EUおよび欧州主要国の2024年の政治経済展望
現地所長が語る

2024年3月7日

ジェトロは2024年2月8日、オンラインセミナー「現地所長が語る!2024年の欧州政治経済の展望」を開催した。「EUおよび欧州主要国の2024年の政治経済情勢」をテーマに、ジェトロのブリュッセル、ロンドン、ベルリン、パリの各事務所長が最新動向と2024年の注目点などについて解説した。各事務所長の講演内容を簡単に報告する。


ウェビナーに登壇した(上段左より時計回りに)佐伯ブリュッセル事務所長、由良ロンドン事務所長、
岡本ベルリン事務所長、司会を務めた安田啓・調査部欧州課長、田村パリ事務所長(ジェトロ撮影)

ブリュッセル事務所・佐伯耕三所長「欧州委員長は再選の予測」

ブリュッセル事務所の佐伯所長は、EUの政治経済状況を概説。2024年6月の欧州議会選挙を前に、欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長の1期目を総括した。フォン・デア・ライエン委員長の野心的なグリーン政策には一部から批判もあるが、佐伯所長は同委員長が再選の見込みで、グリーン政策も大きな方向性は変わらないとの見方を示した。

発言要旨

EUのGDP成長率は低い。物価上昇、エネルギー価格の高止まりなどが背景にある。スペインの観光・サービス業などでは成長が見込まれている一方、EU経済の牽引役であるドイツの製造業が厳しい状況にある。

フォン・デア・ライエン委員長の下で、欧州委はグリーン、デジタル、経済安全保障分野の立法を一気に進めた。新たなルールに最初は反対していた大企業も、約5億人のEU市場は捨てられず、最終的には従うこととなる。そうすると今度はできるだけ国際的な調和を求める声が高まる中で、いち早く作られたEUのルールが世界に波及していくという流れが生まれている。「ブリュッセル効果」と呼ばれるが、今後もブリュッセルの動きを注視する必要がある。

経済安保政策に関しては、欧州委が中国製電気自動車(EV)に対する反補助金調査(2023年12月4日付地域・分析レポート参照)を開始した。対中貿易赤字が急速に伸びており、対中懸念を強めている。2023年6月に公表した経済安全保障戦略も着実に進めている。

2024年は欧州議会選挙をはじめ、欧州各国でさまざまな選挙が実施される。2023年末のオランダ下院選挙では移民問題が主要な争点となり、極右の自由党が大きく躍進した。欧州議会もグリーンや中道が議席を減らし、極右が躍進する見込みだ。ただ、同委員長を擁する中道右派のEPP(欧州人民党)など与党の議席はほぼ変わらず、同委員長が続投する、とブリュッセルでは予測されている。グリーン政策についても、「2040年までに温室効果ガス排出量90%削減」という野心的な目標案(2024年2月14日付ビジネス短信参照)を欧州委が発表した。反対派に対する一定の配慮も見せるだろうが、大きな流れは変わらないだろう。


ウェビナーで講演する佐伯ブリュッセル事務所長(ジェトロ撮影)

ロンドン事務所・由良英雄所長「労働党優位、15年ぶりの政権交代か」

ロンドン事務所の由良所長は英国スナク政権への評価について、2023年1月に発表した5つの優先事項のうち「インフレ率の半減」以外は未達成との見方が多いと述べた。2024年内に実施が見込まれる総選挙では、15年ぶりに保守党から労働党への政権交代が確実視されているが、経済、エネルギー政策などの方向性は変わらないと分析した。

発言要旨

2023年のGDP成長率は横ばいで、消費者物価指数も落ち着きつつある。失業率は4.3%と低く、人手不足が続いているが、若年層の失業率は12.2%と上昇に転じており人材需給のミスマッチが拡大している。

北アイルランド問題などEU離脱後の課題については、調整が進み、EUとの関係が改善した。

スナク政権の5つの優先事項については、インフレ率の半減は達成したが、経済成長、政府債務の削減、国営医療サービス(NHS)の待機リスト削減、不法入国者の取り締まりは未達成との見方が強い。経済対策として、ガソリン車とディーゼル車の新車販売禁止期限を2030年から2035年に延期すると発表したが、2050年ネットゼロ達成目標は堅持している。

2024年中に実施見込みの総選挙は、事前調査によると15年ぶりの政権交代となる可能性が高い。労働党は5つの柱を発表しているが、支持率が優位なので政策にアピールするより与党批判をする方が得策だ。原子力政策も含めて、現在の保守党政権の方針と大きく違わないと推測する。

スタートアップに関しては、英国は欧州最大の金額を投資し、ユニコーン数が欧州最多だ。AI(人工知能)、半導体、量子コンピュータに重点を置き、国家戦略として推進している。ジェトロ・ロンドン事務所も、在欧日系企業のオープンイノベーションを支援している。

グリーン関連では、2022年の再エネによる発電量は全体の41.5%で、このうち風力発電が24.7%を占めた。政府はグリーン水素製造支援(2023年12月18日付ビジネス短信参照)や、二酸化炭素(CO2)の回収・有効利用・貯留(CCUS)の拡大(2023年12月21日付ビジネス短信参照)を一体的に進める構想だ。


ウェビナーで視聴者からの質問に答える由良ロンドン事務所長(ジェトロ撮影)

ベルリン事務所・岡本繁樹所長「経済回復を目指しグリーン分野に注力」

ベルリン事務所の岡本所長は、ドイツの経済動向や産業、エネルギー関連に加え、政治状況など今後の注目点について解説した。

発言要旨

ドイツ経済は回復が遅れており、2023年の実質GDP成長率はマイナス0.3%だった。ロシアによるウクライナ侵攻に伴うエネルギー危機は、製造業の拠点が多いドイツには痛手となっているほか、サービス業の回復も遅れている。2023年の消費者物価指数は前年比5.9%の上昇で、2022年の6.9%と比較すると上げ幅は縮小しているが、物価高が続いている。エネルギー価格も低下しているが依然高く、エネルギー集約型産業を中心に景況感は悪化。2024年の経済に関しては、ドイツ政府の経済諮問委員会が2023年11月に0.7%の成長と予測した(2023年11月10日付ビジネス短信参照)。

エネルギー危機へは、ロシア産エネルギー依存からの脱却と気候中立達成を一体的に推進して対応している。再生可能エネルギー導入の推進、電化、水素利活用を進める。ウクライナ侵攻後は天然ガス不足が心配されていたが、輸入元をロシアからドイツ近隣国などに切り替え、国全体で節ガスにも務めたため、天然ガス貯蔵率が高まり今冬の不足の心配はない。電化を拡大する取り組みのペースは鈍化している。例えばEV購入補助金「環境ボーナス」は2023年12月に終了し(2023年12月25日付ビジネス短信参照)、暖房設備に再生エネルギー利用を義務付ける法案が当初案より緩和されたことでヒートポンプ導入拡大にもブレーキがかかっている(2023年10月17日付ビジネス短信参照)。水素関連では、ドイツは欧州をリードしているが、さらなる取り組みが必要な状況だ。2023年7月に「国家水素戦略」の改定版を公表したが(2023年10月17日付地域・分析レポート参照)、具体化はまだ十分ではない。また、気候中立達成にはCCUSが必要との認識も広がっている。

今後の注目点は、ドイツが再び「欧州の病人」に陥ることがないかだ(2023年10月11日付ビジネス短信参照)。背景には、(1)ロシア・中国との関係、(2)構造的な社会・経済課題(移民受け入れや国内企業の維持など)、(3)2045年の目標達成期限が迫る気候中立への対応という3点がある。いずれも国内を二分するような課題だが、特に、現在の3党連立政権への不満と極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の支持拡大は憂慮される。


ウェビナーで視聴者からの質問に答える岡本ベルリン事務所長(ジェトロ撮影)

パリ事務所・田村暁彦所長「製造業の国内生産強化へ」

パリ事務所の田村所長は、フランス政治経済の最新動向に加えて、2024年の注目論点である産業やエネルギー政策について概説した。

発言要旨

まず、フランスの基礎情報で重要な点として、ドイツに次いでムスリム人口が多く約500万人、またユダヤ人口は約50万人で欧州最大であることだ。このことから、ガザでの戦争がフランス国内の分裂につながる可能性があるだけでなく、これまでイスラム教徒を多く受け入れてきたことに伴う国内の不安定な要素をどう乗り越えていくかが課題となっている。あわせて、EUのうち、フランスはインド太平洋国家であることを認識する必要がある。これは日本との関係構築にもかかわってくる点である。

次に政治動向については、欧州で右傾化が懸念されている中、エマニュエル・マクロン大統領を中心にフランスでも、欧州議会選挙で中道が負けないように戦っている状況といえる。今年初め、ガブリエル・アタル氏を新しく首相に指名し内閣改造を行ったが(2024年1月11日付ビジネス短信参照)、穏健右派の有力者を主要閣僚に起用し政権側に取り込む形で組閣した。前回2022年の国民議会選挙で与党連合「アンサンブル」が過半数を取れなかったマクロン政権の脆弱(ぜいじゃく)性が、政治面でさまざまな影響を及ぼしている状況だ。2023年後半に移民法の改正が行われた際、法案審議の過程において右派に妥協する形で大幅な修正が加えられた。最終的には、憲法裁判所によって右寄りの修正案の多くは違憲と判断され、当初の政府案に近い形で公布されたが、議会における一連の展開は、世論が右傾化している現実を印象付けた。

フランスの産業については、製造業の割合が欧州主要国の中でも低いため、「再工業化」と称して製造業を増やし、国内生産を強化していく方針だ。EVのサプライチェーン整備や、クラスター構築に力を入れている。産業政策としては、国家投資計画「フランス2030」の下でのバッテリーギガファクトリー建設や、「フレンチ・テック」によるスタートアップ支援などがある。

最後に、エネルギー政策に関して、2023年11月に発表された「エネルギー・気候戦略」(2023年12月7日付ビジネス短信参照)によると、2035年におけるフランスのエネルギー構成は原子力発電を5割強とする計画となっている。再生可能エネルギーの伸びが大きく期待できない中、既存原発の運転期間の延長や新しい欧州加圧水型炉(EPR)の稼働などを通じて原発への高水準の依存を維持する方針。


ウェビナーで視聴者からの質問に答える田村パリ事務所長(ジェトロ撮影)

今回のセミナーは、オンデマンドで2024年4月15日まで配信している。視聴料は4,000円(消費税込み)で、ジェトロ・メンバーズは1口2人まで無料、3人目からは4,000円(消費税込み)で視聴できる。オンデマンド配信の申し込み方法や手続きの詳細は、ジェトロウェブサイト参照

執筆者紹介
ジェトロ調査部欧州課
江里口 理子(えりぐち さとこ)
2013年、新聞社入社。記者として広島支局、東京経済部などで勤務。その後、一橋大学国際・公共政策大学院修士課程を経て、2023年にジェトロ入構。
執筆者紹介
ジェトロ調査部欧州課
岩田 薫(いわた かおる)
2020年5月から調査部欧州課勤務。
執筆者紹介
ジェトロ調査部欧州課
二片 すず(ふたかた すず)
2020年5月から調査部欧州課勤務。
執筆者紹介
ジェトロ調査部欧州課
平井 美咲(ひらい みさき)
2022年11月から調査部欧州課勤務。