ジェトロ世界貿易投資報告 2026年版
第Ⅲ章 世界の通商秩序を巡る動向
第1節 世界の通商政策の最新動向 第2項 主要国・地域の通商政策(インド)
見通しが不透明な米国との二国間貿易交渉
直近1年間のインドの対米通商関係について整理すると、米国が2025年4月に全世界的な相互関税を発動した後、インドがロシア産石油を購入していることを理由として、トランプ政権は同年8月6日に、相互関税25%に追加して、合計50%の追加関税をインドに賦課する大統領令を発表した。同大統領令は同月27日から発動した。この措置に対して、インド政府側は激しい反発を示した。
その後、インドと米国の両政府は交渉を続け、2026年2月7日に二国間貿易協定(BTA)の暫定的な枠組みに合意したとする共同声明を発表した。トランプ大統領は、上記のロシア産石油等の輸入に対する制裁としての追加関税25%を同日から撤廃した。BTAには、インドが米国産の全ての工業製品と、飼料やワイン・蒸留酒を含む食品・農産品に対する輸入関税の撤廃や引き下げを行い、米国はインドに課す相互関税率を現行の25%から18%に引き下げるほか、特定の航空機・同部品の対インド輸入関税を撤廃するなどの約束が盛り込まれた。
しかし、同月下旬に米最高裁によってIEEPAに基づく相互関税が違法という判断が下され、交渉の前提条件が大きく変化したため、最終合意がどうなるのかの見通しは不透明な状態だ。ピユシュ・ゴヤル商工相は2026年5月のインドのニュースサイトNews18のインタビューで「当初の枠組みには交渉の根拠となる『状況』が変化した場合、協定を修正できる条項が含まれていた」「状況が変化するたびに、協定を調整する必要がある」と述べている。グリアUSTR代表は2026年6月にインドに訪問し、ゴヤル商工相と貿易協定に関する協議を実施している。
なお、2026年3月にUSTRが発表した「外国貿易障壁報告書(NTE)」では、前年に引き続き、インド側の高関税やインド標準規格局(BIS)が義務付けている認証取得についての懸念が示されたが、NTE内でもBTAの最終合意に向けて取り組む姿勢が示されている。他方、同月にUSTRは過剰生産能力や強制労働製品の輸入規制に関連する政策や慣行について、1974年通商法301条に基づく調査を開始したと発表しており、この対象国にインドも含まれている。インド側は同調査にも反発している。
FTAネットワークを拡充するインド
米国との貿易関係に不透明感が増す中で、インドは通商・対外経済関係の多角化を図り、FTA交渉を加速させている(本章第3節(1)参照)。2026年1月には、交渉停止を経て、約20年にわたるEUとのFTA交渉が妥結した。EU・インドFTAは世界GDP比で2割強を占め、双方にとって、これまで締結したFTAの中でも最大規模のFTAの1つとなる。インド側の発表では、EUはインドに対し品目ベースで97%(輸出額の99.5%を占める)について、EU市場への優遇アクセスを認める。特に70.4%の品目(輸出額の90.7%を占める)について関税を即時撤廃し、残る品目のうち20.3%は発効後3~5年で撤廃する。一方でインドはEUに対し品目ベースで92.1%(輸出額の97.5%)において、インド市場への優遇アクセスを認める。このうち49.6%の品目の関税を即時撤廃し、39.5%については発効後5~10年で段階的に撤廃する。
インドは2025年、欧州自由貿易連合(EFTA)とのFTAが発効したほか、英国とのFTAに署名した。さらには2026年にオマーンとのCEPAが発効し、ニュージーランドとのFTAに署名した。交渉が開始・再開されたFTAとしては、2025年ではモルディブ、イスラエル、ユーラシア経済連合(EAEU)とのFTAがあり、2026年に入ってからは3月にカナダとのCEPA交渉再開が決まった。カナダとは2023年6月にシーク教指導者が同国内で射殺された事件によって、関係が冷え込んでいた。しかし、現在の世界情勢において両国の関係改善が必須との認識の下、段階的な関係修復を図っており、カナダ首相としては8年ぶりとなる訪印時にCEPA交渉が合意された。
また対外経済関係では、中印の経済関係が改善している。2020年6月の軍事衝突以降、関係が悪化していたが、中国の王毅外交部長(外相)が2025年8月に訪印し、改善の動きが見られた。同月末から開催されていた上海協力機構(SCO)の第25回首脳会議にはナレンドラ・モディ首相が出席し、多国間貿易体制への支持を表明。習近平国家主席との首脳会談では、両国はライバルではなく開発パートナーだという認識を再確認した。2026年3月には、中国など国境を接する国からの投資への規制を一部緩和した。インドは2020年4月の外国直接投資政策により、中国など国境を接する国の居住者・市民がインドに直接投資する場合、政府による事前許可制としていた(第Ⅱ章第1節(1)参照)。
影響が大きいBIS認証規格に見直しの動きも
USTRが懸念を示しているBISが定める強制認証を義務付ける品質管理令(BIS認証)については、米国のみならず、インド進出日系企業にとっても大きな問題になっている。ジェトロが2025年8~9月にかけて実施した日系企業調査では、BIS強制認証制度が事業に影響を与えている(見込み含む)と回答した在インド日系企業は、製造業で71.9%に上った注1。
一方、BIS認証を巡っては、コンプライアンス対応負担が大きいため、インド当局内でも見直しの動きが見られている。2025年11月に入ってから、BISに関連する取り消しや施行日延期の発表が相次いだ。2024年8月にインド重工業省から発出された「設備・電気機器安全規則(包括的技術規制)2024(オムニバス技術規制:OTR)」は、インド国内で流通する広範囲の設備・電気機器に関して、BIS認証取得などを求めるもので、2025年8月の施行予定であったところ、同年6月に1年延期、同年11月に当面延期が発表された。2026年1月には、同規則の全面的な撤回に至った。
注記
- 注1
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ジェトロ「BIS強制認証に直面するインド日系企業(1)製造業の7割に影響」『地域・分析レポート』(2026年2月19日付)
目次
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第Ⅰ章
世界と日本の貿易 -
第Ⅱ章
世界と日本の直接投資と産業動向 -
第Ⅲ章
世界の通商秩序を巡る動向 -
- 第1節 世界の通商政策の最新動向
- 2025年以降の通商環境の変化と主要課題
- 主要国・地域の通商政策
- 経済安全保障のトレンドと企業の対応
- 第2節 多国間貿易体制の現状と課題
- 第3節 ルールと価値に基づく国際経済秩序の広がり
- 第1節 世界の通商政策の最新動向
(2026年7月28日)



