件)を上回るペースだ。2018年には、表1のとおり、ユニコーン企業(未上場ながら企業評価額10億ドル以上の企業)が次々と上場を果たしたり、他国の同業大手に買収されたりするなど、EXITに関してそれまでにない活発な動きがみられた。この動きは、2018年後半に、後述する中国企業の投資によってさらに加速しており、報道されたEXIT案件の大きさを踏まえると、2018年における投資額が2017年を超えるのはほぼ確実な状況となっている。

これらの動きの背景には当然、2018年前半まで続いていた世界的な「ゴルディロックス(適温)相場」による金融・証券業界における安定とIPO(新規株式公開)への追い風もあるだろうが、新たな投資家の参入も大きい。中国や日本、南アフリカ共和国などの投資家の積極姿勢は2017年以降、特筆される。例えば、ライドシェア大手の中国の滴滴出行(ディーディーチューシン)がブラジルの同業大手の99に2017年に出資(金額は不明)、そして日本のソフトバンクグループも同社に1億ドル出資し、最終的に99は滴滴出行に買収された。ソフトバンクの「ビジョンファンド」はさらに2018年10月に同じロジスティクス(物流)部門であるブラジルのロッジ(Loggi、荷主と配達人のマッチングアプリ)に1億ドル出資したことが報道されるなど、注目を集めた。また、2018年10月には中国のテンセントがブラジルのフィンテック企業の代表格であるヌーバンクに1億8,000万ドルを投資し、南アのナスパース(Naspers)などがブラジルのモバイルプラットフォームで飲食宅配のアイフージ(iFood)を抱えるモビレ(Movile)に5億ドルの資金を投じたことも報道された。

表:中南米における主なユニコーン企業のEXITないし資金調達事例
国名 企業名 時期 内容
ブラジル 99 2018年1月 ライドシェア大手の99に対し、滴滴出行が買収
ブラジル PagSeguro 2018年1月 様々な決済手段を提供し、ブラジルにおける決済プラットフォーム企業であるパグセグーロは、ニューヨーク証券取引所に上場
ブラジル Nubank 2018年3月 銀行口座を持てない低所得者向けにクレジット手段を与えるネット銀行であるヌーバンクは4億ドル以上の資金調達に成功し、ラテンアメリカで3番目のユニコーン企業に。その後、中国・テンセントなどからも1億8,000万ドル調達し、バリュエーションは40億ドルに達する
コロンビア Rappi 2018年1月、8月 食事の出前、スーパーの買い物代行などラストワンマイルのデリバリーサービスを行っているラピが2018年に2度の資金調達を行った結果、同国初のユニコーン企業に
ブラジル Arco Platform 2018年10月 全国1,140の私立学校に対する教育支援プラットフォームサービスを提供するアルコプラットフォームがナスダック市場に上場
ブラジル Stone Pagamentos 2018年10月 オンラインショップ企業でクレジットカードやデビットカード処理を可能にするサービスを提供するストーンパガメントスがナスダック市場に上場
出所:
報道や各社ホームページなどを基に作成

ちなみに、2017年の11億4,000万ドルという金額は1ドル=110円換算で1,254億円、日本のスタートアップ資金調達額2,921億円(注1)と比べると、43%相当ということになる。2018年前半における日本のスタートアップ資金調達額(1,732億円)との比較では、約半分(49%、7億8,000万ドル)相当の規模ということになる。

ビジネスモデルの要因に社会格差の存在やライフスタイルの変化

なお、2017年から2018年前半にかけての18カ月において、活発な活動を見せたセクターをみると、件数ではフィンテック、マーケットプレイス、ロジスティクスが上位となっている。フィンテックは94件、5億4,000万ドルとなっており首位。続く2位のマーケットプレイスは27件、3億400万ドル、3位のロジスティクス・運輸部門は12件、3億9,800万ドルとなった。国別でみると、ブラジルが同期間に201件、14億ドルで、メキシコ82件、1億5,400万ドル、アルゼンチン27件、1億1,100万ドル、コロンビア23件、1億8,800万ドルなどとなり、ブラジルが金額では全体の約7割を占める状況になっている。

2018年に上場、ないし大規模な資金調達に成功したスタートアップに共通するのは、各国における社会の変容や課題に、当該ビジネスモデルがうまく応えているということだ。コロンビアでは、宅配アプリのラピ(Rappi)が都市部在住者の繁忙度増加と自由時間確保重視という価値観の変化を捉えた。コロンビア通信規制委員会(CRC)が2016年7~8月に実施した調査では、EC(電子商取引)を利用する動機として「時間節約になる」と回答した割合が5割近くに達している(2017年10月19日付ビジネス短信参照)。2015年に創業したラピは、既にアルゼンチン、ブラジル、ウルグアイ、チリ、メキシコ、ペルーでもサービスを開始。コロンビアではカルージャ(Carulla)やエグジト(Exito)、チリではジュンボ(Jumbo)など、各国の大手スーパーや有力小売りチェーンと提携してセール販売を行ったり、レストランメニューの宅配をしたりしている。同社サイトでは、1時間以内の配達をアピールしている。

ブラジルのフィンテック事例については、ジェトロが2018年11月に調査した「ブラジル・サンパウロにおけるスタートアップ・エコシステム調査」で詳述しているが、銀行審査が通らず、銀行口座をつくれない層に対し、クレジットスコア以外の審査項目も含めた審査で、ネットバンキングを利用できるようにしたヌーバンクが、金融包摂(インクルージョン)的ビジネスの代表格だ。同社のウェブページには、「世界一高い金利かつ、ひどいブラジルの銀行サービスの問題に対し、われわれが技術とデザインで解決できることを知っている」旨が記されている。ちなみに、世界銀行データによると、ブラジルにおける2017年時点の銀行口座の保有率(15歳以上)は70%(日本は98.2%)。収入ベースで上位6割の保有率が79%であるのに対し、残り4割の層の保有割合は56.6%と低い。クレジットカードの保有率については、27%(日本68.4%)となっている。口座を持っていない理由として、ファイナンスサービスコストが高いからと回答した割合は20.4%、距離的に遠いからと回答した割合は11.5%となっている。

なお、銀行口座やクレジットカード保有割合は、実はブラジルよりメキシコやコロンビアがいずれも低い(2018年12月28日付地域・分析レポート参照)。つまり、ブラジルの金融包摂の状況は、中南米における人口上位3カ国の中では実は優れている方だ。ブラジルでフィンテックのユニコーンがEXITに成功したが、今後はこうした資金調達に成功したベンチャーが、他の国に展開するのか、あるいは各国ごとのフィンテック企業のすみ分けができるのかに注目したいところだ。


注1:
アントレペディア外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます調べ(2019年1月4日アクセス)
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部 主幹(中南米)
竹下 幸治郎(たけした こうじろう)
1992年、ジェトロ入構。ジェトロ・サンパウロ事務所(調査担当)(1998~2003年)、海外調査部 中南米チーム・チームリーダー代理(2003~2004年)、ジェトロ・サンティアゴ事務所長(2008~2012年)、その後、企画部事業推進主幹(中南米)、中南米課長、米州課長等を経て現職。