経済特区「D-Hub」、企業誘致と市場参入支援(インドネシア)

2026年11月5日

ジャカルタ近郊の大規模計画都市BSD Cityで、経済特区「バンテン国際教育・技術・医療特別経済区(以下D-Hub)」の整備が進んでいる。D-Hubは、医療、教育、デジタル、クリエイティブ産業を重点分野に掲げる経済特区だ。特に医療分野では、外国人医師が診療できるクリニックを開設したほか、医療専用ビルの建設を進めるなど、海外の医療事業者の誘致を目指す。本稿では、D-Hubの開発・運営会社と同じシナルマスランドグループ傘下のコーポレート・ベンチャー・キャピタル(CVC)であるリビング・ラボ・ベンチャーズ(LLV)の、バユ・セト・パートナーへのインタビュー(2026年7月17日)を基に、D-Hubの制度や特徴、日系企業への期待を紹介する。


バユ・セト・パートナー(リビング・ラボ・ベンチャーズ提供)
質問:
D-Hubとは、どのような経済特区か。
答え:
D-Hubは、インドネシア政府が指定する経済特区の1つだ(注1)。2024年10月に政府規則第38号に基づき指定された。ジャカルタ南西部に位置し、スカルノ・ハッタ国際空港から30~45分ほどの距離にある、地場財閥グループのシナルマスランドが開発する大規模都市BSD City(注2)の一角に位置する。

経済特区「D-Hub」(同社提供)
質問:
D-Hubの開発・運営主体は。LLVはどのように関与しているか。
答え:
開発・運営は、シナルマス・グループのスルヤ・インテル・ウィセサが担っている。LLVは、同じくシナルマスランドグループのCVCだ。当社は4つのファンドを運営しており、日本企業向けには日本発祥VCのスパイラル・ベンチャーズと共同で、日本・東南アジア向けのクロスボーダー投資ファンド「ジャパン・テーマファンド」を運営する。業種は限定せず、日本ですでに事業の収益化を実現し、インドネシア展開に関心がある企業を投資対象としている。
また、LLVは海外企業がBSD CityやD-Hubで事業を始める際に、投資や市場参入に関する助言、グループ企業との引き合わせなどを通じて支援している。
質問:
D-Hubの開発において、重点的に取り組んでいる分野は何か。
答え:
ヘルスケア分野を重視して開発を進めている。インドネシアでは医療費が年々増えている一方、病床数や医師数が不足している。医師数は人口1,000人当たり約0.5人(2023年)と、隣国マレーシア(約2.3人)を大きく下回る。
国内の医療体制は需要に十分に追い付いておらず、多くの国民がシンガポールやマレーシアなど近隣国で治療を受けている。こうした状況を踏まえ、国際水準の医療サービスを国内で受けられるよう、医療関連の施設整備を進めている。
具体的には、医療・研究向けの施設「バイオメディカル・キャンパス」がすでに稼働している。同施設は、オフィス用の「ナレッジ・タワー」と、クリニック用の「サイエンス・タワー」の2棟から成る。さらに、医療事業者向け専用ビル「メディカル・スイーツ」が2026年第4四半期の稼働を予定している。
質問:
外国の医療事業者向け施設「ライフリンク・クリニック」の概要は。
答え:
サイエンス・タワーの2階に、外国の医療事業者向けの共用型(コワーキング)クリニック「ライフリンク・クリニック」を設置している。インドネシアでは外国人医師が診療できる場所が限られており(注3)、自ら診療を始めるには、一般に現地法人の設立や診療所の許認可取得が必要になる。ライフリンクは経済特区内の診療所として正式な許認可を取得済みで、外国人医師は、現地法人の設立や初期の設備投資を行うことなく、最長1年間診療を行うことができる。インドネシアでの事業を検討する外国の医療事業者にとって、市場参入の第一歩として利用できる施設だ。

ライフリンククリニック待合室(同社提供)
ライフリンクは、入居する外国医療事業者に対して、(1)診察室、(2)診察に必要な基本的な医療機器、(3)待合室、薬局、医療記録ソフトウエアなどの共用設備、(4)総合診療医、看護師、事務担当者各1人の現地スタッフ、を提供する。
利用を希望する事業者は、会社概要、本国での会社設立証書、医療従事者の資格証明や実績、輸入予定の医薬品・医療機器の詳細などを提出する。これを基に、インドネシアで医療従事許可を取得できるかが審査される。審査段階では、情報管理と商業条件の大枠を定めるため、秘密保持契約と基本合意書を結ぶ。許可を取得した後、協力契約を締結し、診療を始める流れだ。
質問:
2026年度第4四半期に稼働予定の「メディカル・スイーツ」の特徴は。
答え:
医療事業への新規参入や事業拡大を目指す企業向けに建設した6階建ての医療専用ビルだ。入居企業は自社の設備やサービスを活用し、診療から研究、検査まで幅広い事業を展開できる。
病原体を扱う施設の安全基準であるバイオセーフティーレベル2(BSL-2)に準拠しているほか、大型の医療機器を設置できる天井高と床荷重(地上階で1平方メートル当たり1,000キロ、そのほかの階で同500キロ)を備えている。

メディカル・スイーツの完成予想図(同社提供)
質問:
D-Hubに入居する企業には、どのようなメリットがあるのか。
答え:
まず、経済特区であるD-Hubでは、法人所得税の減免、付加価値税(VAT)や奢侈(しゃし)品税(ぜいたく品税)の不徴収・免除、関税・輸入諸税の優遇などの財政的優遇措置を受けることができる(注4)。これは、2021年政府規則第40号に基づき、経済特区の開発・管理を行う事業体や経済特区内で事業活動を行う企業を対象としたものだ。また、非財政的なインセンティブとして、D-Hub区域内で事業活動を行う企業には、輸入規制の緩和や建設権(HGB、最長80年)の付与もある。
さらに、経済特区内企業はD-Hubによる許認可のワンストップサービスを利用できる。専任担当者を通じて建築許可および環境許可を取得することができ、迅速な承認手続きが実現可能だ。また、必要に応じて、D-Hubの担当者が政府との調整を支援する。
質問:
今後の展望と、日本企業への期待は。
答え:
D-Hubでは今後も、医療、教育、デジタル、クリエイティブ産業の各分野で、国際水準の技術やサービスを呼び込んでいきたい。D-Hubは参入障壁が比較的低く、新しい技術を導入しやすい環境が整っている。日本企業には、高度な医療技術をはじめとする先端的な技術やサービスをインドネシア市場に持ち込み、事業基盤を築く足掛かりとして活用してもらいたい。
LLVとしても、日本企業のインドネシア進出を引き続き支援していく。出資にとどまらず、市場調査や法規制の理解、市場参入戦略の策定まで幅広く支援するほか、BSD Cityを、実際の環境で実証実験(PoC)を行う場として提供している。シナルマスランドの各事業部門と投資先企業を引き合わせるビジネスマッチングのイベントも開催し、企業が協業相手を見つけ、グループ全体の中で事業機会を探れるようにしている。
こうした支援を通じて、日本企業の現地での事業拡大や雇用創出、技術移転を後押しし、日本とインドネシアの協力関係と長期的な経済関係をさらに強めていきたい。

注1:
インドネシアの経済特区は25カ所(2025年12月時点)。経済特区国家評議会は、D-Hubで今後20年間に18兆8,000億ルピア(約1,700億円、1ルピア=約0.009円)の投資と、1万3,446人の雇用創出を見込む。 本文に戻る
注2:
BSD Cityは、シナルマスランドがバンテン州タンゲラン県で手掛ける大規模計画都市開発で、人口は約50万人。スカルノ・ハッタ国際空港から車で30~45分の距離にある。大学や、ユニリーバ・インドネシア、トラベロカ本社などのオフィス、イオンモールなどの商業施設が集積する。 本文に戻る
注3:
インドネシアでは2023年保健法で外国人医師の診療に道が開かれたが、保健省は、診療の場を原則として経済特区内の医療機関などに限り、資格審査などを経た診療許可の取得を求めている(2024年7月)。 本文に戻る
注4:
優遇措置を受けるには、原則としてインドネシア国内法人の納税者であることなどの要件がある。詳細はジェトロ「外資に関する奨励(インドネシア)」を参照。 本文に戻る
執筆者紹介
ジェトロ・ジャカルタ事務所
松本 優希(まつもと ゆき)
2023年、ジェトロ入構。2026年1月よりジェトロ・ジャカルタ事務所にてスタートアップ担当を務める。日系スタートアップのインドネシア進出支援、インドネシア企業の日本進出支援、双方のオープンイノベーション事例創出などに従事。