カナダ政府2025年予算実施法成立と製造業環境
企業投資促進策を軸に

2026年6月3日

カナダ連邦議会は2026年3月、2025年11月成立の連邦予算「カナダ・ストロング(Canada Strong、2025年11月14日付ビジネス短信参照)」の実施にかかる包括的な法案となる「2025年度予算執行法」[Budget 2025 Implementation Act, 2025, No.1(C‑15法)]を可決・成立させた。同法は、世界的なサプライチェーンの再編、脱炭素の進展、地政学リスクの高まりといった国際環境の変化を背景に、国内製造業の競争力強化を重要な政策課題として位置付けている。

C-15法では、設備投資の前倒し促進、生産性向上、研究開発(R&D)の強化、クリーン経済基盤の整備を柱として、税制を中心とする多層的な投資支援策が講じられている点が特徴だ。これらの政策は、カナダ国内の製造・加工拠点の新設・拡張や高度化を促し、北米域内での投資先としての競争力を維持・強化することを目的としている。本稿では、同法における製造業に関連する施策について紹介する。

減速するカナダ経済と生産性

カナダ経済は減速傾向にある。カナダ政府は2025年通年のGDP成長率を1.7%と発表した。これはマイナス成長だった2020年以来の低水準だ(2026年3月9日付ビジネス短信参照)。

また、カナダの労働生産性の年間平均成長率は1960年代と1970年代に約3%だったが、2000年から2019年の間に1%台にまで落ち込み、2020年から2023年は0.5%を下回った(図1)。

図1:カナダの労働生産性
1971年時点ではカナダが毎時32.77ドル、米国が37.77ドル、その他のG7が28.25ドルであったところ、その他のG7らが1979年にカナダを上回って以来カナダはG7の平均を超えられず、現在はカナダが58.86ドル毎時、米国が83.62ドル毎時、その他のG7平均が71.61ドル毎時と、差が広がり続けている。

出所:カナダ中銀からジェトロ作成

また、G7諸国内で見ても、カナダの1時間当たりの実質GDP生産性は、米国および米加を除く他のG7諸国と比べて低い(図2)。

図2:1時間当たりの実質GDP生産性
1962~1979年までは3.07%であったが、1980~1999年は1.56%とほぼ半減、2000~2019年には1.07%、2020~2023年に至っては0.41%にまで成長が落ち込んでいる。​

出所:カナダ中銀からジェトロ作成

悪化する経済環境を打破するべく、マーク・カーニー首相率いるカナダ自由党は、C-15法を立法し、製造業をはじめとする国内企業への支援を通じて、経済の立て直しを図る狙いだ。

C‑15法では税額控除を中心に製造業支援を強化

カナダ経済低迷の背景には、生産性の低下が挙げられる。その問題に対応すべく、「2025年度予算執行法」[Budget 2025 Implementation Act, 2025, No.1(C‑15法)]においては、多数の生産性向上および経済の立て直しを目的とした施策が盛り込まれた。その中でも主要な製造業関連制度を以下に説明する。

生産性スーパー控除(Productivity Super‑Deduction)
(1) 製造・加工用途の機械・設備投資

新規の資本投資を対象として、通常よりも迅速かつ大規模な初年度償却、いわゆる即時償却を可能とする税制措置だ。製造・加工用の機械・設備に加え、特許やデータネットワークインフラなど、生産性向上に資する無形資産も対象とされており、企業の成長投資を幅広く支援する制度として設計されている。

同控除の活用により、投資初期段階での税負担を大きく軽減することでキャッシュフローの改善と投資回収期間の短縮が期待される。北米市場向けの生産能力拡張、老朽設備の更新、デジタル技術への投資などについて、国内における設備投資の加速と製造業の競争力強化を図る狙いだ。

(2) 製造・加工用途の建屋投資

前述の設備投資と並行して、製造・加工用途の建屋にも100%の初年度控除が適用される。対象は、連邦予算公表日(2025年11月4日)以降に取得され、2030年までに製造・加工用途として使用される新築・増築用途適合の建物だ。ただし、2030~2033年の4年間で控除規模が段階的に廃止される時限措置となっている。

また、C-15法では設備と建屋の双方について初期投資の税負担を軽減する仕組みが講じられており、生産設備の導入から拠点整備までを一体的に支援する制度体系が構築されている。生産活動の前提となる初期投資費用を包括的に控除対象とすることで、カナダ国内におけるフルパッケージ型の製造拠点整備を後押しする効果が見込まれる。

(3) 科学研究および実験開発(Scientific Research and Experimental Development:SR&ED)税制優遇の強化

SR&ED税制は、製造業における研究開発や製造プロセス改善に広く利用されてきた制度であり、カナダの生産性向上と長期的な経済成長を支える中核的な手段だ(注1)。C‑15法では、税額控除の拡充に加え、カナダ歳入庁(Canada Revenue Agency:CRA)による申請手続きの簡素化や審査・処理期間の短縮といった運営面での改革も盛り込まれた。

これらの改革により、新素材開発や生産工程の効率化、品質向上を目的とした試験的開発への制度利用のハードルが下がり、企業がR&D投資における予見可能性と迅速性が高まることが期待される。なお、同強化策は、恒常的に4億4,000万カナダ・ドル(Cドル、約508億円、Cドル=約115円)の政府追加支援を伴い、民間部門R&D投資を誘発することで年間約12億Cドル規模の経済効果を生むと見込まれる。設備投資とR&Dを並行して進める製造企業にとって、意思決定を後押しする重要な制度改善と評価されている。

クリーン電力投資税額控除(Clean Electricity Investment Tax Credit:CE ITC外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます

クリーン電力発電、蓄電池などのエネルギー貯蔵設備、地域間送電インフラの建設費用を対象とする還付可能な税額控除だ。これは既存のクリーン経済投資税額控除(Clean Economy Investment Tax Credits:ITCs)群(2026年1月8日付地域・分析レポート参照)の1つであり、発電・送電・蓄電を含む電力システムへの投資に特化する制度となっている。

製造設備そのものを対象とする制度ではないものの、クリーン電力の供給拡大と安定化が進むことで、電力多消費型産業を中心に、製造業の操業環境や立地条件の改善といった間接的効果が期待される。特に電気自動車(EV)、電池、化学・素材分野では、脱炭素要件や中長期的な電力コスト抑制の観点から、製造業投資を下支えする基盤的制度として重要な位置付けにある。

C-15法は限界実効税率をさらに低下させ、投資の魅力を引き上げる

これらの税制措置の導入により、連邦政府は、カナダの限界実効税率(Marginal Effective Tax Rate:METR)(注2)を15.6%から13.2%と2%ポイント以上低下させることができると説明する。カナダのMETRは米国と比較してもより競争力のある水準となり、北米域内での投資先としての魅力が一段と高まるとされる。 専門家からは、企業ニーズに即した実効性の高い税優遇策であるとの評価が示されている。特に、設備や建物といった資本支出について、耐用年数に応じた減価償却ではなく、支出時点で大部分から全額を損金算入できる点が、キャッシュフローの改善と投資回収期間の短縮に大きく寄与すると分析されている。

製造業の地域分布が集約する主要3州における高い投資支援環境

カナダの製造業は地域的な偏在が顕著であり、オンタリオ州、ケベック州、アルバータ州の3つの州で全体の製造業生産の8割以上を占めている。これらの州では、連邦制度に加えて州独自の税額控除や補助制度が整備されているなど、投資支援水準が総じて高い。

オンタリオ州はEV・自動車、化学分野を中心とする製造業の集積地であり、州独自の製造業投資税額控除を連邦制度と併用できる点が強みだ。ケベック州は低コスト電力を背景に、設備投資や研究開発支援が多層的に整備されている。アルバータ州は食品加工や化学・素材分野を中心に、大型投資向けの優遇措置を活用しながら産業多角化を進めている。

C‑15法は、単なる減税措置にとどまらず、投資初期段階における税負担の大幅な軽減、生産性向上やR&Dの促進、クリーン技術を軸とした産業構造転換を一体的に進める政策パッケージであると整理できる。これにより、製造業の国内投資を戦略的に喚起し、カナダを北米における競争力の高い製造拠点として位置付けることが期待される。

こうした政策環境のもと、製造業にとっては、従来型製造から高付加価値製造、さらにはクリーン製造に至る事業ポートフォリオを見直すとともに、州・地域政策を踏まえた立地戦略を再検討する上での重要な転換点となりつつある。


注1:
カナダ国内で実施したR&Dに関する経費を税額控除する制度で、正式名称は科学研究実験開発(Scientific Research and Experimental Development:SR&ED)優遇税制プログラム。対象となる費用は、給与、材料費、間接費、諸経費、SR&EDに関する契約費、第三者への支払いで、税額控除額は、(1)カナダ人支配の非上場企業(Canadian-controlled private corporation:CCPC)では300万カナダ・ドルを上限とする当該費用の35%、300万カナダ・ドルを超える分については当該費用の15%、(2)その他の企業では当該費用の15%相当が控除される。 本文に戻る
注2:
法人税率や投資関連税制を総合的に考慮し、企業による追加的な投資に対する実質的な税負担の程度を示す指標。なお、カナダのMETRはG7諸国の中で最も低い水準。 本文に戻る
執筆者紹介
ジェトロ・トロント事務所
井口 まゆ子(いぐち まゆこ)
民間企業勤務を経て、2019年からジェトロ・トロント事務所勤務。
執筆者紹介
ジェトロ調査部米州課
谷本 皓哉(たにもと ひろや)
2023年、ジェトロ入構。同年から現職。