燃料価格高騰、ヒートポンプ導入加速化を後押し(世界)

2022年8月15日

エネルギー価格や物価の上昇、ロシアによるウクライナ侵攻(以下、ウクライナ情勢)に伴うエネルギーリスクの高まりを背景に、産業界や市民生活で省エネのニーズが高まっている。そこで注目されているのが、省エネ技術のヒートポンプだ。

省エネと気候変動への対応ニーズで注目浴びるヒートポンプ

ヒートポンプは、空気などが持つ熱(空気熱)を室外機などで大気中から集め、圧縮・膨張などにより発生させた温熱もしくは冷熱を、熱媒体を利用して移動させる。化石燃料を燃焼させる代わりに空気熱や地中熱など既存の熱を利用するため、温室効果ガス(GHG)排出削減にもつながる省エネ技術だ。国際エネルギー機関(IEA)の「電力市場報告書(2022年7月版)」(2022年7月22日付ビジネス短信参照)によると、ヒートポンプによるエネルギー消費量(一次エネルギー)はガスボイラーの55%で済むという。また、EUではヒートポンプを再生可能エネルギーの1つとして定義している。

2050年のカーボンニュートラルを達成するため、ヒートポンプの果たす役割は大きい。IEAによると(注1)、世界のヒートポンプを搭載する暖房設備台数(累積)は2020年時点で1億7,734万台(図参照)。2050年の二酸化炭素(CO2)排出ネットゼロ達成を想定したNZEシナリオ(図の注釈参照)では、5年後の2025年には1.6倍の2億8,282万台、2030年には3.4倍の6億台に達すると予測している。

図:世界のヒートポンプ搭載暖房設備台数(累積)
5年ごとの、世界もしくは地域別ヒートポンプ導入台数(単位は全て100万台)は、下から順番に、北米、欧州、中央アジア・ロシア、中国、その他先進国、その他発展途上国の順に、2010年は23.0、10.7、1.6、21.8、34.8、3.4。2015年は26.3、14.4、1.8、38.2、35.8、5.7。2020年は40.1、21.8、2.4、57.7、47.6、7.7。また、2025年と2030年は地域分類はなく、世界分類のみだが、2025年は282.8、2030年は600.0。

注:2025年と2030年は、2050年のCO2排出ネットゼロ達成を想定したNZEシナリオによる予測値(2021年11月時点)。
出所:国際エネルギー機関(IEA)から作成

欧米はヒートポンプの「地産地消」で連携

特に冬が長い欧米などでは、住宅などで従来利用されてきたガスボイラーからヒートポンプへの切り替えを促す政策を進めている。米国では、建物のエネルギー効率化を進める目的の下、エネルギー省(DOE)が2022年6月13日、1世帯当たり年間100ドル分のエネルギー代の節約を実現する1つの政策として、住宅用ガスボイラー規制案(2029年発効を予定)を発表した。同規制案では、劣化したガスボイラーのエネルギー効率を一定水準以上にすることを盛り込む。これにより、ガスボイラーのエネルギー効率の向上とともに、エネルギー効率の高いヒートポンプの導入を促す。また、ジョー・バイデン大統領は同年6月6日、クリーンエネルギー製品の国内生産を促進するために、国防生産法(Defense Production Act:DPA)を発動する方針を定めた大統領決定を発表しており、5つのクリーンエネルギー技術の1つとして、ヒートポンプを含めている。

欧米は、特にEUのロシア産化石燃料への依存からの脱却に向けて、ヒートポンプの「地産地消」で連携する。バイデン米大統領と欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長は2022年6月27日に発表したエネルギー安全保障に関する共同声明の中で、EUがロシア産化石燃料への依存を減らすため、米国とEUの両者はヒートポンプやスマートサーモスタット(自動温度調節器)などの開発と生産を加速化させる政策を導入するとした。

ロシア産ガスに多く依存する欧州は導入を加速化

従来、化石燃料を燃焼させるガスボイラーや地域暖房が主流の欧州では、冷暖房や給湯で消費するエネルギーの割合は大きい。欧州委によると、欧州では建物部門はエネルギー消費全体の40%を占める。そのうちの8割は冷暖房や給湯で消費されているという。冷暖房や給湯設備は化石燃料を燃焼させるガスや石油などのボイラーが主流となっている。欧州ヒートポンプ協会(EHPA)によると、住宅の冷暖房や給湯の設備のヒートポンプ導入率は6%程度という。今後、ヒートポンプの導入余地は大きい。

ロシアからの天然ガス輸入に多く依存してきた欧州は、ウクライナ情勢を受け、エネルギーの安定調達の観点から、ロシア以外からのガス輸入を急ぐ。ただ、足元ではガス価格が急増しており、ガスの使用を減らす政策への転換が進む。EUでは、欧州委が2021年12月に発表した建物のエネルギー性能指令の改正案では、2027年初以降、加盟国が化石燃料使用のボイラーの設置に対して、原則として公的な資金援助を行わないことが提案された(2021年12月17日付ビジネス短信参照)。また、各加盟国は、改正指令案で新たに5年ごとに策定を求められる「国別建物リノベーション計画」の中で、化石燃料を用いた冷暖房設備を遅くとも2040年までに段階的に廃止させる施策やロードマップ(行程表)を示すことが求められる。

欧州委は2021年7月、2030年までのエネルギー消費の効率化目標として、2020年時点での予測より9%改善する提案(注2、2021年7月20日付ビジネス短信参照)を行っていたが、ウクライナ情勢を受け、2022年5月の提案(ロシア産化石燃料依存からの脱却計画「リパワーEU計画」、2022年5月20日付ビジネス短信参照)では、目標値を同13%に引き上げる提案を行っている(いずれも欧州委の提案)。この目標に沿って、さらなる建物の省エネを進めるため、建物のエネルギー性能指令の改正を併せて発表している。ヒートポンプの導入については、同計画発表時に「今後5年間で、ヒートポンプの導入割合を倍増(累積導入数で1,000万台に)する」としていた(注3、注4)。

加盟国レベルでも、独自の取り組みが行われている(注5)。オランダ政府は2022年5月、2026年以降はヒートポンプもしくはハイブリッド・ヒートポンプ(注6)を標準とすることを発表した。政府によると、ハイブリッド・ヒートポンプを使用することで、天然ガスの消費を平均60%削減することができるという。政府は同政策を実現するため、ヒートポンプもしくはハイブリッド・ヒートポンプ購入に対する補助を行っているが、2022年時点では例年より平均30%増額した補助を提供している。2030年まで、年間総額1億5,000万ユーロの予算を確保しているという。

ドイツのロベルト・ハーベック経済・気候保護相は2022年6月29日、政府主催のヒートポンプサミットで「できれば2024年以降は新規に導入する熱システムで使用するエネルギーの65%以上を再生可能エネルギー由来にする」と発言した。ドイツの連立与党である社会民主党、緑の党、自由民主党の3党が合意(2021年11月)した連立協定書では、「2025年以降」としていた。ロシアのウクライナ侵攻を受け、目標となる導入時期を1年前倒しして、住宅向け暖房の「脱ガス」化を急ピッチで進める狙いだ。同目標実現には、2024年以降はヒートポンプを年間50万台以上新たに設置する必要があるとしている。

EU以外の欧州でも、英国政府は2028年までに年間60万台のヒートポンプを住宅に導入する目標を掲げる(2022年4月7日付ビジネス短信参照)。政府は同年5月、ヒートポンプの導入1台あたり5,000ポンド(約80万5,000円、1ポンド=約161円)(一部の熱源方式では同6,000ポンド)を補助する「ボイラー・アップグレード・スキーム」を発表した。同支援策は、2022年からの3年間で4億5,000万ポンドの予算規模となる。

日本企業もヒートポンプでビジネス拡大へ

気候変動対応や、昨今のエネルギー価格上昇を受け、ヒートポンプの導入増につながる企業の取り組みがみられる。産業部門の事例では、ドイツのエンジン大手マンエナジーソリューションズが2022年7月、ドイツ化学大手BASF本社工場への世界最大級のヒートポンプの設置で同社と協業することを発表した。同設置により年間最大39万トンの二酸化炭素(CO2)排出削減を見込んでおり、両社は2022年末までに同設置による実証プロジェクトを終える予定だ。同工場では製品の乾燥や蒸留などの工程で蒸気を使う。同ヒートポンプにより、再生可能エネルギー由来の電力を使用して蒸気を生産し、同工場の冷却水システムからの廃熱を熱エネルギー源として活用できる。GHGの排出削減だけでなく、蒸気生産のための天然ガスの消費削減効果が期待できる。

また、建物部門の事例では、ドイツの熱供給会社サーモンドが2022年6月、月159ユーロの定額でヒートポンプをレンタルできるサービス(不具合の際の遠隔診断など2年間のメンテナンスサービス付き)を提供すると発表した。同レンタルサービスではLGエレクトロニクス(韓国)製のATWヒートポンプ(注7)を使うという。同社は同サービス提供をベルリンから開始し、2023年末までにドイツ国内で1万台のヒートポンプ導入を目指す。なお、ドイツ連邦経済エネルギー省が2022年5月に発表した「エネルギー効率化の作業計画」によると、2024年までに新たに設置されるヒートポンプの数を年間50万台以上に増やす目標を掲げる。

日本企業も、欧州のヒートポンプ市場でビジネスを拡大している。ダイキンは2022年7月、ヒートポンプの生産工場をポーランドに設立することを発表した(2024年7月稼働予定、2022年7月19日付ビジネス短信参照)。欧州では、ベルギー、チェコ、ドイツに次ぐ新たな生産拠点の開設となり、同社としては欧州最大のヒートポンプ生産拠点を設立することにより、2025年には生産能力は現在の4倍に拡大する。ヒートポンプ暖房機で「欧州市場のリーディングカンパニー」(同社プレスリリース)である同社は、「欧州をヒートポンプ暖房事業拡大の最重要地域」(同社プレスリリース)と位置づける。

エネルギー価格上昇で事業環境が厳しくなる中、省エネニーズの高まりによるビジネス機会が拡大している。数多くの日本企業が、エネルギー価格の上昇や気候変動への対応などのニーズの変化をうまくビジネスにつなげていくことを期待したい。


注1:
2025年と2030年のシナリオ予測(2021年11月時点)後、ロシアによるウクライナ侵攻(2022年2月~)を受け、IEAがEUに提案した「ガスの脱ロシア依存に向けた10の計画」の1つとして、「ガスボイラーのヒートポンプへの切り替えの加速化」が盛り込まれている(2022年3月4日付ビジネス短信参照)。
注2:
2030年のGHG削減目標、1990年比で少なくとも55%削減を達成するための政策パッケージ「Fit for 55」の一部。
注3:
その後、欧州委は2022年7月、「リパワーEU計画」による供給先の多角化だけでは不十分として、ガス需要量を削減するため、EU全加盟国で2023年春までにガス需要の少なくとも15%削減を目指す「欧州ガス需要削減計画」と、削減目標を法制化する規則案を発表している(2022年7月21日付ビジネス短信参照)。
注4:
欧州では、冷暖房に利用する燃料については、排出削減の観点から排出量取引制度(ETS)の導入検討が進む。EUでは既にEUの排出量取引制度(EU-ETS、以下、現行制度)が導入されているが、現行制度とは別に、化石燃料を用いた暖房を利用する住宅などの建物などを対象とした新たなETSの創設の検討が進められている(2021年7月16日付ビジネス短信参照2022年6月30日付ビジネス短信参照)。なお、加盟国レベルでは、ドイツは2021年1月から、オーストリアは2022年7月から、それぞれ建物などの燃料の供給業者を対象としたETSを導入済み。
注5:
オランダやドイツのほかにも同様の動きがあり、オーストリア政府は2022年6月、「再生可能熱法」を発表した。2023年以降、新築建物へのガス暖房システムの設置を禁止する。当初案では「2025年以降」(の禁止)としていたが、2年前倒しを行っており、化石燃料による暖房システムからの脱却を急ぐ。政府によると、同国にはガス暖房を利用している家庭が約100万世帯、石油暖房が約55万世帯、石炭暖房が約1万1,000世帯あるという。
注6:
ハイブリッド・ヒートポンプとは、ヒートポンプとガス燃焼中央暖房ボイラーの組み合わせとオランダ政府は説明している。
注7:
ATWはAir to Water(空気対水)の略で、空気熱源方式によるヒートポンプの一種。空気が持つ熱(空気熱)を室外機などを使って大気中から集め、ヒートポンプ技術により温めた水を配管で循環させる。住宅用の給湯、暖房などに使われる。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部国際経済課 課長代理
古川 祐(ふるかわ たすく)
2002年、ジェトロ入構。海外調査部欧州課(欧州班)、ジェトロ愛媛、ジェトロ・ブカレスト事務所長などを経て現職。共著「欧州経済の基礎知識」(ジェトロ)。