欧州・アフリカを結ぶモロッコ市場、その産業基盤と企業進出動向

2026年3月18日

ジェトロ・ロンドン事務所は2026年1月15日、「モロッコビジネス最新動向」セミナーを開催した。セミナーでは、ジェトロ・ラバト事務所の和泉浩之所長がモロッコの経済および貿易・投資動向について講演し、続いて住友商事カサブランカ事務所の流田和啓所長がモロッコ市場の魅力とビジネス環境について現地の視点から解説した。

アフリカの北西端に位置するモロッコは、欧州とアフリカをつなぐ貿易・物流のハブとして、特に欧州企業にとって戦略的な拠点となっている。産業基盤の整備が進む中、日本企業の間でも同国への関心が高まっている。

ジェトロの「2025年度海外進出日系企業実態調査(アフリカ編)」によると、モロッコ進出企業の7割以上が投資環境の魅力として「安定した政治・社会情勢」を挙げている。また、同国はスペイン、ポルトガルとともに2030年に開催されるFIFAワールドカップの共催国に選出されて以降、カサブランカを中心にスタジアム建設や交通網整備などの大型インフラ投資が加速している。本レポートでは、モロッコ市場の魅力と課題について、講演内容を基に最新動向を紹介する。

安定した政治・経済体制

セミナー前半ではジェトロ・ラバト事務所の和泉浩之所長が、モロッコの政治・経済の特徴、貿易構造、主要産業について概説した。


ジェトロ・ラバト事務所 和泉浩之所長(ジェトロ撮影)

モロッコの公用語はアラビア語とアマジグ語であるが、フランス統治の歴史的背景からフランス語が行政・教育、ビジネス分野で広く主要な言語として使用されている。近年では、若年層を中心に英語の普及が進み、国際ビジネスの場面では英語による対応も一般的だ。また、かつてスペインの保護領であった北部の一部地域ではスペイン語も日常的に使用されており、多言語環境が形成されている。

政治面では、国家元首のモハメッド6世国王が1999年に即位して以来、長期にわたり安定した統治が継続している。多くのアフリカ諸国が大統領制を採用し、政権交代のたびに政策が大きく変わることも珍しくない中、モロッコでは国王を中心とした統治体制によって、たとえ政権が変わっても国家の基本方針が大きく揺らぎにくい点が投資環境の安定性につながっている。

経済面では、2023年以降のモロッコの実質GDP成長率は3~4%台で推移しており、安定した経済成長が続いている。1人当たりGDPは2025年で4,763ドルと依然として中所得国・地域の水準にあるが、モハメッド6世が即位した直後の2000年頃から約3倍に拡大した。一方、2024年の失業率は全体で13.3%、若年層では36.7%と高水準にある。2025年9~10月には、若者を中心に社会改革を求める抗議デモが発生するなど、社会的な課題を抱えている(2025年10月6日付ビジネス短信参照)。


ハッサン2世モスク(ジェトロ撮影)

沈む夕日(ジェトロ撮影)

アフリカ最大の自動車生産大国、再生可能エネルギーにも注力

ジブラルタル海峡を挟みスペインとわずか14キロメートルの距離に位置するタンジェには、アフリカ最大級の港湾であるタンジェMED港がある。モロッコは現在、アフリカ最大の自動車生産国であり、生産車両の約9割が同港から輸出されている(モロッコの貿易投資年報(2025年12月16日)参照)。輸出先の8割は欧州であり、欧州市場の動向が同国の自動車産業を大きく左右する構造にある。

航空機関連産業も過去20年間で急拡大しており、進出企業は十数社から現在では約150社へと増加した。最大の集積地であるカサブランカ近郊の工業団地「ミッドパーク」には、フランスのサフランや、米国のボーイング、欧州のエアバスといった主要航空機メーカーが進出し、現在では世界のほとんどの航空機にモロッコ製部品が使用されているという。

また、モロッコはEU、英国、米国、中東諸国を含む60カ国・地域以上と自由貿易協定(FTA)または経済連携協定を締結している。この広範な通商ネットワークが自動車や航空機関連の輸出産業を支えている。

一方、エネルギー面では、モロッコは化石燃料資源に乏しく、エネルギー需要の大半を石炭などの輸入に依存している。太陽光・風力発電を中心とする再生可能エネルギーの導入を積極的に推進し、発電設備容量ベースで再生可能エネルギー比率は既に45%を超えた。発電量ベースでも20%台に達している。政府は増加する設備容量を活用し、再生可能エネルギー比率をさらに高める方針だ。

近年は中・東欧やトルコでも投資コストが大きく上昇していることを受けて、生産拠点をモロッコへ移転、もしくは新規設立しようと検討する日本企業が増加している。

欧州系・中国系企業との競合も

後半では、住友商事カサブランカ事務所の流田和啓所長が登壇し、実務経験を踏まえて、日本企業の進出上のポイントや経済特区の発展状況を解説した。


住友商事カサブランカ事務所 流田和啓所長(ジェトロ撮影)

モロッコの最低賃金は月額約375ドルで、一般的な賃金水準も500ドル程度とされ、競合新興国として比較される中・東欧諸国やトルコと比べてもコスト面での優位性がある。賃金水準はポーランドの約3〜4分の1、トルコの半分程度にとどまっている。また、人材面でも一定の強みがある。技術・職業訓練校などの教育機関が充実しており、こうした機関で適切な教育を受けた人材の中から、日系企業の工場で活躍できる人材の確保も可能だ。モロッコは事業の立ち上げが比較的スムーズで、進出しやすい国といえる。

モロッコには日系企業が既に約70社進出しており、アフリカ大陸では南アフリカ共和国の約260社、ケニアの約100社に次ぐ規模となっている。ただし、課題としては、モロッコにおける欧州企業の圧倒的な存在感が挙げられる。とりわけフランスやスペインとは地理的・歴史的な関係が深く、インフラ建設や製造業分野では欧州企業のシェアが大きいのが現状だ。こうした環境の中、日系企業がどのように独自性を打ち出し、存在感を高めていくかが問われている。

さらに、モロッコでのビジネス展開を考える上では王族関連企業の存在も重要だ。同国には複数の王族関連企業が存在するものの、一般の日系企業がこれらの企業と直接接点を持つ機会は限られており、取引につなげるためには現場に地道に入り込み、関係構築を進める必要がある。

一方で近年、中国企業の存在感が一段と高まっている。特にEVバッテリー関連では大型投資が相次いでおり、バッテリー分野の大手である国軒高科(Gotion High Tech)やBTR New Material Groupが相次いで進出し、生産拠点の構築を進めている(2023年6月12日付2024年4月9日付ビジネス短信参照)。国軒高科はケニトラで総額約55~68億ドル規模のEVバッテリー・ギガファクトリーの建設を進めており、BTRはタンジェで年間5万トン規模のカソード材工場および5万トンのアノード材工場を建設中で、いずれも2026年の生産開始を計画している。

タンジェMED港が一大生産・物流拠点に

タンジェMED港はコンテナ取扱量で世界第17位に位置し、地中海およびアフリカ最大級の港湾だ。周辺には、タンジェ地中海特別庁(TMSA)が運営する複数の経済特区から成る「タンジェMED産業複合施設」も整備されている(2024年10月15日付地域・分析レポート参照)。

住友商事はTMSAと事業開発契約を結び、販売代理店として日系企業の誘致を進めている。同施設には自動車、航空宇宙、繊維、食品、加工、物流など1,400社以上が進出し、約13万人の雇用を支えている。工業団地内には保税地域にあたるフリーゾーンに加え、自動車メーカーが集積する「タンジェ・オートモティブ・シティ」があり、デンソー、古河電気工業、ジェイテクトなど日系企業も複数進出している。


タンジェMED港(© Tanger Med Group)

タンジェ・オートモティブ・シティ(© Tanger Med Group)

経済特区では税制優遇制度が導入されており、進出企業は所得税・法人税が進出後5年間は免税、VATと関税は期間の定めなく免除されている。また、事業税・都市税が進出後15年間は非課税であり、登録料や配当・利益配分も同様に非課税であるため、企業は初期投資や運営コストを大幅に抑えることが可能だ。さらに経済特区ではワンストップサービスにより、申請から法人設立、建築許可、事業開始まで一貫したサポートが提供されている。

タンジェMED港は、欧州・アフリカを結ぶ巨大な生産・物流拠点として機能しており、日系企業にとっては欧州市場に最短距離でアクセスしつつ、アフリカ向け生産拠点にもなり得る好条件の立地だ。

日本企業に広がる事業機会

モロッコは、政治の安定性や低コストの労働力、さらに経済特区での税制優遇を背景に、外資誘致を拡大している。2026年初頭には、JTインターナショナルがモロッコ北部テトゥアンの工業団地にたばこ工場の建設を決定し(2026年2月3日付ビジネス短信参照)、年間最大100億本規模のたばこの生産拡大を目指すなど、西アフリカ向け輸出も視野に入れた日本企業の投資案件として注目された。

モロッコでは高速鉄道の南北延伸により主要都市間の移動時間が短縮され、観光需要の拡大が期待されるなど、インフラ整備も着実に進展している。さらに、世界最大級の太陽光発電施設を持つ同国では再生可能エネルギー投資が加速しており、EU規制に対応した再生可能エネルギー由来の電力を利用した生産体制も整いつつある。こうした産業基盤と制度対応が進む中、日本企業にとっては、自動車産業をはじめとした製造業を中心に事業展開を進めやすい環境が整っており、今後さらなるビジネスチャンスの拡大が期待される。

執筆者紹介
ジェトロ・ロンドン事務所
植松 麗良(うえまつ れいら)
2025年8月からジェトロ・ロンドン事務所勤務。